されたのは、異世界召喚のはずなのに、なぜか猫になっちゃった!?

弥湖 夕來

文字の大きさ
上 下
18 / 83
婚約破棄イベントってよくあることなんでしょうか?

-2-

しおりを挟む
 ……何処かで聞いたような展開だなぁ。
 
 何の落ち度もないのに、いきなり悪役の濡れ衣着せられて婚約破棄のご令嬢。
 
 ラノベや乙女ゲームのあるあるだよね。
 
「今のところ王子サイドの話しか聞けていないから、ご令嬢サイドの話を聞きたいんだけど、肝心のご令嬢が姿を消してしまってね」
 
 ロイさんは困惑気味に眉根を寄せた。

 あ~、それね。
 
 多分、田舎とか下町で予め準備していたカフェとか開店させて、悠悠自適にスローライフ満喫してるわ。
 でもって、元婚約者との共通の友人とか自分付きの執事とかとくっつくんだよね。
 もしくは自分を振った王子様込みの王室に復讐とか。
 
 ご本人はお妃様になれなくてもハッピーエンドのフラグ立っているんだから、何もわざわざ探さなくてもいいんじゃない? 
 
 のほほん、と考える。
 
「……このままだと、侯爵令嬢の全面的な落ち度ってことになって、侯爵家が取り潰される」
 
 ぽそっと、ロイさんが呟いた。

 いいんじゃな、くない! 
 
 目を見開いて飛び起きた。
 
「うなぁ、なぁ(そんなの、あんまり可哀想すぎる!)」
 
「あら、マリー? 
 どうしたの? 」
 
 可哀想だから探してあげてって言いたいんだけどな。
 どうしたらジルさんに伝わるか。
 
 とりあえずジルさんの座った椅子の足元まで行ってその顔を見上げる。
 
「もう、甘えっ子さんねぇ」
 
 ジルさんは足元に来たあたしに手を伸ばして抱き上げて、お膝に抱え込む。
 
「それで今、ご令嬢の行方を躍起になって探しているんだけど、心当たりが全くなくてね」
 
 ロイさんは溜息を漏らした。
 
 セオリー通りなら、心当たりがある。
 
 じゃないにしても、生粋の箱入りのお嬢様が何の準備もなくいきなり家出して親にも簡単に見つからずに暮らしているなんて思えない。
 ここはやっぱり匿ってくれる人がいるか、偽名で家一軒くらい用意していると思う。
 
「それで、あたしにもご令嬢捜索に手を貸せって? 」
 
「話が早くて助かるよ。
 イヴェット嬢が見つかるのが今日になるか、明日になるか、あるいはもっと先になるか。
 だけど、陛下をはじめ頭の古い連中が痺れを切らし始めていてね。
 ジルにはその時間稼ぎをしてもらいたいんだ」
 
「そのくらいのことなら協力しないでもないけど。
 正直陛下とそのご家族のことになると、あたしは管轄外だから」
 
「いいよ。
 今は少しでも抑止力が欲しいんだ。
 君がのらりくらりと時間を稼いでくれれば、その間に何とかする」
 
「わかったわ、そのくらいなら何とかする。
 こっちでも、心当たりを探してみるわね」
 
「そうしてくれると助かるよ」
 
 うっとりと思わず見とれてしまうような、色気たっぷりの笑みを浮べて帰っていった。
 
 
 
「参ったわねぇ」
 
 ロイさんが来た三日後、三日ぶりに登城したジルさんは机の上に置かれていた一枚の書類を目にするととたんに頭を抱え込んだ。
 
「なぅん(どうしたの? ジルさん)」
 
 わたしじゃどうにもならないのはわかっているけど、見たことのないジルさんの表情に思わず訊いてしまった。
 
「来ちゃったのよ、早速。
 王族不敬罪による侯爵家の爵位剥奪許可証」
 
 ジルさんも行き詰まっているんだろう? 
 話の通じないわたし相手に呟いて、書類をひらひらさせる。
 
「ここにね、あたしのサインをすれば本当に通っちゃうのよねぇ。
 サインをしなければ、お偉いさんが煩いほど日参してくるのは確実だし」
 
 ジルさんは書類の一部を指差した。
 
「本当、どこに行っちゃったのかしら? 
 イヴェット嬢」
 
 大きな溜息と共に呟かれると同時にドアが乱暴に開く。
 
「ジリアン! 」
 
 ロイさんが、青い顔色で飛び込んできた。
 
「来てるわよ。
 もう、今日にでもサインしなさいって」
 
 手にしたままだったさっきの書類をロイさんに突きつけた。
 
「それで、ご令嬢は? 見つかって? 」
 
「いや、まだ何の手がかりも…… 
 王都や観光地のホテルや乳母の実家、侯爵家の別荘。
 とにかくご令嬢の行きそうなところは全部まわったんだけどね」
 
 ロイさんも溜息をつく。
 
 あーあ、何やってんだか。
 
 そのご令嬢とは結んでも結びつかないようなところに潜伏しているんだから見つかるものも見つからないんじゃない。
 お嬢様達は男性が考えているよりずっと逞しくて強かなんだから。
 大人しく潜伏なんかしていなくて、今頃大っぴらに商売してるわよ。
 きっとあまりにも大っぴら過ぎて目に入らないんだろうなぁ。
 
 もっとも協力者はいるはずだから、ご令嬢失踪前と様子が変わった使用人の誰かの素行を探ればすぐにわかるんだろうけど。
 
 あーもどかしい。
 
 どんなに頭の中で考えたって、ジルさん達にその案を伝える術がないんだもん。
 言葉は通じないし、字はかろうじて読めても書けないし。
 
「せめて、ここにタピーがいてくれたらなぁ」
 
 溜息混じりに呟いた。
 
「俺様がどうかしたって? 」
 
 突然背後から声をかけられて飛び上がる。
 
「タタタタ、タピー! 
 どうしてここに? 」
 
 振り返ると全身真っ黒なイケメンさんの牡猫がちんまりと座っている。
 
「何驚いてるんだよ? 」
 
「だって足音もしないのに突然背後から声掛けられたら、びっくりするに決まっているじゃないの? 」
 
「そんなの猫の常識だろう? 
 お前莫迦か? 
 それで、オレ様がどうしたって? 」
 
「あ、うん。
 通訳してもらいたいなぁって。
 シャンタルさんは? 」
 
「シャンタル? 
 あそこ」
 
 タピーが鼻で指し示す先に、ジルさんに挨拶しているシャンタルさんの姿がある。
 全く猫の足音はともかく、シャンタルさんが入ってきたことにも気がつかないなんて、わたし本当に抜けているなぁ。
 
「あら、マーサ! 
 元気だった? 」
 
 わたしの視線が自分に向いていることに気がついてシャンタルさんが声をあげた。
 
「どう? 字を読むお勉強は進んでる? 
 今日はね、いいもの持ってきたのよ。
 はい、これ! 」
 
 シャンタルサンはこの世界でいうところのアルファベットの一覧が書かれた紙を差し出した。
 
 これはありがたい。
 
 まえから欲しかったのよね。
 
「ちょっと、シャンタル! 
 あたしのマリーを化け猫に仕込まないでよね? 」
 
「あら、マーサが字を書けるようになったら便利よ。
 本当は喋れるほうが便利だけど、字が読み書きできるってだけで、意思疎通ができるようになるんだから」
 
 そうだ、その意思疎通! 
 
「ね、タピー。
 ちょっとお願いしていい? 」
 
 わたしはタピーに顔を寄せる。
 
「何だよ? 」
 
「あのね、わたしの言うこと、シャンタルさんに通訳してくれない? 」
 
 正直タピーの通訳は難しい単語を端折られるから、完璧じゃないんだけど。
 それでも何もしないよりマシ。
 
「いいけど? 」
 
 タピーは嬉しそうに髭をピンとはる。
 
「ありがと! 」
 
「にゃにゃにゃにゃにゃーん(おい、シャンタル、コイツがなんだかゴシュジンに伝えたいことがあるんだってさ)
 なうぁ(手伝ってやってくれるか? )」
 
「いいけど、何? 」
 
 シャンタルさんが首をかしげる。
 
「あのね、今ジルさん達が悩んでいる、失踪令嬢のことなんだけど。
 探している方向が違うと思うの。
 深窓のご令嬢が普通に行きそうな場所じゃなくて、反対の行かなさそうな場所探すほうがいいんじゃないかな? 
 下町や片田舎で新しく開店したカフェとかペンション探してみたらどうかなって」
 
「なぁ? カフェって何だ? 
 ペンションって美味いのか? 」
 
 タピーにははじめての単語だったらしくて、通訳途中で訊いてくる。
 
「カフェはお茶を飲めるところ、ペンションは小さなホテルのことなんだよ」
 
「なんだ、どっちにしろ猫の入れないところかよ」
 
 タピーは少しがっかりしたみたい。
 さすが魔女の使い魔。この黒猫さん、世間で自分達がどう思われているかしっかり理解している。
 
「マーサはどうしてそう思うの? 」
 
 ジルさんに伝える前にシャンタルさんが訊いてくる。
 
「なぁぁ…… (えーと)」
 
 さすがにラノベの受け売りだとは言えないか。
 
「心当たりのところ探していないんだから、普通じゃ考えつかない場所にいるんじゃないかなぁ? って思ったの」
 
「なるほどね。
 でも新規オープンのお店って言うのは? 」
 
「お嬢様だもの、人に使われるより自分がオーナーになるほうが自然かなって。
 資金はあるはずだし」
 
「マーサ、そんな知識どこから仕入れてくるの? 」
 
 とか何とかいいながら、シャンタルさんはジルさんに話をしてくれる。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、 【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。 互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、 戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。 そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。 暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、 不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。 凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...