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婚約破棄イベントってよくあることなんでしょうか?
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しおりを挟む「……と、言うことで。
ご判断いただけないでしょうか? 」
「そうねぇ? 」
さっきから何か小難しい単語を並べ立てていたイケオジの言葉がようやく途切れた時点でジルさんが首を傾げた。
「それで、この地区に居住する人々のメリットは?
それがないと、彼らを承諾させるのは難しいわよぉ。
一方的に共同放牧場を遠方に移動させられる訳なんだから。
近場ならともかくね」
ジルさんの声に無駄に広い部屋の中に緊張が走る。
「ですが、ほかに同程度の代替の土地がなく…… 」
イケオジが唇を噛んだ。
「だから、他の救済策を探せって言ってるの、でないとサインはできないわ。
あたしがサインしたところで、下院を通らないでしょうね」
「……わかりました。ではその辺の改定を考えて参ります」
「そうぉ? わかってくれたら嬉しいわ」
さっきまで厳しかったジルさんの目元がふと緩む。
「では、失礼いたします」
イケオジはひとつ頭を下げると、持ってきた書類を抱えて部屋を出て行った。
同時に硬くなっていた、部屋の空気がふわっと解けた。
……はぁ、何回立ち会ってもこの緊張感慣れないなぁ。
ドアが閉まったのを確認して、天蓋付きのお猫様専用ベッドから、降り大きく伸びをする。
ここに連れてきてもらうようになってほどなく、ジルさんが用意してくれたベッドは、四隅に柱が立って、豪華な彫刻のある屋根を乗せ、ぐるりとレースのカーテンが下がっていて、四隅の柱にリボンで結びつける仕様のまさにお姫様ベッド。
可愛いもの好きな女子にはまさに垂涎物の、理想のお姫様ベッドだけどさ、さすがに猫じゃね。
嬉しさ半減、かな?
ジルさんが、ここ王宮の一角にある執務室に出勤する日はいつもこんな感じ。
待っていましたとばかりに押し寄せて来る人たちは無理難題を持ってくるらしくて、往々にしてこの緊迫感のあるやり取りを繰り返す。
ジルさんと一緒に出勤するようになってわかったこと。
この王国では、一応王政を敷いているといいながら、実のところ政治は国王一人ではなく王族、貴族、神官の代表とで担っている。
ジルさんの役職「王政筆頭執行官」ってのはその筆頭で、いわば内閣総理大臣みたいなものらしい。
まぁ、ジルさんはじめその代表の殆どが選挙で選ばれた一般市民じゃなくて王族だそうだから、王政って言い切っちゃっても不思議はないのかもしれない。
因みにこの無駄に広い執務室は王宮にある。
「……しかし、適いませんなぁ、この部屋は。
いつも猫臭くて…… 」
ドアの向こうからさっきのイケオジの声が聞える。
「そうですか? 」
話の相手の声は、このお部屋の雑務をやってくれている執事さんみたいな役割の中年の男性だ。
「ああ、君は大丈夫かね?
私はなんだかこの部屋から、戻ってくると身体中が痒くてね。
蚤でも居るんじゃないか? 」
「申し訳ございません、掃除はしっかり怠ってはいないのですが」
「そう言う問題じゃないよ。
私は君の躯を心配しているんだ。虫刺されだらけになっていないかい?
もし、蚤に我慢できなくなったらいつでも言いなさい。
配置換えをしてあげよう」
「はぁ? ありがとうございます」
「おっと、この話はクララック卿には内密に、な」
笑い声と共に、イケオジの足音が遠ざかっていく。
……何が内密に、よ。
これだけ大声で喋れば聞きたくなくたって聞えているっての。
猫の耳、なめるなって言うのよ。
だいたい、蚤ってなによ、蚤って。
ほぼ毎日のようにジルさんにシャンプー&ブラッシングしてもらっているもの、蚤なんていないわよー! だ。
ドアに向かって思い切り舌を出した。
「なぁにが、内密によ。
聞こえよがしに騒がれて煩いのよ。
こんなに可愛いマリーを捕まえて蚤ですって?
冗談じゃないわよ
こんな書類、サインなんかしてやるものですか! 」
ドアの向こうのイケオジの声はジルさんにもしっかり届いていたみたいで、ジルさんはさっきの書類をぐしゃぐしゃに握り締めている。
ジルさん、私的な感情でそれはさすがにまずいんじゃ。
思いとどまってもらおうと、ジルさんのお膝に飛び乗る。
「なんてね、公私混同はいけないわね」
そっとわたしの背中の毛皮に手を這わせて、ジルさんは呟いた。
「判っているわよ、あたしだって。
ペットを職場に連れて来るのが非常識だってことくらい。
だったら、マリーを何処に預ければいいって言うのよぉ?
それに、マリーいい子はだものね。
あたしがお仕事をしている時には絶対に邪魔しないし、この部屋より外には絶対に出ようとしないし。
何が迷惑よ。
自分だって、大きなボルゾイ四頭も執務室に連れてきて、しょっちゅう集団脱走されて大騒ぎしているじゃないの。
それに対して、あたし何か意見した憶えないわよ」
言いながら、ジルさんはわたしをお膝から降ろした。
「さ、もう一仕事してしまいましょう。
マリー、もう少しだけ大人しくしていてね」
やんわりとした笑みを向けてくれたあと、ジルさんの視線は手元の書類に戻った。
「さあ、マリー。帰りましょうか?
今日はお客さんが多くて疲れちゃったわよね」
さっきまで目を通していた書類をきれいに整えて、ジルさんは書き物机を離れた。
「ジル、まだいいかな? 」
ジルさんがわたしを抱き上げようと腰をかがめた途端、ドアがノックされる。
「ごめんなさね、マリー。
もうちょっと待っていてくれるかしら?
どうぞ、いいわよ! 」
小さく呟いてから、ジルさんは顔を上げると声をはりあげた。
「悪いね、帰るところだったんだよね? 」
返事に促され入ってきた人物の容姿に思わず溜息がこぼれた。
年齢はジルさんとそう変わらないと思うんだけど、すらりとした細身の肢体が優雅に動く。
腰下まである癖のない長い髪は僅かに緑掛かった銀色で、透き通った緑色の瞳。
もちろん超美形。それも男か女かわからない中性的な造作。
ドレープを沢山取った裾が床まで届くような長いローブをまとって。
耳が尖っていれば、ラノベお定まりのエルフかハーフエルフって感じ。
「いいわよ、珍しいじゃない、ロイがあたしのところに出向いてくるなんて」
ジルさんは立ち上がると、書き物机の前に置かれたテーブルに添えられた椅子に腰を降ろして、お客さんを促す。
「今日はね、ジルのところに来たんじゃないんだ」
僅かに笑みを浮べて、ロイと呼ばれた人はわたしがもぐりこんでいたベッドの脇に腰を落す。
「前に母上のピアスを探してくれただろう?
そのお礼に…… 」
いいながら、そっとわたしの頭に手を伸ばす。
うわっつ、この人、手まで真白で骨ばってない。
近くで見るとお肌つるつる。
なんかもう、本当に性別不明だ。
だけど、なんか妙にフェロモン? というか色気がある。
こんな人に攻められたら、男も女も速攻で落ちそうな、ような。
ピアスってあの時の?
じゃ、ジルさんの叔母さんのお子さん?
て、ことはジルさんのいとこか。
……なんか似てない。
ジルさんだって美形だし、ドレス着て化粧なんかしようもんなら誰もが見とれるけど、この人は次元が違う。
「それと、僕のパートナーを奪った恋敵の顔を見にね」
え”
その言葉に思わず息を呑む。
今この人僕って言ったよね?
でもって恋敵っていいながら視線はわたしの方を向いている。
まさか、パートナーってジルさんのこと?
「ヘンなこと言わないの?
マリーがびっくりするじゃない」
ジルさんがすぐに否定したってことは、冗談かなんかなんだろうけど。
「恋敵は確かだよ?
君がこの猫を理由に夜会に出てこなくなったせいで、パートナーに苦慮してるんだから」
その人は顔をあげると立ち上がる。
確かに、前に見たドレス姿のジルさんの隣にこの人が正装して立ったら、ものすごいことになりそう。
ほぼ女性にしか見えないジルさんは、ものすごい美人だし。
フェロモン駄々流しのこの人が組んだらもう、太刀打ちできる人なんて誰もいなさそう。
脳内で想像しただけで、垂涎もの……
いやいや、わたし何考えてるんだか。
BLにはまるっきり興味ないんだけどね、このレべルの美男美女(美女じゃないけど)の組み合わせってのが、とにかくすごい。
「そんなの適当に選べばいいのよ。
あんたの場合、パートナーになってくれる人が居ないんじゃなくて、パートナーになりたいご婦人が山ほどで選べないってだけなんだから」
「知っているだろう? 選んだら選んだで、後が厄介なんだよね。
選ばれたことで勘違いする娘や、やっかみで嫌がらせをはじめる娘とか、あとあと面倒だからね」
「だからってねぇ、あたしを利用するのいい加減止めなさいよ。
そろそろ婚約者を決めればいいでしょう? 」
「そうそう、その婚約者のことなんだけど、ね。
少し相談に乗ってもらえないかな? 」
言ってその人はジルさんの向かいに座る。
「なぁに?
気になる女の子でも見つけた? 」
「いや、僕のことじゃなくてね……
ランドルトン侯爵令嬢の話なんだけどね」
「ランドルトン侯爵令嬢って、第二王子殿下の婚約者よね?
そのご令嬢がどうかしたの? 」
「その様子じゃ知らないようだね。
彼女、王子殿下から公の場で一方的に婚約破棄されて、翌日姿を消したんだそうだよ。
侯爵家では今ご令嬢の行方を血眼になって探している」
「婚約破棄ですってぇ?
シモン王子殿下がぁ? 」
ジルさんの声が裏返る。
「何があったって言うのよ?
あの温厚なシモン王子を怒らせるなんて…… 」
「何でも、最近王子が親しくなったご令嬢に事あるごとに嫌がらせして、挙句王子の寝所に乗り込んだとか」
「ちょっと待った!
イヴェットちゃんのことならよく知っているけど、そんなことする娘じゃないわよ? 」
「だからなにかおかしいと思ってね。
イヴェット嬢が幼少の頃殿下との婚約が決まってからこの方、将来の王弟にふさわしい妃になるべくものすごく努力していたのは誰でも知ってる。
それが、急に次期妃にふさわしくないような、嫌がらせをはじめて。
挙句、王子に婚約破棄を突きつけられた時、当たり前のように落ち着き払ってエンゲージジュエリーをその場で返納して、穏かに退出したって言うんだ」
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