されたのは、異世界召喚のはずなのに、なぜか猫になっちゃった!?

弥湖 夕來

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新しい召喚者と国宝級魔術持ち

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◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
 
 
「さあ、着いたわよ」
 
 自宅の書斎のドアを開けて、ジルさんは抱いていたわたしを降ろす。
 
 この臭い久し振りだ。
 ここのところジルさん忙しくてずっと王宮の執務室泊まりだったから。
 
「疲れたでしょう? 
 お風呂入っちゃいましょうね」
 
 え? お風呂。
 
 思わずわたしはあとずさる。
 
 ジルさん時間がないときとか、自分が面倒な時って自分と一緒にお風呂に入れようとするんだよね。
 正直、目のやり場に困る。
 
 ようやく鳥さんを追い払うことができ、前戦が落ち着いて、やっと帰宅できたんだもん。
 ジルさんだってきっと疲れているはず。
 自分だって汗を流したいに決まっているし疲れてもいるはず。
 となると、絶対一緒にって言い出しかねない。
 
「ダメよ。
 ほら血だらけじゃないの。
 綺麗にしなくちゃベッドにも入れないでしょう」
 
 言われて改めて自分の躯を見ると、毛皮のあちこちに血液が付着して凝固している。
 流血している怪我人のところをあちこち行き来していたせいで、知らないうちに血がついちゃったんだね。
 特に傷に当てた右の前足が酷い。
 
 患者さんが変わる度に、ギィさんが丁寧に拭いてくれたけど、水が貴重だったりして充分に使えなかったから、どうしても毛皮の奥の方に残っている。
 
 仕方なく、自分の足でバスルームに向かう。
 
 バスタブにお湯を張ってもらって、お湯の中に飛び込んだ。
 
 ふわぁ…… 
 極楽だぁ。
 
 上がったあと全身の毛が濡れて躯に張り付くのは気持ち悪いけど、お湯の中にいるうちは気持ちいいんだよね。
 
「ふふ…… 気持ちいい? 」
 
 ジルさんが笑顔を浮かべて、石鹸を手にとる。
 
 良かった、今日は一緒に入るって言わないみたい。
 
 なんて思っていると、いきなり背中に石鹸を刷り込まれた。
 躯の浸かったお湯がたちまち赤く染まる。
 
 ほんと、ジルさんが寝かせられないって言うだけあって、結構汚れていたんだな。
 
 石鹸を流してもらって、お湯から上がるとお部屋の中に、ごはんが届いていた。
 
 しかも前にごほうびで貰ったことのある白身魚をテリーヌにした美味しいやつ。
 
「頑張ってくれたからご褒美よ。
 ゆっくり食べていてね。
 あたしもお風呂いただいてくるわ」
 
 そう言ってジルさんはバスルームに向かう。
 
 贅沢は言えないけど、前戦の食事は硬いパンとスープだけで猫の口に合うものじゃなかったから、これは嬉しい。
 
「いっただきまーす! 」
 
 ご機嫌でお皿の上のムースにかぶりついた。
 
 って、しょっぱ! 
 何これ? 
 塩の塊食べているみたい。
 前に王宮でいただいたテリーヌはもっと薄味で美味しかったのに、何なのよぉ、この塩加減。
 
 猫に塩分は大敵だって知らないの? 
 
 せっかく用意してもらったご馳走だったけど、食べるのを諦めてベッドに入る。
 ドライヤーなんてないから、よく拭いてもらったけど、やっぱりまだ毛が湿っていて気持ち悪い。
 早く乾かないかな、こう…… さくっと、ふわふわに…… 
 綺麗にさっぱり乾いたところを想像してみる。
 ダメだよね。
 自然乾燥じゃ、完全に乾くまでには暫く掛かるか。
 それまで、我慢…… 
 あ、でも何となく乾いたような気もしないでも…… 
 
 ベッドの中で寝返りを打つと、なんだか毛の間に残る湿気が消えたような気がした。
 
「マリー、お待たせっ! 
 どうだった? テリーヌは、美味しかったかしら? 」
 
 暫くすると、ジルさんが髪から雫を垂らしながら戻って来た。
 
「あら? なぁに? 
 殆ど食べてないじゃないの。
 やっぱり王宮のシェフが作ったものじゃないと気に入らなかった? 」
 
 せっかく用意してもらったのは嬉しいけど、さすがにこんなにしょっぱくちゃ猫の口には無理。
 
 ジルさんがわたしの鼻先にテリーヌを持ってきてくれたけど、無理なものは無理っ。
 
 顔を横に向けて鼻を反らす。
 
「どうしたの? 
 よっぽど気に入らないみたいだけど、やっぱりロッタの作ったテリーヌじゃ、ダメ? 」
 
「ほら、こんなにおいし…… 」
 
 ジルさんがテリーヌの隅っこを摘んで自分で食べて見せる。
 
「うっわ、何これ? 
 ロッタったら、塩と砂糖を間違えたのかしら? 
 だめね、本当に、もぅ。
 ごめんなさいね、マリー。
 今ミルクを持ってくるから、ちょっと待っててね」
 
 ジルさんはテリーヌのお皿を持って書斎を出て行った。
 
 はぁ、メイドちゃん作でしたか。
 故意か偶然間違ったのかはわからないけど、相変わらず嫌われているなぁ。
 
 ベッドを出て、伸びをして全身を振る。
 躯を包む毛がふわって広がった。
 いつもより、ずっと早く乾いている。
 なんだか知らないけど、ま、いっか。
 
 ベッドに戻る前にジルさんがミルクを持ってきてくれた。
 
「ほっんとうに、ごめんなさいね、マリー。
 もう、家のメイドはどうしてこんなにお料理が下手なのかしら? 」
 
 ジルさん、それ前にも思ったけど、あのメイドちゃん一人で炊事洗濯お掃除は無理があるって。
 せめて料理人位は雇ってあげればいいのに…… 
 
 ま、ジルさん忙しくなると殆ど王宮の執務室に行ったきりになっちゃうから、大勢の使用人が要らないのはわかるんだけど。
 
「くしゃん! 」
 
 なんて思っていると、ジルさんが盛大にくしゃみをした。
 
 いっけない! 
 それでなくてもジルさん疲れているのに、濡れた髪のままでうろうろして、風邪をひかせちゃう。
 
 早く髪を乾かさないと! 
 
 えっと。
 
 周囲を見渡して、タオルを見つけると近寄って咥えてジルさんに渡す。
 
 もぅ、ドライヤーなくても手っ取り早く乾かす方法なんかないかな? 
 
 なんて思っていると、どこからともなくふわっと風が起こる。
 
「あら、マリー、ありがとう。
 でももう乾いたみたいよ」
 
 自分の髪を触って手ぐしを通し、ジルさんが言う。
 
 確かに、さっきまで水滴が滴り落ちていたのに、ドライヤーで仕上げたみたいに綺麗にふわっふわに乾いていた。
 
 どうなっているんだろう? 
 
 ま、いっか。
 
「さ、じゃぁもう、休みましょうか? 
 まだ事後処理が残っているから、明日も休んではいられないし、ね」
 
 ジルさんはわたしを抱きかかえて寝室に移動した。
 
 降ろされたクッションの上から、ランプの火を落してベッドに入るジルさんを見つめる。
 
 よっぽど疲れているんだろうな。
 
 すぐに寝息を立て始めたジルさんの寝息を聞きながら思う。
 
 こうなったら、一日でも早くこの重責から開放してあげたいな。
 昨日の晩から、ずっと考えていたことを、もう一度ゆっくり思い返した。
 
 どうせ、命が潰えるのを待つのなら…… 
 すこしでもジルさんの力になれるほうがいい。
 
 こんなこと、相談するとジルさんきっと反対するよね。
 
 だから…… 
 
 ベッドを降りると窓辺に向かう。
 
 ガラス戸の前に立つと後ろ足で立ち、ノブに両手をかけ力を入れた。
 
 カタン、軽い衝撃と音がして、窓が開く。
 
「なぉ…… (ごめんなさい、ジルさん。
 ありがとうございました)」
 
 軽く鳴いて、頭を下げると、窓から戸外へ走り出した。
 
 
 
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