33 / 33
追章
- 5 -
しおりを挟む
「ドレス? 」
真っ白な生地とレースで仕立てられたそれは、リーゼロッテがアンシャルに滞在していた時に袖を通していたローブとほぼ同じだが、色味が全くない。
いつかエルマーが話してくれた、アンシャルの結婚式で花嫁が着ていたというドレスにイメージが重なる。
「殿下からこれの仕立て上がりを待って受け取ってくるようにとのご指示でしたの。
それから…… 」
家庭教師は何時の間にか抱えていたもう一つの箱を差し出す。
「アンシャル王国、オズワルド国王陛下から、姫様への公式な贈り物です」
言いながら手の塞がったリーゼロッテに代わり、家庭教師が蓋を開けると視界に入るように差し出してくれる。
華奢な白金細工の蔦模様に無色でありながら虹色にきらめく石のはめ込まれた見事なティアラが輝いていた。
「アンシャルの王室には、『王子の花嫁にティアラを贈り、それをもって一族へ迎え入れた証とする』風習があるそうです。
本来なら、これは国王陛下が手ずからお渡しになるものなのだそうですが、何分遠く隔たった地故、できない事を謝罪しておりました」
視線を伏せ、家庭教師は淡々と事情を話した。
「さ、姫様。
お時間がございませんから」
促すように言うと、乳母が突然忙しそうに動き始めた。
「え? 何、ニオベ? 」
最初からそのつもりだったのだろう。
乳母はリーゼロッテの髪を結い上げると、ドレス以外にも整えられていた下着や靴を手早く身につけさせて行く。
程なく、リーゼロッテはその真っ白なドレスを身に纏い、頭上にティアラを頂いた姿で鏡の前に立たされていた。
先日被せられた物とは違う手織りの華麗なレースのヴェールが視界を被う。
「これでいいでしょう」
その姿を眺め乳母は額に薄らと浮かんだ汗をぬぐいながら満足そうに呟いた。
「どうぞ、殿下がお待ちです」
家庭教師に促され、その手をとられて部屋の外へと向かう。
「ね、何処へ? 」
「こちらです」
神殿の正面扉の前でミス・スワンは引いてきたリーゼロッテの手を放すと変わりに、先ほどドレスの箱の上に置かれていたブーケを差し出す。
「室内の正面で殿下がお待ちになっていますから、真直ぐに歩いていってくださいね」
そっと耳もとで囁くとミス・スワンはリーゼロッテから距離をとった。
「あの、これって? 」
何がなんだかわからずに女を追いかけようとした瞬間、目の前のドアが開かれる。
白い花とリボンで飾られた白い空間に色とりどりの光が乱反射している。
そして……
正面の祭壇の前に立つ、金色の巻き毛の大柄の男の姿。
纏った純白の大礼服に色ガラスを有した窓から差し込んだとりどりの光が色を添える。
男は開け放たれたドアの向こうに立つリーゼロッテの姿を認めると一歩前に進み出て、促すように手を差し出す。
「あ…… 」
小さな声をあげたもののリーゼロッテの足はそこに止ってしまう。
「さ、姫様…… 」
ミス・スワンがもう一度耳もとで囁いた。
促されてリーゼロッテは中央に敷かれた赤い絨毯の上に歩を進めた。
これって……
装いだけじゃない、行われていること全てがいつかエルマーの話してくれたアンシャルの婚姻の儀式そのものだ。
思いをよぎらせていると差し出されたヴェルナーの手が自分のそれに重なる。
正面に立つ祭司に問われ言葉を返し、差し出された書類にサインを求められた。
何がなんだかわからない未知数だらけのことに、促されるままに指示に従うとやがて婚姻の成立を宣言する祭司の声が神殿の天井に重々しく響き渡った。
そこまで来てリーゼロッテはようやく自分の身に何が起こっているのか理解する。
顔をあげ隣に立つ男の顔を見上げると、男は少し得意げに微笑んで見せる。
次いで顔面を覆っていたリーゼロッテのヴェールをあげそっと唇が寄せられる。
触れるだけの軽いキスの後ヴェルナーが顔をあげると鐘楼の鐘が荘厳に鳴り響いた。
「ヴェルナー様? 」
呆然とその顔を見つめながらリーゼロッテは声をあげる。
「もしかして、こ、これって…… 」
「もしかしなくても婚姻の儀式だが? 」
当たり前といいたそうに男は口にした。
「でも、だって、ヴェルナー様…… 改宗しないって」
一月ほど前の会話が思い起こされた。
「改宗はしないとはいったが、正式に結婚しないと言った憶えはないぞ? 」
「だって、わたしの信仰は…… 」
この国の皇女に生まれた以上、そしてこの国に居る以上はリーゼロッテに宗教の選択肢などない。
そんなことをすれば国を裏切ったことになってしまう。
「幸いアンシャルの国教は君の国の物ほど頑なではないんだよ。
多少は融通を利かせてくれる。
これで正式に君は俺の正妃だ。
しかもこちらの宗教では重婚を認めないから、妃は君だけだ」
「……もしかして、お父様も知って? 」
「皇帝陛下と話をしたと言っただろう? 」
戸惑うリーゼロッテとは裏腹にヴェルナーは笑みを浮かべた。
「じゃ、知らなかったのってもしかしてわたしだけ? 」
身支度の手際のよさを考えると乳母も知っていた節がある。
それが悔しくてリーゼロッテは少しだけ非難を込めためで男を見つめる。
「教えたのは今朝だけどな。
乳母殿の協力を仰がないと君の身支度はままならないし」
悪戯っぽく目配せすると男の顔がリーゼロッテの耳もとに寄せられる。
「……実は、君のその姿、俺が見たかったんだ。
良く似合っている」
甘い声で囁かれてリーゼロッテは頬を赤らめた。
「ありがとう。
大好きよ、ヴェルナー様」
鳴り止まぬ鐘の音が響き渡る青い空に、放たれた白い鳩が翼を広げ舞い上がる。
それを目に焼き付けながらリーゼロッテはもう一度与えられるヴェルナーの優しいキスを受け止めていた。
FIN◆ リーゼロッテの王子様
と、言うわけで。
ちょっと、甘くなった?
本編ではお話の筋上、あまりヴェルナー君とリーゼロテちゃんべたべたさせてあげられなかったので、でっち上げました。
書いているうちに、またネタ湧いてきて「こりゃ本編並に伸びるな」とか思いましたが、何とかまとまったというか、何とか区切れました。
この先またひと悶着ありそうですけど。
とりあえずここまで。
どうも弥湖の甘甘は正式な契約後と言うのが多く……
それじゃ恋愛物じゃ既にない。
だってね、時代背景を考えるとどうしても一線が踏み切れない。
例えばリーゼロッテちゃんの後宮、入る前に別の関係があったりなんかしたらの喉元欠き切られそうだし。
ヴェルナー君の方だって、男女で二人っきり同じ部屋に居ただけで責任とらなきゃならなくなるようなマナーが存在して。
それでもお互い同意したからって言うのは単なる節操なし。
そこは時代的に節度を持たなくちゃ。
なんて頭の固いことを言ってますから。
だったら現代物書け、って話ですが。
弥湖に、んなもん書けません。
あしからずです。
真っ白な生地とレースで仕立てられたそれは、リーゼロッテがアンシャルに滞在していた時に袖を通していたローブとほぼ同じだが、色味が全くない。
いつかエルマーが話してくれた、アンシャルの結婚式で花嫁が着ていたというドレスにイメージが重なる。
「殿下からこれの仕立て上がりを待って受け取ってくるようにとのご指示でしたの。
それから…… 」
家庭教師は何時の間にか抱えていたもう一つの箱を差し出す。
「アンシャル王国、オズワルド国王陛下から、姫様への公式な贈り物です」
言いながら手の塞がったリーゼロッテに代わり、家庭教師が蓋を開けると視界に入るように差し出してくれる。
華奢な白金細工の蔦模様に無色でありながら虹色にきらめく石のはめ込まれた見事なティアラが輝いていた。
「アンシャルの王室には、『王子の花嫁にティアラを贈り、それをもって一族へ迎え入れた証とする』風習があるそうです。
本来なら、これは国王陛下が手ずからお渡しになるものなのだそうですが、何分遠く隔たった地故、できない事を謝罪しておりました」
視線を伏せ、家庭教師は淡々と事情を話した。
「さ、姫様。
お時間がございませんから」
促すように言うと、乳母が突然忙しそうに動き始めた。
「え? 何、ニオベ? 」
最初からそのつもりだったのだろう。
乳母はリーゼロッテの髪を結い上げると、ドレス以外にも整えられていた下着や靴を手早く身につけさせて行く。
程なく、リーゼロッテはその真っ白なドレスを身に纏い、頭上にティアラを頂いた姿で鏡の前に立たされていた。
先日被せられた物とは違う手織りの華麗なレースのヴェールが視界を被う。
「これでいいでしょう」
その姿を眺め乳母は額に薄らと浮かんだ汗をぬぐいながら満足そうに呟いた。
「どうぞ、殿下がお待ちです」
家庭教師に促され、その手をとられて部屋の外へと向かう。
「ね、何処へ? 」
「こちらです」
神殿の正面扉の前でミス・スワンは引いてきたリーゼロッテの手を放すと変わりに、先ほどドレスの箱の上に置かれていたブーケを差し出す。
「室内の正面で殿下がお待ちになっていますから、真直ぐに歩いていってくださいね」
そっと耳もとで囁くとミス・スワンはリーゼロッテから距離をとった。
「あの、これって? 」
何がなんだかわからずに女を追いかけようとした瞬間、目の前のドアが開かれる。
白い花とリボンで飾られた白い空間に色とりどりの光が乱反射している。
そして……
正面の祭壇の前に立つ、金色の巻き毛の大柄の男の姿。
纏った純白の大礼服に色ガラスを有した窓から差し込んだとりどりの光が色を添える。
男は開け放たれたドアの向こうに立つリーゼロッテの姿を認めると一歩前に進み出て、促すように手を差し出す。
「あ…… 」
小さな声をあげたもののリーゼロッテの足はそこに止ってしまう。
「さ、姫様…… 」
ミス・スワンがもう一度耳もとで囁いた。
促されてリーゼロッテは中央に敷かれた赤い絨毯の上に歩を進めた。
これって……
装いだけじゃない、行われていること全てがいつかエルマーの話してくれたアンシャルの婚姻の儀式そのものだ。
思いをよぎらせていると差し出されたヴェルナーの手が自分のそれに重なる。
正面に立つ祭司に問われ言葉を返し、差し出された書類にサインを求められた。
何がなんだかわからない未知数だらけのことに、促されるままに指示に従うとやがて婚姻の成立を宣言する祭司の声が神殿の天井に重々しく響き渡った。
そこまで来てリーゼロッテはようやく自分の身に何が起こっているのか理解する。
顔をあげ隣に立つ男の顔を見上げると、男は少し得意げに微笑んで見せる。
次いで顔面を覆っていたリーゼロッテのヴェールをあげそっと唇が寄せられる。
触れるだけの軽いキスの後ヴェルナーが顔をあげると鐘楼の鐘が荘厳に鳴り響いた。
「ヴェルナー様? 」
呆然とその顔を見つめながらリーゼロッテは声をあげる。
「もしかして、こ、これって…… 」
「もしかしなくても婚姻の儀式だが? 」
当たり前といいたそうに男は口にした。
「でも、だって、ヴェルナー様…… 改宗しないって」
一月ほど前の会話が思い起こされた。
「改宗はしないとはいったが、正式に結婚しないと言った憶えはないぞ? 」
「だって、わたしの信仰は…… 」
この国の皇女に生まれた以上、そしてこの国に居る以上はリーゼロッテに宗教の選択肢などない。
そんなことをすれば国を裏切ったことになってしまう。
「幸いアンシャルの国教は君の国の物ほど頑なではないんだよ。
多少は融通を利かせてくれる。
これで正式に君は俺の正妃だ。
しかもこちらの宗教では重婚を認めないから、妃は君だけだ」
「……もしかして、お父様も知って? 」
「皇帝陛下と話をしたと言っただろう? 」
戸惑うリーゼロッテとは裏腹にヴェルナーは笑みを浮かべた。
「じゃ、知らなかったのってもしかしてわたしだけ? 」
身支度の手際のよさを考えると乳母も知っていた節がある。
それが悔しくてリーゼロッテは少しだけ非難を込めためで男を見つめる。
「教えたのは今朝だけどな。
乳母殿の協力を仰がないと君の身支度はままならないし」
悪戯っぽく目配せすると男の顔がリーゼロッテの耳もとに寄せられる。
「……実は、君のその姿、俺が見たかったんだ。
良く似合っている」
甘い声で囁かれてリーゼロッテは頬を赤らめた。
「ありがとう。
大好きよ、ヴェルナー様」
鳴り止まぬ鐘の音が響き渡る青い空に、放たれた白い鳩が翼を広げ舞い上がる。
それを目に焼き付けながらリーゼロッテはもう一度与えられるヴェルナーの優しいキスを受け止めていた。
FIN◆ リーゼロッテの王子様
と、言うわけで。
ちょっと、甘くなった?
本編ではお話の筋上、あまりヴェルナー君とリーゼロテちゃんべたべたさせてあげられなかったので、でっち上げました。
書いているうちに、またネタ湧いてきて「こりゃ本編並に伸びるな」とか思いましたが、何とかまとまったというか、何とか区切れました。
この先またひと悶着ありそうですけど。
とりあえずここまで。
どうも弥湖の甘甘は正式な契約後と言うのが多く……
それじゃ恋愛物じゃ既にない。
だってね、時代背景を考えるとどうしても一線が踏み切れない。
例えばリーゼロッテちゃんの後宮、入る前に別の関係があったりなんかしたらの喉元欠き切られそうだし。
ヴェルナー君の方だって、男女で二人っきり同じ部屋に居ただけで責任とらなきゃならなくなるようなマナーが存在して。
それでもお互い同意したからって言うのは単なる節操なし。
そこは時代的に節度を持たなくちゃ。
なんて頭の固いことを言ってますから。
だったら現代物書け、って話ですが。
弥湖に、んなもん書けません。
あしからずです。
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる