されたのは、異世界召喚のはずなのに、なぜか猫になっちゃった!?

弥湖 夕來

文字の大きさ
上 下
77 / 83
世界の危機のその理由は

-4-

しおりを挟む
 それも、正規の街道を歩いていれば、そのうちに追ってきたラザールさんに拾ってもらえたかも知れないけど、馬車が全く通るとは思えないルートとなるとそれも望み薄。
 
 それに…… 
 
 わたしはちらりと黒猫さんを見た。
 
 何日掛かるかわからないのに、子持ちの黒猫さんに付き合ってもらうのは申し訳ない。
 頭の中にさっきの仔猫たちの姿が浮かんだ。
 
「ね、もしかして、この水ってあの山から引いていたりする? 」
 
 水道橋を流れてくる水を目にわたしは訊いてみる。
 
「ええ、そうよ。
 よくわかったわね」
 
 水道橋の続いている方角から何となくわかる。
 
「じゃ、この水道橋を辿っていけばあの山にいけるわけよね? 」
 
「そうだけど? 」
 
「ありがとう。
 じゃ、この先は一人で行くね。
 案内してくれてありがとうございました。
 チビさん達の所に帰ってください」
 
 ひとつ頭を下げて黒猫さんに言う。
 
「いいけど、本当に大丈夫? 
 この水道はレティーニャ山の中腹にある泉までしか続いていないのよ。
 目的地がその辺りにある村だって言うんなら、心配なく送り出せるんだけど、その先にまだ行くって言うんなら、絶対案内必要よ。
 何しろあの山の裾野は深い森になっていて、どういう訳か中を歩いていると方向感覚が狂うのよ。
 帰省本能とか勘で山頂まで行こうなんて思っているとしたら一生掛かっても辿り着けないわよ」
 
「う…… 」
 
 つまりは樹海みたいな場所? 
 そうだよね、みたところあの山絶対に火山みたいだもん。
 猫が迷うかどうかは知らないけど、人間は入っちゃいけない森。
 
「……すみません。
 もう少し、お付き合いお願いしていいですか? 」
 
 絶句したあと、掌を返すようにお願いしてしまった。
 
「いいわよ。
 あの子達なら、もう充分仕事ができるし、乳離れは済んでいるから博物館の職員さんの出す食事を食べられるから、おなかを空かせる心配はないわ」
 
 呆れたように息を吐いて、黒猫さんはそう言ってくれた。
 
「そうと決まったら、行くわよ」
 
 黒猫さんは目の前に真っ直ぐ続く水道橋の上を歩きだした。
 
 
 それから二日、わたしは空腹で目が回りそうになっていた。
 
 引き止められることだけを危惧して、何の計画もなく闇雲に飛び出してしまったのが、早計だった。
 もっとも猫だから、人間のように食料を持ってとか、お金を持っていって道々食堂に入るって訳にもいかない。
 
「大丈夫? あなた」
 
 先を歩いていた黒猫さんが足を止め振り返った。
 
「王都を出てから、偶然見つけた木苺以外何も食べていないじゃない。
 ちょっと、待っていなさいよ、今鼠か小鳥を…… 」
 
「あ、それは遠慮します。
 お気持ちだけいただきます。
 ありがとう」
 
 言い置いてそのまま水路を逸れ、周囲の茂みに姿を消しそうな様子の黒猫さんを引き止める。
 
 鼠も小鳥も獲ってきてもらったって捌くことも調理もしないで、生のまま頭からバリバリなんて食べられないよぉ。
 
 猫の躯にもだいぶ馴染んで、一日二十時間のお昼寝も、耳や鼻がよく利くようになったこととかにも結構慣れたけど、食べ物だけは受入れられない。
 幸いジルさんの所ではミルクとクッキー、火を通したささみなど人間の食べ物に準じた物を貰っていたから、苦労することはなかったんだけど。
 
 まさか猫の足で何日も掛かる場所まで、食料もお金もナシで行くことになるとは思わなかった。
 
「もう、本当に根っからのお姫様なのねぇ」
 
 黒猫さんに呆れたように言われる。
 
 お姫様なんじゃなくて、もと人間だからなんだけどね。
 
「ね? 
 あなた、兄さんと同じ魔力もちなんでしょう? 
 目的の場所まで一気にいける魔法とか知らないの? 
 案内するのは構わないけど、あなたこのままだと目的地に着くまでに倒れるわよ」
 
「それはぁ…… 」
 
 つぶやいて視線を泳がせた。
 
 コゼットさんによると魔法はイメージだってことだったから、転移するところをイメージすれば行きたいところにいけるかな? って、何度かやってみたんだけど、知らない場所に行くところが全く想像できなかったのよね。
 
 よくラノベやアニメで“転移魔術は一度行った場所にしかいけない”ってあったけど、その意味がよくわかった。
 自分が実際、見たり行ったりしていないところだと、その土地の状況を具体的にイメージすることがどうしても不可能だったから。
 
 もしかしたら、ここから王都のジルさんの執務室へならいけるかも知れないけど、うっかり戻ったりなんかしたらまたここまで来られるかどうかわからないから、試すのはやめておいた。
 
 せめて、ごはん、ここに来ないかなぁ。
 少しだけ温めたミルクと、クッキー、じゃなくてもいいから、せめて煮干。
 
 なんて考えていると、なんだか美味しそうな臭いがしてくる。
 
 やば…… 
 
 匂いつきの妄想をはじめるようになるってことは、わたしのおなか本当に切羽詰っている? 
 
「あら、やればできるんじゃないの」
 
 黒猫さんにいわれて顔をあげると、目の前にはミルクとクッキーのお皿が並んでいた。
 
 ……なんだ? これは。
 確かに今「ごはんがここに来ないかなぁ」って思ったけど。
 何もない場所から、食べ物を取り出す魔法なんか知らない。
 
 しかも、このお皿見覚えがある。
 王宮の執務室でジルさんが、わたし用に用意してくれたお皿。
 中身のクッキーも、いつも王宮で出してもらっていたものだ。
 
 もしかして、空腹のあまり、王宮からミルクを転移させてしまった? 
 
 まぁ、いいや。
 幻じゃなくて確実にここにあるし、遠慮なくいただいてしまおう! 
 
「ははっ…… 
 自分を目的地に転送させることは無理だったけど、食事は引き寄せることができたみたい。
 一緒に食べよう」
 
 黒猫さんを誘って、お皿の中のミルクに口をつけた。
 
 うん、この味、間違いなく王宮でジルさんがいつも用意してくれていたやつだ。
 もしかしてジルさん、わたしの帰りを待って毎日ごはんを用意してくれていたのかな? 
 
 そう思うと、無断で出てきてしまったことが申し訳なくて仕方がなくなる。
 
 けど…… 
 
「どうしたの? 
 早く食べて、先を急ぎましょう? 
 わたしに遠慮なんかしなくていいのよ。
 わたしならその辺りの小鳥でも何でも充分美味しくいただけるんだから」
 
 ふと、食事の手を止めてしまったわたしを黒猫さんが促してくれる。
 
「あ、うん! 」
 
 そうだよね。
 黒猫さんのチビちゃん達、お母さんの帰りを待っているんだよね。
 早く目的地に着いて、開放してあげなくちゃ。
 
 最後のひとかけらのクッキーを遠慮なく飲み込んで、顔をあげる。
 
「食べ終わった? じゃ、行きましょう」
 
 わたしの様子を目に黒猫さんが声を掛けてくれた。
 
「ちょっと待って…… 」
 
 えっと、ぉ。
 このいかにも高価そうなお皿、このままここに置きっぱなしにしちゃまずいよね。
 
 とりあえず、執務室のいつもの場所に戻ったイメージを浮かべて…… 
 
 大きく息を吸い込んで三回瞬きしたら、お皿がすっと消えた! 
 予想していた場所に戻ったかどうかはわからないけど、ま、いっか。
 
 これ以上黒猫さんを待たせちゃ申し訳ない。
 
「おまたせしました。
 行きましょう」
 
 水路の細い縁を黒猫さんの後を追って歩きだした。
 
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

本の御魂が舞い降りる

景綱
ファンタジー
(2022.2.19より加筆修正)改稿版を再投稿!! 前回読んでいただいた方も楽しんでもらえたら嬉しいです。 人形が活躍!? 猫が踊る!? まさか!? 現代ファンタジー?。少しはヒューマンドラマ要素も?。 恋愛要素も? 小さな出版社を家族経営している高宮家。 高宮家の次男の遼哉は芸術家であり小説家でもある祖父の源蔵を慕っていた。だが、病気になり祖父は他界する。 その源蔵から田舎にある家を遼哉が託された。 そこで、思わぬ出会いがある。 本の御魂(付喪神)たちは第一話後半から登場していくのであしからず。最初はちょっとだけ顔を出すかな。 第二話から本の御魂たちが大活躍!? 本の御魂三人衆。 山吹色の水干姿の樹実渡(料理本の御魂で木の属性の持ち主) 食いしん坊。 緋色の巫女姿の火乃花(御伽草子の御魂で火の属性の持ち主) 正義感が強いが勘違いしやすく先走りがち。 藍色の水干姿の流瀧(教養本の御魂で水の属性の持ち主) 厳しく真面目で人情味もある。 実は五人衆。後半で登場。悪魔小僧ぷくぷく、猫神様の猫田彦も後半で。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

処理中です...