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猫には猫のできること

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◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
 
 
「……おい、聞いたか? 」
 
「ああ、クララック卿のことだろう? 」
 
「何でも、また『鳥の王』の出現場所を言い当てたって話だろ? 」
 
 ドア越しの声がかすかに響く。
 
 誰かが、廊下で話している。
 ジルさんの執務室の前だから、部屋の中に丸聞えするほどの大声じゃないんだろうけど、猫の耳だとはっきり聞えちゃうんだよね。
 
「ああ、なんか、一度も外さないっていうのは怖いよな。
 しかもアレだろ? 
 猫を飼って…… 
 よくあんな恐ろしいもの側に置いて置けるよな」
 
「やっぱり、凄い人はやることも普通じゃないよな」
 
 などと言いたいことを言いながら通り過ぎてゆく。
 
 恐ろしいもの? 
 こんなに可愛いわたしを捉まえて? 
 見てよ見て、艶艶でふわっふわのミルクティー色に黄色掛かった赤茶の縞が入ったの毛並みに、透き通った緑色の瞳、首を囲んだもっふもふの鬣、優雅に動くふさふさの尻尾。
 際目付けがぷにぷにの肉球。
 どれをとっても文句のつけようがないじゃない。
 
 そりゃ、人間の時には十人前だったけどさ。
 
 少なくともこの猫の姿は、わたしの目からしたら相当可愛い部類に入るんだけど? 
 
 でも、そういえば。
 
 こっちに来て、早々言われたんだよね。
 
「呪われる-! 」とか「災厄だ」とか…… 
 
 でもって、自分達で呼び出しておいて、歓待どころか何の説明もなしに、邪魔者扱いして放り出したんだよね。
 
 しかも、会う人遭う人毛嫌いされて。
 
 幸運なことにジルさんに拾ってもらったからだけど、今でもわたしの顔見ただけで、心底嫌そうな視線を送ってくる人間は多い。
 
 どうしてこの世界の人たちってこんなに猫を嫌うのかな? 
 
 猫って、鼠を取ってくれたり(わたしはできないけど)ペットとしても手が掛からなかったり、この世界だと、魔女のお手伝いもしてくれるし結構有益な生き物だと思うんだけどな? 
 
 なんて考えていたらドアがノックされる。
 
 とんとん、とんとんとん、とっ。
 
 この特徴的な、ノック音はっ。
 
 慌てて、書き物机の下に潜りこむ。
 
「はぁい。どうぞ。
 待ってい…… 」
 
 招き入れたジルさんの声が、ドアが開くと共にしぼむ。
 
「あんたなの? ラザール。
 何か用? 」
 
 一瞬書類からあげた目を元に戻して、ジルさんは言う。
 
「悪かったな、俺で。
 その待ち人だけど、まだ当分来られないそうだ。
 これ、預かってきた」
 
 ラザールさんは一通の手紙を差し出した。
 
「困ったわぁ、まだ来られないの? 」
 
 その手紙を受け取りながら、ジルさんががっかりと肩を落す。

「仕方がないだろう? 
 ルルドの周辺一帯はあの魔女の管轄だ。
 事後処理だって半端ない」
 
「まさかねぇ、いきなり襲ってくるとは思わなかったのよ」
 
「それでもお前のお陰であの程度の被害で済んだ。
 もし、お前の指示が無ければ俺たちが駆けつけるのはもっと遅くなって、被害は甚大なものになっていただろう」
 
「あたしじゃなくて、あなたたちのおかげよ。
 何の根拠も無いのに、迅速に動いてくれて…… 
 助かったわ。
 それで? 」
 
「あ、いや。
 その手紙を魔女コゼットから預かってきたら、届けにきただけだ。
 被害状況、その他の報告はあとで書記官に届けさせる。
 調査にてこずっていて、纏めるのにまだ暫くかかりそうだ」
 
「何、暢気なこと言っているのよ? 」
 
「言うなよ。
 これでも目いっぱい働いているつもりだが? 
 主だった避難場所の設置、結界の修復と強化、それから村人の警護、緊急物資の補給。
 まずは被害にあった人々への救済が最優先だろうが。
 調査はその後ってのは常套だろう? 」
 
 ラザールさんの言葉に、ジルさんの表情が曇った。
 
「それで…… 
 怪我人はどのくらい? 」
 
 そっか、避難所とか警護とか、という言葉が並ぶくらいだから、少なからず怪我した人とかも出ているんだよね。
 
「住民は、重傷者三人、軽症者二十八人、あと騒ぎのせいで持病が悪化したものが数名。
 地元の治療院に預けてきた」
 
「そう? じゃ、すぐに医者と看護人を向かわせるように手配するわ」
 
 言ってジルさんは目を伏せると大きく息を吐く。
 
「っつ、ごめんなさいね。
 あたしがもう少し早く手配ができれば、これほどの被害を出さなくて済んだかも知れないのに」
 
 悔しそうに唇を噛んだ。
 
 ルルドが鳥に襲われたのは、わたしがカラスの声を聞いた翌日の夕方だった。
 ジルさんが、わたしの言葉を聞き入れてくれてすぐに対処してくれたんだけど、沢山の人々を動かすにはある程度の時間が掛かった。
 結果、ラザールさんの率いる軍の人が到着したのは翌々日の明け方、つまりは間に合わなかった訳で、好くなからず犠牲が出た。
 
「んなこと、ないだろう? 
 今回「鳥の王」の出たルルド周辺は、野生の鳥も落ち着いていて出る気配が全くなかったところなんだろう? 
 よく気がついたよ。
 おかげで、襲撃早々に対処できた。
 それより…… 」
 
 話をそらすかのようにラザールさんは、執務室の中を見渡す。
 
「マリーなら、あんたが怖い顔で睨むから隠れてるわよ」
 
「いや、猫じゃなくて…… 」
 
「まさか、マーサのこと? 
 居ないわよ。
 多分当分無理でしょうね」
 
「そうか…… 
 じゃ、俺はこれで。
 そうだ、ジル。
お前気をつけろよ」
 
 ラザールさんは、少しがっかりしたように帰っていこうとした足をふと止め、何かを思い出したように振り替える。
 
「なぁに? 
 怖い顔して? 」
 
「妙な噂が立っている」
 
「妙な噂? 」
 
「『花嫁』の召還が進まないのはお前が止めているからとか。
 お前の飼っている猫が妨害しているなんてな。
 そいつ、いい加減手放したほうがいいんじゃないか? 」
 
「マリーが? 
 いやぁねぇ。
 そんなこと絶対にないわよ。
 忠告ありがとう。
 とりあえず、お礼は言っておくわ」
 
「悠長に構えていて、あとで泣くなよ? 」
 
 ラザールさんはそれだけ言うと帰っていった。
 
「ラザールもしつこいわねぇ。
 マーサの何処がそんなに気に入ったのかしら? 」
 
 呆れたように呟いて、ジルさんはわたしに視線を送る。
 
 う…… 
 そうですよ。
 わたしそんなに美人じゃないもん。
 
 でも、いくら猫だからってあからさまに言われると凹むなぁ。
 思わず耳が下がる。
 
「あ、人間になったマリーも可愛いわよ。
 あたしは充分好みなんだけどね。
 ラザールの好みからはかけ離れているのよ。
 昔からグラマラスの色っぽい女性ばかり相手にしてたのに…… 」
 
 そういえばこの間わたしの足をこれでもかってほど踏んづけた女性も可愛いより綺麗系の人だったな。
 
「……あら、本当に。
 魔女コゼットは忙しそうね。
 残念だわ」
 
 かさかさと音がしていたと思ったら、ジルさんがさっき貰った手紙の封を切り、広げていた。
 
「マリーには色々聞きたいことがあるのにね」
 
 ジルさんはわたしの頭に手を伸ばして、そっと撫でてくれる。
 
「さ、コゼットが来た時に充分時間が取れるように、できることはやっておきましょうね」
 
 ジルさんは呟くように言って、また仕事に戻ってしまった。
 
 
「まずは、医師の手配ね。
 ん、もぉ、空いている人居るかしら? 
 あ、結界の強化に魔女も必要ね。
 もしくは、神殿の誰か…… 
 ダメだわ、神官たちは今『花嫁』の召還停止の件を調べさせていたんだっけ」
 
 ぶつぶつ言いながら何かを書面にしている、ジルさんを横目に、シャンタルさんに貰った絵本を広げる。
 
 字を覚えれば、もう少しジルさんと意思疎通ができるようになる。
 そしたら、もう少しジルさんのお手伝いができるかもしれない。
 
 それが今できる精一杯のことだと思った。
 
 
 
 
 昔昔のお話です。
 王様が一匹の猫を飼っていました。
 小さな猫を王様はとても可愛がっていました。
 お妃さまより、王子様より、猫を大事にしました。
 ですがお妃さまはそれが気に入りません。
 怒ったお妃様は、家来に言いつけて猫を遠くの山に捨てさせました。
 
 暫くすると、お妃さまが病気になりました。
 どんなに優秀なお医者様が診ても、神官さまがお祈りをしても病気は治りません。
 病は王様にも移ってしまいます。
 王子さまは捨てた猫の呪いだと思い、夜も眠れなくなりました。
 寝不足になった王子さまは、階段から落ちて大怪我をしてしまいます。
 全てが猫の呪いだと思った家来が猫を探させてお城に連れ戻します。
 猫は…… 
 
 
 
 
 なんなんだろう? 
 この話。
 猫が、王様を呪うって? 
 なんか、この国の猫嫌い前提に作られている話? 
 
 首をかしげながら肉球に力を込めて頁を捲る。
 やっぱり人間の手と違って、捲り難いんだけど、爪をたててぼろぼろにするのは申し訳なくて、時間が掛かっても丁寧に次の頁を開く。
 
 
 
「あら、なぁに、マリー? 
 勉強熱心じゃないの? 」
 
 夢中になって本を読んでいると、突然ジルさんに抱き上げられた。
 
 あん。
 先が気になるところだったのに。
 
 ジルさんの顔を見上げる。
 
「熱心なのはいいけれど、もう夕方よ。
 わたしの仕事も区切りがついたし、帰って休みましょうか? 」
 
 片手でわたしを抱き上げたまま、ジルさんは絵本を片付ける。
 
「帰りましょう。
 途中でパンを買っていかなきゃね」
 
 バスケットにわたしを入れて、ゆっくりと持ち上げる。
 
 
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