されたのは、異世界召喚のはずなのに、なぜか猫になっちゃった!?

弥湖 夕來

文字の大きさ
上 下
9 / 83
呆れてばかりはいられない

-9-

しおりを挟む
 それから三日。
 
 ジルさんは戻ってこなかった。
 それどころか、今日も帰ってくる気配がないな。
 
 書斎の暖炉の前でうとうとしていると、パンの焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
 お決まりのように少し焦げ臭さが混じる。
 
 無理もないんだけどね。
 ジルさんの方針でこの家はメイドちゃん一人で家事全部こなしている。
 タイマーのついていない薪オーブンでパンを焼きながらスープや煮物の準備をしているんだから、手が回らなくても仕方がない。
 
 きっとまた、パンが焼けたのにも気が付かないで、スープの下ごしらえでもしてるんだろう。
 
 仕方ない。
 ジルさんもメイドちゃんも焦げたパンなんか食べたくないだろうから、教えにいくか。
 
 起き上がると書斎を出る。
 
「な(あれ? )」
 
 キッチンに顔を出すけど、メイドちゃんの姿はない。
 裏口のドアが少しだけ開いていた。
 
「あ、その小麦粉は裏の倉庫に運んでくれる? お砂糖はここでもらうわ」
 
 ドアの影からメイドちゃんの声がする。
 
 食材を配達にきてくれた食料品店の人の相手をしているみたい。
 
「なぉん、うなー(ねぇ、パン焦げてるわよ)」
 
 ドアの隙間から顔を出して声を掛ける。
 
「あら、あんた起きて来たの? 」
 
 わたしの声にメイドちゃんが振り返る。
 
「食事なら、ない…… 」
 
 つっけんどんに言いかけたメイドちゃんの口元がなんだか緩んだ。
 
 キッチンへ戻ると戸棚の中から、グリルしたチキンを取り出した。
 それを厚めにたっぷりと切る。
 
 そういえばお腹空いたな。
 チキンを見ているだけで、空腹感が首をもたげてきた。

「ね、今日は外で食事にしようか? 」
 
 グリルチキンの乗ったお皿を手にメイドちゃんがわたしを外に誘った。
 
「さぁ、どうぞ。召し上がれ」
 
 出口の側に置かれた台の上にお皿を置いて、誘う。
 
 嬉しい! 
 久し振りのお肉だぁ! 
 
 その、お世話になっていて文句を言える立場じゃないんだけどさ、 昨日も、一昨日も、その前も、ジルさん出かけてからもらえるのはお皿にちょっぴりのミルクを一日一回。
 
 ま、まぁ? 
 ご主人様の留守の時くらい手抜きしたいよね。
 
 わかるんだけど、ちょっと酷いな。
 なんて思いながら、我慢してたんだもん。
 
「ほら、早く食べちゃいなさいよ。
 お皿片付けるんだから」
 
 促されて、台の上に乗ってチキンを頬張る。
 
 バタン! 
 
 同時に背後でドアが閉まるような大きな音がして、視界が真っ暗になった。
 
 なに、なになに、なに? 
 
 びっくりして食事を中断し、顔をあげてあたりを見回す。
 
 目が慣れてくると、いくつかの木箱や穀物の入っているらしい布袋なんかが重なっている、箱の中。
 さっき昇ってきた場所は木の扉はがっちりと閉まっていた。
 
「うなん(よいしょっと)」
 
 軽く手で小突いて、頭で思いっきり押してみるけど、扉は動かなかった。
 
 こりゃ、閉じ込められたよね。完全に。
 
「閉めてくれたのか? ありがとな。
 じゃぁな、次の配達はまた来週だよ」
 
「ええ、ありがとう」
 
 なんて考えていたら、そんな会話が聞えてきて突然箱が揺れ出した。
 
 ……ぺたぺたぺた。
 ……ガラガラガラガラ。
 
 揺れるリズムと同じリズムでティラノもどきの足音と馬車の車輪が回る音が響いてくる。
 
 積んである荷物と、この揺れや音から考えるに、ここきっとコンテナ型の荷車の荷台だ。
 
 でもって、この荷車は今、ジルさんのお家を離れて何処かに行こうとしている。
 
 これが幌つきの荷車だったら幌の隙間から這い出て飛び降りればいいんだけど、閉められた扉はがっちりと閂がかかったみたいでびくともしない。
 
「なぉおおん(すみませぇん)」
 
 声をあげてみるけど車の立てる音に隠れて御者さんには聞えないみたい。
 ここは、開けてくれるのを待つしかないか。
 
 仕方なく木箱の陰で香箱を組んで座りなおす。
 
 荷車は何処かへ向かっていく。
 窓がないから、どこを走っているのかどこに向かっているのか全くわからないけど。
 とにかく車はひたすらに走り続けた。
 
 飽きるほど、飽きるほど、飽きるほど…… 
 そうしていて。
 
 ガタン! 
 
 突然した大きな音と衝撃に目を覚ます。
 
 いけないいけない。
 知らないうちに眠っていたみたい。
 
 本当に猫の身体ってどこでも寝られるようにできているんだね。
 
 感心していると、扉の閂を外す音がする。
 
 開けているのが誰だかわからないけど、猫じゃいい顔しないよね。
 ここは逃げるに限るだろう。
 
 ぎぃー 
 
 軽くきしんだ音がして扉が開く。
 
 その隙間が猫の通れる大きさになったのを見越して、一気に箱の中を飛びだした。
 
「うわぁ! 」
 
 突然猫が飛び出してきて、よっぽどびっくりしたんだろう。
 扉を開けた人物は驚いて後ろにひっくり返る。
 
 背後でしりもちを付いたように少し地面が揺れたけど、見返しているヒマなんてなかった。
 
 とりあえず目についた物影に滑り込む。
 
「なぁに? どうしたの? 」
「多分、猫。
 猫が飛び出してきたんだよ! 」
 
 既に慣れっこになっている言葉が耳に届いた。
 
「何処からか乗り込んでやがったんだ」
「いやぁねぇ。家に入ってきたらどうしましょう。
 牛のミルクの出が悪くなるわ」
「犬でも放して置け。
 犬がいたら猫もそこらへんをうろつかねぇだろう」
 
 なんて会話が飛び込んできた。
 
 なんかもう、本当に扱いが酷いんだよね。
 犬をけしかけるとか、帰ってこられないように荷馬車に押し込んで遠くへ連れて行くとか。
 そんなことしたら、却って呪われるような気がするんだけどな。
 この世界の猫って、よく犬に追いまわされてばかりで大人しくしてるよね。
 
 なんて思っているうちに、会話のとおり本当に犬の匂いがしてきた。
 
 やばっつ! 
 
 こんなところにいたら本当に犬に追いまわされちゃう。
 犬は猫よりよっぽど鼻がいいんだから、すぐに見つかっちゃうよね。
 
 とにかく急いでその場を離れた。

 少し離れた場所に来て足を止め背後を振り返る。
 とりあえずは追いかけてこないみたいだけど、何時までもここに長居するのは無謀かな? 
 また、犬なんかけしかけられちゃたまったもんじゃない。
 
 そそっとその場を離れ、更にその先の木陰に移動する。
 更にその先の植え込みの中へダイブ! 
 
 でもって、まだ安心できないからその先の木に登った。
 
 これからどうしようか? 
 
 追っ手がこないことを確認して、一息つく。
 
 いきなり消えたりしたから、きっとジルさんに心配かけちゃうだろうな。
 
 それに、このまま、お礼も言わないっで消えちゃうって言うのはなんかなぁ。
 
 なんてのは建前で、正直ジルさんに保護してもらわなかったら、わたしこの世界で生きていける自信がない。
 
 人頼りしてたんじゃいけないってのはわかっているんだけど、猫がこんなに毛嫌いされてちゃどうしようもない。
 
「にゃ!(よっし、帰ろう! )」
 
 そう決めて慎重に木から下りる。
 
 
 ……とは言ったものの。
 
「なぁお(ジルさんのお家どこ? )」
 
 ずっと外の見えない箱の中に閉じ込められて運ばれてきたから、ここが何処かも、どっちへ行けば帰れるのかも、全くわからない。
 
 まいいか。
 猫にだって帰省本能があるって言うし、勘のままに歩いていけばきっと帰り着けるでしょう。
 
 まずは右! じゃなくて左か。
 
 よくわからないけど、何となくそんな気がする。
 それこそあてずっぽうで歩きだした。
 
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

処理中です...