上 下
65 / 83
新しい召喚者と国宝級魔術持ち

-1-

しおりを挟む
「じゃ、僕は寝るから。
 お疲れ様」
 
 王宮に戻って馬車を降りると早々にギィさんは消えていった。
 
「ギュスターヴってば、何のために一緒にいったのかしら? 」
 
 その後ろ姿を目に、ジルさんが呟く。
 
 それ、ジルさんが言う? 
 
 何か目的があってついていった筈なのに、結局余計な手出しも口出しも全くさせなかったのはジルさんだったと思うんだけど。
 
 
「ねぇ、どういうことだと思う? 」
 
 執務室に入って人払いをするなり、ジルさんは大きな溜息と共にシャンタルさんに訊く。
 
「どうって言われても…… 
 何故目覚めないかなんて、わたしにはわからないわよ」
 
 シャンタルさんが戸惑った声をあげる。
 
「そうじゃなくて、あれよ、あれ。
 あの眠り姫、絶対マリーだったわよねぇ」
 
 ……確かに。
 本人が見ても他人には見えなかった。
 
 だけど、あれがわたしだったら、今のわたしはなんなんだろう? 
 ここに召還された時、完全に猫の姿だったから、猫になっちゃったんだってわたし自身も信じ込んでいたんだけど。
 どうして、わたしの躯がわたしの意思のあるところとは別にあるんだろう? 
 
「もしかして、魔女シャンタル。
 このこと知っていたとか言わないでしょうね? 
知っていてこの間マリーの顔をそう作ったとか」
 
「するわけないでしょう。
 大体あの時はわたしだって驚いたのよ。
 めったに使う技じゃないけど、動物を人の姿に見せかける術ってその動物の本来持っている雰囲気と同じような雰囲気の容姿になるはずなのよ。
 なのに、あれ、だったんだから」
 
「でもシャンタル、あの時容姿はあなたのイメージに左右されるって言ってたでしょう? 
 もしも、あの術を使う前にあなたがあの少女の顔を知っていたら同じ顔になる可能性もあるってことじゃないの」
 
「だから、言っているでしょう? 
 知らなかったって」
 
 ……なんだかわたしの容姿のことで二人で言い合いを始めてしまった。
 
「なん! (あの、あのですね! 
 あれ、多分わたし、だと、思います)」
 
 たまらなくなって思わず声をあげた。
 
「マーサ? 」
「マリー、なんて? 」
 
「にゃぅう(その良くわからないんだけど。
 その、召還前のわたしの姿にそっくりだったんです)」
 
「その話、本当なの? 」
 
 わたしの顔を覗き込むシャンタルさんに、大きく頷いてみせる。
 
「ね? クララック卿。
 召還された『花嫁』の姿が召還前と変わっていたなんていう過去の記録あったりしない? 」
 
「こんどは、何? 
 ないわよ、そんなの。
 そもそも召還されたのが猫だったってだけだって異例中の異例なんだから。
 おまけに、一時期に二人なんてのも、異例よ。
 本当にもう、今回はイレギュラーが多すぎて、あたしの手に負えなくなりそうなんだから、これ以上問題を持ってこないでくれる? 」
 
「ちょっと待って、三人よ。
 正確には二人と一匹。
 しっかりしてよ、クララック卿。
 殿下の隠している人物が召還された者なのかどうかを調べに、わざわざシャルーノまでいったんでしょう? 」
 
「え? あぁ、そうね、そうだったわ」
 
「結果、もう一人の召還者が出てきてしまったんだもの、殿下の隠している人物が宙に浮いてしまったでしょう? 
 でも、マーサの言うことを信用すればその娘も召還者ってことじゃないの? 
 じゃぁ、その娘はどこから来たの? 」
 
「さぁねぇ…… 
 今頃ギュスターヴが目の色変えて、国中の神殿から上がってきた報告書の不審個所を探していると思うわ。
 こっちは、そうねぇ」
 
 ジルさんは書き物机に歩み寄ると、引出しの中から数枚の書類を取り出した。
 
「あの、ぼんくら殿下の行動からでも調べてみましょうか? 」
 
 書類を手に小首を傾げる。
 
「どこで殿下があの娘を拾って来たのか。殿下の命で何処かの神殿が召還の事実を隠しているとしても、探し出せるかも知れないでしょう」
 
 そういいながら、ジルさんは取り出した書類を机の上に広げた。
 
「それは? 」
 
 シャンタルさんが訊く。
 
「あのぼんくら殿下の、ここ一年ほどの行動記録よ。
 次期王位継承者で助かったわぁ。
 おかげで、おおよその行動は記録にとってあったのよねぇ」
 
 いそいそと書類を覗き込むジルさんの背後で、ドアがノックされる。
 
「はい、どうぞぉ! 」
 
「ジル、お帰り。
 どうだった? 」
「なぉん(シャンタル、おかえりー! )」 
 
 待っていたようにロイさんがタピーを抱いて入ってきた。
 
「おまたせ、タピー。
 お留守番ご苦労様」
 
 シャンタルさんの声に応えるようにタピーはロイさんの腕を飛び降りる。
 
 シャンタルさんが足元にきたタピーの尻尾の付け根を軽く撫でるとタピーは嬉しそうに喉を鳴らした。
 
「残念だけど、違ったわ。
 他の意味での収穫はあったんだけどね。
 それより、ロイ。
 あなた、殿下がその『花嫁』らしい少女を連れて来たのって何時あたりか知っていて? 」
 
「僕もよくは…… 
 そういえば、ジルがマリーちゃんを手に入れて夜会に付き合ってくれなくなった頃からかな? 
 ジルも憶えがあるだろう? 
 それ以前に殿下があの女の子をエスコートしているの見たことあった? 」
 
「そうね、あたしも覚えがないわ。
 ただ、その後何時頃からだったのかしら? 」
 
「それは僕にも詳しくはわからないよ。
 君が付き合ってくれなくなって、夜会に行く回数が以前よりぐんと減ったから。
 その後すぐだったと思うよ。
 殿下が特定の女性を王宮の同じ棟に住まわせて、エスコートもその女性だけになったって噂が流れ始めたの。
 少なくともイヴェット嬢との婚約解消の原因になったのはその女性だったはずだから、婚約解消の騒ぎが起きた前だったのは確かなはず…… 」
 
 ロイさんが、思い出すようにしながら口にする。
 
「じゃぁ、本当にマリーが家に来たのとほぼ同時期ってことじゃない。
 その近辺でいいかしら? 」
 
「何? 何の話? 」
 
「いえね、殿下が隠しているあの娘の姿を見るようになったのは何時頃からなのかって話。
 その辺りに絞って、召還先を探そうと思って」
 
「じゃ、シャルーノのマイカラス神殿の話は、ギィ殿の思い違いだったってことだね? 」
 
「それが、そうでもないんだけど。
 少なくとも殿下の連れている少女を召還した先じゃなかったのよ。
 おかげでまた最初から、やり直し」
 
「それなら、この辺りはどうかな? 」
 
 何時の間にかジルさんが机に広げた書類を覗き込んでいたロイさんがその中の一枚を取り上げる。
 
「鷹狩? 」

「日付的にも、国中の神殿で儀式を行っていた日だし。
 王都じゃ鷹狩りはできないから、直轄領の狩猟地へ行くだろう? 
 途中どうしても休憩することになるから、僕達だって神殿の一室を借りるだろう? 」
 
「そうね。
 儀式には星の位置が重要だから、同日同時刻に一斉に儀式をすることになるのよね。国中に散らばる召還スポットはほぼ神殿だし。
 狩猟地は人の立入りを制限しているから、村どころか人家一軒建築を許可していないから、どうしてもそうなるのよね」
 
 ジルさんが頷く。
 
「それが偶然召還時と同時刻に重なったら? 
 召還者を殿下が気に入って、召還成功の事実を伏せさせてそのまま連れ帰ってきたっていうことも考えられるよね。
 殿下は鷹狩の時には邪魔されるのを嫌がって供の数を制限して信用できる人間しか連れて行かないから、殿下が口止めしたら誰も漏らす人間はいないと思うよ? 」
 
「そうねぇ、じゃ、王都から狩猟場までとその周辺の神殿を…… 
 二つかしら? 
 至急事情を訊きに向かわせるわ」
 
 ジルさんがようやく顔をあげると、書き物机に座り直しペンを執った。
 
「じゃ、クララック卿、わたしはこれで失礼するわね」
 
 机に向かってしまったジルさんにひと言かけて、シャンタルさんは言って、タピーを探す。
 
「ちょっと待っていなさいよ。
 まだ、マリーに訊いてもらいたいことがあるの」
 
 ペンを動かす手を止めずに、ジルさんはシャンタルさんを引きとめた。
 
 暫く紙面に向かい何かを書き付けた後、ジルさんは封蝋で止め、呼び鈴を鳴らした。
 
「……これを、ね。
 大至急宛名の神殿に届くように手配して。
 それから、殿下が狩や遠征に行くとき、必ずついて行く治癒魔法専門の神官がいたわよね? 
 それを大至急呼んで欲しいの」
 
 呼び鈴を聞きつけて、すぐに部屋に入ってきた補佐官の人に言いつける。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の専属メイクさんになったアリスねーさんの話

美浪
恋愛
オネエタレントでメイキャップアーティストの有栖川。通称アリスねーさん。 天然で早とちりな所はあるけれど仕事はきっちりの売れっ子メイクさん。 自宅メイク依頼の仕事に向かった先は何故か異世界?!(本人は普通に依頼主の家だと思っている。) 本人は全く気づかないうちに異世界で悪役令嬢の専属メイクさんになっていました。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

目が覚めると、オネェ大将軍のお茶専用給仕に転職することになりました。

やまゆん
恋愛
仕事で失敗が続き、転職ばかりをしていた焙治 心(ほうじ こころ)25歳 そんな彼女の唯一の楽しみは自宅で自分の入れたお茶を飲む事だ。 どこかにお茶を入れる為だけの職種ってないのかな と考える日々 そんなある日 転職したばかりの職場で階段から落ち 自分でもわかるぐらいにうちどころが悪かった こんな所で終わるんだ そう思いながら、まぶたが閉じ視界が真っ暗になった。 そして、自分は死んだはずなのに声が聞こえる あ、そうか死んだ人間は聴覚は残るって聞いたことあるな。 あれ?でもなんか・・違う。 何処もいたくない? ゆっくり目を開けると 「あらー目が覚めたのかしら? んもう!戦を終えて屋敷に帰る途中、女の子が空から落ちてくるんだものー驚いたわ」 そこにはオネェ口調の大柄の男性がいたのだった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

処理中です...