食わず嫌いはダメ

sakaki

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食わず嫌いはダメ~後編~

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***

伊織との料理レッスンは回数を重ね、いつの間にやら慣習のようになっていた。
初めはもっぱら恭平が指南する側だったが、近頃は伊織に和食のレシピを教わることも多くなった。
恭平の教えは弁当の献立に活かされ、伊織の教えは料理教室の企画作りに活かされる。
趣味を仕事にしている2人としては、料理の腕を高め合えるのが言うまでもない利点だ。
そして何より、料理を抜きにしても伊織とは気が合った。
映画の好みや好きな本、服のセンスに至るまで、感覚が近くて話が尽きない。
年が近いこともあって、気の置けない友人になるのにほとんど時間はかからなかった。
一緒に料理をする以外にも、映画やショッピングに出掛けたり、夜通しゲームに勤しんでそのまま泊まっていくこともある。
男同士、仲の良い友人関係。・・・なのだが、このところ問題が生じていた。

「お前ってさー、元々ノーマルだったんだよな? 前に“男は守備範囲外”っつってたし」
1日の業務が終わり、更衣室にて恭平が徐に問い掛ける。
疑問を投げかけた相手は勿論若狭だ。
香耶との交際は順調そのもののようで、香耶が大学を卒業したら一緒に暮らそうという話まで出ているらしい。
「香耶ちゃんと付き合い始めるときってさ、なんか・・・その、抵抗とか全然無かったわけ?」
言い淀むようにしながら言葉を選び選び尋ねる。
「抵抗・・・なぁ」
その唐突さに眉を顰めつつも、若狭は真面目に考え込んでから答えてくれた。
「う~ん・・・正直、全然迷わなかったかって言われるとそうじゃないけど。ただ、まぁ・・・香耶ちゃんあんな感じだし、そこまで抵抗感じなかったかもな」
どこか照れくさそうに話すその様は、惚気ているようにも見える。
「香耶ちゃんも可愛いもんな」
香耶の中性的な顔立ちを思い返して恭平も頷いた。
若狭の言う“あんな感じ”とはつまりそういうことだろう。
(そうなんだよなぁ・・・可愛過ぎるから問題なんだよ)
香耶とは別の可愛いらしい顔を思い浮かべて溜息をつく。そんな恭平を見逃してはくれないのが若狭だ。
「何か迷わされるようなことでもあったのか?」
「え゛」
見透かすような問いかけに、思わずギクリとさせられる。
恭平は慌てて取り繕うような笑みを浮かべた。
「や~、あの、実は友達の話なんだけどさ」
咄嗟に嘯き、ペラペラと話して聞かせる。
「何か最近懐いてくれてる子がいて、あ、二個下の男の子らしいんだけど、その子がまぁなんか、何となく、自分のこと好きなんじゃないかな~みたいな。直接告られたとかそういうんじゃないらしんだけど。ほら、何となく雰囲気とか視線とかで分かるときあんじゃん? そういうのでそうなのかな~って・・・思ったらしいんだよね、友達は」
我ながら“それはねぇだろ”とツッコみたくなるほど苦しい嘘だ。ひきつりそうになりながら、若狭の反応を待った。
「それでどうしたもんか悩んでるってことか?そのお友達とやらが」
“お友達”のところに妙にアクセントをつけて聞き返される。苦い心地がしながらも、恭平は頷いた。
「そうだなぁ、例えばだけど」
若狭は呆れたように一つ息をついてから、真面目な顔で口を開いた。
「俺がお前のこと好きだって言ったら、お前どう思う?」
「メチャクチャ気色悪い」
恭平は即答。若狭も深く頷いた。
「安心しろ、俺も気持ち悪い。っていうかそれが普通の反応だ。なのに、そのお友達とやらは“俺のこと好きかも、どうしよう”なんだろ?どうしようかなんて悩んでる時点で答えなんて出てるんじゃないか?」
「・・・う・・」
妙に尤もらしい意見に黙り込む恭平。
とはいえ、そこで丸め込まれる訳にはいかない。この程度ですんなり納得が行く程度なら、はなから相談など持ちかけないのだ。
「けどさ、それで“じゃあその子のこと好きなのかも”って思うのは極論な気がしねぇ?」
負けじと食い下がる。
「だってさぁ、今まで女の子としか付き合って来てない訳だし、女の子大好きだし。もし付き合うなんてことになったら当然エッチも込みじゃん? どんなに可愛かろうが服脱げば男な訳だし、男の体見て勃たねぇだろ、抱けねぇだろって。だからやっぱそういう対象としては見れないってことなのかって・・・あ」
切々と語ってしまい、ハッとする。若狭はニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「友達の話だったよな?」
「と、友達の話だとも。そんなこと言ってたなーって話」
半ばヤケになりながら断言する。若狭はまた呆れたように笑った。
「ま、暫く悩んでみればいいんじゃないのか?  伊織ちゃん可愛いもんな。じゃあお先」
話しながらも首尾よく着替えを済ませていたらしく、言うだけ言ってさっさと出て行ってしまう。
(バレバレですか・・・)
お見通しという若狭の態度に、恭平は苦々しく笑った。

(まぁ、別にまだ好きだってハッキリ言われた訳じゃないんだし。俺の自惚れだって可能性も無きにしも非ずだし・・・)
深い溜息をついてベッドから半身を起こす。脱ぎ捨てたままくしゃくしゃになっている服が目に入った。
「ちょっと恭平、このアタシが隣にいるってのに一人の世界で考え事だなんて、いい度胸してるじゃない」
横からぬっと伸びてきた手に髪を引っ張られ、不機嫌そうな美人に怒られた。
「痛い痛い。ゴメンって、涼子さん」
慌ててご機嫌取りの笑顔を浮かべるが、涼子は気怠そうに長い髪を掻き上げるだけだ。
彼女が身体を起こすとたわわな胸が思い切り揺れた。
「まぁいいわ。やることやったし、シャワー浴びてさっさと帰るわね。一服してからだけど」
クラッチバッグから煙草を取り出し、慣れた仕草で咥える。
「煙草は換気扇の下で頼むよ」
「分かってるわよ」
ベッドから出ていく涼子にやんわりと言えば、勝気な笑みで恭平にキスをした。
立ち上がれば長い黒髪が均整の取れた裸体を隠す。だが歩く度に髪が揺れてキュッと上がったヒップラインや美しい曲線を描いている腰の括れがチラチラと覗いた。
そんな後姿を見送ってから、恭平はようやくノロノロとした手つきで服を拾う。
(ん・・・?)
ジーパンのポケットに入れっぱなしにしておいた携帯がチカチカ点滅していることに気付いた。
伊織からのメールだ。
“近くまで行く用があるから、ついでにこの前言ってたCD持って行くね。もし留守だったら勝手にポストに入れときまーす”
(今からうちに来るって・・・?)
メールが送られてきた時刻を見ると、2時間近く前だ。
何やら嫌な予感がして少しばかり青ざめる。
慌てて服を着込んでいると、玄関のチャイムが鳴った。
(伊織ちゃんだよな? たぶん)
一瞬だけ居留守を使ってしまおうかという考えも浮かんだが、灯りがついている時点で家にいることはバレバレだろう。
玄関に向かって駆け出した。途中で涼子がシャワーを浴びている浴室を横目に気にする。
(音・・・聞こえるかな、やっぱ)
気にはなるが、涼子に物音を立てないようにしていてくれと頼むのはおかしな話だ。
(ってか、そもそも気にするのがおかしいんだって。女の子同士が鉢合わせすんじゃないんだから)
自嘲気味に溜息をついてから、玄関の扉を開けた。
訪ねてきたのはやはり伊織だった。
「あ、お客様が来てるんだね。いきなり来たりしてごめんなさい」
すぐに置いてあるハイヒールに気づいたらしく、しょんぼりと肩を落とす。
(伊織ちゃん目ざとい・・・)
恭平は背中にじっとりと汗をかきつつ引きつった笑顔を作った。さらに、
「恭平~?  誰か来たの?  」
タイミング悪く涼子が顔を出す。それもバスタオル一枚巻いただけのあられもない姿だ。
(ちょっと~!! 涼子さ~ん!?)
心の中では大絶叫する。せめて早く引っ込んでくれと願うが、それすら叶わず。
涼子は伊織を見るなり瞳を輝かせて歩み寄って来た。
「超美少女ねぇ。彼女なの?」
「いや、この子男の子だし」
興味津々という顔で尋ねられ、恭平は首を振る。伊織はされるがままに顔や髪、体をベタベタと触られている。
「アタシもう服着て帰るだけだし、ゆっくり上がって行ったら?」
なぜかフレンドリーにそんなことまで言い出す涼子。
伊織はニッコリと微笑み、ただ突っ立っているだけの恭平にCDを差し出した。
「これを渡しに来ただけですから、もう帰ります。お邪魔しました」
半ば押し付けるようにCDを渡し、涼子に頭を下げると逃げるように走り去る。
(そりゃーそうなるよねー・・・)
バタンとしまった扉を見つめることしか出来ず、恭平は思わずその場にへたり込んだ。
「もしかして、アタシ出てきちゃまずかったのかしら?」
二人の様子に流石におかしいと感じたのか、涼子は苦い顔をして尋ねる。
「・・・もしかしなくても、まずかったよ」
伊織の表情を思い起こせば、頭を抱えるしかなかった。



***


キッチンスタジオICHIYOU、本日は小洒落たダイニング居酒屋にて親睦会が執り行われている。
普段はあまり交流のない事務員や講師らスタッフの友好関係が築ければと恭平が企画したものだ。
だというのに、当の幹事である恭平は座敷席の一番奥で一人壁を背に座っていた。それも携帯画面を睨み、おもむろに溜息すら漏らして。
「メールか? どうせまた女の子とトラブルだろ」
若狭がサーモンのカルパッチョとワインを持ってやって来る。
彼は今までその社交性を存分に発揮して場の雰囲気をとりなしていた。すっかり役立たずの恭平の代わりを勤めてくれたのだろう。
恭平が問いかけに首を振ると、若狭は今度は意地の悪い笑みを浮かべた。
「じゃあ、例の友達の話関係で迷走中か?」
「・・・う゛」
図星を付かれ、恭平は苦い顔をする。
だが、すぐに抵抗するのも馬鹿げていると諦めた。取り繕った所でどうせバレバレだ。
「一般的な感覚としてさぁ・・・惚れてる男の家で他の女と鉢合わせたりしたら、怒るなりショック受けるなりするよな?  普通は」
ワインではなく黒ビールをチビチビと呑みながらボヤくように言う。素直に相談の乗ってもらうことにしたのだ。
若狭は少しばかり眉を顰めた。
「鉢合わせたのか?  普段からいい加減なことしてるからそんなザマになるんだよ」
あからさまな呆れ顔。
「当然ショックだろう。ちゃんとフォローしたのか?」
ワインをグラスに注ぎながら、説教口調で言う。
恭平は大きく頷いた。そんなことは言うまでもない。
「そりゃあ、即行で連絡入れたよ。バカ正直に“あの人は単なるセフレです”って白状までした」
「それはフォローなのか?」
若狭は益々呆れた顔をする。だがそれも御尤もだ。フォローになっていないことくらい恭平だって分かっている。
「仕方ねーんだよ。もうどう足掻いても取り繕えない状況だったんだから・・・」
がっくりと肩を落として呟いた。あの晩の状況は、今思い出しても頭痛がしてくる。
若狭も何となく察したのか、恭平と共に頭を抱えてくれた。
「それで、相手の反応は?」
「全く気にしてない感じでいつも通り。ぶっちゃけ、好かれてるかもーって思ってたのが気のせいだったんじゃねーかってくらいの平然っぷり」
笑い飛ばすような口調で言いながら、グラスのビールを飲み干す。半ば自棄だ。
マナーとは無縁の食べ方でサーモンを数切れまとめて口に放り込み、もぐもぐ咀嚼しながら“ただ・・”と続けた。
「家に来なくなったんだよな・・・。こないだは家で料理する予定だったけど、急用が出来たっつってなくなったし、その後も何回か誘ってみたけど全然」
以前は料理をするためだったのは勿論のこと、何だかんだと言いながら家で過ごすことが多かった。
居心地が良かったし、伊織だってまるで自分の家のようにリラックスしてくれていた・・・と思っていた。
それが全く、ものの見事にピタッと無くなったのだ。
「それは、幻滅されたとかそういうことじゃないのか?」
野菜スティックを齧りながら、若狭が恐る恐るという風に尋ねる。それは恭平も思っていたことだ。
思っていたが、おいそれとは認めたくない訳もある。
「でも、家以外だと普通に会ってくれんだぜ?   態度とかも別に変わんねーし。嫌われたって感じはしない・・・と思うんだけど」
「けど家には来ない、か。微妙な線引きだな」
恭平は自信なさげに項垂れ、若狭も思案するように頬杖をつく。
そこに沢口が割って入った。
「何よ、あんた達。そんな簡単なことも分かんないの?  2人ともそこそこモテるくせに情けないわね」
ネイルアートを施した赤い爪が恭平と若狭の頬を突く。
その充血した目と若干呂律の回っていないところから、相当酔っ払っていることが伺える。
「さ、沢口さんは分かるの?」
逆らっても後が怖いと分かっているため、恭平は素直に話の続きを促した。
沢口はこれでもかというほどふんぞり返った。
「当たり前でしょ、それくらいの乙女心くらい私だってまだ分かるわよ」
(厳密に言うと乙女ではないんだけどな・・・)
そんなツッコミは勿論飲み込んで大人しく聞く姿勢を取る。
沢口は今度は何処か恍惚とした表情で言った。
「その子、よっぽど惚れてるのよ。その仁後君の友達に」
友達の話だと信じているらしいことに内心驚き、恭平と若狭は顔を見合わせる。すぐに“聞いているのか”と怒られたので二人して正座をした。
「そんなトコ見ちゃった後だと、家に行ったら色々想像しちゃうに決まってるでしょ? あの女はこのバスルームを使ったんだわ、このソファでイチャついてたのかしら、このキッチンで料理を作ってあげたのかしら、このベッドでセックスしたのかしらってね。考えたくもないのに考えずにはいられなくて、自分で勝手に傷付いちゃうのよ。あぁ~切ない!!」
舞台女優並の大袈裟な手振りで熱く語る。
「それでも会いたい、会わずにはいられないのは、心底惚れてるって証拠でしょーが。分かった? 」
トドメに思い切り恭平の背中を叩いた。そして次に絡むターゲットを見つけたのか、ふらつく足取りで立ち去っていく。
「だそうだよ」
「ホントかよ・・・」
若狭は苦笑し、恭平は舌を出した。



***


今日は伊織と共に映画を見た。恭平が見たいと言っていたのを伊織が覚えていたらしく、前売り券を買っていてくれたのだ。
そのお礼も兼ねて、映画の後の食事は少しばかり割高のフレンチレストランに連れて行った。
通常ならばなかなか予約が取れないらしいが、オーナーシェフが恭平の元上司なのでそこは特別待遇で。
伊織はとても喜んでくれた。
仕事帰りの伊織が女装姿のため、“可愛い彼女だ”としきりにからかわれたが敢えて事実は明かさず。
最高の料理に楽しい会話、端から見れば仲のよいカップルだと思われるのも当然だろう。
(俺は内心戦々恐々なんだけどね~)
会計を待ちながら、そっと溜息をもらす。
恭平は、やはりいつも通りにしか見えない伊織との距離感に迷っていた。そこに沢口の話が加わったのだから尚更だ。
(伊織ちゃんはどう思ってるんだろうな・・・)
ガラス扉越しに、表で待っている伊織を見つめる。
こうして客観的に見ると、やはりどこからどう見ても美少女にしか見えない。
そしてそんな伊織を、道を行く人々も皆チラチラと見ていることに初めて気付いた。
(まぁ、あんだけミニだと目が行くよなぁ・・・)
見えそうで見えない絶妙な短さのスカート。何よりそこからスラリと伸びた脚線美は、今まで恭平が見てきた中でも最上級だろう。
男達は下心を持って、女達は羨望を感じて見つめているに違いない。

(・・・ん?)
ようやく会計を済ませて外に出ると、伊織は見知らぬ男に話しかけられているところだった。
ナンパでもされているのだろうかと少しばかり警戒しながら近付くと、二人が親しげに笑い合っていることに気付いた。
「今の人、知り合い? 」
伊織が男と手を振って別れたのを見計らってから尋ねる。伊織は事も無げに頷いた。
「うん、いつもお弁当買いに来てくれるの」
(ってことは伊織ちゃん目当ての客か)
頭の中にイコールの図式が浮かぶ。男のやけに脂下がった顔を思い返すと“なるほど”と合致がいった。
「ただの客にしちゃ仲良さそうじゃん。誘われたりしてんじゃない?」
「え・・・」
冗談めかして聞いたのだが、伊織の笑顔が一瞬固まる。図星をついてしまったようだ。
「もしかして、もう告白でもされた?」
分かりやすい伊織の反応に苦笑しながらさらに問いかける。伊織は頬を染め、俯きがちになりながら頷いた。
そんな伊織の表情に、恭平はなぜかチクリとしたものを感じた。
「伊織ちゃんが女の子だって信じてんだろうね。お気の毒」
喉奥に感じた苦さを吐き出すように言う。口を付いて出たのは単なる嫌味だった。
伊織は困ったように眉を顰め、ゆっくりと首を振った。
「ううん、知ってるの。でも、それでもいいから付き合ってくれないかって言われてて・・・」
「付き合うの? あいつと?」
伊織の言葉を遮って、硬い声で問う。
段々と募り始める苛立ちが、恭平の顔から笑みを消していた。
「・・・分かんない」
伊織がポツリと答える。
否定でも肯定でもない曖昧な返答に、恭平の苛立ちは更に膨らんだ。
「その気がないならハッキリ断ればいいだけだろ? 客だから断りづらいんだうけど」
責めるように言い、溜息を付きながら髪をグシャグシャとかき上げる。
この態度には、流石に伊織もムッとしたらしい。
唇を噛み締め、眉を顰めて恭平を睨む。
「別にそんなんじゃない。っていうか、もういいじゃん。仁後さんには関係ないでしょ?」
突き放すように言われ、恭平は一気に頭に血が上った。
「関係なくねぇだろ! 俺のこと好きなくせに!!」
伊織の腕を掴み、思い切り怒鳴る。伊織の顔は一瞬にして赤く染まった。
「俺の事好きなくせに、どうでもいい客と付き合うのかよ!?」
「そんなこと、仁後さんに言う資格ないじゃん! 好きでもない女の人といっぱい寝てるくせに!!」
売り言葉に買い言葉。
二人してムキになり、ギャーギャーと怒鳴り合う。
「初めて会ったときだってそうじゃん! いきなりあんな事して、こっちはファーストキスだったんだからねっ!!」
暫しの攻防が続いた後で、伊織が恭平の胸元を叩く。
「・・・え?」
思わぬ言葉に固まる恭平。
走馬灯のように初めて会った晩のことが過る。
あの時伊織がすんなりと受け入れたように見えたのは、単にどうすればいいのか分からなかったからなのだろう。
(初めてって・・・マジか・・)
カッとなっていた頭は一気にクールダウンした。
そして冷静になって周りを見てみれば、ギャラリーが集まっていることに気付く。
街中で派手な痴話喧嘩をしていれば、注目を引くのは当然だろう。
「と、とりあえず・・・話の続きは場所変えてからにしようか?」
「う、うん・・・」
伊織も周りの様子に気づいたらしく、二人してその場から逃げるように立ち去った。



「場所変えてって・・・なんでこんなトコなの?」
身の置き場の無さそうにしている伊織が尋ねる。
「仕方ないじゃん。さんざん女の子連れ込みまくってる俺の家じゃ嫌でしょーよ」
恭平は悪びれもなく言いながらベッドに腰かけた。
恭平が伊織を連れてきたのはビジネスホテルだ。
「伊織ちゃん」
未だ扉の近くに立ったままでいる伊織に手招きする。
「話の続き・・・するんじゃないの?」
伊織は少し警戒したような面持ちで恭平の隣に腰かけた。
「勿論、話の続きだよ。見て」
恭平は頷き、伊織の身体を後ろから抱きしめる・・・ようにしながら、手に持っていた携帯を伊織に示した。
「すごい・・・女の子の名前ばっかり」
呆れたように、感心したように伊織が呟く。画面に表示されているのは、恭平の携帯に登録されているアドレス帳だ。
「一回きりの子とかも合わせると250・・・いや、300人くらいはいるのかな」
自分でもあやふやながらに検討をつける。
「300・・・」
伊織はただただ唖然。
それでも恭平はお構いなしに携帯の操作を続けた。
何度か画面を切り替えて、最終的に出てきた画面は『全件消去しました』
「なんで・・・?」
伊織は戸惑い露わに恭平を見つめる。
「これで口出す資格出来たよね?」
恭平は携帯電話を放り投げて、伊織を抱き寄せた。
「俺以外の男と付き合うなんて許さない」
噛み締めるように耳元で囁く。耳に唇が触れると、伊織はピクンと身を震わせた。
耳まで真っ赤になり、硬直したように動かない。
「こんな短いスカート履くのも禁止。女装するなとは言わないけど、あと15センチくらい長いのにしなさい」
抱き締めていた手を太腿に移す。
スカートの裾に指先を滑らせると、伊織が更に身体を強張らせたのが分かった。
「それから、こんなエロい下着つけんのも禁止ね」
捲り上げたスカートの下の黒いレースに触れる。それは両サイドを紐で結んでいるだけの、露出の高いデザインだった。
結び目を解こうと紐を引っ張ると、伊織は慌てて恭平の手を止めた。
身を捩り、恭平の腕から逃れようとする。
「な、なんで、そんなこと言うの? 仁後さんには・・」
“関係ない”・・・そう続く前に、恭平は伊織の身体を押し倒した。
「知らねぇの? 浮気性な男は本命相手だと独占欲強いんだよ」
伊織の揺れる瞳を見つめながら、少しばかり冗談めいた口調で言う。
「訳分かんない・・・」
伊織は眉を八の字にして顔を背けた。
「伊織ちゃんが本命だってことでしょーよ」
ふわりと髪を撫で、自分の方へ向かせる。伊織をじっと見つめたままで再びスカートに手を差し入れ、下着の紐を解いた。
「・・・・う、浮気しない?」
恐る恐る、という風に伊織が尋ねる。
その一生懸命な表情が可愛くて、恭平は頬を緩めた。
「しない」
囁き、伊織の額に口付ける。
「や、やっぱり女の子の方が良かったって・・・思ったりしない?」
尚も不安げに問いかける伊織。
恭平はゆっくりと首を振った。
「しないよ。伊織ちゃんがいい。伊織ちゃんしかいらない」
愛しくてたまらない、そんな想いを込めて囁く。
伊織は泣きそうな顔で恭平の背に腕を回した。



***

さて、キッチンスタジオICHIYOU。
夜も更けたため、二人の講師は着替えを済ませてそそくさと帰宅・・・しようとしたが、
「ちょっと! アンタら最近付き合い悪くない?」
不機嫌そうな顔をした沢口に呼び止められた。いや、正確に言えば首根っこを掴んで文字通りに“引き”留められた。
「可愛い恋人が待ってる若狭君は分かるけど仁後君まで・・・。まさか、本命彼女でもできたわけ?」
「え!? いや・・・まぁ・・・あはは」
怪訝そうに尋ねられ、恭平は笑って誤魔化す。ギクリとさせられたのは言うまでもない。
「まぁいいわ。二人ともお幸せに。今度は飲みに付き合いなさいよ!」
二人してバシッと背中を叩かれる。早めに解放してもらえてホッと胸を撫で下ろした。
「お前、もしかして沢口さんに内緒にしてるのか? 伊織ちゃんとのこと」
沢口の姿が見えなくなってから、声を潜めて若狭が問う。
恭平はバツの悪そうに頭を掻いた。
「いやー、折を見て言わなきゃとは思ってんだけどなかなか・・・」
タイミングが掴めない。度胸がない。怖気づいている。・・・などの理由から言い出せていないのだ。情けないことだが。
「けど、ちゃんと近いうちに話すよ。菓子折り持って挨拶、的な?」
茶化すような口調とは裏腹に、これは本気だ。
「ちゃぶ台ひっくり返されるくらいで済めばいいけどな」
「怖ぇー・・・覚悟しとこ」
冗談めかして言う若狭に、恭平も笑みを零した。
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