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演劇部活動記録・白雪姫が狙われた6
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***
あの後すぐに犯人は捕まった。
御剣の言葉通り、隠しカメラにばっちりその姿が映っていたのだ。
犯人は帝城高校の事務員の男。
うちの学校は事務員と用務員を兼任してるようなもんだから、誰もいない部室に忍び込んだり、生徒の情報をあれこれ調べたりするのも簡単だったってわけだ。
そいつはやっぱり6年前の白雪祭に参加していた帝城高校OBで、しかもあの脚本を書いた張本人だったそうだ。
たとえ劇の中であっても綾華先生を誰にも取られたくなくてあんな話を作ったらしい。
それ程熱狂的なファン・・・ストーカーで、御剣と宇佐美が犯人捕獲のために押し入った自宅には綾華先生の昔から今までのありとあらゆる写真が飾られていたんだそうだ。
そもそも事務員になったのだって、卒業生である綾華先生の情報を耳にする可能性があるからというのが志望動機だったっていうんだから相当イカれてる。
まぁ、そんなとこで当の綾華先生が赴任してきたっていうんだから、犯人にとっては正に運命の再会だったんだろうけど。
しかしあの時の御剣のブチ切れっぷりはハンパじゃなかった。どうやら綾華先生と御剣はデキてるらしい。
弘大は知ってたみたいでシレッとしたもんだったけど、俺も一維もあの時はとにかく驚きっぱなしだった。
・・・ま、今となっちゃそれもなんだかすげー前のことみたいだ。
俺が今一番腑に落ちないのは、なんで俺が、なんで今、なんでこの場所で、なんでこんな恰好してるかってことだ。
「その仏頂面やめてもらえる?」
舞台袖で不機嫌そうな顔をしている俺に、弘大がより一層の不機嫌顔で言った。
「そうだよ~、海ちゃん。せっかくかっこいいんだから~」
鈴花が俺の肩あたりに花飾りを付けながら満足げに微笑む。
俺の以上はマントがヒラヒラ、至る所にゴテゴテとした装飾品。とどめはアホみたいにつばの広い帽子だ。羽まで付いてる。
「うん、どこからどう見ても王子様だね」
「海ちゃんの王子様、素敵だよ~~~」
「おぉ、なかなかキマッてるぞ。王子」
弘大、鈴花、淳也が各々賛美の言葉を口にする。
そう、俺はなぜか王子様の恰好をして自分の出番を今か今かと待っているのだ。
自分の配役を知ったのは本番当日の今日、つい今しがたのことだ。
ただ衣装を着て舞台に出て、とにかく黙っていればあとは回りの演技で芝居は進むからと弘大は言う。
けど、そんなわけねーだろ! なんで俺だけこんなドッキリ状態で出演しなきゃなんねーんだよ!?
「一維の王子様なんて、願ったり叶ったりだろ?」
恨みがましい視線を送る俺を宥めるように弘大が耳打ちする。
そりゃそうだけどさ・・・。
「ほら、バシッと決めて来てよ」
うだうだ悩んでいる間に出番が来たらしく、弘大に文字通り背中を押されて舞台に飛び出した。
舞台の真ん中には棺に眠る白雪姫と、それを囲む七人の小人たちがいる。
俺が舞台に出ると、小人役の演劇部員たちは勝手知ったる様子であれやこれやという間に台詞を語り、俺を白雪姫のところまで誘った。
言われるままに花びらで飾り立てられた棺の中の白雪姫・・・つまり一維は、いつも以上にめちゃくちゃ可愛くて綺麗で、素直に見惚れてしまった。
ってか、今気づいたけど・・・
白雪姫って王子のキスで目覚めるんだよな? ってことは、俺は今から一維とキスシーンなのか!?
気付いてしまった途端に心臓がバクバクバクバクと暴れだす。
バンドで何だかんだ言っても舞台慣れしてる方だと思ってるけど、キスシーンなんてこんな何の心構えもないままできるわけねーじゃねーか!!
そりゃ演劇なんだから、芝居だけど、キスするフリなんだろうけど、けど・・・
自然と一維のピンク色のグロスが塗られた唇に目が行って、ますます心臓が破裂しそうになった。
ゴテゴテ衣装の下はもう汗だくだ。衣装汚すなっつって後で絶対ぇ弘大に怒られる。
キス・・・キスシーン・・・キス・・・一維とキス・・・・
頭の中がぐるぐる回ってる。もうあとちょっとでクライマックスだ。
あとちょっとで一維とのキス・・・・
「おぉ、それはなんとありがたいお言葉。ではこのままお城にお運びしましょう」
「そうしましょう、そうしましょう」
「・・・・へ?」
小人たちが棺を担ぎ始め、俺は呆気に取られた。
なんだ? どういう展開だ?
キスシーンで頭がいっぱいで、他の奴の台詞が全然聞こえてなかったぞ。
「さあ王子様、城に戻って白雪姫様の葬儀の準備に取り掛かりましょう」
これまたゴテゴテしい執事のような衣装を身に着けた奴が俺の背を押す。
話の流れがようやく分かり、俺もおずおずと小人たちに続いて退散しようと試みる。
・・・・が、
「うわぁっ!」
小人役の一人がすっころんで、運んでいた棺が派手に倒れた。
おいおい、なにやってんだよ!? 転ぶか普通!? ってか、一維大丈夫なのか?
俺や周りの小人役、執事役もかなりオロオロしてる。
やばいんじゃねーか? せっかくあとちょっとで終わりだったってのに、芝居が台無しに・・・
「ケホッゲホゲホッ」
俺が心配していると、白雪姫役の一維が大きく咳き込んだ。
あぁもう、一維まで。もうおしまいじゃねーか。弘大が殺気立ってんのが目に浮かぶぞ。
・・・と思ったのに、コッソリ視線を送った先の弘大は機嫌がよさそうに笑ってた。しかも、
「あぁ、リンゴのかけらが落ちている」
「棺を落とした衝撃で、白雪姫の口から吐き出されたのだ」
小人役の奴らがそんなことを言い出した。
「私は一体どうしたのでしょう?」
起き上った一維がぼんやりしてこっちを見てる。
7人の小人は白雪姫が目覚めたことに狂喜乱舞って感じで大はしゃぎ。
いつの間にやら王子の俺と白雪姫の一維は手に手を取り合い、そして執事が言った。
「早く城に戻りましょう。勿論葬儀なんかではない、婚礼の準備です!」
そんなこんなでハッピーエンド? なんだよ、これ!?
しかも、締めを飾ったのはこんな弘大のナレーションだった。
―――白雪姫とのキスのチャンスを逃した王子様は、その欲求不満をギターにぶつけるようです。皆様この後は是非パティオへ。ヒラヒラを脱いだ王子様率いる軽音楽部の演奏をお楽しみください―――
***
舞台の片づけは演劇部に任せ、俺たちは休む間もなく次の準備に取り掛かる。
俺にとっての本番、軽音楽部の演奏の準備だ。
楽器やらなにやらは淳也たちが先に行って準備してくれているはずだから、あとは俺自身の着替えなんだけど、どうやって脱ぐんだコレ?
「やぁ、王子様。キスできなくてがっかりした? 」
ヒラヒラゴテゴテを脱ぐのに手こずっている俺に、弘大が尋ねる。
すでに着替えを済ませている弘大は、俺の装飾品たちを一つ一つ慣れた手つきで外してくれた。
「・・・別に」
低い声でボソッと返答。
ガッカリしたかって? がっかりしたよ。クソ・・・。
口を開くと本音が出そうになるので、むっつりと黙ったまま着替えを続ける。
「ま、欲求不満はギターにぶつけてよ」
ウインクしながらさっきのナレーションと同じセリフを口にする弘大。
「分かってるっつーの・・・」
俺は渋々頷いた。
弘大が手渡してくれたバンド用の衣装を身に着ける。
王子様と同じく一維のデザインのはずだけど、これにはヒラヒラもキラキラもなくて、かなりカッコいい。
やっぱ才能あんだな、一維は。
「一応言い訳すると、アレが原作なんだよ。白雪姫の、元々の」
俺が不機嫌なままだと思ったのか、弘大が珍しくばつの悪そうな表情で説明をする。
王子様のキスで目覚めるってのはディズニーの白雪姫が公開されてから広まった話で、元々はさっきのあの滑稽ともいえる顛末なんだという。
別にそんなのはいいんだけどよ・・・
「っつーか、なんで俺が王子だったんだよ?」
代役なのかなんなのかは知らねーけど、劇の流れも知らない分相当焦ったんだっつーの。
元々知ってさえいればキスシーンがないことだってわかってて、あんなパニクることもなかったってのに。
恨み節を伝えると、弘大はふっと微笑んだ。これまた珍しく邪気がない笑顔だ。
「一維が白雪姫って決まった時点で、王子様は海斗って決まってたよ」
「は? どういう意味だよ?」
全く意味が分からずに首をかしげる。弘大は俺のネクタイを緩く締めながら答えた。
「幼馴染の初恋くらい、実らせてやりたいからね」
それだけ言うと、さっさと出ていってしまった。
おいコラ、なんだその意味深発言は!?
俺はジャケットを引っ掴んで、一目散に弘大の後を追った。
「待てよ、弘大! 今のどういう意味だ!?」
「ひゃっ!?」
勢いよく外に出ると、扉の前で待っていたらしい一維がいた。危うくぶつかりそうだったぞ、危ねぇ。
一維はまだ白雪姫の恰好のままで、本番よりもずっと緊張した面持ちで立っていた。
「あ、あの・・・ごめんね、海斗」
いきなり勢いよく頭を下げられて、俺は目を見開く。
「な、なにが?」
ちょっと間抜けだけど、全く謝られるような心当たりがないので素直に聞いてみる。
一維は眉をハの字にして、泣きそうだとも取れる表情で少しずつ言葉を紡いだ。
「急に演劇部と軽音楽部が一緒になったり、急にボディーガードを頼まれたり、今日だって王子様役やらされたり・・・それ、全部僕の所為なの」
「は? えーっと、はぁ・・・」
あぁ、もう・・・弘大といい一維といいなんで訳分かんねーことばっかり言うかなぁ・・・。
俺はしきりに“?”を浮かべる。
「弘大が、僕のためにやってくれたっていうか・・・あの・・・」
俯いた一維がなんだかどんどん小さくなっていく気がする。声も消え去りそうだ。
よく分かんねーけど、こんな一維も可愛いなぁ・・・。
「あの・・・僕ね!」
「お、おう」
突然勢いよく顔を上げられ、ちょっとばかり悦に浸っていた俺はビクつく。
一維はキュッと唇をかみしめて、俺をしっかり見つめて言った。
「僕、ずっと海斗のこと好きだったんだ」
「・・・・・・へ?」
今、何て言った?
あまりの衝撃に脳が抜けてしまった俺をよそに、一維は真っ赤な顔でさらに続けた。
「去年の文化祭で軽音楽部の演奏見てから、ずっと海斗のことかっこいいな、仲良くなりたいなって思ってて。でもどうしたらいいのかわかんなくて、それで・・・」
弘大に相談してた、と。
全っ然気づかなかったぞ。けど、思い返せば確かにそんな気もしてくる・・・。
だから弘大はあんなに協力的だったって訳だ。
「か、海斗?」
思わず足の力が抜けてしゃがみこんだ俺を、一維が不安そうに覗き込む。
白雪姫のドレスを汚してしまわないようにと、裾を気遣いながら同じく座り込む一維をぼんやりと見つめて、それから手を取った。
「・・・俺も」
一維が好きだ。その言葉は、パティオから聞こえてきた爆音でかき消された。
淳也のドラムだ。ヤバい、時間だ!!
軽音楽部の演奏開始時間まで、残り30秒。
「急ぐぞ、一維」
一維の手を掴んだまま、俺は走り出す。
「と、特等席で見てろよ。カッコいいとこ見せてやるから」
自分で言っておいてなんだけど、かなり恥ずかしい。
それでも一維は満面の笑みで頷いてくれた。
ダッシュする中、頭の中では声高々に叫ぶ。
弘大様様。ホントに感謝だよ。畜生。
あの後すぐに犯人は捕まった。
御剣の言葉通り、隠しカメラにばっちりその姿が映っていたのだ。
犯人は帝城高校の事務員の男。
うちの学校は事務員と用務員を兼任してるようなもんだから、誰もいない部室に忍び込んだり、生徒の情報をあれこれ調べたりするのも簡単だったってわけだ。
そいつはやっぱり6年前の白雪祭に参加していた帝城高校OBで、しかもあの脚本を書いた張本人だったそうだ。
たとえ劇の中であっても綾華先生を誰にも取られたくなくてあんな話を作ったらしい。
それ程熱狂的なファン・・・ストーカーで、御剣と宇佐美が犯人捕獲のために押し入った自宅には綾華先生の昔から今までのありとあらゆる写真が飾られていたんだそうだ。
そもそも事務員になったのだって、卒業生である綾華先生の情報を耳にする可能性があるからというのが志望動機だったっていうんだから相当イカれてる。
まぁ、そんなとこで当の綾華先生が赴任してきたっていうんだから、犯人にとっては正に運命の再会だったんだろうけど。
しかしあの時の御剣のブチ切れっぷりはハンパじゃなかった。どうやら綾華先生と御剣はデキてるらしい。
弘大は知ってたみたいでシレッとしたもんだったけど、俺も一維もあの時はとにかく驚きっぱなしだった。
・・・ま、今となっちゃそれもなんだかすげー前のことみたいだ。
俺が今一番腑に落ちないのは、なんで俺が、なんで今、なんでこの場所で、なんでこんな恰好してるかってことだ。
「その仏頂面やめてもらえる?」
舞台袖で不機嫌そうな顔をしている俺に、弘大がより一層の不機嫌顔で言った。
「そうだよ~、海ちゃん。せっかくかっこいいんだから~」
鈴花が俺の肩あたりに花飾りを付けながら満足げに微笑む。
俺の以上はマントがヒラヒラ、至る所にゴテゴテとした装飾品。とどめはアホみたいにつばの広い帽子だ。羽まで付いてる。
「うん、どこからどう見ても王子様だね」
「海ちゃんの王子様、素敵だよ~~~」
「おぉ、なかなかキマッてるぞ。王子」
弘大、鈴花、淳也が各々賛美の言葉を口にする。
そう、俺はなぜか王子様の恰好をして自分の出番を今か今かと待っているのだ。
自分の配役を知ったのは本番当日の今日、つい今しがたのことだ。
ただ衣装を着て舞台に出て、とにかく黙っていればあとは回りの演技で芝居は進むからと弘大は言う。
けど、そんなわけねーだろ! なんで俺だけこんなドッキリ状態で出演しなきゃなんねーんだよ!?
「一維の王子様なんて、願ったり叶ったりだろ?」
恨みがましい視線を送る俺を宥めるように弘大が耳打ちする。
そりゃそうだけどさ・・・。
「ほら、バシッと決めて来てよ」
うだうだ悩んでいる間に出番が来たらしく、弘大に文字通り背中を押されて舞台に飛び出した。
舞台の真ん中には棺に眠る白雪姫と、それを囲む七人の小人たちがいる。
俺が舞台に出ると、小人役の演劇部員たちは勝手知ったる様子であれやこれやという間に台詞を語り、俺を白雪姫のところまで誘った。
言われるままに花びらで飾り立てられた棺の中の白雪姫・・・つまり一維は、いつも以上にめちゃくちゃ可愛くて綺麗で、素直に見惚れてしまった。
ってか、今気づいたけど・・・
白雪姫って王子のキスで目覚めるんだよな? ってことは、俺は今から一維とキスシーンなのか!?
気付いてしまった途端に心臓がバクバクバクバクと暴れだす。
バンドで何だかんだ言っても舞台慣れしてる方だと思ってるけど、キスシーンなんてこんな何の心構えもないままできるわけねーじゃねーか!!
そりゃ演劇なんだから、芝居だけど、キスするフリなんだろうけど、けど・・・
自然と一維のピンク色のグロスが塗られた唇に目が行って、ますます心臓が破裂しそうになった。
ゴテゴテ衣装の下はもう汗だくだ。衣装汚すなっつって後で絶対ぇ弘大に怒られる。
キス・・・キスシーン・・・キス・・・一維とキス・・・・
頭の中がぐるぐる回ってる。もうあとちょっとでクライマックスだ。
あとちょっとで一維とのキス・・・・
「おぉ、それはなんとありがたいお言葉。ではこのままお城にお運びしましょう」
「そうしましょう、そうしましょう」
「・・・・へ?」
小人たちが棺を担ぎ始め、俺は呆気に取られた。
なんだ? どういう展開だ?
キスシーンで頭がいっぱいで、他の奴の台詞が全然聞こえてなかったぞ。
「さあ王子様、城に戻って白雪姫様の葬儀の準備に取り掛かりましょう」
これまたゴテゴテしい執事のような衣装を身に着けた奴が俺の背を押す。
話の流れがようやく分かり、俺もおずおずと小人たちに続いて退散しようと試みる。
・・・・が、
「うわぁっ!」
小人役の一人がすっころんで、運んでいた棺が派手に倒れた。
おいおい、なにやってんだよ!? 転ぶか普通!? ってか、一維大丈夫なのか?
俺や周りの小人役、執事役もかなりオロオロしてる。
やばいんじゃねーか? せっかくあとちょっとで終わりだったってのに、芝居が台無しに・・・
「ケホッゲホゲホッ」
俺が心配していると、白雪姫役の一維が大きく咳き込んだ。
あぁもう、一維まで。もうおしまいじゃねーか。弘大が殺気立ってんのが目に浮かぶぞ。
・・・と思ったのに、コッソリ視線を送った先の弘大は機嫌がよさそうに笑ってた。しかも、
「あぁ、リンゴのかけらが落ちている」
「棺を落とした衝撃で、白雪姫の口から吐き出されたのだ」
小人役の奴らがそんなことを言い出した。
「私は一体どうしたのでしょう?」
起き上った一維がぼんやりしてこっちを見てる。
7人の小人は白雪姫が目覚めたことに狂喜乱舞って感じで大はしゃぎ。
いつの間にやら王子の俺と白雪姫の一維は手に手を取り合い、そして執事が言った。
「早く城に戻りましょう。勿論葬儀なんかではない、婚礼の準備です!」
そんなこんなでハッピーエンド? なんだよ、これ!?
しかも、締めを飾ったのはこんな弘大のナレーションだった。
―――白雪姫とのキスのチャンスを逃した王子様は、その欲求不満をギターにぶつけるようです。皆様この後は是非パティオへ。ヒラヒラを脱いだ王子様率いる軽音楽部の演奏をお楽しみください―――
***
舞台の片づけは演劇部に任せ、俺たちは休む間もなく次の準備に取り掛かる。
俺にとっての本番、軽音楽部の演奏の準備だ。
楽器やらなにやらは淳也たちが先に行って準備してくれているはずだから、あとは俺自身の着替えなんだけど、どうやって脱ぐんだコレ?
「やぁ、王子様。キスできなくてがっかりした? 」
ヒラヒラゴテゴテを脱ぐのに手こずっている俺に、弘大が尋ねる。
すでに着替えを済ませている弘大は、俺の装飾品たちを一つ一つ慣れた手つきで外してくれた。
「・・・別に」
低い声でボソッと返答。
ガッカリしたかって? がっかりしたよ。クソ・・・。
口を開くと本音が出そうになるので、むっつりと黙ったまま着替えを続ける。
「ま、欲求不満はギターにぶつけてよ」
ウインクしながらさっきのナレーションと同じセリフを口にする弘大。
「分かってるっつーの・・・」
俺は渋々頷いた。
弘大が手渡してくれたバンド用の衣装を身に着ける。
王子様と同じく一維のデザインのはずだけど、これにはヒラヒラもキラキラもなくて、かなりカッコいい。
やっぱ才能あんだな、一維は。
「一応言い訳すると、アレが原作なんだよ。白雪姫の、元々の」
俺が不機嫌なままだと思ったのか、弘大が珍しくばつの悪そうな表情で説明をする。
王子様のキスで目覚めるってのはディズニーの白雪姫が公開されてから広まった話で、元々はさっきのあの滑稽ともいえる顛末なんだという。
別にそんなのはいいんだけどよ・・・
「っつーか、なんで俺が王子だったんだよ?」
代役なのかなんなのかは知らねーけど、劇の流れも知らない分相当焦ったんだっつーの。
元々知ってさえいればキスシーンがないことだってわかってて、あんなパニクることもなかったってのに。
恨み節を伝えると、弘大はふっと微笑んだ。これまた珍しく邪気がない笑顔だ。
「一維が白雪姫って決まった時点で、王子様は海斗って決まってたよ」
「は? どういう意味だよ?」
全く意味が分からずに首をかしげる。弘大は俺のネクタイを緩く締めながら答えた。
「幼馴染の初恋くらい、実らせてやりたいからね」
それだけ言うと、さっさと出ていってしまった。
おいコラ、なんだその意味深発言は!?
俺はジャケットを引っ掴んで、一目散に弘大の後を追った。
「待てよ、弘大! 今のどういう意味だ!?」
「ひゃっ!?」
勢いよく外に出ると、扉の前で待っていたらしい一維がいた。危うくぶつかりそうだったぞ、危ねぇ。
一維はまだ白雪姫の恰好のままで、本番よりもずっと緊張した面持ちで立っていた。
「あ、あの・・・ごめんね、海斗」
いきなり勢いよく頭を下げられて、俺は目を見開く。
「な、なにが?」
ちょっと間抜けだけど、全く謝られるような心当たりがないので素直に聞いてみる。
一維は眉をハの字にして、泣きそうだとも取れる表情で少しずつ言葉を紡いだ。
「急に演劇部と軽音楽部が一緒になったり、急にボディーガードを頼まれたり、今日だって王子様役やらされたり・・・それ、全部僕の所為なの」
「は? えーっと、はぁ・・・」
あぁ、もう・・・弘大といい一維といいなんで訳分かんねーことばっかり言うかなぁ・・・。
俺はしきりに“?”を浮かべる。
「弘大が、僕のためにやってくれたっていうか・・・あの・・・」
俯いた一維がなんだかどんどん小さくなっていく気がする。声も消え去りそうだ。
よく分かんねーけど、こんな一維も可愛いなぁ・・・。
「あの・・・僕ね!」
「お、おう」
突然勢いよく顔を上げられ、ちょっとばかり悦に浸っていた俺はビクつく。
一維はキュッと唇をかみしめて、俺をしっかり見つめて言った。
「僕、ずっと海斗のこと好きだったんだ」
「・・・・・・へ?」
今、何て言った?
あまりの衝撃に脳が抜けてしまった俺をよそに、一維は真っ赤な顔でさらに続けた。
「去年の文化祭で軽音楽部の演奏見てから、ずっと海斗のことかっこいいな、仲良くなりたいなって思ってて。でもどうしたらいいのかわかんなくて、それで・・・」
弘大に相談してた、と。
全っ然気づかなかったぞ。けど、思い返せば確かにそんな気もしてくる・・・。
だから弘大はあんなに協力的だったって訳だ。
「か、海斗?」
思わず足の力が抜けてしゃがみこんだ俺を、一維が不安そうに覗き込む。
白雪姫のドレスを汚してしまわないようにと、裾を気遣いながら同じく座り込む一維をぼんやりと見つめて、それから手を取った。
「・・・俺も」
一維が好きだ。その言葉は、パティオから聞こえてきた爆音でかき消された。
淳也のドラムだ。ヤバい、時間だ!!
軽音楽部の演奏開始時間まで、残り30秒。
「急ぐぞ、一維」
一維の手を掴んだまま、俺は走り出す。
「と、特等席で見てろよ。カッコいいとこ見せてやるから」
自分で言っておいてなんだけど、かなり恥ずかしい。
それでも一維は満面の笑みで頷いてくれた。
ダッシュする中、頭の中では声高々に叫ぶ。
弘大様様。ホントに感謝だよ。畜生。
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小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
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