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世界の危機のその理由は

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「わぁ、痛いの飛んでけのお姉ちゃんだ! 」
 
 倉庫へ入るなり、先日の仔猫が三匹駆け寄ってくる。
 
 知らないうちに、この子の傷を治しちゃったんだよね。
 でも良かった。
 後遺症も残っていないみたいだし、一回り大きくなっている。
 
 あの時は本当に苦しそうだった仔猫の、元気な姿に息をつく。
 
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。
 あの時はありがとう。
 お姉ちゃんに、お呪いしてもらったら痛いのなくなったんだ」
 
 一番小さな子が嬉しそうに言う。
 
「どう致しまして。
 治ってよかったね」
 
「うん! 」
 
 仔猫は嬉しそうに尻尾を振る。
 
「……それなら、多分、ここにいますよ」
 
 人の足音が近付いてきたと思ったら、掃除人さんがドアを開けた。
 
 途端に、仔猫たちは一斉に物陰に身を潜める。
 釣られて、わたしも物陰に入り込んだ。
 
「わたしゃ、猫に触るのなんか真っ平ですからね。
 適当に捉まえて持っていってくださいよ。
 終わったら声を掛けてくれればいいんで」
 
 そう言うとひとつの足音だけが遠ざかる。
 
「おい、いるんだろ? 」
 
 少し怒ったようなラザールさんの声。
 
 そりゃそうか。
 
 ここまで案内して引き込んでおいて逃げるなんてことされたら、誰でも腹が立つ。
 
「ごめん、つい反射的に、ね」
 
 謝りながら、顔を出した。
 
「悪いけど、仕事を片付けてくるから、その間に話を済ませておいてね」
 
 そう言い残して黒猫さんは、仔猫達を連れて出て行った。
 
「それで? 帰れない訳ってのを、聞かせてもらおうか? 
 行きたいところってどこなんだよ? 」
 
 少しでもわたしとの距離を詰めようというように、ラザールさんは側にあった木箱に腰を降ろした。
 
「わたしね、レティーニャ山に行かなくちゃいけないの」
 
 目線を合わせられるようにラザールさんの前に行くと後ろ足だけ畳んで座り、視線を上に向ける。
 
「レティーニャ山? 」
 
 呟いたラザールさんの眉尻がぴくりと動いた。
 
 ……やっぱり、間違いない。
 
 鳳の出現場所、贄を差し出す場所は、小鳥達の言っていた通りだったってことだよね。
 
「なんでお前が、そんなところに行かなきゃならないんだよ? 」
 
 次いで、平静を装って訊いてくる。
 
「ん、と、ねぇ…… 
 ジルさんからわたしのことどこまで聞いてる? 」
 
 余計な事は耳に入れたくないから、とりあえず様子を探る。
 
「ええと、魔女シャンタルと使い魔契約して、治癒魔法が使えるようになったとか」
 
 首を捻りながらラザールさんは言う。
 
「その他には? 」
 
「それだけだけど、まだ何かあるのかよ? 」
 
 ラザールさんが首を傾げた。
 
 やっぱり、ジルさんてば、肝心な事はラザールさんにも隠しているってことだよね。
 
「あのね、みんなが望んでいる召還者って、実はわたしのこと、なの」
 
「なっ…… 」
 
 ラザールさんは言葉を失う。
 
「ごめんなさい、本当はもっと早くに言えれば良かったんだけど。
 ジルさん達が待っていたのは『花嫁』にできる人間だったし、わたしは猫で、その上ついこの間まで満足に人間の言葉話せなかったから、伝えることができなくて」
 
 そりゃそうだよね。
 あれほど切望していた召還者が、既に召還済みでしかも猫だったなんて。
 絶句以外のどんな反応すればいいんだってもので。
 
「うそ、だろう? 」
 
 ラザールさんはまたそう言ったきり黙ってしまった。
 
 なんて言っていいのかなんて判らないよね、きっと。
 
「だから、その鳳のところに行かなくちゃいけないのよ。
 そのために呼び出されたんだから」
 
「ジルは納得し…… 
 ているわけないか。
 だったら、お前がいなくなったなんて青い顔して探し回っているはずないよな。
 贄にするつもりだったにしてもお前の意思で逃げ出してくれれば、贄にするのが気の毒で逃がしたにしても、あんなに血相変えるわけがない」
 
「ジルさんに言ったら、きっと止められるから。
 だから、お願いっ! 
 ここでわたしを見つけた事は誰にも言わないで見逃してっ! 」
 
 とりあえずお願いしてみる。
 
「お前、『花嫁』の意味知っているのか? 
 あれは真実を口にするのは都合が悪いから体よく言い換えているだけで、実際は…… 」
 
 確認するようにラザールさんが訊いてきた。
 
「知ってる。
 『花嫁』っていうか、生贄でしょう? 」
 
「おまえ、そこまで知っていて、何故? 」
 
「シャンタルさんに聞いたの。
 もし鳳が出たら、集落ひとつどころか国の半分はあっという間に、鳳の炎に飲み込まれるって。
 その話って、嘘だった? それとも単なる誇張? 」
 
「いや、俺もよくは知らないけど、確か古文書やその後の歴史書にはそう記載されているって話だ。
 信憑性は知らないけどな。
 だけど、お前が自分から『花嫁』になりに行く必要はないだろうが」
 
 そう言ってくれる。
 ま、理由の半分はジルさんが悲しむからなんだろうけど。
 
「あのね、さっきわたしが治癒魔法を使えるようになったって話は聞いたって言っていたでしょう? 
 その治癒魔法ってのが、半端じゃないみたいで……  」
 
「半端じゃないって、どのくらい? 」
 
「……シャンタルさん曰く、国宝級って」
 
「国宝級って、それ瀕死の人間を全くの健康体に戻すレベルだぞ? 
 あ、じゃぁ、あの時のジルの怪我治したのって、やっぱりお前だったのか? 」
 
「自覚はなかったんだけど、多分、ね」
 
「はぁ、そりゃ…… 
 お前を贄に差し出したなんてことになったら、ジルの首が飛ぶわ」
 
「うん、そうじゃないかなって、思った」
 
 視線を落してつぶやいた。
 
 ジルさんがわたしを気に入って大事にしていることは差し置いても、王族専属の治癒魔術師を王族の許可なく贄に出すことはできないし、かといって贄を出さないと国が滅ぶ。
 
「でもね、この間王都の側の襲撃現場にお手伝いに行って身にしみたの。
 鳳の『花嫁』にならなくても、この命は治癒魔法を使うたびにその状況によって削られているって。
 このまま、治癒魔法師やっていても贄に差し出されてもわたしの命の期限は殆ど同じなの。
 生贄が届かなければ、そのうちに鳳が暴れて今以上に国土のあちこちで被害が出る。
 そしたら、治癒魔法師の出番はもっと増えて…… 」
 
 遅かれ早かれ、わたしの命だってどれだけもつか。
 
「はぁー。
 同じ、面識のない人間を助けるなら、一部の王族だけじゃなくて国民全部を助けたいってか? 」
 
 大きな溜息とともに、ラザールさんが訊いてくれる。
 
「そんな高尚な訳じゃないのよ。
 鳳のところに行って役目を果たせば、元の世界に戻れるかも知れないじゃない? 
 だから、賭けてみようかなって、思ったの」
 
 シャンタルさんが言っていた。
 鳥の元に送られた『花嫁』がどうなったかは誰も知らないって。
 だったら、もしかしたら、帰れる可能性もある。
 もし、ダメでも。
 こんなわたしが、一国の国民皆助けられるんなら、ラノベだったら召還されて勇者になる話と一緒だし。
 
「ジルはどうするんだよ? 」
 
「今、ラザールさん言ったでしょう? 
 面識のない一部の王族を助けるなら、って。
 わたしはジルさんやロイさん、あなたを含めたみんなを助けたいの。
 少なくとも、瀕死のジルさん見て見ぬ振りして知らない人を優先的に助けるのも、魔力を使い果たしてジルさんの手の中で息を引き取るのも嫌。
 だから…… 」
 
 でも、わたしの命ひとつでジルさんだけじゃなく国の人全員助けられるんなら、それでも構わない。
 どっちにしろ、このまま鳥との抗争が続けば王族の治療に魂削って死ぬことになるんだもの。
 だったら、誰に何て言われても一人でも余計に助けられるほうを選びたい。
 
「言っただろう? 
 国宝級の治癒魔術師、贄に差し出すなんてことしたら、ジルの首が飛ぶって」
 
「だから、わたしが自主的に行くんじゃない。
 ラザールさんが知らなかったことにしておいてくれれば問題ないでしょう? 」
 
「……わかった、よ」
 
 暫くの沈黙の後、ラザールさんが絞り出すように口を開いた。
 
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