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呆れてばかりはいられない

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 そして、
 
「なぁお(迷ったかもしれない)」
 
 歩いて、歩いて、歩いて…… 
 
 三晩過ぎたけど、まだ街にはたどり着けない。
 それどころか、車の荷台を飛び出した場所はそこそこ人家があったのに、家一軒見当たらなくなった。
 
 ジルさんの家はさっきの村のようなところよりずっと家が込み入って街みたいな場所だったのに。
 これじゃ反対だよぉ。
 
 さすがに三日も食べてないと、なんか眩暈がしてきた。
 
 せめて転送じゃなくて転生だったらなぁ。
 生まれながらの猫なら、多少は小動物や虫食べるのに抵抗ないのかもしれないけど。
 さすがに根っからの人間の意識しかないと、それはぜぇったいムリ。
 
 ジルさんに拾ってもらった時はラッキーって思ったけど、わたしの人生やっぱりこの世界に召還された時点で詰んでいたってことだよね。
 
 ……なんか足も痛くなってきたし、少し休もうかな? 
 
 周囲を見渡して、何処か休めそうな場所を探す。
 少し先の上りやすそうな木に、座りやすそうな枝振りが目に入り、早速その幹を上った。
 
 本当は、道端に生えている雑草の奥の方がいいのかも知れないけどね。
 見通しの利かないところってなんか落ち着かないんだよね。
 その点木の枝の方が、遠くから誰かが近付いてきてもひと目でわかるし、匂いも捉えやすい。
 ただ、座りにくくてバランスを取るのが大変。
 うっかり、転寝なんかして足を踏み外すとたちまち落ちそうになる。
 
 とか、思いながらも、さすがに疲れた…… 
 
 少し休むだけのつもりだったのに、ついうとうと…… 
 
「チッチッチ(ねぇ、あの猫。どこに行くつもりなのかな? )」
「ぴぴぴぃ(この先、国境の山になって人家なんかないのにね)」
「ちちちぃ(教えてあげる? 村に行くんなら反対だよって)」
「ぴぃ! ぴぃぴっ(ヤダね! あいつ猫だろ)
 ぴっぴきぴつぴ(僕たちが目に入ればすぐに追っかけて、襲ってくるじゃないか)」
「ぴぴ、ちちちちちち(そうだね、あの猫本人じゃないけど、僕たちの仲間何匹も食べられているし。放っておこうか)」
 
 何処かで、誰かが喋っている。
 というか、囀っている? 
 
 薄らと目を開けると思わず瞼に手を持っていく。
 
 途端に。
 
 グラッ! 
 
 バランスを大きく崩して木の枝から転がり落ちた。
 
 ふはぁ! 失敗。
 寝ていたのが枝の上だったのなんて忘れてたわ。
 でもさすがに猫の体だよね。
 寝ぼけていたはずなのに、くるんって回転して、しゅたっと四足ついて着地できるんだもん。
 
 ……さて、どうしようかな? 
 
 さっき、なんか、いやぁな夢をみたような。
 
 小鳥がこのまま先に行っても人家なんかないとか何とか話してたような。
 
 でもぉ、わたしの勘はこっちだって言ってるんだけどな。
 
 道の真ん中で前と後ろを見比べて首を傾げた。
 
 ダメだ、雑木林を切り開いたみたいな道は、どっちも覆い被さった木の枝に覆われて、どんなに背伸びをしてみても、人家なんて見出せない。
 
 はぁ…… 
 
 もう、完全に迷子だわ、これ。
 猫の帰省本能なんて、充てにならないもんだなぁ。
 
「おい、お前! 」
 
 途方に暮れていると突然背後から呼びかけられた。
 
「オレ様の縄張りで、なにしてるんだよ! 
 勝手に入ってくるんじゃねーよ」
 
「ひゃい! えーと、ごめんなさい。
 ちょっと道に迷ってしまって、あなたの縄張りを荒らすつもりは毛頭なかったんです」
 
 突然怒られて、反射的に謝りながら振り返る。
 なんか、スムーズに会話ができると思ったら、真っ黒なオス猫が立っていた。
 頬のあたりがぷっくりした大きな顔からして、きっと猫界ではイケメンさん。
 
 もしかしたら、やばいのに引っかかっちゃったかなぁ。
 
 とりあえず逃げる準備をしていたほうが無難かもしれない。
 
 わたしは一足あとずさる。
 
「チビ、迷子かよ? 
 で、どっから来たんだ? 
 このあたりに人家なんかないぞ」
 
 てっきり「出て行け」って問答無用に脅されると思ったら、呆れたように言われる。
 
「どこに行きたいんだ? 」
 
「えっとぉ、その…… 」
 
 そういえば、わたしジルさんのお家のあった町の名前知らないや。
 
 言いかけて考える。
 
「青いステンドグラスの大きなドームのついた教会? 神殿みたいな建物のある街に帰りたいんだけど」
 
「ブルードームの神殿? 
 って、王都かよ! 」
 
 少しびっくりしたように黒猫が聞き返してくる。
 
 そっか、あそこ随分人家が密集していたと思ったら、都だったんだ。
 
「なんだって、こんな遠いところに? 
 どうやって来たんだ? 」
 
「その…… 
 間違えて荷車に乗っちゃって…… 」
 
「ばっかだなぁ、どうせ荷台にもぐりこんでうっかり寝ちまったんだろう? 」
 
「うん、まぁ」
 
 とりあえずそう言うことにしておこう。
 
「……来いよ」
 
 暫く考えたように間を置いて、黒猫はくるんと向きを変えて、尻尾を振った。
 
「道、教えてくれるの? 」
 
「ばぁか、お前の足じゃ都までなんて何年掛かるんだかわからないぞ。
 何時までもオレ様の縄張りをうろうろさせちゃかなわないからな、ご主人に頼んでやるよ。
 チビ、お前の名前は? 
 オレはタピ-」
 
 黒猫は人が作った道をそれて叢に入る。
 
「わたしは、マリーって呼ばれてるの。
 本当は真朝なんだけどね」

 一本の木の脇を通ると、ふわっと周囲の空気が変わった。
 さっきまではしなかった人間の匂いと、スープの炊ける匂いが漂ってくる。
 
 それと同時にさっきまでは何もなかったところに一軒の家が建っているのが目に入った。
 
「ただいまぁ」
 
 黒猫は家のドアにある小さなくぐり戸を当たり前のように潜る。
 
「ほら、来いってば。
 大丈夫、オレ様のご主人は猫を迫害する人間じゃないから」
 
 そう言って促された。
 
「お邪魔しまぁす」
 
 少し用心しながら、家の中に入るとふわっとした心地いい暖かさに包まれた。
 
「お帰りタピー。
 あら? その子は? 」
 
 暖炉の中の鍋をかき混ぜていた中年の女性がこっちを見て首を傾げた。
 
「なおん(真朝っていうんだって、迷子なんだってさ)
 にゃーん(都に行きたいって言ってるんだけど)」
 
「都に? 
 そんな遠いところに何の用があるのよ? 
 悪いこと言わないから、お家に帰るように言いなさい」
 
 女性は黒猫の言葉を完全に理解しているように応えている。
 
「『お家に帰りなさい』だってさ」
 
 黒猫は通訳するように女性の言った言葉を私に伝えてくれる。
 
「だから、その家が王都にあるんだもの」
 
「なぁあん(家は王都だって言ってる)」
 
「王都? いまだによく猫が残っていたものねぇ」
 
 女性は驚いたような声をあげた。
 
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