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第三章 過去に蠢くもの

第三話 迷宮に蠢く者#5

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「なにがわかったんだよ」
 目線をあわせて頷きあった私達に、ブラニット氏が面白くなさそうに声を挟んできた。
「そこの賢者殿はともかく、オレのような凡人にもわかるように説明して欲しいんだが?」
「……そなた、存外察しが悪いのだな」
 はぁ、やれやれ。とでも言いたげにため息をつくアイカさん。
「あの猫っ子は、ワイバーン達が余らの元までたどり着くまでの時間稼ぎをしておるのかと思うたが、実際にはワイバーン達は余らを素通りして別の場所へ向かっておる」
 それでも説明を続けてくれるあたり、アイカさんって基本的には良い人なのだろう。物語にでてくる魔王って大抵は悪逆非道な存在だけど、聞くと見るとは大違いって奴かしらね。
 ま、物語を作るのは、大抵『教会』の息がかかった作家か詩人なのでお察しってものだけど。
「あの猫っ子の狙いは、ワイバーン達が目的地につくまで余らに邪魔されぬことだったのだ」
「………」
 そこまで聞けばブラニット氏もアイカさんの言いたいことがわかってきたらしい。先程よりも緊張感を増した表情に変わる。
 アイカさんのセリフは、つまり私達は相手の目的と手段を間違えていたということ。
「となれば、その目的地とはなんだ? この状況で考えられる先など一つしかあるまい。あのワイバーン共が向かう先にエリザ達、あるいはゼムが居るということだ」
「……あぁ、なるほど」
 頷くブラニット氏。
 この一帯がどんな意図で作られたにしろ、そうそう迷い込んだお客がいるとは思えない。ワイバーン達が向かう先に居るのが誰かなんて簡単に想像がつく。
「ゼム氏はともかくエリザさん達だと少々手に余るかも知れません」
 複数のワイバーンの襲撃って、本来なら領軍が出撃するほどの驚異。クロエ嬢レベルの探索者を複数集めてやっとなんとかなるってレベル。
 クリスや犬っこ――コホン、レンさんレベルの戦闘力があれば良い勝負はできると思うけど、問題なのは空を飛ぶ相手に対する攻撃手段の少なさ。
 クリスは防御系メインで攻撃系の魔法はほとんど使えないし、レンさんはそもそも魔法使いタイプじゃないし。対空戦でアテになるのはエリザさんの弓だけど、一匹ならともかく複数のワイバーンを相手取るのは分が悪そう。
 見たところブレスタイプは居なかったので、攻撃のために地上近くまで来たワイバーンを迎え撃つという手はあるけど、とてつもなく疲れる方法なのは間違いない。
 せめてゼム氏が合流してくれていれば、大分楽になるとは思うけど、確証が無い以上今は祈るしかない。
「あるいはワイバーンで余らを脅したかったのやも知れぬが……空飛ぶ蜥蜴程度では、正直物足りぬなぁ」
 などと深刻に考えている私とは裏腹に、なんとも呑気そうなアイカさん。
 確かにアイカさんならワイバーンの数匹ぐらい、鼻歌交じりで叩き斬ってしまいそうな気がする。
「どうせなら、強化された変異体でもでてくれば良いものを」
 あ、それフラグって奴ですね。その手のことについては私、結構詳しいんですよ。
「……ワイバーンってのは、それなりに腕の立つ探索者を集めてようやく対抗できる程度には強力な魔物なんだがなぁ……」
 ため息まじりのブラニット氏。
「ともかく時間を稼がれたのは痛手だ。空を飛んでる相手に、どれだけ急いでも先回りはできねぇぞ」
 まったくもっておっしゃるとおり。エリザさん達が持ちこたえている間になんとか追いつきたいところ。
「なに、手間を掛けられた分、楽しみが増えたと考えれば良いだけだ」
 一方アイカさんはブラニット氏に笑いながら答える。
「あの猫っ子をとっ捕まえて、今度こそ愛でモフりたおすという新しい目的も出来たしな!」
「いやさぁ……」
 呆れ返るブラニット氏。それに合わせて私もすかさずツッコミを入れておく。
「浮気は良くないと思いますよ?」
「なにを言っておるのだ、お主は」
 すごいジト目で私の方をみるアイカさん。
「あんなにかまっておいて、新しい娘に色目使うなんて、エリザさんかわいそー」
「だからなにを言っておるのだ、お主は!」
 さらに深みをますジト目。無意識だろうけど、相当強い魔力まで乗っている。慣れてない人だったら意識を失っても不思議はない。
 うむ。微妙に癖になりそうな目つき。ライラさんの気持ちがなんとなくわかる気がする。
「そのくくり方では、そもそもお主だって猫っ子の同類であろう?」
「私は身の程を弁えた愛人枠なので問題ありませんよ?」
 アイカさんのツッコミ力はあまり高くないので、私なら簡単に切り返せる。
「だーかーらー! なにを! 言っておるのだ! お主!」
 あ、やばい。なんだか楽しくなってきた。イロコイ沙汰(?)は、女の子の養分だから!
「……最近の小娘の会話はよくわからんな……オレも歳かぁ?」
 ブラニット氏が頭をかく。彼が良い歳なのは事実だけど、多分今より若かったとしてもよくわからなかったと思いますよ!
「というか、随分余裕そうだな……ワイバーンだぞ、ワイバーン」
 両手を広げてお手上げだとでもいいたそうなポーズ。その気持ちは痛いほどわかる。それが理解できないのは英雄志望で夢見がちな愚か者だけ。
「あんなもの、ちょっと大きくてたまに火やら氷やら吹くだけの大道芸人だろうが。この程度で気後れしておるようでは、ドレイクどころかドラゴネットにも勝てぬぞ」
 どちらにしてもスケールが違いすぎる。ドレイクってドラゴンの最上位種で、神々すら焼き払ったっていう存在だし、ドラゴネットはその配下として世界を焼いたと言われる伝説の存在。
 一般的には勝つ負ける以前の問題です。というか、絶対に会いたくない相手ですね。
「どっちも普通の人間の手には負えねぇよ!」
 あ、ついにキレた。うん。アイカさんって話が通じてるようで通じてない時がままにしてあるから、円滑な意思疎通には結構なコツがいる。
「ったく。流石は元『魔王』様ってところか?」
「うむ。誰よりも強いから『魔王』を名乗れるのだ」
 ドン! とばかりに胸を張るアイカさん。
「肩書を下ろしたとはいえ、それで余の実力が損なわれるワケではないしな」
 人族には肩書が人を作るなんて言葉もあるけれど、この場合は実力に肩書が付いてきているのだから、それを失ったところで実力が衰えるはずもない。
「つまり、アイカさんが元魔王というのでしたら」
 でもこれは良い機会。今まで思っていても切り出すタイミングがなかった疑問点を口にする。
「今はもっと強い方が魔王になっているのですか?」
「どうであろうなぁ……」
 しかし、アイカさんの返事はなんとも言えない微妙なもの。
「余の持っている情報も古くなったので確かだとは言えぬが……」
 アイカさんが九十度近く首をかしげる。骨の構造がどうかとか神経がどうとかより、単純にきつくないのかしら? そのポーズ。
「単純に強い弱いで言えば、余より上の魔族など父上ぐらいしかおらぬが……一度は引退した身であるし、腕前はともかく食っちゃ寝生活が好きだからって余に魔王の座を押し付けるような御仁だからなぁ」
 なんというかすごく簡単に予想がつく。要するに男版アイカさんということで。本人に言ったら絶対に怒ると思うから口にはしないけど。
「周りの賛同も得られるかといわれると、これまた微妙な人望であるしな」
「……? では、今、魔王の地位は空座だと?」
 一番強い者が魔王となる決まりの世界で一番の強者には支持が無く、二番目に強い者は出奔中。
 そうなると、今の魔王は一体誰が? という疑問に誰もが行きつくわけで。
「一応、魔族領を離れる際に、魔王の座は双子の妹に譲るよう手紙を残しておいた」
 私の疑問に気づいたかのようにアイカさんが言葉を続ける。
「他にめぼしい候補もおらぬ故、余が書き残した通りになっておるのではないか」
「えーっと、そんな大事なことを紙一枚で?」
 うわぁ。想像するだけで恐ろしい。魔族領の政務者達はとんでもないパニックに陥ったに違いない。
 国のトップが置き手紙一枚残して姿を消してしまうなんて、いかな魔族であっても前代未聞の出来事だろうし。
 いやでも。魔族のことだし、案外こういう自体には慣れっこで、ため息一つで済ませた可能性も?
「魔王は一番偉い──少なくとも参議共はそう言っておった」
 そんな考えが表情に出ていたのか、アイカさんが唇の端をニヤリと上げる。
「であればどのような形であれ、優先されるは余の気持ちと考えであろう」
 なにがあったのか知らないけど、アイカさんも随分と溜め込んでいたものがあったみたい。
「幼子の戯言ではないのだからな。発言には責任をとってもらうだけのことよ」
 まぁ、偉い人の苦労なんて人族でも魔族でも大差は無いのだろう。なにかと自由気ままに見えるアイカさんだって肩書に『元』が付けばこそ。
 いや、そんなことより聴き逃がせない単語があった。
「妹さんがいらっしゃる?」
 確かにアイカさんの家族構成について話をしたことはないけど、初耳というにはあまりに重要な情報。
「良く出来た自慢の妹だぞ……余を良く補佐してくれたしな。少しばかり口煩いのが玉に瑕ではあったが」
 つまりアイカさんよりは常識人寄りと。もちろんアイカさんには言いませんよ?
「彼奴は余に比べれば総合力では劣るが、魔術に関しては数倍上回っておる。権謀政略も余よりよほど達者であるし、上手い事やっておるだろうさ」
 アイカさんの妹、それも双子さんねぇ……美人さんなのは予想がつくけど、それ以外はどうなのだろう?
 魔法使い系キャラって私と被ってるのは些か気になるけど、案外アイカさんみたいな肉体言語系魔術師だったりするかもしれない。
 人族の世界でも自分と武器に強化魔法を施し、相手と近接戦闘で殴り合う『ラインメイジ』って本末転倒な魔術師もいるぐらいだし。
 うん。それはそれで一度お目にかかってみたいもの。とはいえ、魔族領はその端っこですら辺境から遠く、慣れた行商人がトラブル無しで向かったとしても三ヶ月はかかるだろうという遠距離。もちろん一度も訪れたことはないからテレポテーションの魔法を使うのも無理。
 興味半分で迎える場所じゃない。
「まぁ、誰が次期魔王となっておるにしても今の余には無関係な話だがな」
 彼女には珍しいどこか毒気の混じった言葉。あまりつっつかない方が良い気がする。
「お前ら、ここはどう考えても急いだほうが良さそうなのに随分と余裕だな……」
 やや落ち着かなさげなブラニット氏。
「実際に余裕であるからな。少なくとも余とレティシアがおれば、どうとでもなる」
「だとしてもだなぁ……」
「どのみちこの悪趣味な催しの主催者は、余らが足掻いているところを見たいのであって、鎧袖一触に薙ぎ倒されるところを見たいのではあるまいよ」
 そんなブラニット氏に余裕の言葉を返すアイカさん。
「どうせ目的地はワイバーン達の後を追えば良いことだ。あの三人が揃っておれば、最悪勇者さえいれば苦戦はしても敗れることはあるまい」
 なんのかんの言ってあの三人、アイカさんからの信用が厚い。というか、盾の勇者――つまり鉄壁の防御を誇るクリスがいるのだから、少なくとも手遅れなんて事態にはならないし。
「……と思っておったが」
 不意にアイカさんの表情が険しいものに変わる。
「彼奴ら、頑張りすぎて虎の尾を踏みぬいてしまったやも知れぬぞ」
 なんのことが尋ね返す必要は無かった。
 私が口を開くよりも早く、ひときわ大きな異形の影が猛スピードで私達の頭上を通り過ぎて行く。
 ぱっと見たところ大型のワイバーンのように見えたけど、なにかすごく違和感。はっきりと姿を見ることができなかったので、あくまでも勘でしかないけど。
 そして、その勘が私に告げる――これは、すごく嫌な予感だと。
 正直、なんのかんの言ってワイバーンの大群なんて大した脅威だとは思っていなかった。ぶっちゃけ追い散らす方法なんていくらでもあるし。だけど、アレは……まずい。
「あれは……本気で急いだ方が良さそうですね――って!」
 私が言い終わるよりも早く、既に走り出していたアイカさん。まさに即断即決即実行を体現している。
「は、はやっ……」
 慌てて追いかけるも全力疾走するアイカさんにはまったく追いつけない。というか頭脳労働派の私が肉体労働派のアイカさん同等の体力を発揮できるワケもなく。
「ま、まって……」
 瞬く間に小さくなってゆくその背中に、私はまだまだアイカさんを甘く見ていたと思い知ったのでした。


   ††† ††† †††


 控えめに言って状況は最悪の一言。
 新たに現れた敵『マキナ・ワイバーン』は、ワイバーンを一回り大きくし無理やり二つの首と頭を取り付けたそのどこかユーモラスな見た目とは裏腹に、難攻不落の空飛ぶ城塞だった。

「エリザ!」
 飛んできた氷の矢──もちろん魔法だ──を剣先で叩き落としながらレンさんが叫ぶように言う。
「あのデカブツに、なにか有効な手はないか!」
 うーん……正直言えば、お手上げかなぁ。わたしの弓では攻撃が届いてもマキナ・ワイバーンのシールド魔法を撃ち抜けないし、翼ではなく魔法で浮いているから疲れて地上に降りてくることもない。
 飛ぶだけではなく魔法まで使っているから、そのうち魔力消費が負担になって地上まで降りてくる可能性はあるけど、どれだけの魔力を溜め込んでいるのか知る方法が無い以上、アテにするだけ無駄。
 ゼム氏の魔法攻撃なら効果が期待できるけど、取り巻きのワイバーンが執拗に狙っているためにこちらへ手を出すタイミングが掴めずにいる。
 もっとも他のワイバーンがゼム氏に集中しているおかげで、わたし達はかろうじて目前の相手を捌けているのだから痛し痒しってところだけど。
「一発や二発を当てるぐらいなら、なんとかなりますけど」
 普通に矢を当ててもマキナ・ワイバーンが展開しているシールドに弾かれるだけ。
 ただ逆に言えば普通じゃない――スキルで強化した矢でなら貫くこともできる。ただそのためには少なからぬ魔力の消費が必要で、肝心要の魔力が不足気味。最初のワイバーン達と戦っただけで相当に消耗している。
 そして最大の問題は、矢の一本や二本の攻撃を当てたところでなんの解決にもならないということ。
「かすり傷を負わせれたとしても、後が続かないか」
 ため息をつくレンさん。
「せめて頭から数メートルぐらいまで降りてくれば、斬り伏せて地面に叩き落としてやるものを……!」
 それは向こうもわかっていること。
 腹立たしいことにマキナ・ワイバーンは、油断も慢心することもなく絶対に安全な距離を保ってこちらを狙っている。
「次が来る!」
 今度はクリスさんが警告の声を上げた。
「まったくキリがない!」
 その言葉と同時にマキナ・ワイバーンの周囲に魔力が集まり、氷の弾となってわたし達の方へと撃ち出される。
「このぉ!」
 その氷弾の前にクリスさんが飛び出し、そのすべてを盾で叩き落とす。盾の勇者だけあって一発たりともこちらに通さないけれど、付近の地面に着弾した氷弾はそのまま地面に氷塊として突き刺さる。
 所詮は魔力で出来た氷だから十秒ぐらいで消えてしまうけど、それまで足場が悪くなってしまい、こちらの行動を大きく邪魔する。
 それでなくとも格上との戦いは神経を使うのに、この上足元を注意しながら戦うのは負担が大きい。
「悠々と浮いているだけの相手に、こちらはろくな反撃手段も無いなんてな」
  足元の氷塊を蹴り飛ばしながらレンさんが言う。
「遠距離攻撃の手段、もう少し身につけておくべきだった」
 なにか、なにか手はないか?
 焦りながらもわたしは打つべき手を考える。
 苦戦している最大の理由はマキナ・ワイバーンが攻守ともに魔法を使いこちらの攻撃を受け付けないから。
 それ以外の面で見れば他のワイバーンと大きく変わる点はない。それでも充分な脅威だけど、打つ手がないというほどじゃない。
 つまり、魔法さえどうにかできれば自ずとチャンスも生まれる。
(魔法……そうか!)
 マキナ・ワイバーンはあらゆる行動を魔法によって補っていて、少年声を信じるなら大気中から魔力を吸収して使っていることになる。
 つまり身体のどこかに魔力を集めるための仕組みがあるハズ。それを邪魔することができれば、少なくとも今までみたいに自由に魔法を使うことはできなくなるだろう。
 意識を集中し、魔力の動きを探る。
(……見つけた!)
 まるで吸引器かのように周囲の魔力を吸収しているマキナ・ワイバーン。その魔力の流れは両頭部の額と思われる部分に集まっていた。
「あのマキナ・ワイバーンですけど!」
 もう何度になるかわからないマキナ・ワイバーンの魔法攻撃をシールドで跳ね飛ばしているクリスさんに、叫ぶように話し掛けた。
「額の部分に魔力の流れが見えます。その部分で魔力を吸収し、魔法を使っているみたいです!」
「つまりそれををどうにかすれば、状況を好転させる目があるってこと?」
「そうです。少なくとも魔法の邪魔をすることはできます」
「なるほど……飛行魔法かシールド魔法。せめてどちらか使えなくなってくれれば、あのトカゲモドキに一発当てることもできるか」
 トカゲモドキって……確かに爬虫類みたいな見た目だけど、その、もう少し手心を加えた表現が……まぁ、いいか。とりあえず続きを話そう。
「ですが、弓で狙うには場所が悪すぎます」
 下から上目掛けて矢を放つ形になる以上、あんな小さくて引っ込んだ場所に矢を当てるのは難しい。
 いや、命中させるだけなら可能だけど、シールドの魔法に阻まれて多分ダメージにはならない。
「一瞬でも良いので、周囲のシールドを剥ぐか地面に下ろすことができれば……」
 シールドが無ければ弓が当てられるし、地上に降りてくれれば剣先を突き立てられる。
「一瞬で良いんだね?」
 いつになく真面目な表情でクリスさんが言う。
「神サマから貰ったいわゆる勇者特権って奴で、勇者は一人の相手につき一度だけ『全ての魔法効果』を無効化することができる――つまり一度だけチャンスを作ることができるんだ」
 え? なにそれズルい。
 ってか、そう言えば物語に出てくる『勇者』様って、突然なんだかすごい力で『魔王』を圧倒するってシーンが定番だったけど、効果はともかく実際にできたんだなぁ。てっきりおとぎ話の脚色だと思ってました。
 それはともかく、クリスさんが言う通りの効果を発揮できるなら――話は大分楽になる。
 魔法効果のすべてを無効化できるということは、つまり飛行魔法もシールド魔法も一度に無力化できるということ。
 シールドを失い空から落下してきたなら、いかなマキナ・ワイバーンでもとっさに対応はできないだろう。
 ならば弓で狙うなんて不確かな手段を取らずとも、直接狙うこともできる。
「使ったとしても後が続かないから黙っていたけど、逆転の一手になるなら、使うのは今だろうね」
 そこまで言うなり、クリスさんが聖剣を掲げ上げる。
 って、え? もうやっちゃうの!! できればこういうのは剣が得意なレンさんにお願いしたかったのだけど?!
 今からでは打ち合わせる暇もない! 少しは仲良くなれたかもしれないけど、まだ阿吽の呼吸で意思疎通できるほどの仲にはなってないから!
「神威顕現――我が敵の虚影を剥ぎ取り、聖なる鉄槌をくだせ!」
 クリスさんの聖剣から眩いばかりの光が溢れ出し、周囲一体を覆い尽くす。あまりの眩さに視界は真っ白なのに、閃光を直視した時特有の刺激はなく、両目を開いたままにできた。
「Gaaaaaaa!」
 だけどマキナ・ワイバーンの方はそうでも無かったみたい。激しい絶叫を上げながら、地面へと落ちてくる。
 翼で飛ばずに飛行魔法で飛んでいたのだから、魔法が効果を失えば当然浮いていられない。
 そして見てわかる通りマキナ・ワイバーンは結構なデカブツで重量もある。それが空から落ちてきたのだから自重による落下ダメージもあってすぐに動くことができない有様。
 落下した際にぶつけでもしたのか左側の頭部はふらふらと頭を揺らせていた。そう長い時間このままでいることはないだろうし、今が絶好のチャンス!
「んもぅ!」
 あぁ! もう! 躊躇している暇はない。レンさんに比べれば劣るとは言っても、満足に動けない目標を一突きにするぐらいならわたしの腕前でもなんとかなる。
 ショートソードを抜き放ち、マキナ・ワイバーンの左頭に向かう。
「覚悟っ!」
 こっちの狙いがわかっているのか、無事だった右頭部でわたしの行動を邪魔しようとしたけど、横合いからレンさんが剣先を叩きつけその動きを妨害してくれた。
 だからわたしは狙い違わず左頭部の額。窪みの奥に隠された水晶状の物体に剣を突き立てた。
「Urgugyaaaaaa!」
 僅かな抵抗感の後その物体はパキンと割れ、同時にマキナ・ワイバーンが大きな悲鳴を上げる。
 手応えはあったし、魔力の流れも感知できない。完全に無力化できている。
(レティシアさんが見たら、また『勿体ない!』って悲鳴を上げたかな?)
 以前のゴーレムのことを思い出し、ちょっとクスリと笑ってしまう。
 だけど、それはこのタイミングでは致命的な油断だった。
「Guuuuu!」
 額に剣突きつけられた首が大きく動き、わたしの体に一撃を加えてくる。
「ぐっ!」
 とっさに剣を立ててその一撃を受け止めたけど、衝撃までは防げずにわたしの身体は大きく弾き飛ばされた。
「エリザ!」
 クリスさんの声が耳に届くけど、返事なんかしている余裕はない。
 幸い数メートルほど跳ね飛ばされただけで木の幹に背中がぶつかり、それ以上ふっ飛ばされずに済む。
 身体全体に痛みが走るけど、これ以上吹っ飛んで地面を転がされるよりは全然マシ。
「だい……じょうぶ、です!」
 よろめきながらも木の幹から背中を離し、マキナ・ワイバーンの方を見る。
 左側の頭部を苦しげに振り回しながら再び空へと舞い上がっていたけど、額から魔力が漏れ出ているのが見える。感知スキルを使わずとも感じられる程の量だから、流石に今まで通り好き勝手に動くことはできないと思う。
「シールドが……消えた?」
 レンさんが呟いた。
 そう。マキナ・ワイバーンは空を飛ぶために魔力を消費するとシールドを張るだけの魔力が確保できなくなっていた。
「Gugaaaa……」
 憎々しげな眼光でこちらを見ているものの、その迫力は半減。
 シールドが無いなら、後は弓で撃ちたい放題なのだから。
「Ga!」
 先程までと同じ氷弾の魔法を発射してくるけど、数も減っている。躱した地面に氷塊は作れず僅かな水たまりができるだけ。明らかに威力も落ちているね。
 あの巨体を浮かせるには相当の魔力が必要だろうし、こうなるのは当然。
「どうやら、やる気になったみたいだな」
 剣を構え直しつつレンさんが不敵に笑う。
「Gaaa!!!!」
 このままではわたし達に優位をとれなくなったと悟ったマキナ・ワイバーンが地面に降り立つ。
 このまま浮いていてもわたしの矢に撃たれ続けるだけだと悟り、それならば地上戦の方がまだマシだと考えたのだろう。
「――――!」
 こちらを威嚇する咆哮を上げるマキナ・ワイバーン。
 まるでビリビリと空気が振動しているような咆哮だったけど、ネタが割れている今となっては虚仮威しにしか感じられない。
「散々人を舐めてくれて……お返しだ!」
 レンさんの剣がキラリと光り、その切っ先から衝撃波が生み出される。
「三枚に下ろしてやる!」
 左側の首がシールドを生み出しその衝撃波を打ち消したけど、今までの身体全体を覆うものじゃなくて、僅かなサイズの貧相なもの。
 続けて斬り込んできたレンさんの一撃までは防げず、もろに受けてしまう。
「チッ……無駄に頑丈な!」
 キーンという甲高い音を立ててマキナ・ワイバーンの表面を滑るレンさんの剣先。
 魔法のシールドを失ってもなお、その強固な鱗は絶大な防御力を誇っている。
 だけど、それだけだ。
「この!」
 左側から突き出したわたしのショートソードがマキナ・ワイバーンの鱗を貫き、その身体にダメージを与える。
 魔力結晶二つをつっこんだわたしの剣先は、鱗ぐらいでは止められない。
「!!!!」
 痛みよりも怒りが勝った唸り声を上げて右側の頭が次々と氷弾を発射するけど、そのすべてがクリスさんの盾に遮られ防がれる。
 地面に降りたことでマキナ・ワイバーンは存分に攻撃魔法を使う余裕が生まれたけど、地上戦ならクリスさんの実力も十分に発揮できている。
(といっても、決定打が無いの事実だし……)
 先程までとは違い充分に対抗できるようにはなったものの、決定的な一手が足りないのは否めない。
 わたしのショートソードはマキナ・ワイバーンの鱗を貫けるけど、威力に乏しい。
 レンさんのナイトソードは威力はあれど鱗を貫けない。攻撃力強化魔法を使えばマシになるとは思うけど、レティシアさんが居ない今、その魔法を使える人がいない。
 一番高い攻撃力を持っているのはクリスさんの聖剣だけど、防御の要である彼女は攻撃するタイミングが少ないし、積極的に参加してほしくもない。
 彼女の盾術がなかったらマキナ・ワイバーンの魔法を防ぐのも大変。感謝してます。本当に。
「千日手って奴だな、コレは!」
 レンさんが苛立たしそうに言う。そう、防御に関しては問題ないけど攻撃手段があまりに乏しすぎる。
 こちらの攻撃では大したダメージが与えられず、マキナ・ワイバーンの耐久力は削り切るにはどれだけ時間がかかるかわかったものじゃない。
 今は問題無いといっても疲労はたまるし、そうなるとこちらの動きも思うようにはゆかなくなる。
 長期戦は不利だ。だけど短期戦を挑むにはわたし達は地力が足りない。
 頼みの綱のゼム氏は――半分ほどのワイバーンを倒していたけど、こちらを手助けする余裕はなさそう。
(こんな時にアイカさんが居てくれたら……)
 強く思う。
 もしここにアイカさんがいれば、この程度の困難なら大きく笑い飛ばしてしまうだろう――そこにいるだけで安心感を与えてくれるアイカさんの強さ。
「アイカさん……」
 無意識のうちに以前貰ったペンダントを握りしめ、思わず漏らしてしまう呟き。
 こんな時こそ、アイカさんが居てくれれば良かったのに……!
「余を呼んだか?」
「え?」
 不意にマキナ・ワイバーンの左頭がぐらりと揺れ、ゆっくりと斜めにずれたかと思うとそのまま地面へと落ちる。
 まるで時間が止まったような感覚のなか、そのシーンだけはまるでコマ送りのように見えた。
「ふむ。見た目こそゴツかったが、存外柔らかかったな」
 マキナ・ワイバーンの背後に、刀を片手に佇む女性。見間違いようもないその姿。
 聞き慣れていて――そしてしばらく耳に出来なかった声。
「お主ら……余をそっちのけにして、なんとも楽しそうなことをやっておるではないか!」
 刀を一振りして刃についた体液を振り払うその姿はなんとも頼もしく、そして綺麗だった。
「アイカさん……」
「待たせたな、エリザ」
 状況がよくわからないまま呆然と眺めているわたしに、アイカさんは軽くウィンクして見せた。
「短時間とは言え余とエリザを切り離した愚か者、死ぬほど後悔させてやろうぞ!」

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時は乱世。 ユーベル大公国領主フリードには4人の息子がいた。 長男アルベルトは武勇に優れ、次男イアンは学識豊か、3男ルドルフは才覚持ち。 4男ノアのみ何の取り柄もなく奇矯な行動ばかり起こす「うつけ」として名が通っていた。 3人の優秀な息子達はそれぞれその評判に見合う当たりギフトを授かるが、ノアはギフト判定においてもハズレギフト【鑑定士】を授かってしまう。 「このうつけが!」 そう言ってノアに失望した大公は、ノアを僻地へと追放する。 しかし、人々は知らない。 ノアがうつけではなく王の器であることを。 ノアには自身の戦闘能力は無くとも、鑑定スキルによって他者の才を見出し活かす力があったのである。 ノアは女騎士オフィーリアをはじめ、大公領で埋もれていた才や僻地に眠る才を掘り起こし富国強兵の道を歩む。 有能な武将達を率いる彼は、やがて大陸を席巻する超大国を創り出す。 なろう、カクヨムにも掲載中。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

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