上 下
20 / 83
婚約破棄イベントってよくあることなんでしょうか?

-4-

しおりを挟む
 それから数時間、ジルさんが山積みにされた書類に目を通すのを邪魔するかのように、次から次へと人が出入りし、気がついたら夕方になっていた。
 
「ふわぁ~ 」
 
 ベッドから出ると伸びをする。
 
 お仕事しているジルさんには悪いけど、さすがに寝てるのも飽きちゃった。
 
「ごめんなさいね、マリー。
 もう少し待っていてくれる? 
 そろそろ、来るはずだから」
 
 ジルさんが書類から顔をあげこっちに視線を向ける。
 
「来るって何だろ? 」
 
「おい、ジル! 
 お前俺に何を調べさせるんだよ? 」
 
 首をかしげていると、けたたましいノックの音に続いて乱暴にドアが開き、ラザールさんが飛び込んできた。
 
 つっと、冗談じゃない。
 この人苦手なんだよね。
 とにかくわたしの顔を見ると、嫌な顔するとか嫌味言うとか。
 あんまり刺激しないに限るよね。
 
 ベッドに潜りなおすと、四隅の支柱に結ばれていたカーテンのリボンをくわえて解いた。
 
「あら、早かったわねぇ」
 
 わたしに向けた視線を今度は飛び込んできた来客に移動するとジルさんが言う。
 
「早くても深夜になるかと思ったんだけど」
 
 ラザールさんの握っている紙の束をよこせというようにジルさんは長い指の手を差し出す。
 
「最速で、と言ったのはお前だろ? 
 おかげで俺が引っ張り出されて、全速で馬を走らせる目にあったんだからな? 」
 
 余程ハードな仕事をしてきたのか、声を荒げるとラザールさんの息が乱れた。
 
「ありがとう、助かったわ。
 もう休んでいいわよ、ご苦労様」
 
 ジルさんは、受け取った書類に目を通しながら呟くと、ラザールさんには目もくれない。
 そのまま、ただ黙って、綴られた文字を目で追っていた。
 
「国中の商業ギルドからの報告なんて、普段は他の荷物と一緒にあげさせていただろうに。
 何故魔女の緊急ネットワークまで使って、一気に上げさせるんだよ? 」
 
 納得いかないとばかりにラザールさんが畳み掛ける。
 
「有事だからよ。
 こういう時のために、魔術師達にお願いして連絡取り合う方法構築してあるんじゃない。
 各村やギルド、国境を守る魔女や魔術師達の使い魔を借りて情報を一気に中央へ集める。
 でなければ、ラザール今頃、この書類を集めに国境まで馬を走らせている途中よ? 」
 
 そっか、この世界ネットも電話もないから、急ぎの連絡事項って魔女さん達の力を借りているんだ。
 きっと魔女さん達、テレパシーみたいに距離の離れた人と思考の交流ができるとか、遠く離れた場所へも書類を一瞬にして送る魔法を持っているんだろう。
 それらを駆使して、緊急の時に連絡を取り合うネットワークができているんだ。
 でも、だったら何故、ラザールさんが馬を走らせる必要があるんだろうか? 
 
「……二度と、行かないからな。
 あんな猫だらけの場所」
 
「構わないけど、そうしたらラザール、あなた近衛の指揮官下ろされるわよ。
 大体、あなたたちみたいな猫嫌いが多いから、魔術師長の本部をここに置けなかったんじゃないの。
 あたしだってね、効率考えたら、魔術師長の執務室だって王宮におきたかったわよ。
 なのに、あんたや年寄りが揃って反対したのよね。
そのせいで魔術師は王都の外に置かざるをえなかったんじゃないの」
 
 早速持ってきてもらった書類を広げながら、ジルさんが呟くように言う。
 
「なぁ? どうして魔女と猫がセットなんだよ? 
 なにも猫じゃなくたっていいだろう? 梟とか犬とか動物の種類なんて山ほどあるのに…… 」
 
 心底嫌そうにラザールさんが訊いてくる。
 
「……猫が動物の中でも一番魔女の持つ魔力と相性がいいからじゃないの?
 もぉ、煩いわねぇ。
 暫く黙っていなさいよ。
 でなければ出て行ってくれてもいいわよ」
 
 ジルさんは書類から目を上げずに、苛立ったように言い放つ。
 
 その物言い、お仕事して来てくれた人に申し訳ないと思うんだけど。
 それだけ、切羽詰っているってことだよね。
 
 う~ん。猫でなければ、説明してあげるんだけどな。
 この人の場合、猫を毛嫌いしているから、側に寄って、なでなでさせてあげて気を紛らわせるってのも、無理そう。
 
「はー…… 
 また来る」
 
 それでもジルさんのこの状況を理解しているみたいで、腹を立てるわけでもなく、あからさまに大きな溜息を吐いて、部屋を出て行った。
 
「そうね、怪しいのはこれとこれかしら? 」
 
 十五分程でジルさんは束になった書類から二三枚を抜き出すと、顔をあげた。
 
「ラザール、早速調査に…… 
 あら? 」
 
 視線を泳がせてジルさんが首を傾げる? 
 
「へんねぇ、どこに行ったのかしら? 」
 
 まさか、ラザールさんが出て行ったのにも気がつかなかったってこと? 
 どれだけ集中していたんだろうこの人。
 
 
「まあ、いいわ。 
 帰ってきたばかりでまた出かけろって言うのも無理があるし。
 今度は半日で済む距離じゃないし。
 たまには二人で出かけましょうか? マリー」
 
 机の上に両肘をつき、指を絡めて暫く考えていたと思ったら、突然ジルさんはそう言ってこっちを見る。
 
「そうね、そうしましょう! 
 ついでだから、スパ行って、美味しいもの食べてゆっくりしてくるのもいいわねぇ」
 
 余程いいこと思いついたみたいではしゃいだ声をあげる。
 
「そうと決まったら、早速準備よぉ。
 ちょっと待っていてね、マリー」
 
 言うだけ言って、ジルさんはまたしても書き物机の上に目を伏せる。
 
 そして、猛烈な勢いで何か書類を書いて、封筒に入れると立ち上がった。
 
 呼び鈴を鳴らして現れた補佐官の人にそれを渡して、わたしをキャリーに入れる。
 
「えーとー。
 何が必要かしら? 
 スパに行くんじゃ水着は必須よね。
 それから、旅行服と帽子ね」
 
 あの、ジルさん。
 何か忘れてやしませんか? 
 
 わたし猫なんですけど? 
 
 ペットと一緒に泊まれるお宿なんて、わたしの居た世界でもそうはなかったもの、この世界だと犬はともかく猫は絶対NGなんじゃないの? 
 
 まぁ、でもいいか。
 ジルさんの表情、何時になく輝いて嬉しさ全開って感じ。
 
 きっと旅行とか本当に久し振りなんだろうな。
 
 最悪宿泊拒否されたら、馬車の中で持っていればいいんだし。
 ジルさん程の人なら、きっと馬車は自家用車だよね。
 
 
「えーと、どうしましょう。
 暫く旅なんてしていないから、着るものが何にもないわぁ! 」
 
 家に戻ると同時にジルさんはクローゼットと寝室を行ったり来たりしはじめた。
 
「ね、マリー。
 これいいでしょう? 
 でも、季節的にどうかしら…… 」
 
 などと言いながら鼻歌交じりに着替えをトランクの中に押し込んでゆく。
 
 そういえば、前にジルさんがお泊りに出かけた時って、何にも持たないで身ひとつで飛び出したんだよね。
 
 その時と、今日じゃ様子が全く違う。
 
「これで、終了っと。
 お待たせ、マリー行きましょうか? 」
 
 着替えをいっぱいに詰めたトランクをメイドちゃんに運ばせて、ジルさんはキャリーを持ち上げる。
 
 
「……じゃ、ロッタお留守番頼むわね」
 
 エントランスでメイドちゃんにひと言二言言いつけて、外に出る。
 
 馬車に近付くとふわっと、柔らかくて華やかな香りが鼻をくすぐった。
 
 この匂い…… 何処かで? 
 
「何よぉ、ロイ。
 お見送り? 」
 
 ジルさんの迷惑そうな声が聞こえる。
 
 そうだ、この匂いロイさんの匂いと多分使っている香水の匂い。
 
「じゃ、なくて。
 僕も同行させてもらおうと思ってね」
 
 顔は見えないけど、多分華やかな笑みを浮べて少し顔を傾けている雰囲気。
 
「何言っているのよ。
 あなたには、あたしが留守の間のお仕事頼んだわよね? 」
 
 迷惑そうなジルさんの声。きっと顔もそんな表情しているんだろうな。
 
 さっき執務室で、書いて何処かに持っていったのってその指示書だったんだ。
 
「それなら、信頼できるほかの人間に頼んだよ。
 僕ができる程度の仕事なんて彼に任せても充分だし。
 それに、マリーちゃんどうするんだい? 
 連れて行くんだろう。
 仕事の間、馬車に一人っきりで乗せておいて、戻ってきたら消えていたって知らないよ? 
 前みたいに魔女に保護されて送り届けてもらうなんてこと、二度はないだろうからね」
 
「ぐっ…… 」
 
 最後のひと言はジルさんにとってはほぼ脅しだったかもしれない。
 
「……仕方ないわね。
 帰ってきてからの苦情はあなたが全部引き受けるのよ」
 
 ほとんど観念したかのように言って、ジルさんはキャリーを下げたまま、車寄せに止めてあった馬車に乗り込んだ。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の専属メイクさんになったアリスねーさんの話

美浪
恋愛
オネエタレントでメイキャップアーティストの有栖川。通称アリスねーさん。 天然で早とちりな所はあるけれど仕事はきっちりの売れっ子メイクさん。 自宅メイク依頼の仕事に向かった先は何故か異世界?!(本人は普通に依頼主の家だと思っている。) 本人は全く気づかないうちに異世界で悪役令嬢の専属メイクさんになっていました。

悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く

秋鷺 照
ファンタジー
 断罪イベント(?)のあった夜、シャルロッテは前世の記憶を取り戻し、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと知った。  ゲームシナリオは絶賛進行中。自分の死まで残り約1か月。  シャルロッテは1つの結論を出す。それすなわち、「私が強くなれば良い」。  目指すのは、誰も死なないハッピーエンド。そのために、剣を執って戦い抜く。 ※なろうにも投稿しています

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

一家処刑?!まっぴら御免ですわ! ~悪役令嬢(予定)の娘と意地悪(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

目が覚めると、オネェ大将軍のお茶専用給仕に転職することになりました。

やまゆん
恋愛
仕事で失敗が続き、転職ばかりをしていた焙治 心(ほうじ こころ)25歳 そんな彼女の唯一の楽しみは自宅で自分の入れたお茶を飲む事だ。 どこかにお茶を入れる為だけの職種ってないのかな と考える日々 そんなある日 転職したばかりの職場で階段から落ち 自分でもわかるぐらいにうちどころが悪かった こんな所で終わるんだ そう思いながら、まぶたが閉じ視界が真っ暗になった。 そして、自分は死んだはずなのに声が聞こえる あ、そうか死んだ人間は聴覚は残るって聞いたことあるな。 あれ?でもなんか・・違う。 何処もいたくない? ゆっくり目を開けると 「あらー目が覚めたのかしら? んもう!戦を終えて屋敷に帰る途中、女の子が空から落ちてくるんだものー驚いたわ」 そこにはオネェ口調の大柄の男性がいたのだった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

処理中です...