されたのは、異世界召喚のはずなのに、なぜか猫になっちゃった!?

弥湖 夕來

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新しい召喚者と国宝級魔術持ち

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「あのっ! 
 あのね、シャンタルさん。
 そもそも、最初から違うの。
 わたしのいた世界ってね、魔法とか魔術とかって全くなかったの。
 その、伝説とかの中に少しだけある作り物みたいな概念で、誰も何らかの道具なしに、火のないところから煙を出したり、水のないところに雨を降らせたりとかできないの。
 それが普通だったの。
 だから、わたしにそんなのできるはずがなくて、ですね…… 
 もし、わたしがジルさんやタピーを治したんだとしたら、神様の悪戯とかキセキとか呼ばれるもので、わたしの能力じゃないはずなんです」
 
「でも、見ちゃったのよね。
 あなたがタピーを癒した現場。
 そもそも、召還者って言うのはもれなく、わたし達が普通に使うすべての属性を持っているのが普通だし。
 あの、王太子殿下の匿っている女性だって、何かしら持っているはずなのよね。
 殿下が徹底して隠してしまっているから何とはいえないけど」
 
 どういうことなんだろう? 
 なんだか話がかみ合わない。
 もし、シャンタルさんの言っているように、タピーを治したのがわたしの能力だとしたら、猫になったことの引き換えに貰ってきたとか? 
 そうとしか考えられないんですけど。
 
「でね。
 その貴重な魔力は、国王陛下をはじめとするこの国の政治を担う者に使われるものって言うのがこの国の常識なのよ。
 勿体無いから誰にもあげない。というところかしら? 
 例えそれがこの国全部を引き換えにしても、ね」
 
 はぁ…… 
 そりゃ、ジルさん頭を抱えるわけよね。
 
「どっちにしてもマーサにとっては命を削る行為には相違ないんだけどね。
 回復魔法は命を削る魔法だから、瀕死の人間を二人も同時に回復させたら魔力も生命力もごっそり持っていかれるから」
 
 うげ、それって蛇の生殺しなんじゃ…… 
 鳥さんの餌にされない代わりに、自殺行為を強要されるってことだよね。
 どっちもあんまりありがたくないなぁ。
 
「その…… 他の方法はないの? 
 国中の魔力を持っている人たちから魔力をちょっとずつ分けてもらって集めて使うとか」
 
 国中探せばわたしと同等の魔力を持った人いるんじゃないかな? 
 とはさすがに訊けなかった。
 
「残念なんだけどね。
 さっきも言ったとおり、鳳に対抗できる魔力の属性は、この国の私たち魔女や神官の持っている魔力とは属性が全く違うのよ。
 今マーサの言ったようなこと何度も試みたけど一度も成功しなかったんですって」
 
 溜息混じりに言ってシャンタルさんは瓶を煽る。
 
 そりゃそうだよね。
 国内で調達できることなら誰も苦労して異世界から人間を呼び出したりはしないか。
 
「他にはまだ聞きたいことある? 」
 
 乱暴に床に置かれた瓶の底で何かの木の実が液体の中で揺れていた。
 てっきりワインか何かだと思ったんだけど、これってお手製の果実酒か何かなのかな? 
 
 なんだろ? 
 なんだか、すっごく美味しそうな匂いがするんだけど? 
 
 なんて思っていると、貰ったミルクを飲み干してベッドの足元で横になっていたタピーが鼻を動かしながら顔を上げる。
 
「あ、シャンタル! 
 ももも茶一人で飲んでる! 
 ずるい、オレ様にもよこせよなぁ」
 
 慌ててベッドから降りるとシャンタルさんに駆け寄った。
 
「全く、もう。
 鼻がいいんだから」
 
 シャンタルさんはさっきタピーが食べ終わったミルクのお皿に瓶の中身を注ぐ。
 
 そりゃもう、思わず涎が垂れそうな美味しそうな匂いが部屋の中一杯に広がった。
 
「マーサも飲む? 」
 
 次いでわたしにも訊いてくれるんだけど。
 それお酒だよね? 
 猫がお酒なんか飲んでもいい訳? 
 確か、ダメだったような? 
 おなか壊すなんて可愛い症状じゃすまなかったような記憶があるんですけど? 
 
「大丈夫よ、お酒じゃないから。
 もももの実って言う木の実を猫に害のないハーブティで漬けてあるの。
 猫にとってはお酒みたいなものだけど、害はないわよ」
 
 と、言ってくれるけど。
 お皿に入れてもらった液体を二口ほど舐めたタピーの目がトロンとしてる。
 その上、ごろんとしておなか出して…… 
 完全にトんでるよぉ。
 
 これって、またたびだ。
 てっきり果実酒かなんかだと思ったんだけど。
 
「どう? 」
 
 シャンタルさんがわたしの顔を覗き込んだ。
 
 う~ん、味はみてみたい気がするんだけど、あの醜態を晒すのはちょっと、ね。
 まだ、背中を床にこすりつけて夢見心地のタピーを目の当たりにすると勇気が出ない。
 
「遠慮、しておきます」
 
 お酒は入ってないって言ったけど、確かまたたび酒って人間の口には激まずだったような? 
 お茶で漬けてあったとしてもそんなに美味しいものじゃないんじゃないかな? 
 それにお酒が入っていなければ猫のようには酔えないはず。
 なのに、何故シャンタルさんはこんなもの、お酒を飲むように飲んでいるんだろう? 
 
「さ、酔いも廻ったことだし、そろそろ寝ようか? 」
 
 シャンタルさんは瓶片手に立ち上がると、それを棚に戻す。
 
 わかった。
 シャンタルさん、きっと何か、わたしの耳に入れちゃいけないことまで話してくれたんだよね。
 だから、泥酔して本人も記憶がないうちに吐露したことにしておきたいわけだ。
 
 ありがとうございます。
 
 そっと頭を下げた。
 
「まだ、何か訊きたいこと、ある? 」
 
 立ったままでシャンタルさんが訊いてくる。
 
「えーと、あのね。
 この国で猫を嫌っているわけって何? 」
 
 ずっと不思議だった。
 魔女さん達は使い魔にして便利に使っているし、博物館なんかでも害獣駆除で働いている猫さんがいるのに、どうしてここまで阻害されるのか? 
 
「あら? 
 前に絵本をあげたでしょう? 
 読まなかった? 」
 
 シャンタルさんが首を傾げる。

「ああ、あれ。
 そういえば、読み始めたら早々ジルさんに取り上げられて、それっきり何処かわたしの目につかないところにしまわれちゃったの」
 
 最初の数ページだけ読んだだけだけど、なんだか妙なお話だった。
 
 あと、探しても見つからなかったし、わたしの言葉ジルさんには直接伝わらないから諦めていた。
 よっぽど、読ませたくないこと書いてあったのかと思ったんだけど。
 
「つまりは単なる偶然が重なったのよ。
 昔ね、猫を溺愛していた王様がいて、それに嫉妬した妃が猫を処分してしまったの。
 ところがその直後、伝染病が広がってね。
 当時の人はそれを、自分を捨てた猫が恨んで祟ったんじゃないのかって思い込んだの。
 ほら猫って多少の魔力を持っていて、適当に知恵もあるし人間に懐いていたものだから昔から魔女達が好んで使い魔に使っていたせいもあって、何処か気味悪がられていたのよ。
 今でも、わたしたち魔力を持つ者は、国の大半を占める魔力を持たない者には異質な目で見られているでしょう? 
 それで王妃より猫を愛する国王は、猫の魔術に掛かってとりこにされていたんじゃないかって、思い込まれて。
 猫を捨てたら今度は流行り病でしょう? 
 気味悪がった国王と王妃は、今度は王都中の猫を排除しちゃったわけよ。
 そしたら、今度は王宮内の流行り病が王都中に広がって。
 それまで猫の呪いのせいにされたのよね。
 その後も、どこそこの町で猫が姿を消したら伝染病が広がったとかって言う話が時々あってね。
 以来猫は国に災いをもたらす者って言う風に見られちゃったわけ。
 どうしてそうなったのか、そんなの誰にもわからなかったから。
 その時の名残で猫を気味悪がる人は多いのよ。
 特に、頭の固い王族の中ではね」
 
 どこの世界でも歴史は同じようなものなんだね。
 
「クララック卿が、絵本を隠したのって、きっと自分もその一部である王族が『迷信深くて肝が小さい』って思われたくなかったからなのかもね。
 許してあげて」
 
 笑みを浮かべてシャンタルさんはわたしを抱き上げると、ベッドの隣にある平らな籠の中に入れてくれた。
 
 中に入ったクッションには黒い猫の毛と、タピーの匂いがついている。
 
「これって、タピーのベッドですよね。
 わたしが占領しちゃっていいのかな? 」
 
 泊めてもらうだけだって申し訳ないのに、タピーのベッドを横取りしちゃいけないよね? 
 
「構わないわよ。
 どうせタピーは、そんなにしないうちにわたしのベッドに移動して来るんだから」
 
 何時の間にかまたたび酔いが冷め、シャンタルさんのベッドの足元で丸くなるタピーに視線を向けてシャンタルさんが言う。
 
「さ、今日のところはここまでかな? 
 大事なお姫様を、夜更かしさせたのがクララック卿にわかったら、きっと大騒ぎされそうだし。
 お休みなさい」
 
 部屋の数箇所に炊かれていた蝋燭を吹き消して、シャンタルさんはベッドに入った。
 
 はぁ…… 
 
 程なくしてシャンタルさんの寝息が聞こえてきたのを確認して、そっと溜息をついた。
 
 謎だったことはおおよそわかったけど。
 これからどうすればいいんだろう? 
 
 もちろんトリのお口の中に放り込まれるのは嫌だけど、このままでもいられない気がする。
 わたしの魔力がもっともっと強大で、どんな術でも扱えちゃうような物だったら、鳥退治にだって喜んで行ったかも知れないけど。
 今はただの猫だし。
 そもそも生贄にされるの前提で呼び出されて来ていて、使い物にならなかった半端物だし。
 
 異世界にいきなり放り出されて、野垂れ死にしそうなところを助けてくれて大切にしてくれているジルさんの力にはなりたいところだけど、どんな風にしたらジルさんの力になれるのかは全くわからないし。
 
 何度寝返りを打って、考えてもそこで思考が止ってしまう。
 
 そのうちに、窓の外が白み始めてしまった。
 
 ま、猫だし。
 一日中寝ているのが仕事のようなものだから、今寝られなくても全く構わないけど。
 今日の仕事に差し障るなんて事はない。
 
 そう、思いながらもう一度寝返りを打つと、シャンタルさんがベッドを降りる音がした。
 
「おはようございます、シャンタルさん」
 
 バスケットを降りて伸びをしながら挨拶する。
 
「おはよう。
 あんまり眠れなかったようね? 」
 
 わたしの顔を目にシャンタルさんが呟いた。
 
 一応大人しくバスケットの中で丸くなってはいたんだけど、やっぱりお見通しだったんだね。
 
「まぁ、無理もないけど。
 自分が得体の知れない怪物の元に届けられるために召還されたなんて知って、穏かでいられるわけないものね」
 
 着替えを済ませ髪を整えながら言ってくれる。
 
「でも、悲観しちゃダメよ。
 ほら、猫で使い物にならなかったってだけで幸運なんだから」
 
 ……確かに。
 猫でなかったら、もうとっくに鳥さんのお口の中だ。
 躯の方も眠り続けて意識がないから、鳥さんの所に届けられるのを猶予されている。
 ある意味、本当にラッキーだったんだよね。
 この体の猫さんに感謝だ。
 
「さ、行きましょうか? 
 タピーどうする? 
 お留守番していてくれる? 」
 
 まだベッドの足元で丸くなったままのタピーに声を掛け、シャンタルさんが移動用のキャリーを取り出す。
 
「えっと、もう? 」
 
「朝までには返しますって、クララック卿との約束ですもの。
 きっと朝食をあなたと一緒に取るつもりで待っているわよ」
 
 そういいながらシャンタルさんはわたしをキャリーに押し込んだ。
 
 ぎゃー、ぎゃー! 
 
 それと同時に窓の外でカラスの嫌な鳴き声が響き渡る。
 
「マーサ。なんて言っているかわかる? 」
 
 鳴き声の意味はわからなくても、その音の不吉な感じは読み取ったのだろう。
 シャンタルさんが眉を顰めた。
 
 そういえば…… 
 いつもなら、日の出と一緒に囀る小鳥の声が今日は全くしなかった。
 
 嫌な予感がしてわたしも耳を澄ます。
 
「ぎゃー、ぎゃー! っぎゃー! (王が目覚めたぞ。もうすぐここまで来る!
 鳳の王もすぐに限界だ! 
 死にたくないやつは避難しろ! )」
 
 ……なんか、ぐだぐだ考えているうちにとんでもないことになってきたかも。
 
「鳥の王がそこまできているって。
 鳳の王も限界だって、言ってます! 」
 
 何のことかは良くわからないけど、とりあえず嘘隠しなくシャンタルさんに言う。
 
「すぐそこって、どこよ? 
 大変、すぐにクララック卿に知らせないと! 
 タピー! 行くわよ」
 
 シャンタルさんはキャリーを持ち上げるとタピーに声を掛けた。
 
「えー! 
 留守番してていいんじゃないのかよ? 」
 
 タピーが不安そうな声をあげる。
 
「そんなことしている場合じゃなくなったのよ。
 仕事よ、タピー」
 
「んじゃ、しょうがないか」
 
 タピーが伸びをすると先に立って歩き出す足音がした。
 
 
 
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