されたのは、異世界召喚のはずなのに、なぜか猫になっちゃった!?

弥湖 夕來

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世界の危機のその理由は

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 やった! 
 この人、猫のわたしにはあんまりいい感情持っていないから、交渉次第では協力してくれるんじゃないかって思っていたのよね。
 
「ありがとう」
 
「話は、終わったみたいね」
 
 脇からかけられた声に顔を向けると、何時の間にか黒猫さんが戻ってきていた。
 
「そろそろいける? 
 子供達! 母さんは大事な用事で出かけてくるけど、きちんとお留守番できるわよね? 」
 
 一緒にいた仔猫達に声を掛ける。
 
「わかった、母さん、早く帰って来てね」
 
「ごめんね、おチビさん達。
 お母さん、借りてくわね」
 
「うん、いいよ。
 ホントは嫌だけど、お姉ちゃんならいいよ」
 
 う…… 
 子供は猫でも正直だ。
 ほんと、この子達には申し訳ないけど。
 
「ありがと、じゃ、お母さん借りていくわね」
 
 仔猫達にそう言って腰を上げる。
 
「あ、そうだ…… 」
 
 もしかしたら、帰れるかもって可能性があるとしたら…… 
 
「ラザールさん、ひとつお願いしたいことがあるんだけど」
 
 ゆきかけた足を止め、ラザールさんを振り返った。
 
「何だよ? 」
 
 同じく座っていた木箱から腰を上げたラザールさんが聞いてくれる。
 
「あのね。
 わたしの躯をとってきて欲しいの」
 
「躯? 」
 
 訳がわからないように聞き返す。
 
「うん、実はね。
 わたし、この世界に召還された時に手違いにあったらしくて。
 召還される際に一緒にいた猫と中身を入れ違ってしまったらしいの。
 その躯が、今シャルーノのマイカラス神殿にあるの。
 この猫の躯の持ち主が入っているみたいで、今眠っているわ。
 もし、わたしの希望通りにもといた世界に帰れるとしても、猫の躯じゃ都合が悪いし。
 万が一鳥さんに喰われるにしても、人間の体のほうが、食べがいがあっていいんじゃないかなって」
 
 それに…… 
 わたしが、鳥さんの餌になるのはまあいいとして、わたしの躯に入ったばっかりに使いこなせなくて眠り続けるしかない猫さんに、この猫の躯を返してあげたい。
 正直言っちゃうと、自分の躯をこのまま残してゆくのに一抹の不安もある。
 
「上手くいけば、自分の躯に戻った本当の猫がジルさんの手元にもどれば、ジルさんも国宝を贄に出したってお咎めは受けなくてすむでしょう? 
 人の言葉を理解できる猫が普通の猫に戻るだけ」
 
「わかった。
 シャノールのマイカラス神殿だな」
 
 ラザールさんは頷いてくれた。
 
「じゃ、待ってろ。
 それとも一緒に行くか? 」
 
「どっちも無理かなぁ? 
 ごめんなさい、先に行きます。
 王都でぐずぐずなんかしていたら、誰に見つかって連れ戻されるかわからないもの。
 ラザールさんは後から来て」
 
「おい、猫の足でレティーニャ山までどのくらい掛かると思っているんだよ? 」
 
「大丈夫よ。
 この黒猫さんが近道を案内してくれることになっているの。
 だからきっと、ラザールさんが車でマイカラス神殿まで行ってレティーニャ山に着くのと同じ頃には到着できると思うの」
 
 実際のところどうなるかなんかまるでわからないけど、とりあえずそういうことにしておこう。
 レティーニャ山までこの先どのくらい歩くのかわからないから、ラザールさんの申し出はありがたいけど、一緒に行動してたらそれだけでジルさん達に見つかってしまうリスクが高くなる。
 
 万が一、躯を持ち出したことでラザールさんが咎められても、わたしの居場所を把握していなければ、追われる危険も少ない。
 
「じゃ、行きます! 
 後はよろしくお願いします」
 
 入り口で待っている黒猫さんの所に駆け寄る。
 
「いいんだったら、行きましょうか? 」
 
 黒猫さんはさっき入ってきた入り口ではなくて、別の方向へ案内する。
 
「あ、俺も…… 」
 
 ラザールさんが慌てて追ってくる。
 
「悪いんだけど、この先は人間には通れないから、さっきのドアか正面玄関から出るように言って」
 
 僅かに振り返って追ってきたラザールさんをちらりと見て、黒猫さんは言う。
 
「ラザールさんっ。
 ここから先は猫専用なので、他の出入り口から出てくださいって」
 
 一旦足を止め、ラザールさんを振り返って黒猫さんの言葉を伝えて、その後を追った。
 
 猫は、狭い階段を降りてゆく。
 さっきいた倉庫も半地下みたいなところだったから、もっと地下へ降りていっているのはわかるんだけど、どこに行くんだろう? 
 まさか、この世界に地下鉄なんてあるとは思えないし。
 
 きた通路の方から差し込んでいた光は徐々に弱くなり、そのうちに辺りは暗闇に包まれた。
 猫の目だからかな、暗闇っていうのはわかるんだけど、その闇の中の光景が普通に見えている。
 
 首をかしげていると、鉄柵の扉に行き当たった。
 かなりの距離を降りてきたと思われる階段はそこで終わりになっていて、その先に通路みたいなものがあり、そこへ繋がっている。
 
「こっちよ」
 
 黒猫さんは鉄柵の間をすり抜けて先にその通路へ足を踏み入れる。
 
 見失わないように慌ててその後を追い、鉄柵の間をすり抜けた。
 こういう時の猫の躯ってとっても便利。
 少し狭いなって思えるところも何とかすり抜けることができる。
 
「えっと、ここは? 」
 
 通路に入って一瞬立ち止まった。
 
 狭い通路の真ん中には小さな川のように水が流れていて、その端に人一人が通るのがやっとの程の歩道がついている。
 高さも人間の背丈程度しかない通路のような場所。
 
 一瞬、下水道かと思ったけど流れる水は嫌なにおいがしない。
 
「人間は地下水道って呼んでいるわ。
 山から水を引いて生活用水に使っているんですって」
 
 簡単に説明して黒猫さんは慣れた様子で先へ進む。
 
 この都の水って井戸だって勝手に想像していたんだけど、水道だったんだ。
 
 確かに、猫専用の近道って言うのわかる。
 
 一応この辺りは人間が通れる広さも高さもあるけど、この先もしかしたら猫くらいの大きさの生き物しか通れない場所もあるかもしれない。
 
 通れるにしても、ここまで降りてくる人間ってめったにいないよね。
 
 おまけに、水路は所々で枝分かれしていて、うっかりすると迷子になりそう。
 
 多分、猫さん達にしたら馬車や竜車が行き交う通りを歩くより安全な面もあるんだろう。
 頻繁にこの通路を使っているらしくて、黒猫さんは迷う様子も、行き先を考える様子もなく、的確に先へ進んでいく。
 
 ……どのくらい歩いただろう。
 もう、かなり歩いているはずなのに、まだ水路は続いていた。
 
 猫の目だから、気がつかなかったけど、ここって窓も電気もない暗がりだから、時間がどのくらい経ったのか全くわからない。
 
 ただ、ひたすらに通路の中を歩いてゆくんだけど、その壁も床も天井も同じつくりで進んだ気分になれない。
 
 そう認識した途端に、疲れがどっと噴出した。
 
「……もう、疲れたの? 」
 
 少し遅れ気味になったわたしの足に気がついて、黒猫さんが足を止め振り返ってくれる。
 
 う~ん、この世界に来てからずっとお姫さまさせてもらって、運動らしいこと殆どしてなかったからね。
 さすがに猫でも体力の底が浅かった。
 こんなことになるんならもう少し筋トレでもしておけばよかったかな? 
 
「あ、大丈夫。
 たださっきからずっと同じような光景だから飽きちゃって」
 
 慌てて強引に笑みを浮かべた。
 
 せっかく案内してくれているのに、まだ王都を出てもいないと思われる序盤でへばって、黒猫さんを呆れさせたくない。
 
「もうちょっと頑張ってね。
 出口はこの先だから」
 
 そう言って黒猫さんはまた歩きだした。
 
 それから…… 
 もうちょっとって言われた以上に長いこと歩いて、さすがに限界! 
 って思い始めたころ、視線の先に光が見えた。
 
 やたっ、出口だっ! 
 
 思わず足が軽くなる。
 
「ふぅっ、やっと王都を出たわよ」
 
 暗闇に慣れた目が白く染まるほどの光に包まれて黒猫さんはようやく足を止める。
 
 振り返ると、都を取り囲む大きな塀の片隅に開けられた小さな穴みたいなところに立っていた。
 
 目の前には一面の森が広がっていた。
 そのずっと先に、コニーデ形なんだけど、山頂部が一部吹っ飛んだようになった、大きな山が裾野を広げている。
 その山に向かって一本の水道橋みたいなのが続いている。
 
「あの山がレティーニャ山よ」
 
 目の前の山に視線を向けて黒猫さんが言う。
 
 ……なんか、想像していたのよりずっと遠い。
 山が大きいから近くに見えるけど、あの裾野の広さみたら相当な距離なのは想像がついてしまう。
 
 本当に…… 
 猫の足で何日掛かるんだろう? 
 
 ラザールさんの申し出を断ったことを少しだけ後悔した。
 
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