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婚約破棄イベントってよくあることなんでしょうか?

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「あなた! ぼさっとしていないで、これ、全部それぞれに届けてきちゃってちょうだい! 」
 
 執務室の中にジルさんの声が響く。
 
 同時に大量の書類が宙を舞った。
 
 一方的に怒鳴られた執務補佐のお兄さんが慌ててそれを広い集め並べなおす。
 
 一泊二日の予期せぬ小旅行は、ジルさんとその周辺に多大な影響を及ぼしたらしい。
 
 帰宅と同時に山ほどの書類が届けられ、ジルさんは寝る時間を削ってそれに目を通さざるを得なくなった。
 
 ……猫じゃなければお手伝いできる事もあるかも知れないんだけど。
 
 申し訳なく思いながらも、寝てるしかない。
 
「クララック卿、軽く摘めるものをご用意しましたのでお食事を…… 」
 
 もう昼だか夜だか曖昧になっているジルさんの所に食事が届けられたんだけど。
 
「それどころじゃないわよ! 
 ……何が、何が、代行できる人に頼んだ、なのよぉ。
 あいつ、書類受け取っただけじゃない、何の役にもたたないわよぉ! 」
 
 イライラを募らせてジルさんはヒステリックに叫ぶ。
 
 あまりの勢いに、反射的にベッドの中に引っ込んだ。
 
「あら、ごめんなさい、マリー。
 怖がらせちゃったかしら? 」
 
 それを横目にジルさんは言うけど、さすがに立ってきて頭を撫でる余裕はないみたい。
 本当に申し訳ないなぁ。
 
 せめて、昨日の、ジルさんが欲しがっていたイヴェットちゃんの持っている手紙でもとりにいければいいんだけどな。
 
 残念ながら、ここでのわたしの居場所はこのお部屋だけ。
 
 一歩でも出たら、猫嫌いの人の目に止まって騒ぎになる。
 そしたら、尚更ジルさんに迷惑かけちゃう。
 
「うなぁ…… 」
 
 仕方がない、寝ようか、な…… 
 
 なんて、うとうとはじめたら。
 ドアをノックする音が響いた。
 
「クララック卿、お客様です! 」
 
 ジルさんに振りまわされ、あたあたしていた補佐の人が、ノックを聞きつけ扉を開ける。
 
「今じゃダメ? 
 明日にしてもらって! 」
 
「忙しそうね? 
 いいわよ、クララック卿に会いにきたわけじゃないから」
 
 遠慮なく部屋の中に踏み込む足音と共に、シャンタルさんの声がした。
 
「あんた、またきたの? 
 何の用? 」
 
 ジルさんが迷惑そうな顔をあからさまにした。
 
「王都での用事がほぼ終わったから、帰るんだけど、その前にマーサに挨拶にね。
 はい、マーサお土産」
 
 いいながらわたしのベッドの脇に座り込むと、シャンタルさんは一冊の本を取り出してくれた。
 
「そろそろ簡単な本なら読めるようになったんじゃない? 」
 
 うわぁ! 
 本、欲しかったのよね。
 
 ジルさんが執務をこなしている間、ほとんどヒマだし、遊んでくれって強請るわけにも行かないし。
 退屈しのぎに丁度いいかも。
 
「なぅん(ありがと、シャンタルさん)」
 
 お礼を言って早速目の前に置かれた本の表紙の角に爪を引っ掛け開いた。
 中の頁は肉球で何とかまくれる。
 うん、ジルさんの手を借りなくても読書はできそう。

「シャンタル! あんたね。
 いつも言っているでしょう? 
 あたしのマリーを化け猫に仕込まないでって」
 
 ようやくジルさんが書類から顔をあげる。
 
「マーサが喜んでいるんだからいいじゃないの? 
 ほら、もう読んでるし」
 
「まさかぁ、形だけでしょう? 
 でもありがとう」
 
 ようやくジルさんの表情が綻んだ。
 
「じゃ、わたしはこれで。
 暫く会えなくなると思うけど、元気でね。マーサ」
 
「あ、そうだわ。
 シャンタルあなた、リージャの隣村にいる魔女と連絡取れる? 」
 
 帰ろうとしたシャンタルさんを呼び止めてジルさんが訊いた。
 
「リージャ村の隣…… 
 コレットのことかしら? 氷魔法の得意な」
 
「そう、その魔女よ」
 
「できるけど、何? 」
 
「彼女のお友達の女の子に訊きたいことがあるの。
 急ぎなんだけど、あたしに『鳥』は使えないから」
 
「じゃ、手紙書いてくれる? 」
 
 いいながらシャンタルさんは窓際に向かい、窓を開けた。
 
「タピー! おいで! 」
 
 外に向かって声をはりあげる。
 
 その声に反応して、庭木ががさがさいったと思ったら、木の枝を伝ってタピーが窓から入ってきた。
 
「なぉん(何だ? シャンタル)」
 
「タピー、悪いけど、お使いに行ってくれる? 」
 
「あぅ…… (あれかぁ? 俺様あれ目が回るから嫌なんだけど)」
 
 タピーがものすごく嫌そうな顔をした。
 
「つべこべ言わないの。
 一仕事終えたら、またこの間の美味しい乾燥小魚くれるそうよ」
 
「あれか! 」
 
 そのひと言でタピーの表情が輝いた。
 煮干、よっぽど美味しかったんだね。
 
「はい、書けたわよぉ」
 
 そうこうしているうちにジルさんが、何かを書いた紙を封筒にいれ封印して差し出した。
 
「行き先は、タッカ村のコレットのところ。
 返事は…… 」
 
 シャンタルさんが、ジルさんの顔を見ながらその手紙をタピーに咥えさせた。

「残念だけど、すぐにはできないと思う用件なのよ」
 
「じゃ、返事は貰ってこなくていいわ。
 行ってらっしゃい」
 
 シャンタルさんは、ジルさんから渡された手紙を咥えたタピーの頭上で、何か呪文を唱えながらかざした手を開いた。
 
 ぶわっっとした衝撃と共にきらきらした光の粒が掌から発散されて魔法陣のような模様が浮かぶ。
 その模様がゆっくりと床に落ちていくのにあわせてタピーの姿が消えていった。
 
「返事は要らないっていったけど、悪いけどタピーが戻るまで待たせてもらうわよ」
 
 シャンタルさんはそう言うと側にあった椅子に遠慮なく座り込む。
 
「いいけど、お構いはできないわよ」
 
 ひと言だけ言って、ジルさんは書類の処理に戻った途端、またしても誰かがドアをノックする。
 
「今度は、誰!? 」
 
 ジルさんが苛立った声をあげる。
 
「忙しいところ悪いんだけど、少し付き合ってくれるかな? ジル」
 
 いつもなら背中で広げたままになっている髪をひとつにまとめて、正装したロイさんが顔を出す。
 
 はぁ…… やっぱり溜息物だわ。
 普段のトーガみたいなゆったりした衣裳も、この間の砕けたスーツ姿も良かったけど、これはまた別格。
 もう、本当に王子様みたいな気品と、……+この色気は余計かな。
 
「まだ、そんな恰好でいて、招待状届いているよね? 」
 
 普段着のまま、書類とにらめっこしているジルさんを目に言う。
 
「招待状? そんなのきていたかしら? 
 どっちにしてもパスよ。
 見れば判るでしょう? これ、今日中に何とかしなくちゃいけないのよ」
 
 ジルさんは書類から顔をあげようともしない。
 
「同行してくれないと困るよ、ジル。
 例のご令嬢の件、調べろって言ったのは君だろう? 」
 
 ロイさんが眉をへの字に曲げる。
 
「ね? 何をごねているわけ? 」
 
 何時の間にか出してもらったらしい、紅茶のカップを傾けながらシャンタルさんがのほほんと訊いてくる。
 
「ロイロットがね、一人で夜会に行くのは嫌って言っているのよ」
 
 シャンタルさんの問いに溜息混じりにジルさんが答える。
 
「まさかエスコートする相手がいない、とか? 」
 
 シャンタルさんが信じられないというように目を丸くした。
 
「いやぁねぇ、その反対よぉ。
 エスコートしてもらいたい希望者が山ほどいて一人に絞れないから困っているんじゃない」
 
 ジルさんが面白そうにクスクス笑う。
 
「なるほどねぇ。
 誰かに絞ったりしたら、そのご令嬢が他のご婦人方から吊るし上げを食うってことね。
 イケメンさんも大変ね。
 で? どうしてクララック卿の訳? 」
 
 シャンタルさんが首をかしげるのももっともだよね。
 知らない人から見たら、どう考えてもパートナーの女性が二人足りない。
 
「とにかく、あたしは無理よ。
 この書類見えない? 
 それに、マリーから目を離せないし、ね」
 
 机の上に積みあがった書類を指し示す。
 
「それはないだろう? ジル。
 僕、単独で夜会に行く気はないからね」
 
 あれ? 珍しくロイさんが拗ねている。
 パートナーなしの夜会ってよっぽどまずいってことだよね。
 
「だったら、マーサを連れて行ったら? 」
 
 紅茶を飲み干しながらシャンタルさんが提案してきた。
 
「マリーを? あんたの間違いじゃなくて? 」
 
「わたしは無理よ、そんな柄じゃないし。
 でも、マーサを一時的に人間に見せるのなら可能だけど? 」
 
「できるの?! 」
 
 ジルさんが目を輝かせた。
 
「ええ、まぁ…… 
 タイムリミットつきだけど」
 
「じゃぁ、早速お願いしていい? 
 ロイ、あんたもそれでいいでしょう? 」
 
 口ではそう言っているけど、既に決めてしまっている感じっぽい。
 
「マーサもいいかしら? 」
 
 シャンタルさんはわたしにも訊いてくれる。
 
 正直その魔法がどんなものかわからないし、夜会のマナーだって知らないし、わたしに勤まるのかどうか、大いに不安なんだけど。
 ジルさんのお手伝いができるんなら、まあいいか。
 
「なうん(お願いします)」
 
 シャンタルさんに向かって一声なく。
 
「じゃぁ、はじめるわよ。
 マーサ、ここに立って。
 そ、そこ。
 周りはちょっと下がっていてね」
 
 シャンタルさんは猫ベッドの中から這い出してきたわたしを家具のない少し広い隙間に立たせる。
 そして胸の前で両手の指先を軽く組むと、大きく息をすいこんで目を閉じた。
 
「******;**$#*…… 」
 
 なんか、全く理解不能な言葉を唱えだして、暫くすると組んだ指先を離して周りの空気を抱き集めるかのように大きく動かして、わたしの頭上でその掌をかざす。
 
 ふわん…… 
 
 わたしを取り巻く空気が柔らかく変わる。
 
 頭上にかざされたシャンタルさんの掌からピンクのきらきらした光が溢れ出し、足元にさっきタピーが消えた時と似た魔方陣を形作る。
 その魔方陣が、少しずつわたしの上にと上がってきて、やがて頭上で消えた。
 
「ふぅ、久々に使った術だけど、成功ね」
 
 大きく息を吐くシャンタルさんの顔が間近に見える。
 いつもは抱いてもらった時意外は上から覗きこまれる感じになるんだけど? 
 
「どう? 」
 
 シャンタルさんがやや離れて控えていた二人に振り返る。
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