されたのは、異世界召喚のはずなのに、なぜか猫になっちゃった!?

弥湖 夕來

文字の大きさ
上 下
58 / 83
引きこもり貴族様の裏事情

-11-

しおりを挟む
 それから数日。
 三日くらいで来るかと、心待ちにしていた魔女さんはまだ来ない。
 
 ジルさんはといえば、執務室の片隅に置かれたソファの上で横になって仮眠を取っていた。
 あれからずっと、ジルさんは家に帰っていなくて、寝る時には大概この部屋のソファの上。
 いいとこ出のお坊ちゃんらしいのに、よくこんなところで寝られるなぁ。って感心してしまう。
 
 猫って本当、寝るしかやることがないんだよね。
 というか、鼠でも捕まえに行けばいいんだけど、それだけはわたしの管轄外だし。
 だけど、ジルさんの邪魔しないようにって、散々寝て、今日はもういいやって、感じ。
 ベッドから這い出して大きく伸びをする。
 
 とん、とん。
 
 誰かが、ドアをノックする。
 
「クララック卿、お呼びだてしてあった、お客様がお見えですが? 
 起きていらっしゃいますか? 」
 
 ジルさんが仮眠を取っていると知っている補佐官の人が、控えめに訊いてくる。
 
「んん…… 
 あぁ、いいわよぉ」
 
 声に起こされ、寝ぼけ声で返事をしながらジルさんが起き上がる。
 
 トロンとした焦点の定まらない目のまま起き上がる。
 
 美形って、こんなだらしのないシーンでも様になっちゃうんだから、得だよね。
 
 冷めた目で見ていると、補佐官の人に促されてお客さんが入ってくる。
 
「ナに? 人を呼んでおいて昼寝中? 」
 
 呆れたこの声はシャンタルさんだ! 
 
 慌ててシャンタルさんの足元に歩み寄る。
 
「呼んだのはあたしじゃないわ。
 マリーよ。
 それとロイね。
 待っていて、今ロイを呼んでもらうから」
 
 ソファから降りようとしないでジルさんは言う。
 
 それを受けて補佐官の人が軽く頷いて出て行った。
 
「タピー、いつも通訳ありがとう。
 今日もよろしくね」
 
 シャンタルさんについて室内に入ってきたタピーにも挨拶する。
 けど、いつものように答えてはくれない。
 
 えっとぉ、何かタピーに嫌われるようなことや、怒られせるようなことしたかな? 
 
 多分、していないと、思う。
 強いて言うなら、今日呼び出されたことが気に入らなかったとか? 
 
「忙しいのに、ごめんね。
 何か他に用事があったんだよね? 」
 
「ん? 」
 
 首をかしげたタピーが顔をぐいって不自然なほど傾ける。
 
「忙しいのに、わざわざ出てきてもらってごめんね、って言ったんだけど」
 
「いや、大丈夫暇だったし」
 
 いいながらタピーはわたしの右側にいた位置を左側に移す。
 
「タピー! 
 ロイロット殿下がくるまで暫く待っててね、って」
 
 シャンタルさんが話し掛けると、その声を漏らさないようにするかのように慌てて駆け寄りその左側につく。
 
 ……なんか、変。
 
 今までタピーがこんな行動取る事、なかったのに。
 
「タピー、あのね」
 
 呼びかけると、やっぱりタピーは慌ててこっちに駆けてきてわたしの左側にくる。
 
「ナに? 」
 
「この間ね、タピーの妹だっていう黒猫さんに会ったよ」
 
 どうして左側にきたがるんだろう? 
 
「背中に白い星がある子」
 
 いいながらタピーの左側に移動してみる。
 
「妹って、どっちのだ? 」
 
 やっぱり話が通じてない。
 
 それから、タピーはまたわたしの左側に移動してきた。
 
 もしかして、左耳聞こえてない? 
 
「あんた達、何じゃれてるの? 」
 
 それを目にシャンタルさんが訊いてくる。
 
 じゃれているわけじゃないんだけどな、タピーの異変にシャンタルさん気がついていないのかな? 
 
「タピー、もしかして、耳、どうかした? 」
 
 もう一度タピーの右に移動して、わたしは右耳の近くで言ってみる。
 
「耳舐めるのよせよ、くすぐったいだろう」
 
 こちらの問いには答えず、タピーは身をよじった。
 
 ……やっぱり、聞こえていない。
 
「タピー、耳! どうしたの? 」
 
 今度はタピーの右側に移動して訊いた。
 
「あ、判った? 
 内緒にしときたかったんだけどな」
 
 タピーはばつが悪そうに顔を顰める。
 
「ちょっとな、へました。
 言っただろう? シャンタルは猫使いが荒いって。
 あ、でも怪我したのはオレ様がミスったせいだからな、シャンタルのせいじゃない」
 
 ヘマって何をしたのか知らないけど、耳が聞こえなくなるなんてかなり危ない目にあってきたんだと思う。
 
「ヘマしたって何をしたのよ? 」
 
「ん? 鳥の王の討伐戦の時に、威嚇の花火が耳の側で爆発したんだ。
 逃げなかったオレ様のミス。
 シャンタルには言うなよな。
 シャンタルってば、こっちのミスでも自分のせいだって気を病むから」
 
「大丈夫? 」
 
「へーき。
 もう、全然痛くないしな」
 
 そういいながらまたわたしの左側に座り込む。
 
 毛に埋もれてよく判らないけど、良くみると顔全体に小さな火傷の痕が無数にある。
 
 さすがにここはタピーの言うとおり、傷は塞がっていそうだけど。
 
 猫は目があんまり利かない分、耳に頼って生活している部分があるけど、片耳聞こえなくなっちゃって大丈夫なのかな? 
 
 タピーの耳を見ながら考える。
 
「ね? 聞きにくくない? 」
 
 訊いちゃ申し訳ないかなとか思いながらついつい訊いてしまった。
 
「いや、ちゃんと聞こえてるぜ」
 
 タピーは言うけど、右は大丈夫みたいだけど、絶対左は聞こえていないよね。
 
 鳥の王って本当に危険なんだなって、改めて思う。
 
 そういえば、あの猫嫌いのラザールさん、確か先陣切って討伐にいっているんだよね。
 最近見ないけどもしかして怪我してなんかいないか? 
 
 そう思うとなんだか、寒気がする。
 
 考えていると、コテンってタピーが寄りかかってくる。
 頭をわたしに預けて転寝をはじめた。
 
 疲れているんだよね、きっと。
 
 ただでさえ紛争地域に行って疲れきっているのに、耳が聞こえなくなっちゃったんじゃ、どれだけストレス大きいか。
 
 どんな風に怪我をして傷を負ったのかわからないけど、花火が耳の近くで爆発したってことは、鼓膜を傷つけちゃったんだよね。
 
 治してくれる魔女さんって、居ないのかな? 
 
 そういえば、前にコゼットさんがわたしの怪我治してくれたことがあったけど…… 
 鼓膜は治してもらえないのかな? 
 
 せめて今だけでもゆっくり休めたらいいね。
 
 労わるつもりでタピーの左耳に手を当てる。
 
 ふわん、って、優しい暖かさが肉球に広がる。
 
 わたしの肉球が気持ちいいって思える暖かさなんだけど、タピーも気持ちいいって思ってくれるといいな。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

処理中です...