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演劇部活動記録・白雪姫が狙われた5
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***
全力で走ればものの数分程度の時間だが、俺にとってはとてもとても長く感じられた。
一維は無事なのか、一体どんな怪我をさせられたのか、いろんな考えがグルグルと頭の中をよぎる。
ようやく保健室に着くと、ノックも忘れて扉を開けた。
「一維!!」
怒鳴りこむように入ると、一維と綾華先生は弾けるように顔を上げた。
「う・る・さ・い」
「うわっ!?」
横から牛乳パックを投げつけられて飛びのく。不機嫌そうな顔をした弘大が立っていた。
どうやら俺と同じく一維が心配で駆け付けたようだ。
肝心の一維はと言うと・・・
「ご、ごめんね。海斗まで来てもらって・・・」
小さい体をより一層縮こまらせて、申し訳なさそうにしている。
一人“?”を浮かべる俺に向かい、綾華先生がくすくすと笑った。
「蘇芳君、体育の授業で転んじゃったんですって。肘と膝を擦りむいてますが、そんなに顔面蒼白になるほどの大怪我ではありませんよ」
「靴紐が切れちゃったみたいなんだ。ホントにごめんね、心配かけて・・・」
一維が真っ赤な顔をしてもう一度謝る。
「なんだ・・・そっか」
俺は安心のあまり、へなへなとその場に座り込んだ。全力疾走したため滲んでいたらしい汗が今更ながらにこめかみあたりを濡らした。
綾華先生が一維の肘と膝にそれぞれ大きな絆創膏を貼る。
大怪我ではないにしろ、結構な広範囲を擦りむいてしまったようだ。
「下はドレスだからいいけど・・・腕はデザイン変えて長袖にしないといけないね」
つかつかと一維に歩み寄り、弘大が眉を顰めて言う。
一維はまた頬を赤くした。自分の所為で迷惑が掛けてしまうと思ったんだろう。消え去りそうな声でまた“ごめんね”と言った。
「衣装よりまず一維の心配しろよ」
俺は思わず弘大の腕を掴む。一維よりも白雪姫のことばかり心配しているような口ぶりの弘大にムッとした。
弘大は眼鏡の奥の瞳をギラリと光らせて俺を睨む。だがすぐに口許だけで笑った。
「綾華先生の時はどんなだったんですか? 白雪姫のドレス」
後片付けをしていた綾華先生に向き直り、弘大が問いかける。
綾華先生は面食らったようにキョトンとして、それから眉を顰めた。
「一体誰に聞いたんです?」
中指で押し上げた眼鏡がキラリと光る。
なんか、心なしか、空気が凍ってるような気がする。
俺は思わず今朝の職員室での御剣と宇佐美のやり取りを思い出していた。通りでなんだか押し付け合うような目配せをしていた訳だ。
弘大は綾華先生に負けじと眼鏡をくいっと押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「犯人捜しのために情報集めしてたら偶然耳にしたんです。綾華先生も白雪姫だったって」
丁寧な態度だが、弘大もまた有無を言わせない空気を纏っている。
「犯人を捜す手掛かりになるかもしれないし、何でもいいから話を聞きたいんです」
どこか必死にも感じる弘大の言葉は真剣そのものだ。
さっき一瞬でも弘大が一維のことを心配してないなんて思った俺は大馬鹿だったらしい。
さらに弘大はダメ押しとばかりに隅の方に置いていたらしい靴を手に取った。
靴紐が切れてるから、一維がさっきまで履いてた運動靴だろう。
「靴紐、偶然切れたんじゃないよ。明らかに鋏か何かで切れ込みを入れてた跡がある」
「・・え・・」
思いがけない言葉に目を見開いたのは一維だ。
それまで恥ずかしそうにしていた顔は瞬く間に真っ青に変わった。
そりゃそうだろう。これもまた白雪姫を狙う犯人の仕業だってことなんだから。
「手がかりと言っても・・・」
張りつめた空気の中、綾華先生が困ったように口を開いた。
「僕が白雪姫だった時には今回のようなことはなかったですし、本当に力になれるような話はなにも・・・」
歯切れ悪く言って、申し訳なさそうに俯く。
確かに6年も前の話だし、今回のことに関係があるとも思えないし・・・
俺はなんだか居た堪れなくなって髪をかき上げた。一維も何だか気まずそうに綾華先生を見つめている。
だが、弘大は少し考えるような仕草をした後で再び口を開いた。
「ちょっと調べたんだけど、綾華先生の時の白雪姫はオリジナルの劇だったんですよね? どんな内容だったんですか?」
投げかけられる新たな問い。
綾華先生が白雪姫だったってことは朝聞いたばっかりなのに、一体いつの間にそんなことを調べたのかと思わずツッコみたくなった。
けど、それ以上に初めて聞くオリジナルの劇という話に興味を惹かれて大人しく綾華先生の言葉を待つことにした。
「ベースは同じですよ。魔法の鏡の言葉を聞いた女王様が白雪姫を殺そうと、毒りんごを食べさせる」
遠い記憶を呼び覚ますようにゆっくりと、綾華先生が言葉を紡ぐ。
「ただ、結末がハッピーエンドではなかったんです」
「へ?」
思い掛けない言葉に、俺は・・・いや、俺たちは唖然とした。
***
―――鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰?―――
―――魔法の鏡は答えました。―――
―――それは白雪姫です―――
魔法の鏡の答えに、女王様はたいそうお怒りになりました。
嫉妬に狂った女王様の顔はどんどん醜く歪んでいき、遂には老婆のようになってしまいました。
女王様は変わり果てた自分の姿にショックを受け、魔法の鏡を叩き割ります。
そして、それもこれも白雪姫の所為に違いないと恨み、白雪姫を殺してしまおうと決めました。
女王様の企みにいち早く気付いた大臣は、白雪姫を城から離れた森の奥深くへと逃がします。
けれど女王様は決して諦めようとしません。あの手この手で白雪姫の命を狙い続けました。
困り果てた大臣は、他国の王子様たちに悪い魔女に成り果ててしまった女王様をどうか倒してほしいとお願いします。
魔女を倒した王子様にはこの城を授け、白雪姫を花嫁に与えると言いました。
たくさんの王子達が大臣の願いを聞き入れ、名乗りを上げました。
けれども魔女はいとも簡単に彼らを返り討ちにしてしまったのです。
白雪姫は、自分のせいで王子達が命を落としたことを知り、それはそれは悲しみました。
そしてそれ程までに女王様に疎まれていることを嘆きました。
遂に白雪姫は、毒入りと気付きながらも魔女の差し出すリンゴを齧り、自らの命を絶ってしまうのでした。
白雪姫が毒を含んだことに満足したのか、魔女になった女王様もその場に倒れ、そのまま灰になってしまいます。
魔女の灰を浴びた白雪姫の遺体は物言わぬ石像となり、永遠に変わらぬ姿で眠り続けるのでした。
こんな感じで、綾華先生の話して聞かせてくれた白雪姫は何とも暗くて辛気臭い内容だった。
「脚本を書いた奴のセンスを疑うよね」
憮然として言い放ったのは弘大だ。
現脚本担当としては納得のいかない内容だったのだろう。正直なところ俺も同意見だ。
そして何より、その悲劇的な内容に件の花言葉を思い出した。
『悲しみに暮れるあなたが好き』
「まぁ、ハッピーエンドじゃねーとそれらしくねーよな」
こじつけのような自分の考えを払しょくするように、俺は素直な感想を呟く。
隣にいた一維も同意してくれた。
「うん。僕もハッピーエンドの方が絶対いいと思うな」
はにかんだような笑顔がまた可愛くて、隠す間もなく俺の頬が緩む。これを見逃さないのが弘大だ。
「にやけ顔が気持ち悪いよ」
「うるせえ」
俺は咳払いをして慌てて顔を引きしめた。・・・が、弘大の性根の悪いからかいは更に続いた。
「ほらほら、一維は足を怪我してるんだよ? 肩くらい貸してやりなよ、気が利かないなぁ」
“うりうり”と肘で俺をつつく。
肩を貸すって・・そんなことできるわけねーだろ!?
テンパり気味で弘大と一維を交互に見やる。
弘大はニヤニヤ笑っている。一維は・・・
「あ、あの・・・ダメじゃなかったら、ちょっとだけ・・・掴まらせてもらってもいいかなぁ?」
おずおずと俺の袖をほんのちょっとだけ掴む。
そんなチワワみたいな上目づかいで頼まれたら、断れるわけないって! っつーか、寧ろ役得!
「ダメじゃねーって、全然。遠慮しないでガッツリ掴まっていいし」
勢いよく腕を差し出す。顔に出ないように気を付けたつもりだけど、弘大が必死に笑いをこらえているところを見るとどうやら無駄な努力だったようだ。
「ありがと、海斗」
弘大とは全く違う、無邪気な笑顔で一維が言う。
少し足を引き摺るようにして歩いてるからなのか、それとも元々のテンポなのかもしれないけど、一維の歩調はかなりゆっくりだ。
少しでも長くこの至福の時間が続けばいいなぁーとかついつい考えちまう。
キュッとしがみ付かれた腕の感触とか、歩く度に触れる一維の髪の柔らかさとかがとにかく心地良い。
俺はあまりの幸せに、自然と空を仰ぎ見る。
あぁ、なんて青々として美しい空なんだ・・・って、なんだアレ?
目に入ってきた物体に、俺は我に返った。
4階の窓から伸ばされた手に持たれている、真っ白なもの。
まさか・・・
嫌な予感に青ざめて、あとはもう体が勝手に動いた。
「危ねぇっ!!」
力任せに一維を抱き寄せ、後ろに飛び退く。
瞬間、俺たちの目前でド派手な破砕音が響き渡った。
あと30センチくらいずれてたら、脳天直撃してても可笑しくねぇぞ・・・。
飛び散った白い破片を見やり、俺は全身に鳥肌が立った。
周りを歩いていた奴らも騒然としてる。
「大丈夫か? 怪我は・・・」
腕の中を覗き込んで尋ねる。一維は真っ青な顔でガタガタと震えていた。
「・・っひっく・・・怖か・・った・・よぉ・・」
俺の上着の胸元をぎゅっと握って、一維はポロポロと涙を流す。
その表情はこれまたどんな小さな子猫よりも頼りなくて可愛かった。
っつーか、どさくさに紛れて俺はなんつー大胆なことを!?
思いがけず抱き合っているような体勢になっていることに気付き、俺の体はたちまち硬直。
泣いている一維を引きはがせるわけもなく、とはいえ欲望のままに抱きしめるわけにもいかないし・・・。
一人悶々としていると、一際冷静な声が俺を現実に引き戻してくれた。
「なかなかのボディーガードっぷりだね」
言わずもがな弘大だ。
「犯人は? 見えた?」
飛び散っている破片を一つ手に取り、上を見上げる。
俺は首を横に振った。
「手しか見えなかった。悪い・・」
よっこらしょと立ち上がり、一維に手を差し伸べる。
一維は未だ涙目のままだが、何とかゆっくりと起き上った。
「明らかに一維を目掛けて落とされたってことは、これも犯人の仕業だね」
弘大はため息交じりに言いながら、再び腰を下ろして比較的大きな破片を拾った。
「白い陶器・・・茶碗? いや、学校にあるんだから乳鉢かな?」
眉を顰めて思慮に耽る。
だが、俺にはその白い陶器に見覚えがあった。
「やっぱ・・・犯人、綾華先生のストーカーだ」
気が逸るままに呟くと弘大はさらに眉を顰めた。
「それ、植木鉢だよ。綾華先生んトコに届けられるりんどうの花の植木鉢」
どういうことだと言いたげな弘大に、なるべくちゃんと伝わるように意識をしながら説明する。
「あの手紙の“僕の白雪姫”ってのは綾華先生のことなんだよ。りんどうの花言葉は“悲しみに暮れるあなたが好き”これって、悲劇の白雪姫の綾華先生って意味じゃねーかな?」
一気に言い切ると、心臓がバクバク、背中にはじっとりと汗が滲んだ。
俺なりに行きついた仮説を、一維は真っ青なまま、弘大は何も言わずに真剣な顔で聞いている。
おいおい、なんか同意するなり、ツッコむなりしてくれねーとすげぇ不安なんだけど・・・。
「それホントか? 三島」
徐々に意気消沈していく俺の背後から、からかい交じりのようなどこかおどけた声がした。
御剣と宇佐美、後ろの方に綾華先生もいる。
どうやらさっきのただ事じゃない音を聞いて駆け付けたんだろう。
俺が自信ないなりにも頷くと、御剣はつり気味の瞳をギラリと輝かせ、いつも以上に不敵な笑みを浮かべた。
「それなら即行で犯人割れるぜ」
俺とは対照的に自信たっぷりに言い捨てられ、俺も一維も弘大ですら目を見開いた。
「ど、どういうことですか?」
弘大が珍しく恐る恐るという風な口調で問いかける。
御剣はまたも堂々と言った。
「保健室前の廊下、隠しカメラがあるからな」
「えっ?」
その言葉に、今度は綾華先生が驚いていた。
全力で走ればものの数分程度の時間だが、俺にとってはとてもとても長く感じられた。
一維は無事なのか、一体どんな怪我をさせられたのか、いろんな考えがグルグルと頭の中をよぎる。
ようやく保健室に着くと、ノックも忘れて扉を開けた。
「一維!!」
怒鳴りこむように入ると、一維と綾華先生は弾けるように顔を上げた。
「う・る・さ・い」
「うわっ!?」
横から牛乳パックを投げつけられて飛びのく。不機嫌そうな顔をした弘大が立っていた。
どうやら俺と同じく一維が心配で駆け付けたようだ。
肝心の一維はと言うと・・・
「ご、ごめんね。海斗まで来てもらって・・・」
小さい体をより一層縮こまらせて、申し訳なさそうにしている。
一人“?”を浮かべる俺に向かい、綾華先生がくすくすと笑った。
「蘇芳君、体育の授業で転んじゃったんですって。肘と膝を擦りむいてますが、そんなに顔面蒼白になるほどの大怪我ではありませんよ」
「靴紐が切れちゃったみたいなんだ。ホントにごめんね、心配かけて・・・」
一維が真っ赤な顔をしてもう一度謝る。
「なんだ・・・そっか」
俺は安心のあまり、へなへなとその場に座り込んだ。全力疾走したため滲んでいたらしい汗が今更ながらにこめかみあたりを濡らした。
綾華先生が一維の肘と膝にそれぞれ大きな絆創膏を貼る。
大怪我ではないにしろ、結構な広範囲を擦りむいてしまったようだ。
「下はドレスだからいいけど・・・腕はデザイン変えて長袖にしないといけないね」
つかつかと一維に歩み寄り、弘大が眉を顰めて言う。
一維はまた頬を赤くした。自分の所為で迷惑が掛けてしまうと思ったんだろう。消え去りそうな声でまた“ごめんね”と言った。
「衣装よりまず一維の心配しろよ」
俺は思わず弘大の腕を掴む。一維よりも白雪姫のことばかり心配しているような口ぶりの弘大にムッとした。
弘大は眼鏡の奥の瞳をギラリと光らせて俺を睨む。だがすぐに口許だけで笑った。
「綾華先生の時はどんなだったんですか? 白雪姫のドレス」
後片付けをしていた綾華先生に向き直り、弘大が問いかける。
綾華先生は面食らったようにキョトンとして、それから眉を顰めた。
「一体誰に聞いたんです?」
中指で押し上げた眼鏡がキラリと光る。
なんか、心なしか、空気が凍ってるような気がする。
俺は思わず今朝の職員室での御剣と宇佐美のやり取りを思い出していた。通りでなんだか押し付け合うような目配せをしていた訳だ。
弘大は綾華先生に負けじと眼鏡をくいっと押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「犯人捜しのために情報集めしてたら偶然耳にしたんです。綾華先生も白雪姫だったって」
丁寧な態度だが、弘大もまた有無を言わせない空気を纏っている。
「犯人を捜す手掛かりになるかもしれないし、何でもいいから話を聞きたいんです」
どこか必死にも感じる弘大の言葉は真剣そのものだ。
さっき一瞬でも弘大が一維のことを心配してないなんて思った俺は大馬鹿だったらしい。
さらに弘大はダメ押しとばかりに隅の方に置いていたらしい靴を手に取った。
靴紐が切れてるから、一維がさっきまで履いてた運動靴だろう。
「靴紐、偶然切れたんじゃないよ。明らかに鋏か何かで切れ込みを入れてた跡がある」
「・・え・・」
思いがけない言葉に目を見開いたのは一維だ。
それまで恥ずかしそうにしていた顔は瞬く間に真っ青に変わった。
そりゃそうだろう。これもまた白雪姫を狙う犯人の仕業だってことなんだから。
「手がかりと言っても・・・」
張りつめた空気の中、綾華先生が困ったように口を開いた。
「僕が白雪姫だった時には今回のようなことはなかったですし、本当に力になれるような話はなにも・・・」
歯切れ悪く言って、申し訳なさそうに俯く。
確かに6年も前の話だし、今回のことに関係があるとも思えないし・・・
俺はなんだか居た堪れなくなって髪をかき上げた。一維も何だか気まずそうに綾華先生を見つめている。
だが、弘大は少し考えるような仕草をした後で再び口を開いた。
「ちょっと調べたんだけど、綾華先生の時の白雪姫はオリジナルの劇だったんですよね? どんな内容だったんですか?」
投げかけられる新たな問い。
綾華先生が白雪姫だったってことは朝聞いたばっかりなのに、一体いつの間にそんなことを調べたのかと思わずツッコみたくなった。
けど、それ以上に初めて聞くオリジナルの劇という話に興味を惹かれて大人しく綾華先生の言葉を待つことにした。
「ベースは同じですよ。魔法の鏡の言葉を聞いた女王様が白雪姫を殺そうと、毒りんごを食べさせる」
遠い記憶を呼び覚ますようにゆっくりと、綾華先生が言葉を紡ぐ。
「ただ、結末がハッピーエンドではなかったんです」
「へ?」
思い掛けない言葉に、俺は・・・いや、俺たちは唖然とした。
***
―――鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰?―――
―――魔法の鏡は答えました。―――
―――それは白雪姫です―――
魔法の鏡の答えに、女王様はたいそうお怒りになりました。
嫉妬に狂った女王様の顔はどんどん醜く歪んでいき、遂には老婆のようになってしまいました。
女王様は変わり果てた自分の姿にショックを受け、魔法の鏡を叩き割ります。
そして、それもこれも白雪姫の所為に違いないと恨み、白雪姫を殺してしまおうと決めました。
女王様の企みにいち早く気付いた大臣は、白雪姫を城から離れた森の奥深くへと逃がします。
けれど女王様は決して諦めようとしません。あの手この手で白雪姫の命を狙い続けました。
困り果てた大臣は、他国の王子様たちに悪い魔女に成り果ててしまった女王様をどうか倒してほしいとお願いします。
魔女を倒した王子様にはこの城を授け、白雪姫を花嫁に与えると言いました。
たくさんの王子達が大臣の願いを聞き入れ、名乗りを上げました。
けれども魔女はいとも簡単に彼らを返り討ちにしてしまったのです。
白雪姫は、自分のせいで王子達が命を落としたことを知り、それはそれは悲しみました。
そしてそれ程までに女王様に疎まれていることを嘆きました。
遂に白雪姫は、毒入りと気付きながらも魔女の差し出すリンゴを齧り、自らの命を絶ってしまうのでした。
白雪姫が毒を含んだことに満足したのか、魔女になった女王様もその場に倒れ、そのまま灰になってしまいます。
魔女の灰を浴びた白雪姫の遺体は物言わぬ石像となり、永遠に変わらぬ姿で眠り続けるのでした。
こんな感じで、綾華先生の話して聞かせてくれた白雪姫は何とも暗くて辛気臭い内容だった。
「脚本を書いた奴のセンスを疑うよね」
憮然として言い放ったのは弘大だ。
現脚本担当としては納得のいかない内容だったのだろう。正直なところ俺も同意見だ。
そして何より、その悲劇的な内容に件の花言葉を思い出した。
『悲しみに暮れるあなたが好き』
「まぁ、ハッピーエンドじゃねーとそれらしくねーよな」
こじつけのような自分の考えを払しょくするように、俺は素直な感想を呟く。
隣にいた一維も同意してくれた。
「うん。僕もハッピーエンドの方が絶対いいと思うな」
はにかんだような笑顔がまた可愛くて、隠す間もなく俺の頬が緩む。これを見逃さないのが弘大だ。
「にやけ顔が気持ち悪いよ」
「うるせえ」
俺は咳払いをして慌てて顔を引きしめた。・・・が、弘大の性根の悪いからかいは更に続いた。
「ほらほら、一維は足を怪我してるんだよ? 肩くらい貸してやりなよ、気が利かないなぁ」
“うりうり”と肘で俺をつつく。
肩を貸すって・・そんなことできるわけねーだろ!?
テンパり気味で弘大と一維を交互に見やる。
弘大はニヤニヤ笑っている。一維は・・・
「あ、あの・・・ダメじゃなかったら、ちょっとだけ・・・掴まらせてもらってもいいかなぁ?」
おずおずと俺の袖をほんのちょっとだけ掴む。
そんなチワワみたいな上目づかいで頼まれたら、断れるわけないって! っつーか、寧ろ役得!
「ダメじゃねーって、全然。遠慮しないでガッツリ掴まっていいし」
勢いよく腕を差し出す。顔に出ないように気を付けたつもりだけど、弘大が必死に笑いをこらえているところを見るとどうやら無駄な努力だったようだ。
「ありがと、海斗」
弘大とは全く違う、無邪気な笑顔で一維が言う。
少し足を引き摺るようにして歩いてるからなのか、それとも元々のテンポなのかもしれないけど、一維の歩調はかなりゆっくりだ。
少しでも長くこの至福の時間が続けばいいなぁーとかついつい考えちまう。
キュッとしがみ付かれた腕の感触とか、歩く度に触れる一維の髪の柔らかさとかがとにかく心地良い。
俺はあまりの幸せに、自然と空を仰ぎ見る。
あぁ、なんて青々として美しい空なんだ・・・って、なんだアレ?
目に入ってきた物体に、俺は我に返った。
4階の窓から伸ばされた手に持たれている、真っ白なもの。
まさか・・・
嫌な予感に青ざめて、あとはもう体が勝手に動いた。
「危ねぇっ!!」
力任せに一維を抱き寄せ、後ろに飛び退く。
瞬間、俺たちの目前でド派手な破砕音が響き渡った。
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飛び散った白い破片を見やり、俺は全身に鳥肌が立った。
周りを歩いていた奴らも騒然としてる。
「大丈夫か? 怪我は・・・」
腕の中を覗き込んで尋ねる。一維は真っ青な顔でガタガタと震えていた。
「・・っひっく・・・怖か・・った・・よぉ・・」
俺の上着の胸元をぎゅっと握って、一維はポロポロと涙を流す。
その表情はこれまたどんな小さな子猫よりも頼りなくて可愛かった。
っつーか、どさくさに紛れて俺はなんつー大胆なことを!?
思いがけず抱き合っているような体勢になっていることに気付き、俺の体はたちまち硬直。
泣いている一維を引きはがせるわけもなく、とはいえ欲望のままに抱きしめるわけにもいかないし・・・。
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「なかなかのボディーガードっぷりだね」
言わずもがな弘大だ。
「犯人は? 見えた?」
飛び散っている破片を一つ手に取り、上を見上げる。
俺は首を横に振った。
「手しか見えなかった。悪い・・」
よっこらしょと立ち上がり、一維に手を差し伸べる。
一維は未だ涙目のままだが、何とかゆっくりと起き上った。
「明らかに一維を目掛けて落とされたってことは、これも犯人の仕業だね」
弘大はため息交じりに言いながら、再び腰を下ろして比較的大きな破片を拾った。
「白い陶器・・・茶碗? いや、学校にあるんだから乳鉢かな?」
眉を顰めて思慮に耽る。
だが、俺にはその白い陶器に見覚えがあった。
「やっぱ・・・犯人、綾華先生のストーカーだ」
気が逸るままに呟くと弘大はさらに眉を顰めた。
「それ、植木鉢だよ。綾華先生んトコに届けられるりんどうの花の植木鉢」
どういうことだと言いたげな弘大に、なるべくちゃんと伝わるように意識をしながら説明する。
「あの手紙の“僕の白雪姫”ってのは綾華先生のことなんだよ。りんどうの花言葉は“悲しみに暮れるあなたが好き”これって、悲劇の白雪姫の綾華先生って意味じゃねーかな?」
一気に言い切ると、心臓がバクバク、背中にはじっとりと汗が滲んだ。
俺なりに行きついた仮説を、一維は真っ青なまま、弘大は何も言わずに真剣な顔で聞いている。
おいおい、なんか同意するなり、ツッコむなりしてくれねーとすげぇ不安なんだけど・・・。
「それホントか? 三島」
徐々に意気消沈していく俺の背後から、からかい交じりのようなどこかおどけた声がした。
御剣と宇佐美、後ろの方に綾華先生もいる。
どうやらさっきのただ事じゃない音を聞いて駆け付けたんだろう。
俺が自信ないなりにも頷くと、御剣はつり気味の瞳をギラリと輝かせ、いつも以上に不敵な笑みを浮かべた。
「それなら即行で犯人割れるぜ」
俺とは対照的に自信たっぷりに言い捨てられ、俺も一維も弘大ですら目を見開いた。
「ど、どういうことですか?」
弘大が珍しく恐る恐るという風な口調で問いかける。
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アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
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僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
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