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引きこもり貴族様の裏事情

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「……だそうよ」
 
 溜息混じりに、わたしの言ったことを一言一句違えずに、シャンタルさんは言葉にしてくれた。
 
「それで、あの神官達は良く調べもしないであなたを「儀式を中断したただの猫」として放り出したってことね。
 はぁああああああ…… 」
 
 ジルさんがこれでもかってほど大きなため息をついて頭を抱え込んだ。
 
「……まさか元人間だったなんてね。
 どうりで名前もあるし、魔力を仲介しなくても人間の言葉がわかるわけよね」
 
 シャンタルさんも言う。
 
「とにかく、あれを呼んで! 
 状況を分析しないと…… 
 全く、何をやっていたのかしら? 
 こんなことにも気がつかないなんて…… 」
 
 ジルさんが眉間に皺を寄せる。
 
「み、みゃう(あ、あと。
 これはわたしの推測なんですけど、もしかしたらもう一人、召還されているかも知れないんですけど)」
 
「! 
 誰よ? どこにいるのっ!!! 」
 
 わたしの声を通訳してくれたとたん、シャンタルさんの喉下をくいっと掴んでジルさんは引き寄せる。
 
「い、それはわたしにはなんとも…… 
 マーサに訊いて! 」
 
 シャンタルさんは少し動けば額がくっついてしまいそうな距離にあるジルさんの顔から、自分の顔を背けながら言う。
 
「マリー、それって誰? 」
 
 その言葉を受けてシャンタルさんを遠ざけ、ジルさんはわたしに向き直る。
 
「うにぃ(他人の空似じゃなければ、名前は香帆。
 ロイさんに連れて行ってもらったパーティーで、金髪碧眼のいかにも王子様って感じの二十歳前後の男性にエスコートしてもらっていた、ストレートの長い黒髪の、わたしと同じ年齢の女の子)」
 
「な、な、な…… 
 なんですってぇ!!!!!!! 」
 
 ジルさんの声がひっくり返る。
 
「マリーちゃんの話が確かなら、あの娘だね。
 殿下が最近お気に入りの」
 
 ロイさんの方は別段驚いた様子もなく頷いている。
 
「ロイ、あんた知っていたの? 」
 
 ロイさんの言葉をジルさんが問い詰める。
 
「知っていた訳じゃないよ。
 ただ、今のマリーちゃんの話を訊いて、ああそうだったんだって納得できたって話。
 あの殿下がさ、いくら気に入ったからって言って、自分の目の届くところに四六時中女の子を囲っておくと思う? 
 その娘がものすごく特別だってわかっていたから、王宮の自分の目の届くところに部屋まで与えて囲っておいたってことだろう? 
 ジルだって、おかしいと思わなかった? 」
 
「確かにね。
 あの、来る者拒まずの色事にしか興味のない殿下が、婚約破棄までして一人の女の子に執着するなんて、おかしいとは思ったわよ。
 でも、正直、お相手は誰であれやっと落ち着いてくれたんだって、安心してたんだけど。
 あたしの思い込みだったってことよね。
 うかつだったわぁ…… 」
 
 ジルさんが頭を抱え込む。
 
 と、そこへドアが軽くノックされた。
 
「ごめんなさいね、今取り込み中…… 」
「呼ばれたから、来たんだけど? 」
 
 ドアに向かってはりあげられたジルさんの声に、お客さんの声が重なる。
 
「あ、ギュスターヴ、待ってたのよ。
 忙しいところをごめんなさいね」
 
 部屋に入ってきた人物の顔を前に、ジルさんは少しだけ冷静さを取り戻したようだ。
 
「いいよ、こっちも報告したいことが二・三あって…… 
 それで? 」
 
 相変わらず、体重なんか殆どないかのように足音をさせずにギィさんは歩いてくる。
 
「えっとぉ。
 魔女シャンタル、悪いけどマリーとその黒猫ちゃんを暫くお散歩に連れて行ってくれないかしら? 」
 
 視線を泳がせてジルさんは言う。
 
「いいわよ」
 
 答えてシャンタルさんは直ぐに立ち上がった。
 
 きっとわたし達の誰か、この場合はわたしかシャンタルさんのどちらかだとは思うんだけど、に聞かせたくない話をしたいってことなんだよね。
 
「行きましょう、マーサ。
 ほら、タピーも行くわよ」
 
 シャンタルさんは、さっきから猫用ベッドに潜り込んで横になって休んでいたタピーにも声をかける。
 
「うにゃ(なんだ? シャンタル、終わったのか? )」
 
 ベッドから這い出して、タピーは大きく伸びをする。
 
 あれ? 
 シャンタルさん、今タピーの左側から声をかけたみたいだったけど、反応したってことはタピー気配で判ったのかな? 
 そういえば、タピー魔女の持つ魔力に敏感だったっけ。
 
 そう思いながら、シャンタルさんに続いて執務室を出た。
 
 
「さて、どこに行って時間を潰しましょうか? 」
 
 廊下を少しだけ歩いて、シャンタルさんは訊いてくる。
 
「クララック卿、帰っていいって言わないってことは、まだ後で一仕事あるってことなのよね。
 まぁ、暇だからいいけど…… 」
 
 呟いて歩いていくシャンタルさんに、すれ違う人がなんだか汚らしいものでも見るかのような視線を送る。
 いや、正確にはシャンタルさんじゃなくて、わたしとタピーをなんだけど。
 
 なんか、魔女さんも使い魔の猫さん達も結構国防に貢献しているはずなのに、この扱いはなんなんだろう? 
 
「うにゃぁあ(お庭行きましょう。
 東の外れのハーブガーデン。
 あそこなら、あんまり人がいないから)」
 
 前にジルさんに連れて行ってもらった場所へ誘う。
 何しろ、猫を連れていたんじゃ休憩したいからって空いたお部屋を貸してもらえるとは思えない。
 
「そうね、そうしましょう」
 
 シャンタルさんはわたしを抱き上げた。
 
 相変わらずシャンタルさん、タピーは抱こうとしない。
 シャンタルさんが抱きたくないのか、タピーが抱かれたくないのかは判らないけど、タピーの耳が不自由になっていてもそれは変わらない。
 もしかしてシャンタルさん、タピーの耳が聞こえなくなっているの気がついていないのかな? 
 
 
 正面玄関とは違う別のドアを潜ってお庭に出る。
 広い庭園には、相変わらず散歩を楽しむ人の影があちこちにあった。
 
 これだけ人目があると、建物の中とあんまり変わらない。
 
 やっぱりジルさんといつも行くハーブガーデンが一番落ち着く。
 誰かの私的庭園らしいけど、ジルさんの知り合いの方みたいだから大丈夫だよね。
 
 大きな庭園と区切るために儲けられた生垣に付随した門を開いて中に入る。
 
「タピー、遊んできていいわよ。
 マーサは少しわたしとお話しない? 」
 
 お庭の片隅のベンチに腰を降ろして、シャンタルさんは言う。
 
「なぁお(その、ごめんなさい。
 隠しているつもりはなかったんだけど)」
 
 シャンタルさんの腕の中からベンチの座面に飛び降りて、両手をついて座り込むと、その顔を見上げて謝った。
 
「にゃぁん(その、どうしてこうなったのかわたし自身にわからなくて、どう説明していいのかわからなくて。
 その上、このとおり上手く意思疎通できなくなっちゃったものだから…… )」
 
「こっちこそ、ごめんね」
 
 シャンタルさんがガバってわたしを抱き上げると、思いっきり抱きしめて頬擦りしてくれる。
 
「ほんとうなら、もっと早くに気がついても良かったのよ。
 最初から名前を持っていたり、喋れないまでも人間の言葉を理解したりできるってわかった時点でもっと考えてみるべきだったのよ。
 いきなり猫になんかになって辛い思いしたわよね」
 
「なぉ(ううん、そうでもなかったかも。
 おかげでジルさんに拾ってもらえて大事にして貰えたから)」
 
 ジルさんに拾ってもらえなかったら、今頃どうなっていたのかわからない。
 
「もぅ、なんていい子なの? 
 それでね、ひとつ訊きたいんだけど…… 」
 
 シャンタルさんはわたしをベンチに戻すと、目線を合わせるように顔を覗き込んできた。
 
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