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猫には猫のできること

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「何よ? それ。知らないわよ? 
 何か原因不明な支障があって、召還の儀が止っている報告は受けているわ。
 今、その原因の調査と復旧に当たらせているけど」
 
 わたしの背中の毛皮に手を滑らせながらジルさんが首を傾げる。
 
「あいつら、黙っていたんだな。
 自分達の都合の悪いことは報告をあげないってことか」
 
 軽く舌打して、ラザールさんが忌々しそうに呟いた。
 
「普通に考えたら、猫に儀式を中断されたからってやり直せばいいだけだからね。
 難しい儀式だから、一度や二度の失敗は数に入らないし。
 細かい原因あげつらっていたらきりがないどころか儀式が先に進まなくなる」
 
 ロイさんが庇うように言う。
 
「普通はな。
 ただそれがきっかけで以後の儀式が止ってしまったとなると話は別だろ。
 おまけに、その儀式に割って入った猫って言うのが、コイツと同じちっこい茶トラ猫だったんだとさ」
 
「ちょっとぉ、儀式が止っているなんてどこから漏れたのよ? 
 鳥の王の出現率が上がっているのに、未だ『花嫁』の準備ができていないなんて事が世間に知れたら、あらぬ不安を煽るから、緘口令がしいてあるはずよ」
 
「まぁ、今回のような大掛かりな儀式に携わる人間の数は多いからね。
 中にはどうしても口の軽い人も混じるし」
 
 ジルさんの言葉にロイさんが困惑気味に眉を動かした。
 
「で、王族のお前がそれと同じ茶トラ猫を飼っているだけじゃなくて、溺愛して片時も側を放さないってことが、巷で囁かれるようになって。
 儀式を中断したのはお前じゃないかって、考える奴まで出てきたんだ。
 それで恨まれたんだろ? 」
 
「片時も放さないって、誰のせいだと思っているのよ? 
 でも変ねぇ? 」
 
 ぽそっと呟いてジルさんはラザールさんに視線を送ると次いで首を傾げた。
 
「どうしてあたしが猫を飼っていることを、世間が知っているのよ? 」
 
「身近に居る誰かの口から漏れたんだろう? 
 猫を飼っている王族なんて珍しいからな」
 
 ラザールさんはそう言ってドアの向こうに視線を投げる。
 
 今このお部屋、さっきのロイさんの話じゃ人払いがしてあるッぽくってジルさんのほかはこの二人しかいないけど、常時二・三人の事務補佐の人、場合によっては時々お手伝いさんとかメイドちゃんとか必ずいるんだよね。
 多分、今もドアの向こうで待機しているはず。
 ここで誰かが、お茶を欲しいって声をはりあげれば、すぐにお茶がでてくるくらい。
 
 えっと、補佐官さんは…… 
 一人は口の堅そうなオジサンで、もう一人は無口な二十台後半の男性。
 そして、二十歳そこそこのおしゃべりなお兄さん。
 
 わたしの頭の中を三人の顔が巡る。
 
 あぁ、あの人かぁ。
 じゃ、やりかねないよなぁ。
 悪気は全くなかったにしても、「勤め先の上司が猫を飼っていて、職場まで連れてくる」くらいのことはまわりに話していそう。
 
 そしたらきっと、それに尾鰭がついて歩き出さないとも限らない。
 
「そう言うことなのね。
 ありがとう気をつけるわ」
 
「気をつける以前に、お前早いところ、その猫何とかしろよ。
 でないと今度こそ本当に殺されるぞ」
 
 またしてもラザールさんはわたしを睨みつける。
 
 結局元に戻っちゃうんだよね。
 この人どれだけ猫が嫌いなんだろう? 
 
「残念だけど、マリーを手放すつもりはないわよ。
 この子が来てからどれだけ助かったと思う? 」
 
「叔母上の無くしたピアスを探しただけだろう? 
 そんなの偶然だろ」
 
 はき捨てるように言われた。
 
「あら、探してもらったのはピアスだけじゃないわよ。
 ランドルトン侯爵家が取り潰しにならなかったのもこの子のおかげだし、他にも色々ね…… 」
 
 ジルさんは含み笑いを浮かべてロイさんに視線を送る。
 
「色々って何だよ。
 それにしても、こんな猫どこから手に入れたんだ? 
 まさか、誰かに頼んで譲り受けたとか言わないよな? 」
 
「保護したのよ。
 前にも言ったでしょう? 
 家の庭で瀕死の状態になって倒れているのを拾ったの」
 
「そんなの放って置けばよかっただろう? 」
 
「家の庭で死ぬのを? 
 冗談じゃないわよ。
 そんなことしたら本当に呪われるじゃないの」
 
「百歩譲ってだな、保護したのまではわかる。
 ただ、元気になったら戸外へ放すとか、誰かに貰ってもらうとか、方法ならいくらでもあっただろう? 」
 
「今時、黒猫でない猫の引き取り手なんかあると思う? 
 それによ、この子生まれてこの方家の中で飼われていたみたいで、まったく外へ行きたがる気配がなかったのよ。それを外に追い出すなんて酷いこと、あたしにさせるつもり? 」
 
「元飼い主がいそうなら、それを探すつもりはなかったのかよ? 」
 
 ……この問答、わたしがジルさんのお家にお世話になり始めた時にも、二人でやってたな。
 
 ジルさんには本当に頭が下がる。
 世間で嫌われ者の猫をこうして大事にしてくれるんだもん。
 
 とにかく、ジルさんの怪我大したことなくてよかった。
 
 わたしは安堵の息を吐いた。
 
 ……それにしても、猫を飼っているって言うだけで通り魔に襲われるなんて、この世界怖すぎるよ。
 
 話した本人に悪気はなかったんだろうけど、日常の挨拶程度の話のネタでジルさんが怪我をしたのは確か。
 
 多分、きっと、もうジルさんの側には居ないほうがいいよね。
 
 助けてもらって、保護してもらって、可愛がってもらって…… 
 いっぱい、いっぱいお世話になっているのに、その恩人を傷つけるなんて絶対しちゃいけないこと。
 
 ジルさんのおかげで、野垂れ死にしなくて済んだ。
 ジルさんのおかげで、こうして安穏な生活が送れてきた。
 
 じわっと、涙が浮かんだ。
 
 あれ? 
 
 なんだかわからないけど、なぜ泣いているんだろう? 
 
 ま、いいや。
 今度シャンタルさんが来たら、使い魔にしてもらえるようにお願いしてみよう。
 
「ジルが飼えないって言うんなら、マリーちゃんは僕が引き取るよ」
 
 そんな気持ちを察してか、すかさずロイさんが言ってくれる
 
「は? 
 冗談も大概にしてくれよ。
 ジルが飼っているってだけでも騒ぎなのに、王位継承権の順位の高い殿下さまが、王宮で飼うなんてことになったら大騒ぎだ」
 
 え? 
 は? 
 今、王位継承権って言った? 
 
 そりゃジルさんが王族だから、ロイさんだってそこそこの身分だとは思っていたけど。
 そういえば、確か誰かがロイさんのこと殿下って敬称つけて呼んでいたっけ。
 ジルさんは卿なのに。
 つまり、ロイさんはジルさんより偉いってこと? 
 
 知らなかったからだけど、とっても失礼なことしてたよね。
 
 ごめんなさい、ロイさん。
 じゃなくて、ロイ様とかロイ殿下って呼ばなくちゃいけないのかな? 
 
「よっぽどの事がない限り、僕にそれが廻ってくることなんかないよ」
 
 ロイさんがふって息を吐く。
 
「あのやりたい放題の殿下が何時まで王太子でいられるか見ものだけどな」
 
 何か意味ありげにラザールさんが呟いた。
 
 いや、なかなか。きな臭い話をはじめたな。
 そういえばここって、一応王宮の中なんだよね。
 金とか権力とかもろもろ、どろどろしたものが渦巻いていてもおかしくない。
 猫だったせいで、そう言うもの全く関せず、安寧に過しすぎてたかも。
 
 
「……それで、何時頃から復帰できそうなんだ? 」
 
 なんて考えていると、何時の間にか三人の話題は変わって、お仕事の話になったみたい。
 
「いつでもいいわよ。
 明日から、なんなら今直ぐでも。
 ただし、お茶を一杯飲んでからね」
 
「おい、重症だって聞いたぞ。
 こうやってベッドをでて動いているだけだって、不可解なのに、大丈夫なのかよ? 」
 
 呆然とラザールさんが訊いている。
 
「それがねぇ? 
 わたしもダメかと思ったんだけど、何故か治っちゃったというかなんともなかったのよ? 」
 
 ジルさんが首を傾げた。
 
「どういうことだ? 」
 
 要領を得ないジルさんの言葉に今度はロイさんにラザールさんは向き直る。
 
 案の定、外で誰かが控えていたみたいで、お茶が運ばれてくる。
 食事の時間帯だったのか、テーブルの上にはスコーンとサンドイッチ、それからフルーツなどなど、おなかにたまるような物が並べられた。
 
「言ったとおりよぉ。
 騒ぎの割には大した傷じゃなかったって思ってくれれば…… 」
 
 ジルさんはお茶のカップに手を伸ばす。
 
「魔女が来ていたようだが? 」
 
「その魔女も用なしだったのよね? 」
 
 ラザールさんの言葉にジルさんは首を傾げる。
 
 そうなんだよね。
 さっきまでここにいたみんな、当のジルさんさえ何が起こったかわかっていない。
 ジルさん達は、コゼットさんが魔法を使ったんじゃないかって思っていたみたいだけど、肝心のコゼットさんは全否定して逃げちゃったし。
 
 わたしのいた世界じゃ、説明がつかない。
 
 けど、この世界「魔法」って言うものが存在しているんだよね。
 
 だからなにか原因があるとは思うんだけど。
 

 
 
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