上 下
83 / 83
世界の危機のその理由は

-10-

しおりを挟む
 それから二週間。
 
 仲良しの従兄弟同士の子供が手を繋いで眠るように、同じベッドで手を繋いだまま眠る事にようやく慣れた。
 
「どう? 今度のクッキー。
 なかなかいいできだと思うんだけど? 」
 
 四苦八苦して焼いたクッキーを出してお茶を入れながら、フェリクスに訊く。
 
 正直薪オーブンは難しい。
 お鍋をかけっぱなしでも煮えるスープとか、炒めるだけの炒め物とかは何とか作れるようになったんだけど。
 微妙な温度調整の必要な焼き菓子とかお肉のローストみたいなお料理は未だ失敗続き。
 
「……無理に甘いもの作らなくても、街で買ってくればいいだろう」
 
 一口食べてむすっと言われる。
 
 あんまりこげるから、開き直ってお砂糖控えたのが敗因かな。
 焦げてはいないけど、明らかに甘味が足りない。
 
 この分だとパンが焼けるようになるには何時まで掛かるか。
 ジルさんのお家のメイドちゃんの苦労が今更ながらに身にしみた。
 
「こんにちは。
 ご領主様はご在宅ですか? 」
 
 甘味のほとんどないクッキーを口に放り込むと、エントランスで声がする。
 
「あ、はいっ! 」
 
 口の中のクッキーを無理にお茶で喉の奥に流し込んで、慌ててエントランスに向かう。
 
「先日ご注文に預かりましたものが仕立てあがりましたので、お届けにあがりました」
 
 大きな箱を二つほど抱えて頭を下げているのは、この間初めて町に出た時にドレスを作ってもらった仕立て屋さん。
 
 ドレスと言っても丈の長いワンピに近いのを二枚ほど見繕って、仕立ててもらった。
 
 それから下着類とエプロンを数枚。
 
 さすがに着替えがないとお洗濯もままならないし。
 
 この世界、身につける衣類は既製品ってものがなくて仕立て屋さんに頼むか自分で縫うかしなくちゃならないんだって。
 
 当然お裁縫なんてわからないから、お願いしてしまった。
 
 
「……が、三枚。
 以上でございます」
 
 仕立て屋さんが枚数を確認するように言う。
 
「ありがとう、助かりました」
 
 うん、これで暫くお洗濯時に困らない。
 そう思うと顔がにやける。
 
「こちらこそ、ありがとうございました。
 また何かございましたら、何なりとお申し付けください」
 
 持ってきた荷物を残して仕立て屋さんは帰り支度をはじめる。
 
「それから、こちらを…… 」
 
 明らかに仕立物とは違う紙袋を引っ張り出して差し出した。
 
「お嫌いでなければどうぞ、最近出回っている乳製品です。
 値段の割に質がいいと評判ですので、一度ご領主様にも味わっていただきたいと思いまして」
 
「ありがとう。
 バターもチーズも大好きよ」
 
 やたっ! 
 
 何回かクッキーに挑戦したからもうバターの残りが少なくなっていたんだよね。
 これでまた、クッキーに挑戦できる。
 
 なんて思いながら差し出された袋を受け取ると、みたことのあるロゴマークが目に入った。
 
 これ、イヴェットちゃんの工房の乳製品だ。
 
 そういえば、何時かまたイヴェットちゃんの所に行こうねって、前にジルさん話していたんだよね。
 
 なんか切なくなって、そっと目を伏せる。
 
「どうか、なさいましたか? 」
 
 仕立て屋さんに訊かれて慌てて首を横に振る。
 
「えっと、前に一度ここのチーズ食べた事があったんだけど、凄く美味しかったから…… 
 また食べられると思うと嬉しくて」
 
 無理に笑顔を浮かべた。
 
「では、これで」
 
 会釈をして帰ってゆく仕立て屋さんを見送っていると、もそっとリビングからフェリクスが出てくると、抱いてきた猫をわたしに押し付ける。
 
「……客人だ」
 
 ぼそりと耳もとで囁かれた。
 
「お客様なら今帰ったけど? 」
 
「違う、仕立て屋じゃなくて」
 
 ぶわって風が立ったと思ったら、玄関先でフェリクスが鳥になっている。
 
「行くぞ! 」
 
 有無を言わせずに両肩をつかまれて宙に浮かび上がる。
 
 そのまま一直線に目の前の山の頂まで連れてこられた。
 
 空中から見ると、火口の縁に四・五人の人がうろうろと歩いているのが見て取れた。
 
 フェリクスは祭壇に作ってある石の上に舞い降りる。
 
「! マリー! 」
 
 わたしの姿を目に、その中の一人がものすごい勢いで駆け寄ってくると、抱きしめる。
 
「えっと、ジルさん? 」
 
「よかった、無事だったのね。
 それも、自分の躯に戻って…… 」
 
 抱きしめたままで言われる。
 
「何故わかるの? 」
 
「一年以上も一緒に暮らしたんですもの。
 わからないわけないでしょう? 」
 
「どうして? ここに? 」
 
「魔女シャンタルが教えてくれたのよ。
 使い魔としての契約が切れていないから、マーサかマリーかどっちかは食われないで残っているはずだって。
 だから迎えに来たの」
 
 ……そうだった。
 シャンタルさんとの使い魔契約、解除してもらっていなかったんだよね。
 
 そんなのまるっと忘れていたわ。
 
「さぁ、帰りましょうか? 」
 
 当たり前のように言われる。
 
「えっと、ごめんなさい。
 わたしここにいなくちゃいけないみたいで…… 」
 
 迎えに来てもらったのは嬉しいけど、フェリクスさん残して帰れないよね。
 そのためにここに来たんだし。
 
「……ペットと一緒に来た奴も初めてだったけど、迎えに来られた奴も初めてだ。
 帰ってもいいぞ」
 
 何時の間にか人の姿に戻っていたフェリクスが言う。
 
「帰って、いいの? 」
 
 思いもかけない言葉に睫を瞬かせる。
 
 だって確か、離婚しなければ実家には帰さないとか何とかって…… 
 
「最初に言ったと思うけど、定期的に俺に溜まった魔力を消化してくれれば後は自由にしてくれていいから。
 前の前の奴も、ここに来て早々にこの先の村で仕事をはじめて、毎日通うのは面倒だって村に居ついたし。
 但し定期的、二三ヶ月に一度、ここに通って来てくれるのが前提だけどな。
 どうする? 」
 
 ……帰る場所なんてないと思っていた。
 道すらない異世界に強制的に召還されて、戻る術なんてなくて。
 
 だけど、知らないうちに帰りたいって思える場所と人を手に入れていた? 
 
「もちろん帰るわよね? マーサ。
 通えばいいって言ってくれているんですもの」
 
 ジルさんに決まったように言われてしまった。
 
 だけど…… 
 
 フェリクスここに残していっていいのかな? 
 
「俺のことなら気にしなくていい。
 用があれば呼び寄せるし、俺の方から王都に行くから」
 
 少し淋しそうな笑顔を浮かべて言ってくれる。
 
「じゃぁ、フェリクスも行かない? 」
 
 申し訳なくて思わず言っていた。
 
「は? 」
 
「だって、ここで一人じゃ不便でしょう? 
 淋しくない? 
 暇持て余してるのはここ数日でわかってるもの」
 
「おい、そんなの人間に迷惑だろうが」
 
「あら、こっちは構わないわよぉ。
 どうやら、こちらが鳳の王らしいけど、どうしてマーサもマリーも食べないで落ち着いているのかとか、事情を説明してもらいたいことはたくさんあるし。
 支障がないんなら、一緒にいらっしゃいな」
 
 ジルさんが言う。
 
「残念だけど、な。
 俺は火山の側でないと生活できないの。
 誘い言葉だけはありがたく貰っておくよ」
 
 そういいながらわたしの背中を軽く押した。
 
「じゃぁな、次は三ヶ月後って、事でよろしく! 」
 
 思わずよろけたところをジルさんが抱きとめてくれるわたしの背後で、フェリクスは鳥の姿に変化したと思ったらそのまま大空へ舞い上がった。
 
「お帰りなさい、マーサ。
 もう勝手に家出なんかしちゃ駄目よ」
 
 抱きしめたままでジルさんが耳もとで囁いた。
 
 
FIN


しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の専属メイクさんになったアリスねーさんの話

美浪
恋愛
オネエタレントでメイキャップアーティストの有栖川。通称アリスねーさん。 天然で早とちりな所はあるけれど仕事はきっちりの売れっ子メイクさん。 自宅メイク依頼の仕事に向かった先は何故か異世界?!(本人は普通に依頼主の家だと思っている。) 本人は全く気づかないうちに異世界で悪役令嬢の専属メイクさんになっていました。

悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く

秋鷺 照
ファンタジー
 断罪イベント(?)のあった夜、シャルロッテは前世の記憶を取り戻し、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと知った。  ゲームシナリオは絶賛進行中。自分の死まで残り約1か月。  シャルロッテは1つの結論を出す。それすなわち、「私が強くなれば良い」。  目指すのは、誰も死なないハッピーエンド。そのために、剣を執って戦い抜く。 ※なろうにも投稿しています

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

目が覚めると、オネェ大将軍のお茶専用給仕に転職することになりました。

やまゆん
恋愛
仕事で失敗が続き、転職ばかりをしていた焙治 心(ほうじ こころ)25歳 そんな彼女の唯一の楽しみは自宅で自分の入れたお茶を飲む事だ。 どこかにお茶を入れる為だけの職種ってないのかな と考える日々 そんなある日 転職したばかりの職場で階段から落ち 自分でもわかるぐらいにうちどころが悪かった こんな所で終わるんだ そう思いながら、まぶたが閉じ視界が真っ暗になった。 そして、自分は死んだはずなのに声が聞こえる あ、そうか死んだ人間は聴覚は残るって聞いたことあるな。 あれ?でもなんか・・違う。 何処もいたくない? ゆっくり目を開けると 「あらー目が覚めたのかしら? んもう!戦を終えて屋敷に帰る途中、女の子が空から落ちてくるんだものー驚いたわ」 そこにはオネェ口調の大柄の男性がいたのだった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

処理中です...