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第四章 聖女が辺境にやってきた!

第一話 平穏是又日常也#1

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「ひーまーだー」
 暇なんです。暇。本当に暇。
 探索者としての仕事がお休みになると、一日なにをして過ごせばよいのかわからなくなる。
 医術師のノイエンさんから『絶対安静』を言い渡されて数日。わたしは実に退屈な日々を送っていた。
 最初の数日はその辺の通りを散策したり道具の手入れなんかをやっていたけど、それすらもやり尽くした後ではただぼーっとしているか、ぼんやりとメイドさんの淹れてくれるお茶を眺めているかぐらいしかすることがなく。
 採取仕事ならお許しが出ているからとギルドに行ってみても、トーマスさん曰く『今のお前さんを一人で外に出せるワケねーだろ! せめてあの魔族の姉ちゃんを連れてこい』とのお言葉。
 う~ん……あの魔族の姉ちゃんことアイカさんを採取仕事に付き合わせるのは、ちょっと抵抗があるというかなんというか。あの目は二度と見たくないシロモノ。
 採取自体はきっちりこなしてくれるんだけど、あの死んだ目はわたしの心境的によろしくない。申し訳ない気持ちで一杯。
 それに最近はレティシアさんとクリスさんを連れて討伐系の仕事に勤しんでいることも多い。今日も近くで見つかった牛ぐらいの大きさを持つマッドワームの集団を狩りに出かけている。
 レティシアさんはともかくクリスさんはあまり気乗りする様子でも無かったけど、アイカさんに鍛え甲斐があるとばかりに引っ張り回されている。
 今はまだまだだけど、磨けば光る――とはアイカさんの言葉。
 意外……と言うか、見た目どおりに体育会系なアイカさんに目をつけられたのが運の尽き。なんだか、こう、後光がさしてるレベルでキラキラしてるんだけど。
 いや、ほんと。楽しそうで何よりです。
 ほとんど拉致される形で散々付き合わされた後に、ウェイトレスのバイトが待ってるクリスさんはご愁傷様です。今度差し入れするので強く生きてください。
「………」
 というか(自称元)魔王様が勇者を鍛えるって、それどうなんだろ?
 そりゃ、人族と魔族の戦争はとっくの昔に終わった話だし、今更それが再開されるなんてことも無いだろうし、勇者と魔王が戦うような事態は発生しないだろうから問題は無いと言えば無いんだろうけど。
 どこか釈然としないのは無理もないと思う。
「付いて行けばよかったかなぁ……」
 はぁっとため息一つ。
 まぁ、付いていこうとしてもトーマスさんが認めるワケが無いから無理だったろうけど。
 むむむ。結局なにもできないじゃない。
「あー、暇だなぁ」
 そして結局最初に戻る、と。一人でできる仕事が無くて、他にやることもないとなると……。
「あ、あれ……?」
 なんだかやること、やりたいことが全く思いつかない。
 今まで意識したことも無かったけど、わたしってば意外とワーカーホリックの気があったり?
 いやいや。生活の為に稼ぐ必要があっただけで、別に仕事そのものが好きだったワケではない……はず。
 あ、いやでも。少なくとも無趣味だってことは間違いないわけで……だから時間が空いた時、何をして良いのかわからず困っているのが現実なワケで。
「余裕が出来たってことかな」
 思えば今まで仕事といえば採取かちょっとした小物魔獣の討伐。たまに他パーティーのヘルプ。食事はギルドで一番安いセット。一日の終わりは安宿に戻ってベッドに寝転ぶ。
 う~ん……思い返してみれば、随分と面白みが無いというか、生活に追われた生活を送っていたんだなぁ。
 それが気がつけば屋敷の一室に部屋を構え、ちょっと癖はあるけどお手伝いさん達もいる生活に。
 装備品も昔と比べれば随分と贅沢な物に……思えば遠くへ来たもので。あ、涙でそ。
 もしアイカさんと出会っていなければ間違いなく今のわたしは居ないわけで、うん。これは凄く幸運なこと。
 お偉いさんに絡まれたり、危険な場所に出向く機会が増えたり若干後悔している点が無いとは言わないけど、概ね幸運なこと。幸運だったら幸運。
「ま。幸運って、それが維持できなけれりゃ意味がないけどね」
 生活が良くなったのは確かだけど、それを維持する努力を怠るワケにはゆかない。
 今はそれなりに稼ぎがあると言っても将来を保証する資産があるわけじゃない。少しでも油断すればあっという間に元の素寒貧に戻ってしまうかも。
 そうならないためには、やっぱり日頃からのお仕事が大事なワケで。
「っていうか、そもそも暇を持て余す原因となったのは……」



「根本的な問題は、わたしの防御力が低すぎるってことなんですよね」
 目の前の空になったカップを眺めながら、わたしはそう口にした。
「流石に前線でタンクを張れるほどの防御力はいらないと思うんですけど、それでも今のままじゃぁ、ちょっと足りないかなぁって」
 そう。根本的な原因はわたしが攻撃を避けそこねて重症を負ってしまったこと。あの『釘』の攻撃を上手くいなすことが出来てれば――せめて軽傷ぐらいにしておければ『絶対安静』なんて言い渡されずに済んだわけで。
 と言ってもこれ以上回避力を上げるのは物理的な限界がある。魔法や装備品で底上げするにしても限度はあるし、そもそも完全回避なんて物語上にしか存在しない。
 となると、後は防御力を上げるしかないワケだけど……。
「まぁ、それはそうかも知れませんね」
 突然お店までおしかけてきたわたしに、嫌な顔一つせずロベルトさんはお代わりのコーヒーを注いでくれる。
「とは言いましても、レンジャーの方は身軽さと器用さが売りですから、手っ取り早く金属鎧を使うというわけにもゆかないでしょう」
「そこなんですよねぇ」
 ロベルトさんの言う通り。偵察や罠対応など細かい作業の多いレンジャーは、金属鎧と非常に相性が悪い。
 どんなに気を使っても金属鎧はそれなりに音を立ててしまうから偵察時の邪魔になるし、またその音が原因で相手に発見されてしまう危険もある。
 あと重たい装備品は細かい作業への影響も大きい。
 金属鎧で固めた状態でトラップ解除しろなんて言われたら、わたしなら全力で逃げちゃうね。
「軽くて丈夫で硬い素材の防具とかあれば良いんですけどねー」
 まぁ、あるにはあるんだけどね。こんな都合の良い素材。
 例えばミスリルとか、あるいは軽量加工したオリハルコン合金とか。
 この辺りの金属は凄く丈夫でしかも軽いといういたれりつくせりなシロモノで、戦士系の人なら誰でも欲しがる逸品。
 当然お値段の方もとんでもないレベルに。そうそう容易く手に入れられるものじゃない。
 あと、やはり金属には違いないので機敏な動きの邪魔になるという点では普通の金属とあまり差がない。
 だからわたしのようなレンジャー職が使う時は、胸当てとか腰当ての一部に使うってケースになるかな。
 それだけでも結構どころじゃないお値段になるのだけど。
「ふむ……レンジャーにおすすめとなると、やはり魔獣素材になりますかね」
 レンジャーに都合の良い素材ナンバーワン。魔獣の毛皮。
 一般的な革鎧は牛や馬といった家畜の鞣した革から作るのだけど、それじゃぁ物足りないって人のために魔獣の毛皮を加工して作ることもある。
 例えば今わたしが身につけている胸鎧はギガント・ボアの毛皮から作られているのだけど、なんとコレ、鎖帷子並の防御力があったりする。
 それでいて革だから動きの邪魔にはならないし、金属音を立てることもない。素晴らしい!
 ……とはいえ、結局は鎖並の防御力しかないから、強い攻撃には耐えられないのは前回証明済み。
「ドラゴン・スケイルなら、エリザ様のご希望にも叶うのでは?」
 にっこりととんでもない事を言い出すロベルトさん。
 ドラゴン・スケイル――つまり、ドラコン素材で作られた防具。
 竜種の頂点であるドレイク種の鱗から作られた鎧なら、オリハルコンどころかそれ以上の防御力を誇るのに、一般的な革鎧ぐらいの重さしかなく、しかも魔法耐性が高いとか冗談みたいな高性能を誇る。
 現存が確認されているのは数個しかないというまさに伝説級のシロモノ。仮に売りに出すとしても値段なんてつけようがない。
 小竜種ドラゴネットの素材で作られた防具なら極稀に売りに出されることもあるけど、これまたビックリするようなお値段。わたしのような下っ端レンジャーでは拝むことすらできないだろうなぁ。
 ドラゴン種としてはランクの落ちる飛竜種ワイバーンや海竜種バハムート・変わり種の蛇竜種アンピプテラ素材なら一応入手できる範囲にはなってくる。
 それなりに高い防御力を持っていてお金さえあれば手に入る素晴らしい素材だ――もちろん買えないけど。
「希望には叶うかもしれませんけど、財布的な意味で叶いませんねぇ」
 結局のところ、竜種素材は『素材となる相手』を討伐しないと手に入らない。
 ドラゴンなんて探して簡単に見つかるものじゃないし、遭遇するのさえ稀。どうにかこうにか発見したとして、今度は大空を駆け大地を砕く相手と戦って勝たないといけない。
 入手難易度を考えれば、まだ地面を掘れば採掘できる可能性があるミスリルやオリハルコンの方が楽かもしれないってレベル。
「まぁ、それはそうですな」
 自分のカップにコーヒーを注ぎながらロベルトさんが言う。
「流石にドラゴン素材で出来た装備品をポンとお渡しすることは出来ませんし」
 えーっと、それはアレですか? お金を出せば渡せるドラゴン素材の商品があると?
 いや、えっと。前から不思議だったのだけど、ロベルトさんって一体何者なんだろう?
 クーリッツさんと関係があるのは確かだけど、だからと言ってツヴァイヘルド商会の一店舗といった様子もない。
 個人の店と言うには、商品のラインナップが、その『高価』過ぎる。わたしの弓も、そして譲られたショートソードも、それだけで大抵の商店の一財産。そうそう出せるシロモノじゃない。
 まぁ、ちょっと引っ込んでいるとはいえ、表通りに店を構えているぐらいだからヤバい筋の店じゃないのは確かだけど……。
「魔族の『甲冑』と呼ばれる防具は、革と木の組み合わせでありながらあたりどころによっては金属並の防御力を発揮するそうですが、流石にこちらは私の店では用意できませんしな」
 刀といい甲冑といい、魔族の装備は色々と癖が強くて人族の技術で再現するのは難しい。完成品をそのまま輸入しても、防具みたいに身体のサイズに合わせる必要がある物は色々と面倒だし。
「とはいえ、エリザ様の為でしたら一つなんとかして差し上げたいのも事実ですしねぇ」
 更に不思議なのはロベルトさんのこの好感度の高さ。
 初見がクーリッツさんの紹介だったからそりゃ悪い印象は持たれないとは思うけど、逆に好感を持たれるような事をした覚えもないんだけど。
 メンテも兼ねて何度か訪れてはいるけど、正直コーヒー淹れてもらってばかりぐらいしか記憶にない……。
「あぁ、そう言えば……近々マギア・タートルの甲羅が入荷する予定がありましたな」
 マギア・タートルって、亀のが魔獣化した変異体だったかな。
 百年単位で魔力に長期間晒された亀が確率的に変異した魔獣で、ともかく甲羅が硬い。といっても甲羅そのものは実は普通の亀と変わらなかったりする。
 この亀が本領を発揮するのは、魔力を使ってから。
 身の危険を感じたら、自分自身に蓄えられた魔力を消費して甲羅の強度を飛躍的に強化する。この状態になったら極めて高い防御力を発揮し、もう生半可な攻撃ではその甲羅を貫くことはできない。
 幸い凶暴性が低くて、この状態も飽くまで自分の身を守ることにしか使われない。だもんで、素材を得るだけならひっくり返して放っておけば良いという手軽さ。
 この甲羅で作った防具はそれなりの防御力をもった軽鎧となるんだけど、その真価は魔力結晶を使って魔力を通したとき。魔力を与えられた甲羅は、マギア・タートルと同じく防御力を上げることができるのだ。
 その時の硬度は板金鎧を上回るのだからわたしのようなレンジャーにはもってこい。
「それはまた……レアですね」
 素材を取るのは楽なマギア・タートルだけど、その手軽さとは裏腹にあまり流通はしていない。
 なにしろ見た目が普通の亀と大して変わらない上に、滅多に見かけることのない魔獣なのでその素材は割と貴重品だったりする。
「えぇ、幸いにして懇意の探索者が入手した素材を譲ってくれることになりまして……どうです? マギア・タートルの素材で防具を作ってみませんか?」
「へ? えっと、そんな貴重品をわたし用の防具に?」
「まぁ、貴重品とは言っても二度と入手出来ないというほどの物でもありますし、量も少数しかないので小柄な女性の胸当てぐらいで丁度良いんですよ」
「はぁ……」
 確かにわたし的には良い話なんだけど、でも貴重素材だから値段もお高いんじゃ……。
「まぁまぁ、一端作ってみますので、お気に召したら引き取って頂くということで。代金の方も勉強しておきますから」
 そんなわたしの内心を見透かしたかのようなロベルトさんの言葉に、わたしは無言で頷くしかない。
 だって、断れないじゃない。こんないい話。


   *   *   *


「ガールズトークしましょう! ガールズトーク!!」
 ロベルトさんのお店から戻り、ダイニングで一息ついていたわたしの所に、元気よくアカリさんが飛び込んできた。
 一瞬、大型犬が尻尾を振りながら来る幻影を見たような気がするけど、多分気の所為……?
「たまにはアカリの相手してくださーい!」
 あー、別に意図的に避けたりはしてなかったけど、確かにあまり話したことはなかったかも知れない。
 というか彼女、以前起こした騒動の罰として衛士と一緒の仕事をやっているので、中々顔をあわせる機会が無かったという事情もあるけど。
 それに、住んでる場所も屋敷の中じゃなくて、庭の片隅だし……。
 ともかくこれはアカリさんと親交を深める良い機会。暇つぶしにもなるしね。
「と言っても、アカリも経験ないんでよくわからないんですけどねー。ガールズトーク」
「えっと?」
 初っ端から暗雲が立ち込めてきましたよ?
 いや、言い出しっぺがそれではダメなんじゃ? というか、二人とも良くわからないって状態でガールズトークは無理なのでは?
「よくわからないのに、ガールズトークしようって来たんですか?」
「やー。非番なので、この機会にエリザさんと仲良くなっておきたいなー、と思ったんですよ!」
 わたしのツッコミに、アカリさんが頭を掻く。
「まー、ほら。何事も形からって言いますし」
「その形を理解してないと、入るのも難しいと思うんですけど」
「えーっと。つまり、エリザさんもご存知ないと?」
 おうふ。
 会心というか痛恨の一撃来ましたよ? 確かにわたしは同性の友達少ないですし、今まで女の子同士の楽しいお話会なんて経験ないですし。
 話題なんてほとんど稼ぎのことばかりで、精々が食堂の新メニューについてぐらい。
 つくづくガールなんて単語とは縁遠い生活してたんだなぁ……。
「これは困りました!」
 元気一杯あまり困っているようには見えない表情と声でアカリさんが言う。
 そして黙々とお茶の準備をしていたライラさんの方に顔を向けた。
「でもやっぱり、こういうのは長年生きてきたライラさんが詳しいのではないかと!」
 おっと、キラーパス。ライラさんもまさかこの流れで自分に話が回ってくるとは予想してなかったに違いない。
「ガールズトークというものはよく知りませんが」
 しかし流石はライラさん。突然アカリさんに話を振られても、全く動じる様子がない。
「そうですね……私達の時代ですと『どこそこに魔族が出たらしいので見に行こう』『自衛用の武器には、なんちゃら商会の暗器が一番』だとか、そうそう『ゴブリンを一撃で仕留めるためにはどこに拳を打ち込むのが一番か』なんて話題で盛り上がってましたね」
「うん。全然参考にならない!」
 にこやかに答えるライラさんに、アカリさんは大きく頷いた。
「いくらアカリがそういうことに疎くても、それが一般的ではないってことはわかる!」
「まぁ、私が生きていた時代は、世界中が殺伐としていましたからねぇ……」
 どこか遠い目をするライラさん。魔族と戦争している真っ只中だし、話題が物騒な方向に傾くのも仕方ないというか、なんというか。
 この人も大概な人生送っているし、普通の答えを期待するほうが間違っていると思う。
「えーっと……あ、丁度良い!」
 アカリさんはキョロキョロと左右を見回し、ダイニング横の廊下を洗濯物を持って歩いているランドリーメイドのイオナさんを見つけて声を掛けた。
「イオナさん、イオナさん。ガールズトーク知りません、ガールズトーク!」
 いやあの、捜し物しているワケじゃないんですから、その聞き方はどうかと。
「ガールズトーク、ですか?」
 声を掛けられた方のイオナさんが困惑顔で小首を傾げる。
 そりゃ、突然そんな質問されても答えに困るのは当たり前というかなんというか。
「申し訳ないのですが……私、生前は男騎士だったので、ちょっとガールズトークってのはわかりませんね」
 んんんんんんん?
「そっかー。それじゃぁ、仕方ないね!」
「えぇ。武運なく死んだ時は落胆したものですが、まさか死んでから願望が叶うなんて……ゴーストになるというのも案外悪くなかったですね」
 にこやかに手をふるアカリさんに、それではと一礼してイオナさんはそのまま歩き去っていった。
「え? あー、んと?」
 アカリさんもライラさんも何事もなかったかのような顔してるけど、今なにか凄く聞き捨てならない言葉が聞こえたような……。
「あのー」
 ちらりとライラさんに視線を向ける。
「実体を与える際、本人が強く望んでいましたので」
 わたしの視線の意味を理解しているのか、ライラさんはニッコリと答えた。
 そっかー。あのどっから見ても美人タイプなイオナさん。実は性転換願望持ちなむくつけき大男さんだったりしたのかー。
 そんな事実。知りたくなかったです……。
「ゴースト相手に元の性別なんて気にした所で大した意味はありませんよ?」
 いやいや、そのそういうことじゃなくてですね……え? まさか、ライラさんも生前実は……。
「私は正真正銘、女性でしたのでご安心を」
「ハハハ。ソウデスカ」
 何を安心したら良いのかさっぱりわからない。いや、深く考えるのはよそう。
 深淵を覗き込む者はまた、深淵に覗き返されると言う。好奇心は猫をも殺すのだ。
 わたしは何も聞かなかった! ハイ、お終い!
「こうなっては仕方ありません! お出かけしましょう、お出かけ!」
 ほぼ一瞬のうちに思考を切り替えたアカリさんが、一息でコーヒーを飲み干しながら口を開く。
「ガールズトークが無理ならデートするしかありません!」
「えっと、はい……良いですよ」
 多分、デートって言葉の意味もわかってないんだろうなぁ……と思いつつ、曖昧な笑顔で返事をしてしまうわたしも大概ダメだと思う。
 だって、わたしもデートとか良くわからないし! そんな機会なんてありませんでしたよ!
「で、どこに出かけるんです?」
 ついさっきまで出てたばかりだけど、まぁ、屋敷に居ても特にすることがあるわけでもないし。
「『イルズキ』ってお店です!」
 イルズキ……イルズキ……どこかで聞いたような……?
 あぁ、思い出した。アイカさんと行ったことがあるイスズさんのお店だ。
「あぁ、刀鍛冶の」
「そうです! そうです!」
 なんだか妙に嬉しそうな表情を浮かべるアカリさん。
 というか、この子。ホントに感情豊かね。見た目上の歳はわたしと大差ないように見えるけど、魔族だし、実際のところはどうなのだろう? 女性に歳を聞くなんて失礼はできないけど。
「前にアイカさんと行ったことがあります。わたし自身はあまり縁がないお店ですけど」
「まー、刀なんてキワモノ。魔族じゃないと上手く使うのは無理ですしね」
 うんうんと頷くアカリさん。
「たまーに頑張って使っている物好きな人も見るけど、無理して使わなくても慣れた人族用の武器を使えば良いのにとは思いますね」
 あー……。うん。一部の探索者――特に若い男性、それも男の子と言ったぐらいの歳の間では微妙に人気があったりするもんね、刀。
 こちらの剣類と違ってカッコよく見えるのと、同サイズの武器と比較すれば若干だけど軽いという点が受けているみたい。
 まぁ、大抵はその扱いの悪さに音を上げてほどなく一般的な武器に取り替えちゃうんだけど。
 扱いの難しい、まさに魔族ならではの武器。
「えっと。それでイスズさんのお店に行くのはいいですけど、お買い物ですか?」
「あー、うん。ちょっとちがくて。手入れに出してたアカリの刀を受け取りに行くんです!」
 言われてみれば今のアカリさんはいつもと違う短い刀を一本だけ腰に挿している。普段は二本の刀を持っていた筈。
「これは一人で行っても良かったんですけど、エリザさんが黄昏れてますからねー」
「え? それって……」
「さぁさぁ! 早く準備して行きまっしょー!」
 驚きの表情を浮かべて立ち上がったわたしの背中を、アカリさんがグイグイと押す。
「お夕飯までには戻りたいですしね!」



 ……あれよあれよと言う間に『はぐれもの町』まで連れて来られてしまった。
 アイカさんもそうだけど、アカリさんも大概押しが強い。魔族の人って、みんなこんな感じなのだろうか?
「たのもう! イッスッズさーん! アカリの愛刀、受け取りに来ましたよー!」
 イルズギの入り口をくぐるや否や、大きな声で呼びかけるアカリさん。一人いる店番の子が、びっくりした表情でこちらを見ていた。
 うぅ……なんとなく気まずい。後でちゃんと言い聞かせておきますので、ここはご勘弁を。
「うるさいねっ!」
 その声を受けて、店の奥からイスズさんが文字通り飛び出して来る。
「変なリズムを付けて人の名前を呼ぶんじゃないよっ!」
「えー、可愛くて良いと思うんだけどー」
「あたしゃ、もう可愛いなんて呼ばれる歳じゃないよっ!」
 いやあの、両手に刀を持った状態で怒鳴られると、その、なんていうか必要以上に迫力があるというか……怖いんですけど。
「女の子はいつまでも可愛いままでいたいんですよ?」
「あぁ、もういいよ……ほら。刃研ぎと柄巻き、両方やっておいたよ」
 はぁ、とため息を漏らしつつイスズさんは手に持っていた刀をアカリさんに押し付ける。ここで言い合いをしても埒が明かないって気づいたんだろう。
「まったく縁刀『結』に『紲』ね……ウチは吊るし専門の店なんだよ。お高い刀の手入れなんて面倒な仕事を持ってくるんじゃないよ……」
「えー。その分お金は上乗せしてるんだし」
 ブツブツ呟いているイスズさんに、アカリさんの言葉が被せられる。
「それにイスズさんの腕前を数打ち品だけに使うのはもったいないというかー」
「ふん。お世辞を言っても安くはならないよ」
 そう言いつつも、どこか満更でもなさそうなイスズさん。
 刀のことは良くわからないけど、アイカさんも褒めるぐらいの腕前なんだから結構な腕前なのは間違いない。
「ったく、後は棒手裏剣を二十本だっけ……ちょっと使い方が荒いんじゃないかい?」
 そう言いながら、今度は棚から何重にも巻いた布包を取り出す。そしてテーブルの上で広げられたその包の中には複数の棒手裏剣、人族で言えば投げナイフに相当する物が一本一本ポケットに収められていた。
 アイカさんも時々使っているけど、投げナイフよりコンパクトで使いまわしは良さそう。ただ投げナイフは文字通りナイフとして使えるメリットもあるから、一概にどちらが優れているとは言えないね。
 あぁ、そうだ。せっかくだから今度アイカさんに投げ方教えてもらおうかな?
「投擲武器なので、消費してナンボってものだと思いますー」
「だったら弓でも使いな! 二刀流の近接剣士が、飛び道具ありきの戦い方をしてどうするんだって話だよ!」
 イスズさんの言うことはもっともだけど、投擲武器を起点にしたスタイルもアリと言えばアリかな。
 持ち物が増えるという問題点はあるけど、それさえクリアできるなら牽制しつつ接近なんて行動も簡単になるし。
「アカリは意外性を重視してるんですー」
 そして、アカリさん。説明下手にも程というものが……その言い方じゃ、誰も理解してくれませんよ?
 いやまぁ、わざとぼかして言ってるのかも知れないけど。自分の戦闘スタイルなんて、あまり公言するようなものじゃないし。
「パッと投げて、ガーッと斬り掛かれば、大抵の相手は斬り伏せられるし!」
 えっと……やっぱ、素かな?
「口の減らない小娘だね、まったく! ほら、さっさと持って帰りな!」
 言うだけ言うと、ポイッと商品が入っていると思しき包みを放り投げてイスズさんは店の奥へと引っ込む。
「相変わらず口が悪いよねー、イスズさん」
 ぷぅっと頬を膨らませながら文句を言うアカリさんだけど、目は笑っている。
 うん。わたしから見てもイスズさんて愛想こそ悪いけど面倒見はとっても良い人。いわゆるツンデレって奴かな。本人に言ったら怒鳴られるの間違いないから絶対に言わないけど。
「うーん。予想より早く終わっちゃいました」
 アカリさんが店内の柱時計を見ながら言葉を続ける。
「夕飯にはまだ早いですし、どこかでスイーツ巡りでも洒落込みません?」
 スイーツは別腹! もちろん、異論なんてありません!

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