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猫には猫のできること
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「……それでね、ついでと言ってはいけないんだけど。
もうひとつ、お願いしたいことがあるのよぉ」
ほぼほぼ食事を終え、紅茶のカップを傾けながらジルさんがコゼットさんの顔をみる。
「え、と…… 」
嫌な予感がしたのを隠しきれずにといった感じの怯えた表情でコゼットさんが言葉を詰らせる。
「これね。
すこぉし、困ったことになっているの。
イヴェットちゃんを助けると思って引き受けてくれないかしら? 」
ジルさんはさっきコゼットさんが持ってきた手紙を取り上げる。
「わたしの友人がどうかしたんですか? 」
イヴェットちゃんの名前が出た途端にコゼットさんの顔色が変わる。
「ちょっとね、色々あるのよ。
それで、大事な物をあの娘の実家に取りに行って欲しいの。
あたしが行ければいいんだけど、あの娘のお父さまと面識があるからまずいのよ。
ほら、この手紙の入手先とか聞かれると。
だから、あたしの代わりにちょちょーっといって、あるものを侯爵邸からとって来て欲しいの」
「取ってきて、と言うのは家人に内緒でってことですか? 」
コゼットさんが首を傾げる。
そうだよね。
家人から受け取ってとか貰って預かってって言わないってことは、内緒で持ち出して来いって言っているようなものだもの。
さすがに、それはやばいよね。
泥棒に行けって言っているのも同じだし。
常識のある人なら絶対断ると思う。
「大丈夫よぉ、建物の中に忍び込めって言っているんじゃないから。
お庭よ、お庭。
だからね、百合園で有名な侯爵邸のお庭を見せていただきに行って、ついでに、お庭に隠された、物を、ね? 」
「む、無理ですよぉ。
わたしみたいな下賎の者が、いきなり侯爵様のお宅に押しかけてお庭を見せて下さいなんてお願いして、『はいどうぞ』って見せてもらえるわけないじゃないですか」
完全にコゼットさん怯えている。
「そう?
侯爵はそんな狭量な方じゃないわよ。
何時行っても大歓迎だから」
「それはクララック卿が王族だからです! 」
よっぽど怖いと見えて、コゼットさん涙目になっている。
「あの百合園はご自慢の庭でね、お願いすれば余程でない限り、誰にでも公開してくれるわ」
「ご自分が行けばいいじゃないですか」
「だから、言っているでしょう?
面識があるからまずいって。
お庭を見せて下さいって言ったら、歓迎が過ぎちゃってお茶が入るだけじゃなくて、お庭を散策する間中、侯爵本人か侯爵夫人がついて説明してくるのよ。
『この百合は何処其処の国から取り寄せたものだとか、あっちの百合は自分が交配した物で希望通りの花を咲かせるまでに何年掛かったとか』ね。
お庭の持ち主である侯爵の目の前で、お庭に隠してある物持ち出してくるわけにはいかないじゃない」
「めんどくさいんですね、貴族って」
コゼットさんが溜息混じりに言う。
「うな(わたしが行けば、一番いいんだけどな? )」
二人のやり取りを耳にふと呟いた。
猫なら、人目につかないし、無許可でお庭に入ってもそこまではセーフだと思う。
さすがにお庭に隠してある物持ち出したら、泥棒猫だけど。
「なぅうん(コゼットさん、この子が行ってももいいって言ってますよ)」
突然背後で猫の声がコゼットさんに話し掛ける。
え? え? え?
何時の間に?
さっきまで、猫なんてわたしのほかにはいなかったよね?
思わず振り返ると、タピーより一回りほど小さな黒猫が立っていた。
「マッチ、出てきたらダメだって言ったでしょう?
王宮は猫嫌いの人が多いんだから」
振り返ってコゼットさんが言う。
びっくりした。
何の気配もなく、突然猫が降って湧いてくるんだもん。
「なぁあおん(この部屋の中だけなら、大丈夫ではありませんか? この子もいることですし)」
黒猫はわたしに視線を向ける。
そっか。コゼットさんもここに出入りしている人の大半が猫嫌いだって知っていて、使い魔の猫ちゃん、姿を消すとかカバンに入れるとか隠して連れてきていたんだ。
「あら、可愛い子ね。
うちのマリーには負けるけど」
ジルさんが黒猫を前に目を細める。
「あの、クララック卿。
さっきのお話ですけど、この猫ちゃんが取ってきてもいいって言ってますけど? 」
シャンタルさんの時と同じように黒猫さんの言葉を、コゼットさんがジルさんに伝えてくれる。
本当に、魔女さんって自分と契約した猫としか話せないんだ。
「マリーが? 」
「それ、いい案だと思います。
猫なら勝手にお邸のお庭に入っても怪しまれませんし、いいところ追い払われるだけですから。
ただ、猫ちゃんに目的の物がどういった物かわかるかどうかが問題なんですけど」
「マリーなら大丈夫かも知れないわ。
この子、黒猫じゃないけど、黒猫同様に賢いから」
「ひとつ伺いますけど、クララック卿は魔術の使い手なんですか? 」
「違うわよ、どうして?
あんた達だって知っているでしょう?
わたし達貴族は魔力を持った人間はほとんどいないって」
「この猫ちゃん、クララック卿の言っていること大概わかっているみたいだから。
猫は普通人間の言葉を大雑把には理解していますけど、細かい話までは理解できないはずなんです。
わたし達魔女が猫と意思疎通できるのは、契約によってお互いの魔力を交換しているからなんです。
だから、契約していない猫との会話は普通無理なんです」
「そういえば、魔女シャンタルもそんなこと言っていたわ。
この子ね、あたしが拾う前から名前があったから、ひょっとして何処かの魔女と契約していたんじゃないかって言っていたわ」
本当は中身が人間だからなんだけど、ね。
「にゃ? (そうなの? )」
黒猫が訊いてくる。
「うなぁ? (さぁ? わたしにもよくわからないんだけど)」
適当にはぐらかしておく。
異世界召還されたとか、その時に猫になったとか、言っても多分理解なんかしてもらえないよね。
「ね? マリー。
お願いしていいかしら? 」
ジルさんが椅子から立ち上がるとわたしの前に座り込み、顔を覗きこんでくる。
「にゃ」
「にゃん(いいよ、って言ってる)」
黒猫ちゃんが通訳してくれる。
「あのね、あるお邸のお庭からお手紙をとってきて欲しいの。
東屋ってわかるかしら? お庭の真ん中に建っている柱と屋根だけの小さな建物なんだけど、そのベンチの下にね、床が外れるところがあるんですって。
その下に、お手紙が隠してあるらしいの」
はぁ。庭園、東屋……
いかにも貴族さまのような単語が並ぶなぁ。
「わかってくれたかしら? 」
それだけ話してジルさんはコゼットさんを仰ぎ見る。
「一応、マッチに通訳させます。
マッチ、あのね…… 」
「……にゃ、にゃん(……と、コゼットが言っていますよ)」
マッチって名前だった黒猫ちゃんが丁寧に通訳してくれた。
「にゃん(わかりました)
にゃにゃにゃん(ただ、わたしにはそのお家を知らないの)」
「あら、そうだったわね。
どうしましょう?
侯爵邸はここから少し遠いのよね。マリーが自力で行くのは大変だわ。
あたしが連れて行ってもいいんだけど、目立ちそうだし」
通訳されて、ジルさんが困り顔で首を傾げた。
そうなんだよね。
この王都、街中を猫が単独で歩いていたら必ず嫌がらせされる。
「だったら、お邸の側までわたしが連れて行きましょうか?
バスケットに入れて下げていけば、わからないだろうし。
わたしがお邸の周辺を歩いている分には、通りすがりの人間に見えますから」
コゼットさんが申し出てくれた。
「そうねぇ、じゃそうしてもらおうかしら? 」
「マリーちゃん、今から行ける? 」
コゼットさんが訊いてくる。
へ? 今から?
ええとぉ……
確かに自分から行くとは言ったけど、急にってなるとちょっと……
何しろ泥棒に行くんだから、心の準備が。
ああ、でも、先延ばしにするとコゼットさんまたここまで来なくちゃならなくなるんだよね。
あの馬車で一晩以上掛かる村から、もう一度出てきてもらうのは申し訳ないか。
「んぁ(じゃ、お願いします)」
コゼットさんに向かって頷いた。
「じゃ、マリーちゃん行きましょうか?
えっと、クララック卿! ランドルトン侯爵のタウンハウスでいいんですよね? 」
「そうよ。
侯爵邸の庭園はね、南側の大通りに面した塀を除いて建物に囲まれているから、南に行ってちょうだい。
裏側からだと通用口を入って建物の中を通らないとお庭に出られないはずだから」
側にあった紙を引き寄せて何かを書きつけながらジルさんが説明する。
「これで、お願いね。
でも本当に大丈夫かしら? 」
その紙をコゼットさんに渡しながらジルさんは心配そうな顔をした。
「ダメだったら、また何か方法を考えてください」
答えながらコゼットさんは掌に乗るくらいの小さなバスケットをカバンの中から取り出した。
「ね、マリーちゃん。
この籠の中にね、前足だけいれてくれる? 」
そういいながらわたしの前に差し出してくる。
前足って…… どうみてもわたしの入れるサイズじゃないし前足だけ籠に入れてもどうにもならないと思うんだけど。
「なぁあん(……と、コゼットさんが言っているから、言うとおりにして下さい。
大丈夫です、ちょっと目の前がくらってするかも知れませんけど、痛くも痒くもありませんから)」
丁寧にマッチが説明してくれた。
クラってするとか、痛くも痒くもないとか、って言うことは、なんだか知らないけど、マッチも経験済みなんだよね。
だったら信用してもいいかな。
……どうなるかわからないけど。
言われるままに籠の中に前足をそっと入れてみる。
ずりゅん!!
途端に躯全体が何かに引っ張られる感触がした。
なんと言うか、自分が液体になってスポイトか何かで一気に吸い上げられたような、変な感覚。
くらっとするどころじゃない気持ち悪さ。
それを認識すると同時に、視界が変わった。
目の前が急に暗くなったと思ったら。
籠の網目が見える。
何時の間にか躰全体が、バスケットの中に収まっていた。
「ごめんなさいね、揺れるかも知れないけど、少しの間我慢して」
覗き込まれた顔が異常に大きい?
隣にいる、マッチもすごく大きい、を通り越してライオン? いやそれ以上の大きさがありそう。
「ちょっと、どうなっているの? これ! 」
視界に入らないところにいるジルさんの声が響く。
「猫を二匹連れて歩くのは大変なので、一時的に小さくなってもらいました」
「……元に戻るんでしょうねぇ? 」
ジルさんが疑うように訊いている。
「大丈夫です。
このバスケットから出れば、元の大きさに戻りますから」
「じゃ、そのバスケットに仕掛けがあるのね?
便利ねぇ」
「バスケットに出入りさせるときに魔力がいるので、魔力を持たない人には使えないんですけどね」
コゼットさんが立ち上がると同時にわたしの入ったバスケットがぐらりと揺れる。
そうか、バスケットが小さくなった分、少しの震動でも大きく感じるんだよね。
車酔い? ならぬバスケット酔いしなきゃいいけど。
あ、猫って車酔いしないんだっけか?
「さ、マッチは消えて。
では、マリーちゃんお預かりしますね」
コゼットさんはわたしの入ったバスケットを持って歩きだした。
もうひとつ、お願いしたいことがあるのよぉ」
ほぼほぼ食事を終え、紅茶のカップを傾けながらジルさんがコゼットさんの顔をみる。
「え、と…… 」
嫌な予感がしたのを隠しきれずにといった感じの怯えた表情でコゼットさんが言葉を詰らせる。
「これね。
すこぉし、困ったことになっているの。
イヴェットちゃんを助けると思って引き受けてくれないかしら? 」
ジルさんはさっきコゼットさんが持ってきた手紙を取り上げる。
「わたしの友人がどうかしたんですか? 」
イヴェットちゃんの名前が出た途端にコゼットさんの顔色が変わる。
「ちょっとね、色々あるのよ。
それで、大事な物をあの娘の実家に取りに行って欲しいの。
あたしが行ければいいんだけど、あの娘のお父さまと面識があるからまずいのよ。
ほら、この手紙の入手先とか聞かれると。
だから、あたしの代わりにちょちょーっといって、あるものを侯爵邸からとって来て欲しいの」
「取ってきて、と言うのは家人に内緒でってことですか? 」
コゼットさんが首を傾げる。
そうだよね。
家人から受け取ってとか貰って預かってって言わないってことは、内緒で持ち出して来いって言っているようなものだもの。
さすがに、それはやばいよね。
泥棒に行けって言っているのも同じだし。
常識のある人なら絶対断ると思う。
「大丈夫よぉ、建物の中に忍び込めって言っているんじゃないから。
お庭よ、お庭。
だからね、百合園で有名な侯爵邸のお庭を見せていただきに行って、ついでに、お庭に隠された、物を、ね? 」
「む、無理ですよぉ。
わたしみたいな下賎の者が、いきなり侯爵様のお宅に押しかけてお庭を見せて下さいなんてお願いして、『はいどうぞ』って見せてもらえるわけないじゃないですか」
完全にコゼットさん怯えている。
「そう?
侯爵はそんな狭量な方じゃないわよ。
何時行っても大歓迎だから」
「それはクララック卿が王族だからです! 」
よっぽど怖いと見えて、コゼットさん涙目になっている。
「あの百合園はご自慢の庭でね、お願いすれば余程でない限り、誰にでも公開してくれるわ」
「ご自分が行けばいいじゃないですか」
「だから、言っているでしょう?
面識があるからまずいって。
お庭を見せて下さいって言ったら、歓迎が過ぎちゃってお茶が入るだけじゃなくて、お庭を散策する間中、侯爵本人か侯爵夫人がついて説明してくるのよ。
『この百合は何処其処の国から取り寄せたものだとか、あっちの百合は自分が交配した物で希望通りの花を咲かせるまでに何年掛かったとか』ね。
お庭の持ち主である侯爵の目の前で、お庭に隠してある物持ち出してくるわけにはいかないじゃない」
「めんどくさいんですね、貴族って」
コゼットさんが溜息混じりに言う。
「うな(わたしが行けば、一番いいんだけどな? )」
二人のやり取りを耳にふと呟いた。
猫なら、人目につかないし、無許可でお庭に入ってもそこまではセーフだと思う。
さすがにお庭に隠してある物持ち出したら、泥棒猫だけど。
「なぅうん(コゼットさん、この子が行ってももいいって言ってますよ)」
突然背後で猫の声がコゼットさんに話し掛ける。
え? え? え?
何時の間に?
さっきまで、猫なんてわたしのほかにはいなかったよね?
思わず振り返ると、タピーより一回りほど小さな黒猫が立っていた。
「マッチ、出てきたらダメだって言ったでしょう?
王宮は猫嫌いの人が多いんだから」
振り返ってコゼットさんが言う。
びっくりした。
何の気配もなく、突然猫が降って湧いてくるんだもん。
「なぁあおん(この部屋の中だけなら、大丈夫ではありませんか? この子もいることですし)」
黒猫はわたしに視線を向ける。
そっか。コゼットさんもここに出入りしている人の大半が猫嫌いだって知っていて、使い魔の猫ちゃん、姿を消すとかカバンに入れるとか隠して連れてきていたんだ。
「あら、可愛い子ね。
うちのマリーには負けるけど」
ジルさんが黒猫を前に目を細める。
「あの、クララック卿。
さっきのお話ですけど、この猫ちゃんが取ってきてもいいって言ってますけど? 」
シャンタルさんの時と同じように黒猫さんの言葉を、コゼットさんがジルさんに伝えてくれる。
本当に、魔女さんって自分と契約した猫としか話せないんだ。
「マリーが? 」
「それ、いい案だと思います。
猫なら勝手にお邸のお庭に入っても怪しまれませんし、いいところ追い払われるだけですから。
ただ、猫ちゃんに目的の物がどういった物かわかるかどうかが問題なんですけど」
「マリーなら大丈夫かも知れないわ。
この子、黒猫じゃないけど、黒猫同様に賢いから」
「ひとつ伺いますけど、クララック卿は魔術の使い手なんですか? 」
「違うわよ、どうして?
あんた達だって知っているでしょう?
わたし達貴族は魔力を持った人間はほとんどいないって」
「この猫ちゃん、クララック卿の言っていること大概わかっているみたいだから。
猫は普通人間の言葉を大雑把には理解していますけど、細かい話までは理解できないはずなんです。
わたし達魔女が猫と意思疎通できるのは、契約によってお互いの魔力を交換しているからなんです。
だから、契約していない猫との会話は普通無理なんです」
「そういえば、魔女シャンタルもそんなこと言っていたわ。
この子ね、あたしが拾う前から名前があったから、ひょっとして何処かの魔女と契約していたんじゃないかって言っていたわ」
本当は中身が人間だからなんだけど、ね。
「にゃ? (そうなの? )」
黒猫が訊いてくる。
「うなぁ? (さぁ? わたしにもよくわからないんだけど)」
適当にはぐらかしておく。
異世界召還されたとか、その時に猫になったとか、言っても多分理解なんかしてもらえないよね。
「ね? マリー。
お願いしていいかしら? 」
ジルさんが椅子から立ち上がるとわたしの前に座り込み、顔を覗きこんでくる。
「にゃ」
「にゃん(いいよ、って言ってる)」
黒猫ちゃんが通訳してくれる。
「あのね、あるお邸のお庭からお手紙をとってきて欲しいの。
東屋ってわかるかしら? お庭の真ん中に建っている柱と屋根だけの小さな建物なんだけど、そのベンチの下にね、床が外れるところがあるんですって。
その下に、お手紙が隠してあるらしいの」
はぁ。庭園、東屋……
いかにも貴族さまのような単語が並ぶなぁ。
「わかってくれたかしら? 」
それだけ話してジルさんはコゼットさんを仰ぎ見る。
「一応、マッチに通訳させます。
マッチ、あのね…… 」
「……にゃ、にゃん(……と、コゼットが言っていますよ)」
マッチって名前だった黒猫ちゃんが丁寧に通訳してくれた。
「にゃん(わかりました)
にゃにゃにゃん(ただ、わたしにはそのお家を知らないの)」
「あら、そうだったわね。
どうしましょう?
侯爵邸はここから少し遠いのよね。マリーが自力で行くのは大変だわ。
あたしが連れて行ってもいいんだけど、目立ちそうだし」
通訳されて、ジルさんが困り顔で首を傾げた。
そうなんだよね。
この王都、街中を猫が単独で歩いていたら必ず嫌がらせされる。
「だったら、お邸の側までわたしが連れて行きましょうか?
バスケットに入れて下げていけば、わからないだろうし。
わたしがお邸の周辺を歩いている分には、通りすがりの人間に見えますから」
コゼットさんが申し出てくれた。
「そうねぇ、じゃそうしてもらおうかしら? 」
「マリーちゃん、今から行ける? 」
コゼットさんが訊いてくる。
へ? 今から?
ええとぉ……
確かに自分から行くとは言ったけど、急にってなるとちょっと……
何しろ泥棒に行くんだから、心の準備が。
ああ、でも、先延ばしにするとコゼットさんまたここまで来なくちゃならなくなるんだよね。
あの馬車で一晩以上掛かる村から、もう一度出てきてもらうのは申し訳ないか。
「んぁ(じゃ、お願いします)」
コゼットさんに向かって頷いた。
「じゃ、マリーちゃん行きましょうか?
えっと、クララック卿! ランドルトン侯爵のタウンハウスでいいんですよね? 」
「そうよ。
侯爵邸の庭園はね、南側の大通りに面した塀を除いて建物に囲まれているから、南に行ってちょうだい。
裏側からだと通用口を入って建物の中を通らないとお庭に出られないはずだから」
側にあった紙を引き寄せて何かを書きつけながらジルさんが説明する。
「これで、お願いね。
でも本当に大丈夫かしら? 」
その紙をコゼットさんに渡しながらジルさんは心配そうな顔をした。
「ダメだったら、また何か方法を考えてください」
答えながらコゼットさんは掌に乗るくらいの小さなバスケットをカバンの中から取り出した。
「ね、マリーちゃん。
この籠の中にね、前足だけいれてくれる? 」
そういいながらわたしの前に差し出してくる。
前足って…… どうみてもわたしの入れるサイズじゃないし前足だけ籠に入れてもどうにもならないと思うんだけど。
「なぁあん(……と、コゼットさんが言っているから、言うとおりにして下さい。
大丈夫です、ちょっと目の前がくらってするかも知れませんけど、痛くも痒くもありませんから)」
丁寧にマッチが説明してくれた。
クラってするとか、痛くも痒くもないとか、って言うことは、なんだか知らないけど、マッチも経験済みなんだよね。
だったら信用してもいいかな。
……どうなるかわからないけど。
言われるままに籠の中に前足をそっと入れてみる。
ずりゅん!!
途端に躯全体が何かに引っ張られる感触がした。
なんと言うか、自分が液体になってスポイトか何かで一気に吸い上げられたような、変な感覚。
くらっとするどころじゃない気持ち悪さ。
それを認識すると同時に、視界が変わった。
目の前が急に暗くなったと思ったら。
籠の網目が見える。
何時の間にか躰全体が、バスケットの中に収まっていた。
「ごめんなさいね、揺れるかも知れないけど、少しの間我慢して」
覗き込まれた顔が異常に大きい?
隣にいる、マッチもすごく大きい、を通り越してライオン? いやそれ以上の大きさがありそう。
「ちょっと、どうなっているの? これ! 」
視界に入らないところにいるジルさんの声が響く。
「猫を二匹連れて歩くのは大変なので、一時的に小さくなってもらいました」
「……元に戻るんでしょうねぇ? 」
ジルさんが疑うように訊いている。
「大丈夫です。
このバスケットから出れば、元の大きさに戻りますから」
「じゃ、そのバスケットに仕掛けがあるのね?
便利ねぇ」
「バスケットに出入りさせるときに魔力がいるので、魔力を持たない人には使えないんですけどね」
コゼットさんが立ち上がると同時にわたしの入ったバスケットがぐらりと揺れる。
そうか、バスケットが小さくなった分、少しの震動でも大きく感じるんだよね。
車酔い? ならぬバスケット酔いしなきゃいいけど。
あ、猫って車酔いしないんだっけか?
「さ、マッチは消えて。
では、マリーちゃんお預かりしますね」
コゼットさんはわたしの入ったバスケットを持って歩きだした。
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