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引きこもり貴族様の裏事情
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それから数日。
三日くらいで来るかと、心待ちにしていた魔女さんはまだ来ない。
ジルさんはといえば、執務室の片隅に置かれたソファの上で横になって仮眠を取っていた。
あれからずっと、ジルさんは家に帰っていなくて、寝る時には大概この部屋のソファの上。
いいとこ出のお坊ちゃんらしいのに、よくこんなところで寝られるなぁ。って感心してしまう。
猫って本当、寝るしかやることがないんだよね。
というか、鼠でも捕まえに行けばいいんだけど、それだけはわたしの管轄外だし。
だけど、ジルさんの邪魔しないようにって、散々寝て、今日はもういいやって、感じ。
ベッドから這い出して大きく伸びをする。
とん、とん。
誰かが、ドアをノックする。
「クララック卿、お呼びだてしてあった、お客様がお見えですが?
起きていらっしゃいますか? 」
ジルさんが仮眠を取っていると知っている補佐官の人が、控えめに訊いてくる。
「んん……
あぁ、いいわよぉ」
声に起こされ、寝ぼけ声で返事をしながらジルさんが起き上がる。
トロンとした焦点の定まらない目のまま起き上がる。
美形って、こんなだらしのないシーンでも様になっちゃうんだから、得だよね。
冷めた目で見ていると、補佐官の人に促されてお客さんが入ってくる。
「ナに? 人を呼んでおいて昼寝中? 」
呆れたこの声はシャンタルさんだ!
慌ててシャンタルさんの足元に歩み寄る。
「呼んだのはあたしじゃないわ。
マリーよ。
それとロイね。
待っていて、今ロイを呼んでもらうから」
ソファから降りようとしないでジルさんは言う。
それを受けて補佐官の人が軽く頷いて出て行った。
「タピー、いつも通訳ありがとう。
今日もよろしくね」
シャンタルさんについて室内に入ってきたタピーにも挨拶する。
けど、いつものように答えてはくれない。
えっとぉ、何かタピーに嫌われるようなことや、怒られせるようなことしたかな?
多分、していないと、思う。
強いて言うなら、今日呼び出されたことが気に入らなかったとか?
「忙しいのに、ごめんね。
何か他に用事があったんだよね? 」
「ん? 」
首をかしげたタピーが顔をぐいって不自然なほど傾ける。
「忙しいのに、わざわざ出てきてもらってごめんね、って言ったんだけど」
「いや、大丈夫暇だったし」
いいながらタピーはわたしの右側にいた位置を左側に移す。
「タピー!
ロイロット殿下がくるまで暫く待っててね、って」
シャンタルさんが話し掛けると、その声を漏らさないようにするかのように慌てて駆け寄りその左側につく。
……なんか、変。
今までタピーがこんな行動取る事、なかったのに。
「タピー、あのね」
呼びかけると、やっぱりタピーは慌ててこっちに駆けてきてわたしの左側にくる。
「ナに? 」
「この間ね、タピーの妹だっていう黒猫さんに会ったよ」
どうして左側にきたがるんだろう?
「背中に白い星がある子」
いいながらタピーの左側に移動してみる。
「妹って、どっちのだ? 」
やっぱり話が通じてない。
それから、タピーはまたわたしの左側に移動してきた。
もしかして、左耳聞こえてない?
「あんた達、何じゃれてるの? 」
それを目にシャンタルさんが訊いてくる。
じゃれているわけじゃないんだけどな、タピーの異変にシャンタルさん気がついていないのかな?
「タピー、もしかして、耳、どうかした? 」
もう一度タピーの右に移動して、わたしは右耳の近くで言ってみる。
「耳舐めるのよせよ、くすぐったいだろう」
こちらの問いには答えず、タピーは身をよじった。
……やっぱり、聞こえていない。
「タピー、耳! どうしたの? 」
今度はタピーの右側に移動して訊いた。
「あ、判った?
内緒にしときたかったんだけどな」
タピーはばつが悪そうに顔を顰める。
「ちょっとな、へました。
言っただろう? シャンタルは猫使いが荒いって。
あ、でも怪我したのはオレ様がミスったせいだからな、シャンタルのせいじゃない」
ヘマって何をしたのか知らないけど、耳が聞こえなくなるなんてかなり危ない目にあってきたんだと思う。
「ヘマしたって何をしたのよ? 」
「ん? 鳥の王の討伐戦の時に、威嚇の花火が耳の側で爆発したんだ。
逃げなかったオレ様のミス。
シャンタルには言うなよな。
シャンタルってば、こっちのミスでも自分のせいだって気を病むから」
「大丈夫? 」
「へーき。
もう、全然痛くないしな」
そういいながらまたわたしの左側に座り込む。
毛に埋もれてよく判らないけど、良くみると顔全体に小さな火傷の痕が無数にある。
さすがにここはタピーの言うとおり、傷は塞がっていそうだけど。
猫は目があんまり利かない分、耳に頼って生活している部分があるけど、片耳聞こえなくなっちゃって大丈夫なのかな?
タピーの耳を見ながら考える。
「ね? 聞きにくくない? 」
訊いちゃ申し訳ないかなとか思いながらついつい訊いてしまった。
「いや、ちゃんと聞こえてるぜ」
タピーは言うけど、右は大丈夫みたいだけど、絶対左は聞こえていないよね。
鳥の王って本当に危険なんだなって、改めて思う。
そういえば、あの猫嫌いのラザールさん、確か先陣切って討伐にいっているんだよね。
最近見ないけどもしかして怪我してなんかいないか?
そう思うとなんだか、寒気がする。
考えていると、コテンってタピーが寄りかかってくる。
頭をわたしに預けて転寝をはじめた。
疲れているんだよね、きっと。
ただでさえ紛争地域に行って疲れきっているのに、耳が聞こえなくなっちゃったんじゃ、どれだけストレス大きいか。
どんな風に怪我をして傷を負ったのかわからないけど、花火が耳の近くで爆発したってことは、鼓膜を傷つけちゃったんだよね。
治してくれる魔女さんって、居ないのかな?
そういえば、前にコゼットさんがわたしの怪我治してくれたことがあったけど……
鼓膜は治してもらえないのかな?
せめて今だけでもゆっくり休めたらいいね。
労わるつもりでタピーの左耳に手を当てる。
ふわん、って、優しい暖かさが肉球に広がる。
わたしの肉球が気持ちいいって思える暖かさなんだけど、タピーも気持ちいいって思ってくれるといいな。
三日くらいで来るかと、心待ちにしていた魔女さんはまだ来ない。
ジルさんはといえば、執務室の片隅に置かれたソファの上で横になって仮眠を取っていた。
あれからずっと、ジルさんは家に帰っていなくて、寝る時には大概この部屋のソファの上。
いいとこ出のお坊ちゃんらしいのに、よくこんなところで寝られるなぁ。って感心してしまう。
猫って本当、寝るしかやることがないんだよね。
というか、鼠でも捕まえに行けばいいんだけど、それだけはわたしの管轄外だし。
だけど、ジルさんの邪魔しないようにって、散々寝て、今日はもういいやって、感じ。
ベッドから這い出して大きく伸びをする。
とん、とん。
誰かが、ドアをノックする。
「クララック卿、お呼びだてしてあった、お客様がお見えですが?
起きていらっしゃいますか? 」
ジルさんが仮眠を取っていると知っている補佐官の人が、控えめに訊いてくる。
「んん……
あぁ、いいわよぉ」
声に起こされ、寝ぼけ声で返事をしながらジルさんが起き上がる。
トロンとした焦点の定まらない目のまま起き上がる。
美形って、こんなだらしのないシーンでも様になっちゃうんだから、得だよね。
冷めた目で見ていると、補佐官の人に促されてお客さんが入ってくる。
「ナに? 人を呼んでおいて昼寝中? 」
呆れたこの声はシャンタルさんだ!
慌ててシャンタルさんの足元に歩み寄る。
「呼んだのはあたしじゃないわ。
マリーよ。
それとロイね。
待っていて、今ロイを呼んでもらうから」
ソファから降りようとしないでジルさんは言う。
それを受けて補佐官の人が軽く頷いて出て行った。
「タピー、いつも通訳ありがとう。
今日もよろしくね」
シャンタルさんについて室内に入ってきたタピーにも挨拶する。
けど、いつものように答えてはくれない。
えっとぉ、何かタピーに嫌われるようなことや、怒られせるようなことしたかな?
多分、していないと、思う。
強いて言うなら、今日呼び出されたことが気に入らなかったとか?
「忙しいのに、ごめんね。
何か他に用事があったんだよね? 」
「ん? 」
首をかしげたタピーが顔をぐいって不自然なほど傾ける。
「忙しいのに、わざわざ出てきてもらってごめんね、って言ったんだけど」
「いや、大丈夫暇だったし」
いいながらタピーはわたしの右側にいた位置を左側に移す。
「タピー!
ロイロット殿下がくるまで暫く待っててね、って」
シャンタルさんが話し掛けると、その声を漏らさないようにするかのように慌てて駆け寄りその左側につく。
……なんか、変。
今までタピーがこんな行動取る事、なかったのに。
「タピー、あのね」
呼びかけると、やっぱりタピーは慌ててこっちに駆けてきてわたしの左側にくる。
「ナに? 」
「この間ね、タピーの妹だっていう黒猫さんに会ったよ」
どうして左側にきたがるんだろう?
「背中に白い星がある子」
いいながらタピーの左側に移動してみる。
「妹って、どっちのだ? 」
やっぱり話が通じてない。
それから、タピーはまたわたしの左側に移動してきた。
もしかして、左耳聞こえてない?
「あんた達、何じゃれてるの? 」
それを目にシャンタルさんが訊いてくる。
じゃれているわけじゃないんだけどな、タピーの異変にシャンタルさん気がついていないのかな?
「タピー、もしかして、耳、どうかした? 」
もう一度タピーの右に移動して、わたしは右耳の近くで言ってみる。
「耳舐めるのよせよ、くすぐったいだろう」
こちらの問いには答えず、タピーは身をよじった。
……やっぱり、聞こえていない。
「タピー、耳! どうしたの? 」
今度はタピーの右側に移動して訊いた。
「あ、判った?
内緒にしときたかったんだけどな」
タピーはばつが悪そうに顔を顰める。
「ちょっとな、へました。
言っただろう? シャンタルは猫使いが荒いって。
あ、でも怪我したのはオレ様がミスったせいだからな、シャンタルのせいじゃない」
ヘマって何をしたのか知らないけど、耳が聞こえなくなるなんてかなり危ない目にあってきたんだと思う。
「ヘマしたって何をしたのよ? 」
「ん? 鳥の王の討伐戦の時に、威嚇の花火が耳の側で爆発したんだ。
逃げなかったオレ様のミス。
シャンタルには言うなよな。
シャンタルってば、こっちのミスでも自分のせいだって気を病むから」
「大丈夫? 」
「へーき。
もう、全然痛くないしな」
そういいながらまたわたしの左側に座り込む。
毛に埋もれてよく判らないけど、良くみると顔全体に小さな火傷の痕が無数にある。
さすがにここはタピーの言うとおり、傷は塞がっていそうだけど。
猫は目があんまり利かない分、耳に頼って生活している部分があるけど、片耳聞こえなくなっちゃって大丈夫なのかな?
タピーの耳を見ながら考える。
「ね? 聞きにくくない? 」
訊いちゃ申し訳ないかなとか思いながらついつい訊いてしまった。
「いや、ちゃんと聞こえてるぜ」
タピーは言うけど、右は大丈夫みたいだけど、絶対左は聞こえていないよね。
鳥の王って本当に危険なんだなって、改めて思う。
そういえば、あの猫嫌いのラザールさん、確か先陣切って討伐にいっているんだよね。
最近見ないけどもしかして怪我してなんかいないか?
そう思うとなんだか、寒気がする。
考えていると、コテンってタピーが寄りかかってくる。
頭をわたしに預けて転寝をはじめた。
疲れているんだよね、きっと。
ただでさえ紛争地域に行って疲れきっているのに、耳が聞こえなくなっちゃったんじゃ、どれだけストレス大きいか。
どんな風に怪我をして傷を負ったのかわからないけど、花火が耳の近くで爆発したってことは、鼓膜を傷つけちゃったんだよね。
治してくれる魔女さんって、居ないのかな?
そういえば、前にコゼットさんがわたしの怪我治してくれたことがあったけど……
鼓膜は治してもらえないのかな?
せめて今だけでもゆっくり休めたらいいね。
労わるつもりでタピーの左耳に手を当てる。
ふわん、って、優しい暖かさが肉球に広がる。
わたしの肉球が気持ちいいって思える暖かさなんだけど、タピーも気持ちいいって思ってくれるといいな。
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