高慢ちきなアリス

sakaki

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高慢ちきなアリス

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――高慢ちきなアリス――


僕の名前は有栖川 瑠依(ありすがわ るい)。皆からは『アリス』という愛称で呼ばれている。
これは単に名字から捩っただけじゃなくて、僕が文化祭のミスコンで不思議の国のアリスの恰好をしたことが由来。ちなみに僕の学校・・・帝城高校で言うところのミスコンというのは、『ミスター女装コンテスト』という、男子生徒が女装して一番かわいい子を決めるコンテストのこと。昔男子校だったころから続いている、結構歴史ある大会なんだ。

その時のミスコンでグランプリを取ったことからも分かるように、僕は可愛い。
眼もパッチリしてるし、まつ毛も長い。女子生徒よりもお肌つやつやの自信だってある。
男子高校生にしては低めの身長とか華奢な体型は、僕の可愛さを際立たせてくれる大事な要素だからちっとも嫌じゃない。

だけどこの可愛さが、今みたいな時はちょっと困る・・・。


学校に向かう早朝。丁度出社・登校ラッシュに差し掛かる電車内、瑠依はぎゅうぎゅうに押しつぶされながらその身をよじっていた。
チラリと背後に目をやるとサラリーマン風の中年男が数人見える。どれも皆メタボだったり脂でギトギトしていたり頭髪が後退していたり・・・如何にもさえない男たちだ。
(最悪だよ・・・カッコいいお兄さんなら大歓迎なのに)
瑠依は眉を顰めた。
先ほどからずっと誰かに尻を撫でられているのだ。触られている角度からおそらく痴漢は後ろの中年男たちの誰かだろう。
目前にドアが迫っているためこれ以上体を逃がすこともできず、瑠依は歯を食いしばって耐えるだけだ。
(いくら僕が可愛いからって、朝っぱらから欲情しないでよ~~~!!)
徐々に触り方が大胆になり、荒い息遣いまで聞こえてきた。
残りあと二駅とはいえ、もう堪えられない・・・瑠依がそう思った時だった。
「痛てててっ」
中年太り薄ら禿げ加齢臭の三重苦の男が実に情けない声を上げたのだ。どうやらこの男が痴漢の犯人らしい。
傍らの長身の男に腕を捻上げられて真っ青な顔をしている。
「とっとと失せな、痴漢野郎。」
腕を掴んでいた人物が冷たく言い捨て、丁度良く開いたドアから痴漢男を蹴り出す。
一連の流れを呆然と見つめていた瑠依は胸の高鳴りを隠せなかった。
(この人、超かっこいい・・・)
頬を赤らめ、瞳を輝かせる。
ミスコンでグランプリを取った自慢の笑顔で礼を言おうとしたが、彼は瑠依には目もくれずに立ち去ってしまった。混雑している電車の中、すぐにその背中は見えなくなる。
(・・・僕の王子様・・)
瑠依の瞳はすっかりハートマークになっているのだった。



「でね、低い声がまたいい感じなの!!」
教室に着くなり、瑠依はクラスメイト達に熱弁を奮う。
痴漢男を一捻りにした腕は逞しく、サラサラの柔らかそうな黒髪は硬派さの表れで、涼しげな目許が大人の色気を含んでいて、よく通る低い声はいつまでも耳に残り、心をつかんで離さない・・・そんなことを延々と語った。
「だけどさ、アリス・・・」
恐る恐る、と言う風に取り巻きの一人である村上が口を開く。
「電車で一瞬会っただけの相手だろ・・」
よくぞ言ってくれたとばかりに黒沢も続いた。
「そうだよ、偶然会っただけなんだから望み薄じゃね?」
更に大島も二人に乗った。
「そうそう。名前も歳も分からない男よりさ、もっと身近でいい相手探せって」
“たとえば俺たちとか”と三人が声をそろえる。
だが瑠依は一切聞く耳持たず。頭の中では王子様との運命の再会ばかり思い描いているのだった。
「はぁ・・・今度はいつ会えるかなぁ、王子様」
うっとりと遠くを見つめる。
そしてぐるんと勢いよく三人に向き直ると飛び切りの笑顔で言い放った。
「僕に会ったら、一目で恋に落ちるに決まってるよね? だって僕可愛いもん。」
自信満々。得意満面。
取り巻き三人は大いに同意した。
「もちろんだぜ、アリス!!」
「アリスは世界一可愛い!!」
「どんな男もアリスの笑顔で一撃だ!!」



昼休み開けは選択授業。ちなみに瑠依は世界史選択のため、今日は視聴覚室での授業だ。
教科書とノート、筆記用具を持ってのろのろと歩く。今度は別の取り巻きを二人引きつれている。
「世界史は気が重いよなぁ・・・アリスと一緒じゃなきゃ絶対選らばねーわ」
ため息を漏らした後で、媚びたように言うのは瑠依の左側を歩く大久保。
「だよなぁ、冷血ウサギの授業だもんな・・・。なんでアリスは世界史選択なの?」
今度は右側を歩く光浦が尋ねた。
「だって世界史好きなんだもんっ。マリーアントワネットとか、王妃エリザベートとか♪」
瑠依はわざとらしくアヒル口を作って答える。両端から歓声が上がった。
「「かーわいいなー、アリスは!!」」
「ふふ、ありがとー」
当然と言わんばかりに満足げに微笑む瑠依。
だが不意にその歩みを止めた。視界の隅を掠めた人物に釘付けとなったのだ。
(うそ・・・王子様!?)
大きな目をさらに見開き、立ち尽くす。
「アリス?」
「どうした?」
左右から顔を覗き込まれたが、お構いなしに走り出した。手に持っていた教科書たちを二人に押し付けて。

瑠依が見たのは、開け放した窓から覗く麗しい横顔。なぜこんなところにいるのか・・・そんな疑問など後回しだ。寧ろこんなにもすぐ再会できるなんてまさに運命、と言ったところだろうか。
一心不乱にあの窓のある場所・・・社会科教諭室に向かう。
高鳴る鼓動を抑えつつ、勢いよく扉を開いた。
(僕の王子様!!)
室内にいたのはただ一人、先ほど窓から見えた人物に間違いなかった。
瑠依は瞳を輝かせ、一歩、また一歩と王子様に向かって歩み寄る。
・・・が、
「こんな所で何をしている? もうすぐ授業が始まるぞ。そもそもノックをせずに扉を開けるとは礼儀がなっていないな」
王子様は眉を顰めて冷たく言い放った。その口調、冷徹な声には聞き覚えがある。
(・・・え・・)
瑠依は絶句し、呆然とその人物を見つめた。
窓から入ってくる風に柔らかく揺れていた髪を整髪料で固め、胸元が見えそうな所まで開けられていたシャツのボタンは一番上まできっちりと閉じ、グレーのストライプのネクタイをきっちりと締め、紺色のジャケットを羽織り、とどめに銀縁が光る眼鏡を掛ければ、瑠依の王子様はあっという間に『冷血ウサギ』へと変貌してしまった。
(ウソ・・・)
あまりのことに瑠依の唇は震える。真っ白になった頭を何とか働かせ、徐々に後ずさった。
「し、失礼しましたっ!!」
ガバッと頭を下げ、またも一目散に走りだす。

通称『冷血ウサギ』こと宇佐美響一朗(うさみ きょういちろう)は社会科教諭である。授業にしても生徒指導にしてもその厳しさは群を抜いており、誰も手を付けることができなかった三年の不良生徒を泣かせるまで懇々と説教をした話はもはや伝説。
冷徹・陰険・人間味ゼロ・鬼教官・・・生徒たちはそんな陰口を叩き、彼の名字を捩って付けたあだ名が『冷血ウサギ』というわけだ。

当然ながら瑠依も彼のことが苦手だ。怖い存在でしかない。
(宇佐美先生が・・・・王子様だったなんて・・・)
瑠依はもはや涙目になりながら、予鈴と共に視聴覚室へと滑り込んだ。



授業中、瑠依はずっと宇佐美を見つめていた。
今までは怖さが勝っていて顔を品定めしたことなどなかったが、こうしてじっくり眺めてみるとやはり『王子様』と出会った時と同じ感想を抱いた。電車で会った時とは随分と雰囲気が違い、別人のようではあるのだが・・・。
(ふーん・・・宇佐美先生ってこんなにカッコよかったんだ・・)
頬杖をついたまま、瑠依は密かに小悪魔な笑みを浮かべていた。


この日から、瑠依の猛アタックは始まる。
授業の前後には何かと質問しに行き、授業がない日にも何かにつけて口実を作っては宇佐美に話しかけて愛想を振りまいた。宇佐美が何曜日の何時限目に何処の授業なのか、いつが空き時間なのかも全て把握し、常にチャンスを狙った。ラブレター攻撃は勿論手作り弁当攻撃、直接アタックも幾度となく行った。
普段は微笑むだけで落ちない男はいなかったというのに、宇佐美は一切靡く気配がない。それがまた瑠依にとっては新鮮で実に面白いのだ。手強い敵ほど燃える、と言ったところか。
「あ、宇佐美せんせ~!!」
今日もまたハートマークをまき散らしながら弁当を持って宇佐美に駆け寄る。
宇佐美はと言えば、瑠依に気付くなり眉を顰めて方向転換。早歩きで逃げ出した。
「もぉ、宇佐美先生ってば~!!」
瑠依は全く臆することなく、猫なで声でいとしい人を呼びながらそのあとに続く。

そんな二人の光景を見て、クラスメイト達はこう呟くのだ。
「またアリスがウサギを追っかけてるよ」



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