演劇部活動記録・白雪姫が狙われた

sakaki

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弘大君の恋愛相談室

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――― 弘大くんの恋愛相談室 ―――


「相談があるんです・・・」
部活動終わりに突然そう持ち掛けられ、帰り支度をしていた弘大は聊か驚いた。
部長という立場ながら部員に相談をされるのは少なくないし、このところ“弘大は素晴らしい仲人だ”などという妙な噂が流れている所為で殊更に恋愛相談をされることが増えてきた。
・・・なのだが、今回は初めてのケースだ。なにしろ、
「迷惑じゃなければ、蘇芳先輩も一緒に・・」
そんな申し出までされたのだから。
まさか話を振られるとは思っていなかったらしい一維も隣で目を見開いている。

弘大と一維に話しかけてきたのは、我らが演劇&軽音部の一年生である桜井奏美(さくらい かなみ)。
ギターが好きで、このところ海斗にベッタリで一維をやきもきさせていた件の相手だ。

「あの・・僕も一緒で良いの?」
海斗のことがあるからか、一維はどこかビクビクした様子で問いかける。
部員全員が帰った後の部室に残り、三人は三角形に向かい合わせになって座っていた。
「はい。蘇芳先輩にも相談に乗ってほしいです」
奏美は神妙な面持ちで頷く。
恋敵であろう一維には敵対心を抱いているのではないかと勘繰っていたのだが、そんなこともなさそうだ。
「それで、相談って?」
弘大にしては声も表情もできるだけ柔らかくして問いかける。
これでも内心ハラハラしているため、眼鏡が曇ってしまわないか心配だった。
「恋愛相談・・なんですけど。陣野先輩に相談したらうまくいくって噂、聞いて・・・」
奏美の返答に“やっぱりか”と思いつつ、さらに身構える。
彼の恋愛相談ならば、当然相手は海斗だろう。一維も心なしか青ざめて身を固くしている。
(恋人同伴で相談って・・・相当強かだな)
決して顔には出さないが、弘大は少しばかり苦々しく思う。
だが、俯いている奏美の表情を見ると強かさとは無縁のような気もした。
「あの・・俺、実は・・・・」
仄かに頬を染め、震える唇が声を発する。そして思い掛けないことを言った。
「淳也先輩の事が好きなんです!」
“海斗先輩のことが好きなんです!”てっきりそう続くのだと思っていたのに、違う名前が入っていた。
「・・・・今なんて? 」
「じ、淳也くん・・・?」
弘大は耳を疑い、一維も明らかに“信じられない”という顔をしている。
「淳也って、あの淳也じゃないよね? 別の淳也っていう名前の人いたっけ? あ、一年生かな? 」
「い、いえ、あの・・軽音楽部部長の菅野淳也先輩です」
取り乱す弘大に、奏美は困惑したように改めて好きな相手の名前を伝える。
それでもにわかには信じがたかった。
(だって淳也って・・・淳也だよ? あの淳也が。まさか淳也って・・・)
愕然とする弘大。
「・・・ど、どこがいいの?」
「こ、弘大ったら・・」
思わず尋ねてしまい、一維に苦笑された。
「えっと・・・なんていうか、いつも一生懸命なところとか、明るくてこっちまで元気を貰えるところとか・・・あ、あと、やっぱりドラム叩いてる時が・・・その、カッコいいなって」
言い終えるなりカーッと赤くなって顔を隠す。その姿は正に“恋する乙女”だ。どうやら本当に淳也に恋をしているらしい。あの淳也に。
「海斗先輩にもギターを教わるついでに色々相談に乗ってもらってて、それで“こういう相談は弘大にするに限る”って教えてもらったんです」
海斗にベッタリだったのは、そう言う理由もあったらしい。これには一維が胸をなで下ろしたのが分かった。
(なんで皆して俺を仲人にしたがるかな・・・)
弘大としては腑に落ちないことこの上ない。・・・だが、
「そういう事なら応援してあげようよ! 僕たちにできることならなんでも言って!」
「ありがとうございます! 蘇芳先輩!」
一維はすっかりやる気になってしまったらしい。
大きな目をキラキラと輝かせて奏美と手に手を取り合っている。
音楽バカに恋する者同士、意外と気が合うのかもしれない。
「けど、淳也がアリスちゃん一筋なの知らない訳じゃないよね? 」
水を差すようで悪いが、これを伝えておかない訳にはいかないと、弘大はため息交じりに言った。

そう、淳也はアリスこと有栖川瑠衣のファンであり、一年生の頃から追いかけ続けているのだ。
しかも単なる一ファンではなく、本人的には本気も本気の恋なのだというから始末に負えない。
弘大も幾度となく“どうすればアリスと付き合えるか”と相談を受けてはいるが、こればっかりは一欠けらの希望も見いだせない。

「そっかぁ・・・好きな人にもう好きな人がいるって辛いね」
一維がしょんぼりと肩を落とす。
「まぁ、淳也の場合は一生叶わぬ片思いだからそんなに気にすることはないと思うんだけどね」
弘大は苦々しく言い放ち、眼鏡を指先で押し上げた。
「でも、俺・・・淳也先輩のそういう一途なところも好きなんです。その一途さを俺に向けてたらって思ったりもするけど・・・」
恥ずかしそうに、ぼそぼそと語る奏美。
大人びて何処か艶めいた外見とは裏腹に、純朴で可愛らしい一面の持ち主らしい。
一維など“桜井君可愛い!”と言って抱きついているくらいだ。
「桜井君ってすっごく綺麗だし、きっと淳也くんだって振り向いてくれるよ! がんばろ!」
意気揚々と一維がエールを送る。くるくると変わる表情とコミカルな動きはまさに小動物のようだ。
だが奏美の表情は優れなかった。
「でも・・・有栖川先輩のことが好きっていうくらいだから、やっぱり淳也先輩ってあんな感じの可愛い子が好きなんだろうなって思って・・・でも、俺こんなんだし・・」
肩を落として溜息を洩らす。
(皆似たようなこと思うんだなぁ・・・)
前に一維が奏美と自分の外見を比べて“僕なんかこんなだし”とぼやいていたのが思い出された。
好きな相手の好みに近づきたい・・・それは恋する者なら誰しもが抱く悩みなのかもしれない。残念ながら弘大にはイマイチ理解できないが。
「だから、せめて可愛い表情とか仕草とか、そういうのを頑張ろうと思うんです。海斗先輩が“一維は世界一可愛いんだ”っていつも話してるから、ぜひ蘇芳先輩にアドバイスしてもらいたいと思って」
今度は奏美が一維の手を取って真剣な眼差しで頼み込む。
一維は顔を真っ赤にした。
「か、海斗が、そんなこと言ってるの?」
「へぇ・・一維のいないトコでは結構言うんだねぇ、海斗のヤツ」
自分たちは到底聞いたことのない海斗の盛大な惚気に、弘大は思わずほくそ笑む。
(絶対今度からかってやろう)
新たな楽しみができたと、心の中で鼻歌を歌った。
「それで、陣野先輩にはどうすれば淳也先輩が振り向いてくれるかを相談に乗ってもらえたらって・・・」
先ほどから温度の低い様子の弘大に不安を感じたのか、奏美が恐る恐るという風に言う。
一維やアリスとは確かに違うが、奏美も十分可愛らしいと弘大は思った。
「淳也は単純だから、結構ベタな手で落ちると思うよ」
仕切り直すように姿勢を変えて、ギラリと瞳を光らせる。
「ベタな手ってどんなのですか?」
「そうだなぁ・・・たとえば・・・・」
「わぁ、それいいかも!」
三人は身を寄せ合って、ひそひそと話し合う。
この作戦会議は、見回りの教員に“早く帰れ”と声をかけられるまで続くのだった。
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