されたのは、異世界召喚のはずなのに、なぜか猫になっちゃった!?

弥湖 夕來

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呆れてばかりはいられない

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 その言葉に、居合わせた人々の間にざわめきが広がる。
 
「まさか、『鳳の王』が、既に? 」
 
「そこまではわからないけど、少なくとも何処かの村が襲われるのは時間の問題だと思われます。
 被害が出る前に、手を打ってもらいたくて、こうして報告にあがりました」
 
 鳳の王って、なんだろ? 
 鳥の王って言うのは、鳥の魔物だって、道すがらシャンタルさんに教えてもらったけど。
 同じようなものなのかな? 
 
「それ、お前達魔女の仕事だろ? 
 来ない者に俺たち国防騎士団は対処できないぜ。
 そう言うのを未然に防ぐのはお前達の仕事だろうが? 」
 
 ラザールとか呼ばれていたガタイのいい人が言う。
 
「そうしたいんだけどね。
 ムリよ。
 国中に点在する村全部に結界魔法かけるなんて。
 国中の魔女と魔法使い全員動因すればできないことはないけど…… 
 そしたら、結界の弱いところを狙ってくるわよ。
 あいつら思ったより頭いいんだから」
 
「村から気を反らすわけにはいきませんのかな? 」
 
 神官服を着た髭のおじいちゃんが口を開く。
 
「ムリだと思います、大神官様。
 鳥の王が探しているのは、ご承知のとおり『花嫁』ですから」
 
「その『花嫁』の準備は? 」
 
「それが、まだ。
 先日七度目の召還を試みたのだが、どの道からも『花嫁』は現れなかった」
 
「七度だと! 
 おい、神官たちは何をやっているんだ? 」
 
 誰かが怒りを含んだ叫び声をあげる。
 
「あたしたちにはわからないけど、それだけ難しい術ってことなんじゃないの? 」
 
 ジルさんの声。
 
「さよう、過去の文献には三十六度目でやっと召還に成功したとの記述もある」
 
 重々しい声は髭のおじいちゃん。
 
 そのおじいちゃんの言葉にみんながいっせいにどよめく。
 
「そもそもどこか手順が間違っているんじゃなかったのか? 」
「次は何時? 」
 
 皆が次々と訊いてくる。
 
「いや、道は確かに開いているのを確認したし、手順に落ち度はないはずだ。
 次は、魔力がもっとも大気に満ちる、『金の月が地平線を通る日』でないと儀式は行えぬ」
 
 なんだか難しい話をしている。
 
 要は異世界から誰かをもう一人召還しようって話らしいけど。
 
「金の月の軌道がそこまで来るのは二月後じゃないか? 」
「そんなに待てるか! 」
 
 なんか深刻な話をしているのはわかるんだけど、最初からの事情を知らないからよくわかんないな。
 
「『鳳の王』が出現するまでにはまだ時間があるわよ。
 問題は、それまでに鳥の王達が起こす被害をどう回避するかでしょ」
 
「魔女の結界が役にたたないんじゃ、どうすればいいんだよ? 」
 
「せめて、襲われる村がわかれば対処できるんだが…… 」
 
 誰かが呟くように言ったのを最後に、今度は皆黙り込んでしまった。
 
「待って、クララック卿、地図ある? 
 あと、チェスの駒かなんか」
 
「えぇ? あるわよ? 」
 
 声にあわせて、会議には参加せず壁際に控えていた執事みたいな感じの人が、本棚の中から大きな巻物を取り出し、テーブルの上に広げる。
 次いで同じく本棚の下に作られた戸棚から箱を取り出し、シャンタルさんに手渡した。
 
「ええと。わたしの管轄が確か七羽と、こっちが二羽。
 それから、南が三羽、東南が六羽…… 」
 
 呟きながらシャンタルさんは地図の上にチェスの駒を並べてゆく。
 
「で、襲われた村が、ここ! 」
 
 そう言って顔をあげる。
 
「これが何? 」
 
「何か法則性がないかと、思ったのだけど。
 狼なんかだと、増えすぎて森に餌がなくなると村に下りてくるじゃない? 
 だから、数が多い場所に近い村が襲われるんじゃないかと思って…… 」
 
 呟きながらシャンタルさんは地図を眺めている。
 
「ムリだろ? 襲われた村はまだ一箇所だし」
「でもほら、キィの村。この隣の山の目撃数圧倒的に多いだろ? 」
「一軒だと、なんとも言えないわよねェ」
「とりあえずはこれで絞れるだろ? 
 可能性の低いところは魔女達に結界を張ってもらって、出現率の高いところは結界を張らずに軍を配備。 
 鳥の王は結界のない場所へ自然とくるんじゃないか? 」
「一箇所には絞れないのよ、軍の配分どうするつもり? 
 それに国中に分散して兵を配置すると、万が一何処かを集団で襲われた時に手が足りなくなるのよ。
 その時になって全土に分散した兵員を一瞬に集約させるなんて、できる芸当じゃないし」
 
 いや、なんか、もう…… 
 元居た世界でも、わたしの立場じゃ全く縁のない話をしているなぁ。
 
「軍儀の話になるのでしたら、私はよろしいですかな? 」
「僕も、口を出す立場じゃないからね」
 
 それはわたしだけじゃないらしくて、話の途切れるのを待って、一人二人と退出してゆく。
 
 ここに居合わせた以上どうしたらいいのか、考えなくちゃいけないんだろうけど、猫の知恵なんて誰も期待していないよね。
 しかも何か妙案が浮かんだところで人に伝えられないし。
 
 もう一度キャリーの奥に潜りなおすと、丸くなり前に向けた尻尾とお腹の間に鼻先を突っ込んだ。
 
「カァァ! 」
 
 窓の外でカラスが鳴いた。
 
 そういえば、今日。
 いつもならあちこちで囀っている小鳥の声が聞こえないんだよね。
 かわりにカラスが鳴いている。
 
「カア、カア! (来るよ。来る! )
 カァカァ (貢物の用意はできているか? )
 カアカァ、カァカァ (準備のできた者はシェスの村に向かえ)
 カァ、カァカァ (準備がまだの者は急いで貢物を用意しろ! )」
 
 カラスはひとしきり鳴くと大きな羽音をさせ飛び去っていった。
 
 貢物ってなんだろ? 
 そういえば前に、小鳥達がそんなこと言っていたな。
 カラスたちが貢物にするために、高価な光物集めているとか何とかって。
 
 カラスが貢物する先って誰なんだろ? 
 誰かはわかんないけど、納める先はシェスっていう村。
 しかも来るって言っているってことは、常時そこに住んでいる訳じゃないんだ。
 
 もしかして! 
 
「ニャ! 」
 
 はっとして飛び起きたら、見事に頭をキャリーの天井にぶつけてしまった。
 
 反射的に手首を舐めてそれで頭を撫でると、気を取り直してキャリーを出た。
 
「なぁお…… (ジルさん、あのね)」
 
 ジルさんの足元に言って声を掛けた。
 
「あら、マリー。
 どうしたの? 
 ごめんなさい、もう少し大人しくしていてくれるかしら? 」
 
 ジルさんが困ったように眉根を寄せた。
 
「おい! なんでこんなところにまで猫を連れてきてるんだよ? 」
 
 と、同時にラザールさんが怒鳴る。
 
「誰かは知らないけど、家のメイドが誰かに余計な知恵を授けられたから自宅に置いておけなくなったのよ」
 
 ジルさんはそう言って、普段見せない表情でラザールさんを軽く睨む。
 誰かと誰かに心当たりがあったのか、ラザールさんはそれで口をつぐんだ。
 
 気を取り直して。
 
「なぁん、なんにゃぁ(わたし、次に鳥が襲う場所わかっちゃったかも知れないんですけど)」
 
「マリー、ダメよ。後でゆっくり遊んであげるわ」
「だから猫なんか連れてくるんじゃねぇよ」
 
 ジルさんとラザールさんの声が重なる。
 
 ダメだ。完全に構ってくれって言っていると思われている。
 わたしの言葉、まるっきり通じてないよね。
 
 せめてタピーのようにシャンタルさんとだけでも意思疎通ができたらいいのに。
 じゃなければ、タピーがここに居てくれたら通訳してもらえるんだけどな。
 
 何とか場所だけでも伝えたいんだけど。
 
 考えながらジルさんの顔を見上げると、机の上に並べられたチェスの駒の頭が目に入った。
 
 あの駒、地図の上に立ててあるんだよね。
 地図、わたしが見てもわかるかな? 
 
 その場で後ろ足に力を込めると勢いをつけて机の上にジャンプした。
 
「ダメよ、マリー! 」
「おい、猫のしつけくらいきちんとしとけよ! 」
 
 またしてもジルさんとラザールさんの声が重なる。
 
 お行儀が悪いのは充分わかっているけど、地図を床に下ろしてって頼む術さえないんだもの。
 
 とりあえずは…… 
 えっと、シェスの村ってどこだろ? 
 
 ざっと地図を見渡す。
 異世界の文字なんてわからないけど、地図記号とかで判断できないかな? 
 
 期待はあっさり打ち砕かれた。
 頭の中にあったのは道路があって、コンビニとかホテルとかお寺とかの位置が記号で書かれたものだったんだけど、これ、わたしの知識で言うところのアンティークの古地図だ。
 海岸線に、山と川と主要な道路と、それから丸印の上か下に村名。
 しかも、この文字…… 
 
 英語? フランス語? とにかくアルファベットに似てるな。
 えっと、キングの駒が立っているところはキイ。
 ナイトの駒はキランデ。かな? 
 アルファベットの筆記体に髭とか手足みたいな装飾がついているのを排除すれば…… 
 あ、読めた。
 とすれば、シェスは…… 
 多分ここかな。
 
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