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婚約破棄イベントってよくあることなんでしょうか?

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「いいお湯だったわぁ。
 本当にここの温泉、気持ちいいのよね」
 
 うとうと始めていると、程なくジルさん達が戻って来た。
 
「それで? さっきの話の続きだけど、何の用があってここまで来たんだ? クララック卿。
 まさか猫連れて湯治に来たわけでもあるまい? 
 ワインでいいか? 」
 
 部屋の中にふんわりとお酒と食べ物の匂いが広がるから、きっと一杯はじめたんだろうな。
 頭をあげるのも面倒で、丸くなって前に持ってきた尻尾と躯の間に鼻先を突っ込んだままだけど、匂いだけで何となくわかる。
 
「人探しに来たのよ。
 とある人物がこの町で商売はじめたかも知れないって踏んでね。
 最近オープンしたカフェのオーナーがそうじゃないのかなって予想したのよ」
 
「最近オープンしたカフェ? 
 あの、チーズケーキが美味いって評判になり始めた? 
 あそこはこの町のギルマスの娘達がはじめたんだが、その娘がどうした? 」
 
「ギルマスの娘? 
 確かなのそれ? 」
 
「ああ、俺もここに越してきたときから世話になっているから、良く知っているよ。
 今日も、このチーズ分けてもらいに寄ったんだが、間違いなくその娘だったぞ」
 
「そう。
 使用人の中に十七・八のやたらに品のいい見たことのない女の子なんていない? 」
 
「いや。
 あそこは三人姉妹でやっているんだ。
 知らない顔がいればすぐわかる。
 確か、上の娘がケーキを焼いて、中の娘が食事全般、下の娘がお茶をいれながら接客。
 手が回らないときには人数制限してる」
 
「あなたがそう言うのなら、違うかしらね? 」
 
「誰を探しているんだ? どうやら俺も顔を知っているって言う口ぶりだが」
 
「ランドルトン侯爵のご令嬢よ」
 
 ジルさんが大きなため息を吐いた。
 
「ランドルトン侯爵令嬢? 
 イヴェット嬢なら俺も顔を知っているが、ギルマスの娘とは似ても似つかないぜ。
 そもそもこの町で見かけた覚えはないな」
 
「そう、あなたが言うなら確かよね。
 あら、このチーズ美味しいわね、このワインによく合うわ」
 
「それ、最近出回っているんだよ。
 値段の割に味がいいって評判だ。
 さっきのカフェで供される代表格のケーキもこのチーズを使っている。
 ワイン好きのお前が来るって言うから、分けてもらってきた。
 それで、ランドルトン侯爵令嬢をどうしてお前さんが探しているんだよ? 」
 
「それは、まぁ、色々とね」
 
 そこはあんまり公にしたくないみたいで、ジルさんは曖昧に言葉を濁す。
 
「まさか、婚約者の第二王子蹴って、別の男と駆け落ちしたわけでもあるまい」
 
 ぎくう! 
 
 見事言い当てられてこっちの方が驚いちゃった。
 
「まさか、まさかよぉ…… 」
 
 声のトーンからすると、ジルさんも若干焦っていそう。
 
「誰が駆け落ちだって? 」
 
 そこへロイさんがやっとお風呂から上がってきた。
 
「んあ? そのラン…… 」
「もう、ロイったら相変わらず長風呂ねぇ。
 そんなに長い時間つかっていたら、ご自慢のお肌ふやけちゃうわよ」
 
 家主さんの声にジルさんの言葉が重なり、その口を塞ぐ。
 
 これ以上蒸し返して欲しくないのは明白な感じかな? 
 
「温泉なんて、めったに入れないからね。
 堪能させてもらってた」
 
 言いながらロイさんはジルさんの向かいに座る。
 
 ……なんと言うか、濡れて更に色を増して張り付く髪に、バスローブから覗く素肌が色っぽくて。
 この姿はハーフエルフと言うより人魚姫。
 
 どっちにしても目の毒だ。
 
 この人こんなにフェロモン駄々流しでよく今まで無事でいたもんだ、って感じ。
 
「それで、誰が駆け落ちしたって? 」
 
 だからぁ、せっかく今ジルさんがその話題を回避させようとしているのに、どうして蒸し返すかなぁ? 

 ……仕方ない。
 
 むくりと起き上がるとひとつ大きく伸びをして寝ていたソファを降り、家主さんの足元に行きその顔を見上げた。

 話に割って入って別の話題振ればいいんだろうけど、さすがに猫じゃね。
 人間の言葉喋れないから話題は振れない。
 
 なので。
 
「なぁん」
 
 家主さんの足元にちょこんと座って、甘えた声を出してみる。
 
「あら、マリーどうしたの? 
 チーズの匂いにおねだりかしら? 
 今日のランチにいただいたチーズ美味しかったものねぇ」
 
 話を反らせたくて仕方なかったらしいジルさんが速攻で乗ってくれた。
 
 確かに、あのチーズは美味しかった。
 食感はクリームチーズのように柔らかくて滑らかなのに、ハードチーズみたいなしっかりした味がある。
 
 ジルさんの所に厄介になって、何度かいろんなチーズを食べさせてもらったけど、そのなかで一番だった。
 
「……やってもいいのか? 」
 
 足元に座って顔を見上げているわたしの姿を目に、家主さんがおそるおそる訊いてくる。
 
「少しだけなら、いいわよぉ」
 
 許可を受けて家主さんは、チーズを少し乗せた指をわたしの鼻先に差し出した。
 
 う…… 
 
 申し訳ないけど、指先というのがなぁ。
 なんか、人間の自分が人の指先を舐めるようなイメージがあって、どうしても躊躇してしまう。
 例えどんなにちょっぴりでもお皿に盛ってもらいたい。
 
「おい。食わないぞ」
 
 躊躇していると、指先を引っ込めて戸惑ったようにジルさんに視線を向けた。
 
「あら、ごめんなさい。
 マリーはねぇ、お皿に盛ってあげないと食べないのよぉ」
 
 手元にあったお皿に、少しだけチーズを取り分けて、家主さんに渡しながら言う。
 
「これで、いいのか? 」
 
 家主さんはその受け取ったお皿を、わたしの前に置いてくれた。
 
 うん、これなら抵抗なく食べられる。
 
 本当はさっきから食べたかったんだよね。
 
 なんか、ジルさん達お風呂から上がって、一杯始めて出来上がりつつあるから、今日のお夕飯は期待できなさそうだったし。
 
「なん(ありがとう。いただきまぁす)」
 
 軽く鳴いて、お皿のチーズに鼻を近づけた。
 
 うん。
 やっぱり、このチーズ、今日のランチで食べたのと同じものだ。半端なく美味しい。
 
「はぁ…… 
 お前がお姫様に夢中だってシャンタルが言っていたのを聞いた時は、何の間違いだろうと思ったが。
 確かに、これはお姫様だな」
 
 呆れたように息を吐かれた。
 
「そうでしょ、そうでしょう? 
 マリーってば本当に可愛いのよぉ」
 
「いや、そう言う意味じゃなくてだな、コイツどう躾たんだ? 
 この行儀のよさ、猫の域を越えているだろう? 」
 
 いえ、シャンタルさんの言っていたのは、わたしがジルさんのお家の飼い猫だからお姫様だってことなんだけど。
 
 なんでこういう解釈になるんだろう? 

「どうって、別に? 
 マリーは最初からこうだったわよ? 」
 
 ……そりゃ、ここへ来るまでは十八年間人間やってましたから。
 と、言っても伝わらないけど。
 
 とりあえず、話が反れてよかったことにしておこう。
 
「それにしても、王族のクララック卿が猫とは。
 似つかわしくなさ過ぎて、笑えるんだが」
 
「あら、王族にだって猫好きはいるわよぉ? 
 ただ、いい顔しない人が多いから、口に出さないだけよ」
 
「まぁな、国王が率先して猫飼育禁止令出したいほどの猫嫌いじゃ、大っぴらに猫好き公言できないな」
 
「そうなのよ。
 あの時には焦ったわぁ、いくら先祖代代猫嫌いが続いているからって、国中の猫を国外追放するだなんて言い出したんだもの」
 
「結局猫を使い魔として必要不可欠にしている魔女達の猛反対にあって思い留まらざるを得なかったって訊いているよ」
 
「そうそう。
 この国の国防、医療等、魔女の手を借りていたことすべてから手を引くって言われて、思いとどまったのよね」
 
「それにしても大昔の先祖に起こった些細な被害を今になって、そんなに気にしなくてもいいんじゃないのか? 」
 
「あぁ、あれねぇ…… 」
 
 ジルさんが苦い顔をする。
 
 なに、なに、なに? 
 それ、ずっと訊きたかったんだよね。
 
 思わず後ろ足で立ち上がって家主さんのお膝に前足をつく。
 
 すると、ひょいっと抱き上げられてお膝に乗せられた。

「やったほうは些細なことでも、やられたほうは誇張して憶えているものだよ」
 
 ロイさんが言う。
 
「とは言っても、何代も前の話だろ…… 
 あ、オイ、寝るならベッドへ行け、ジル! 」
 
 呑んでいるうちに、ジルさん寝落ちしたらしい。
 
 無理もないんだけどね。
 昨夜はあれこれ手配するのに費やして、ロクに寝ていない。
 
「悪いけど毛布貸してくれるかな? 
 ジルここのところ忙しくてほとんど睡眠時間なんてなかったらしいから」
 
 立ち上がるとロイさんが言う。
 
「じゃ、僕はベッドへ行かせて貰うね。
 マリーちゃん、ジルをお願いできるかな? 」
 
 ソファに横にしたジルさんに毛布をかけると、ロイさんが訊いてくる。
 
「なぅ(任せて)」
 
 軽く鳴いて、ジルさんの足元の毛布のあまりに丸くなる。
 
「お休み、マリーちゃん」
 
 お部屋の明かりを消して、二人は別のお部屋に移動して行った。
 
 ……すこし、残念。
 
 せっかく猫嫌いの理由聞けるかと思ったんだけどな。
 
 でも、ジルさんが無理していたのは確か。
 ここで二三日ゆっくりしてゆくわけにいかないのかな? 
 
 本当はベッドに横になるほうが休まるんだけど、動かして起こすのを危惧したのか、ジルさんをベッドまで運ぶのは骨が折れると踏んだのか、男性二人は断念したみたい。
 
 猫が足元の毛布に乗るのも良くないんだよね。
 毛布をべったり押えちゃうから、ものすごく重く感じるの。
 
 とりあえず、ソファから降り、別のソファに移動して、丸くなりなおす。
 
「お休みなさい、ジルさん」
 
 小さく呟いて、わたしも眠りについた。
 
 
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