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婚約破棄イベントってよくあることなんでしょうか?

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 町を出て暫くすると馬車の窓から入ってくる空気の匂いが変わった。
 
 硫黄の匂いは徐々に薄くなり、代わりに緑の草の匂いが強くなる。
 なんだろ? この草。
 昨日さっきの町に入るまでも森の中や畑の中を突っ切る道を通ってきたんだけど、そことは匂いが違う。
 同じ青臭い植物の匂いなんだけど、なんと言うかさわやかで…… そう! 青汁のような。
 大麦若葉? 
 起き上がると窓の側まで行って、椅子に後ろ足で立ち窓枠に足を掛け窓の外を覗く。
 
 うわぁ! 
 
 窓の外に広がっていたのは一面の草原だった。
 
 どこまでいっても尽きないんじゃないかと思われるほど見渡す限り草。
 所々に柵があって、牛がのんびりと草を食んでいた。
 
 いいなぁ、こういうところのソフトクリームって美味しいんだよね。

「まぁ、マリー。
 ご機嫌ねぇ。そんなに牧場が嬉しいの? 」
 
 嬉しくなって尻尾の先をゆらゆら揺らしていたら、目を細めてジルさんに言われる。
 
 う~ん。
 王都とどっちがいいかって言われたら、猫の今なら正直こっちかな? 
 牛ものんびりしているし、お散歩してても犬をけしかけられる心配もなさそう。
 人間のままだったら、素敵なお店なんかが並ぶ都も捨てがたいけどさ。
 
「それで、一晩の内にどうやってイヴェット嬢の居場所を探し充てたんだい? 」
 
 向かいに座っていたロイさんが首を傾げる。
 
「マリーのお手柄よ。
 レナードったらイヴェットちゃんの居場所知っていたくせに隠していたのよぉ。
 でもマリーがこれを見つけてくれたの! 」
 
 ジルさんがさっきのハンカチを出す。
 
 どうせご令嬢に会うのなら返してくれってレナードさんから預かってきたもの。
 
「きっと、あの家を訪ねた時にイヴェットちゃんが落していったのね。
 たまたま何処かにもぐりこんでいて、レナードもメイドも気がつかなかったんじゃないかしら? 」
 
「それをマリーちゃんが見つけてくれたんだ。
 お手柄だったね」
 
 ロイさんは頭をそっと撫でてくれる。
 
 多分わたしも猫じゃなかったら気づかなかったと思う。
 猫だったからたまたま鼻が利いただけ。
 ハンカチなんて誰もが持っているもの、下手したら見逃していた。
 
 やがて道沿いに、ぽつぽつと小さな家が現れ始めた。
 
 腰くらいの高さに石が積まれた塀に囲まれた、ログハウスみたいな小さな家。
 煙突からは煙が立ち、草の香りの中に薪の燃える匂いと何かを煮炊きする匂いが混じる。
 
 あれ? これっていちごジャムの匂いだ。
 
 それから、こっちはパンを焼く匂い。
 
 美味しそうな香りに鼻をひくつかせていると、時々人とすれ違うようになった。
 
 言われなくても村に入ったのが判る。
 
「それで、イヴェット嬢の住まいはわかっているのかな? 」
 
 窓の外を流れる景色を目にロイさんが訊いてくる。
 
「確か、村から一番奥の外れ…… 
 山に近い放牧場の隅だってレナードは言っていたけど」
 
 ジルさんが首を傾げる。
 
 さっきから牧場の中に家がぽつぽつとあるんだけど、まとまっていなくて。
 どこから何処までを村と定義していいのかわからない状態。
 
 なんて思っていたら、ようやくまとまった家々が見えてきた。
 
 何処かの世界遺産を思わせる、ちいさくて素朴な家には、窓辺にプランターが置かれて色とりどりの花が咲き零れとっても可愛い。
 
 ほぼ人影がないのは、やっぱり都ほど人間が居ないからなのかな? 
 
 その集落を抜けて、馬車は更に先へ進む。
 
 村と呼べる集落を出た先で、縁の大きな麦わら帽子を被った人とすれ違った。
 
 ふわっと、素敵な花の香りが鼻先を掠めた。
 
 あれ? この匂いなんか、憶えが…… 
 
 なんて思っていると、馬車が止まる。
 
「着いたわ、ここのはずよ」
 
 道の傍らに馬車を止めて、ジルさんに抱き出してもらうとなだらかに丘になった牧草地に入る細い道がついていた。
 道の傍らに「リージャ・チーズ工房」と書かれた看板が立っている。
 その先に一軒のログハウスが見えた。
 
 馬車を置いたまま、そこまで歩いてゆく。
 
 建物のドアの横の外壁に、道の脇に掲げられていた看板と同じ文字で同じ言葉がとその下に営業時間らしい数字が書かれている。
 
 コン、コンコン! 
 
 ジルさんが軽くドアをノックする。
 
「こんにちは! 」
 
 声をはりあげるけど反応がない。
 
「おかしいわね。
 まだ営業時間中のはずなのに留守かしら? 」
 
 ドアの横に掛かった看板の文字を目にジルさんが首を傾げる。
 
「何か急用でもできて、留守にしているんじゃないのかな? 
 臨時休業の告知も出ていないし、暫く待っていれば帰ってくるんじゃないのかな? 」
 
 ロイさんが言う。
 
「そう、かしらね? 
 何か嫌な予感が…… 
 あら、これ何かしら? 」
 
 ジルさんが何かに気がついたように足元に視線を送ると、わたしを抱き上げたまま、何かを拾い上げた。
 
「 ! 
 やられたわ」
 
 くしゃくしゃになっていた、リボンほどの幅の白い紙切れを広げて視線を移動した途端、呟いてその紙を握り閉めた。
 
「ジル? 
 どうかした? 」
 
「レナードよ。
 あたしたちが行くこと、先回りして教えたの! 
 あの男が伝書鳥使いだっての、すっかり忘れていたわ」
 
 よっぽど悔しいのか紙を握り締めたジルさんの手が震えている。
 
 伝書鳥って、伝書鳩みたいなものかな? 
 鳥の足に縛り付けるには、この細いリボンみたいな紙丁度いいし。
 
「きっと、あたしたちが出ると一緒に、イヴェットちゃんに連絡送ったのよ。
 きー! 
 ランドルトン侯爵家に関わるなって釘をさしたのに」
 
 悔しかったのかジルさんが少し興奮している。
 こんなジルさん始めてみた。
 
「待っていても、イヴェット嬢帰ってきそうもないね? 
 どうしようか? 」
 
 ロイさんが呟いた。
 
 二人とも困ったような顔をしている。
 
 多分なんだけど、ジルさんがレナードさん宅を出てから、伝書鳩を飛ばしたとすれば、イヴェットちゃんが連絡を受け取ってからそう時間は経っていないよね。
 
 そういえば、さっき馬車とすれ違った帽子の人…… 
 
 何となく嗅いだことのある匂いがしたような気がした。
 あの、匂い! 
 
 ただの野原に咲いている花の匂いじゃなかった、もっと濃厚でもっと華やかで、もっと高級な。
 そうこんな田舎で村の女性が使っているようなシロモノじゃなくて、王宮に出入りする女性が使っているほうが似合う香り。
 
 しかも、つい今朝嗅いだばかりの香りとそっくり! 
 
 どっちも微かすぎて、すぐには気がつかなかった! 
 
 つまり、さっきすれ違ったあの人物がイヴェットちゃん? 
 
 今、追いかければ多分捕まえられる! 
 
 身をよじるとジルさんの腕のなかを飛び出した。
 
 ぴょん、って地面に降りるとさっき馬車で来た道を反対に辿りだす。
 
「マリー? 
 どうしたの、急に? 」
 
 ジルさんが戸惑ったように追ってくる。
 
 人間だったら、ここで事情を説明するところなんだけど、残念ながら通じないから。
 
 とにかく先に走ってみる。
 暫く走った先で脚を止め、振り返ってジルさんが追ってくるのを確認して、また走り出す。
 
 さすが猫の鼻。
 さっきここを通った人のわずかな残り香が、何となく判る。
 
 ……多分犬ほどじゃなくて、何日も前の匂いはわからないかも知れないけど。
 
 何度となくそれを繰り返して、家の集まるところまで来た。
 
 家々が取り囲む広場みたいな場所まで来ると、その香りがふっと途切れた。
 
 ヤバイ、見失ったかも? 
 
 何処だろ? イヴェットちゃん。
 もうここを通り抜けてその先にいっちゃったかな? 
 
 でも、匂いが途絶えたのは気になる。
 
 ここで匂いが消えたってことは、何処かの建物にでも入ったか、もしくはわたしの知識で言うところのバスやタクシーみたいな乗り物にでも乗った? 
 
 ただ、猫の鼻だからわかるんだけど、ついさっきまで馬やベンダー竜が居た匂いがしないんだよね。
 
 考えながら周囲を見渡すと、さっきの香水の香りが一瞬だけ漂ってきた。
 
 あっちだ! 
 
 
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