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呆れてばかりはいられない

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 お客さんの帰った後、ジルさんは書き物机の上に広げられた書類に目を向けたまま、夜が更けるまで立ち上がろうともしなかった。
 
「さ、今日の仕事はこれで終わり」
 
 メイドちゃんが運んできた夕飯とお茶が冷め切った頃になって、ようやくジルさんは立ち上がる。
 
「あら、マリー。
 もしかして待っていてくれたの? 」
 
 ジルさんは足元に置かれた手をつけていないミルクのお皿を見て首を傾げた。
 
 そりゃぁ、お仕事しているご主人様を差し置いて一人先に食べるわけにわねぇ。
 
「どうぞ、もう遅いし食べたら寝ましょうか? 」
 
 軽めの物って指示してあったのか、お皿に盛られたサンドウィッチをひとつ二つ摘んでジルさんは言う。
 
「にゃおん(いただきます)」
 
 本当はお腹空いていたんだよね。
 何しろ、この家での猫のご飯は一日二回。
 朝食べてから夜更けまでだもん。
 
 ぬるくなったミルクを飲み干すのに時間は掛からなかった。
 
「もう、遅いから寝ましょうか? 」
 
 一仕事終えて機嫌がいいのか、鼻歌交じりでジルさんはわたしを抱き上げ寝室に移動する。
 
 わたしをベッドの上に降ろしたジルさんが着替えている間に、ベッドを降り暖炉の前のクッションに移動した。
 
「さ、マリー。
 一緒に寝ましょ」
 
「! 」
 
 そ、それだけは許して欲しいなぁ。
 
 明日シーツが毛だらけだと、メイドちゃんめちゃ怒るし、一日機嫌が悪い。
 それ以前に、わたし年頃の女の子なのよぉ!!!!(少なくとも中身は)
 半裸のオネェさんと添い寝なんて、ぜぇったいムリ! 
 刺激が強すぎるわ。
 
 本当は別の部屋で寝たいんだけど、たかが猫一匹のために別室のお部屋の暖炉の火を入れてもらうわけにもいかないし。

 とりあえずクッションにしがみつく。
 
「もぉ、マリーったら。テレやさんねぇ」
 
 それでも諦めてくれたのか、ジルさんは一人ベッドに入る。
 
 ばさっ、バサバサっ…… 
 
 ランプの消された暗闇の中、庭先で鳥の羽音がする。
 
「ほほぅ! 」
 
 闇の中に梟の声が響く。
 こんな街中にも梟なんて居るんだね。
 
 そんなことを考えながら眠りにひきこまれる。
 
「ほぅ…… ほぅ…… (まずいよ、まずい)
 ほほほう(王がお目覚めだ。大変ご立腹で、今にも暴れだしそうだ)
 ほほぉ、ほぅ(気をつけて、気をつけて…… )」
 
 梟は誰かに語りかけていた。
 
 誰に何を言っているのかな? 
 
 うつらうつらとしながらその声を聞いていると。
 
 コンコン! コンコン! 
 
 誰かが玄関のノッカーを鳴らしている。
 
 思わず飛び起きて頭を上げる。
 
 ドン! ドンドン、ドン、ドン! 
 ドンドンドンドン! 
 
 その誰かは、家の主が出てくるのが待ちきれないかのように、今度はドアを乱暴に叩き始めた。
 
 ジルさんは、といえば、さっきまで仕事をしていて寝付いたばかりだから起きる気配はない。
 メイドちゃんのお部屋は裏側の屋根裏だからね、気が付かなくても無理ないし、気が付いてもすぐに出てこられるとは思えない。
 
 ドアを叩く主は諦める気配がないみたいで、さっきからずっと叩きっぱなし。
 しかもだんだん強くなってきてドアを壊しそうな勢いだ。
 
 ……仕方ない。
 寝付いたばかりの人起こすのは、非常に気が引けるけど。
 ドアを蹴破られるのよりはマシかも知れない。
 
 のそりと起き上がると、ジルさんの横になるベッドの枕元に飛び上がる。
 
「なぁおん(就寝中大変申し訳ないんですが)」
 
 耳もとで声をあげてみるけど、この人それだけじゃ起きそうもないな。
 
「にゃん(起きていただけますか? )
 にゃにゃん(なにやら緊急のお客様みたいですよ)」
 
 言っただけじゃダメそうだから、とんとんとんって、この可愛い肉球で顔を叩いてみた。
 
「ん? なぁに、マリー。
 一緒に寝る? 」
 
 一応目を開けてはくれたけど、寝ぼけてるな、こりゃ。
 
「なおん! (いいから起きてくださいってば、お客さんですよ)」
 
 仕方ないから、少し強めに鳴いて、頭を枕に預けたまま、眠そうに目を擦っているジルさんの手に軽く歯を立てた。
 
「痛っ…… 
 ダメよ、マリー。
 遊ぶのはまた明日ね」
 
 ドンドンッツ! 
 
 寝ぼけながらわたしをたしなめるジルさんの声にドアのノックの音が重なる。

「ん? 
 誰よぉ、こんな時間に? 」
 
 ようやくさっきからずっと鳴り続けているドアの音に気が付いたみたいで、起き上がってベッドから降りると側にあった上着を肩にかけ、ジルさんはエントランスに向かった。
 
「なぁに? こんな夜中に…… 」
 
「まずいぞ、ジル! 
 ヤツがでた! 」
 
 ジルさんの寝室で待つわたしの耳に、鍵を外す音とほぼ同時に乱暴にドアが開く音と、昨日のあの黒髪イケメンさんの慌てた声が届く。
 
「ヤツって、ひょっとして? 」
 
「ああ、鳥の王だ。
 シンキュウの森を突っ切る街道付近だ! 
 怪我人が何人も出ている! 」
 
「大変! 今着替えてくるわ」
 
「ああ、俺は馬を用意する」
 
 ジルさんはバックヤードの屋根裏へ駆け上がっていったと思ったら、すぐに寝室へ飛び込んでくると、さっきベッドに入った時に脱ぎ捨てた衣服に大慌てで着替えをはじめる。
 
「ごめんなさいね、マリー。
 急用が入ったの。
 暫く留守にするかもだけど、いい子でお留守番しててね」
 
 少し、顔を青ざめさせてそれだけ言うとエントランスを飛び出した。
 
 エントランスのドアが閉まると同時に、馬の蹄の音が遠ざかっていく。
 
 
 なんだったんだろう? 
 
 ジルさん、すごく慌ててた。
 
 少なくとも、こんな夜更けに寝ている人をたたき起こして連れ出すなんて、普通じゃないのは確か。
 
 そういえば、さっき「鳥の王」とか言ってたけど、同じこと夕方の小鳥も言ってたんだよね。
 貢物がなんちゃらとか。
 
 もしかして貢物が少なかったから暴れだして、人間に危害を加えたとか? 
 
 まさか、ね? 
 鳥が物を欲しがるなんてありえないし。
 
 いや、でもここ異世界だし、そう言う欲を持った知恵のある鳥が居ても不思議じゃないのかな? 
 
 とにかく、猫のままじゃ誰かと話もできないし。メイドちゃんは相手にしてくれなさそうだし。
 ジルさんが帰ってきて話してくれるのを待つしかないのかな? 
 
 とりあえず、寝よ、寝よ。
 この世界の事情が何にもわからない上に、猫のわたしは何にもできないのは決定的なんだから。
 
 今のできるのは、疲れて戻って来たジルさんをこのもふもふ毛皮で癒してあげることだけなんだもんね。
 
 わたしは、もう一度暖炉の前のクッションに丸まりなおした。
 
 
 
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