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呆れてばかりはいられない

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「にゃ…… (はあ…… )」
 
 一息ついて落ち着くと同時に、わたしは途方に暮れた。
 
「にゃぁん(これからどうしよう)」
 
 目の前を横切る少し薄暗くなりだした通りを、家路へと急ぐと思われる人々が通り過ぎて行く。
 視界全体に広がっているのは、ヨーロッパの世界遺産歴史保存地区を思わせる洋風の素朴でレトロな煉瓦の建物の並んだ光景。
 建物だけじゃなくて道もアスファルトじゃなくて石畳だ。
 ファンタジーゲームのモブみたいな簡素な衣服を着た人が歩く通りを、時折馬車が走り抜けていた。
 いや、馬車というより竜車? 
 馬車を引いているのは馬じゃない。馬というよりはティラノサウルスみたいなトカゲっぽい馬大の生き物。
 
 やっぱり、異世界に来ちゃったんだなぁ。
 
 ティラノみたいな二本足歩行のトカゲ、わたしの居た時代じゃありえない生き物だったもの。
 
 ティラのもどきを見ながら考える。

 いや、姿が変わっているってことは転生のほうかな? 
 それにしては死んだ記憶がない。猫に産まれてからの今日までの記憶も全くない。
 あの人たち、「召還」とか何とか言っていたから、転移って思っていいんだよね。
 
 でもさぁ。
 異世界転生とか異世界転移って言ったら、神様が出てきてチートなお土産くれるのが定番じゃない? 
 容姿だってこう、望んだ方向じゃなくても美少女とか美青年とかに産まれるとか、途中で何かの作用で美人さんに徐々になっていくとか? 
 でもって、身分だって貴族とか、勇者とか、聖女とか生活に苦のない境遇がもらえるじゃない。
 なのに、お土産どころか何故に猫。
 しかも、いきなり路上に放り出されるってなによぉ。
 
 強いて言うなら、わたしのこの柄、茶白だったってことが救いくらいのもので。これが雉トラやサビだったらホント笑えないわ。
 この柄の猫や、猫を飼っている人には申し訳ないけど、なんかこの二つの毛色は何となく好きくないんだよね。
 
 いやいやいやいや、柄なんて今はどうでもいい。
 問題はさ、今夜のご飯と眠る場所、どうしようかってこと。
 
 日が傾いてきているからもうすぐ夜になっちゃう。
 その前にこの二つは確保したいところなんだけど。
 
 てか、どうにかして帰れないものなんだろうか。
 
 背後を振り返ると、上空に青いガラスのドームを有した凝った様式の大きな建物がそそり立っている。
 建物の構造からして神殿か高貴な人の館だと思う。
 さっき、あのドームの下にいたんだよね。
 鐘の音に立ちくらみして、気が付いたら何故かあそこに居た。
 だったら逆にあの場所にいったら帰れないかな。
 来た場所から帰れるとかって、この手の話の定番だし。
 
「にゃん(よっし)」
 
 一声気合いを入れて立ち上がると、その建物へ向かっていった。
 
 
「うにゃぁ(問題は、このドアなんだよね)
 にゃうん(どうやって開けよ)」
 
 目の前に聳える大きな扉と自分のぷにぷに肉球の手を、代わる代わる見比べた。
 多分標準サイズよりずっと大きな扉、その上わたしの躯は猫サイズ。
 開けられる気がしないわ。
 
 そもそもノブに手が届かない。
 
 他に入れるところってないだろうか? 
 ほら、窓とか裏口とか通用口とか、使用人専用出入り口みたいな、常に開けっ放し、もしくは頻繁に人の出入りのあるところ。
 
 とりあえず、ドアを開けるのを諦めてその建物を回ってみることにする。
 
 まずは表。
 ドアらしいものは正面の大扉以外見当たらない。
 窓は数こそあるんだけど皆ステンドグラスで構造を見たところはめごろし。開きそうにない。
 
 な、訳で側面に向かおう。
 
 わたしはてこてこと四足で歩き出す。
 
 こっちは、どうかなぁ? 
 窓は…… 
 う~ん、こっちも無理そうかな? 
 正面と同じはめごろしらしいつくりのステンドグラス。きれいだけど、換気はどうなってんだろ、この建物。
 
 じゃ、後ろ。
 裏口があるのってここの確率が高いんだよね。
 
 ビンゴっと。
 
 角を曲がって裏へ出た途端にドアが開いて、下働きみたいな簡素な服を着た男が出てきた。
 
 よっしゃ。
 あのドアから中に入れるっ! 
 
 とにかく、一気に走り出す。
 この手じゃドアを開けるのは無理っぽいから人間の出入りに乗じて足元をすり抜けなくっちゃ。
 
「うわっつ、猫だ。
 寄るなっつ、こっち来るな。
 ダメだ、呪われるっ、呪わないでくれ」
 
 わたしの姿を見ると同時にその男は怯えたように声をあげ、追い払うように牽制して、慌ててドアの中に引っ込むと鼻先でバタンとドアを閉めた。
 
 呪われるって何よ? 呪われるって。
 
 言い方はともかく、猫嫌いの人に当っちゃったな。
 ま、いいや。
 ここで待ってたら、またあのドア開くでしょう。
 とりあえず、ドアの側で待つことにする。
 
「ねぇ、猫よ。
 いやぁねぇ、なんでこんなところに居るのかしら」
「ホント、早く何処かにいって欲しいわ」
「見るのも嫌だけど、追い払うと呪われそうだしね。
 暫く放って置くしかないのかしら」
 
 裏道を行く使用人みたいな服装の人々が、わたしの姿を見るだけで嫌そうに顔をゆがめ、口々に言う。
 
 ……なんか、わたし歓迎されてない? っぽい? 
 
「そういえば聞いた? 
 今日神殿に猫が迷い込んだんですって。
 大事な儀式を中断させたそうよ」
「儀式を中断させるなんて、なんて罰当たりな…… 
 そもそも何故世の中に猫なんて生き物がいるのかしら」
 
 こっちを見てまた別の人が言い交わしながら通る。
 
 わたしって言うよりもしかして、猫、が? 
 
 ま、何でもいいや。とりあえず中に入れてもらえさえすればいいんだし。
 
「猫がうろついているという話は本当ですか? 」
「はい、恐らく儀式を中断させたあの猫だとは思いますが…… 」
「神殿周辺を猫がうろついているなんてこと、もし噂になったら大事です」

 暫く待って、ドアが開いたと思ったら今日あの部屋に居たような、豪華な衣裳を身に纏った男が二人でてきた。
 一人は年寄りでもう一人は若い男。
 年嵩のオジサンが着ている衣裳の方が豪華だから地位が上なんだろうな。
 
「あ、司祭様、ほら、あそこ」
 
 若い方の男がわたしを指差す。
 
「早いところ追い払いなさい! 
「ですが、司祭様。
 無下に扱ってもし呪われたりしたら」
「何もお前が直接追い払わなくても良いのです。
 犬でも連れて来て放しておきなさい」
「ああ、そうか。
 そうですね。
 では早速」
 
 いうことだけ言って二人はドアの向こうに消えてしまった。
 
 もちろん、入り込む余裕はない。
 
 でも、なんかヤバイことになってきたような? 
 話の流れからすると犬をけしかけるつもりみたい。
 犬も嫌いじゃないけど、今のこの躯だとちょっときついかなぁ? 
 何しろ猫、だし。
 
 ここに居続けたらやばいのは確か。
 ひとまず場所を変えよう。
 
 とは言っても、どこっていく場所ないし、この建物の中に入る以外帰る方法わからないし。
 さっきまで居た場所を離れながら考える。
 
 なんかこの世界じゃ猫って毛嫌いされているみたいだから、うろうろしただけで悪目立ちするんだよね。
 ということは、人目のある場所は無理か。
 じゃぁあ、裏を返して、人目のない表口の方がいいかな? 
 
 問題は、この扉をどうやって開けるかなんだよね。
 
 結局、建物の周りをぐるっと廻って元居た場所に戻って来た。
 もう一度、さっきの扉を見上げる。
 
 うーん、この扉開きかけになんかなっていないものだろうか? 
 
 扉と扉の合わせ目に爪を引っ掛けて引っ張ってみる。
 
 だ、け、ど。
 しっかり閉まっているだけじゃなくて鍵まで掛かっていると見え、びくともしないわ。
 予想はしてたんだけど、ね。
 
「あっ! おい! 
 猫だっ! なんだってこんなところに。
 しっ、しっ! 」
 
 通りかかった人がわたしの姿を目に、腕を振り上げて突進してきた。
 
 やだ、こわい! 
 
 思わずその場を離れてすぐそばの植え込みに飛び込んだ。
 
「おい、やばいって。
 猫なんか追っ払ったら呪われるぞ。
 やめとけよ」
「いや、だって気持ち悪いだろ? 
 よりによって猫が神殿に入ろうとしているなんて。
 何か悪い事の前ぶれなんじゃないのか? 」
「一応司祭様に報告しておくか? 」
「そうだな、司祭様のお耳に入れておけば何か対処してくれるだ…… 」
 
 幸い、その人間はそれ以上追ってはこなかった。
 わたしの姿が見えなくなると同時に、連れと会話をしながらこの場所を離れていく。
 
 いや本当にこの世界の猫嫌われてるな。
 
 とりあえずこれ以上人間が追ってこないことに安心して、茂みの中から這い出す、と同時に何かの匂いが鼻をついた。
 
 なんだろ? この匂い。
 獣臭い。
 ひと言で言ってしまえばそんな匂い。
 肉の生臭さと、皮脂の匂いと、ウールの濡れた匂いと、それから唾液の匂い、その他もろもろの匂いがミックスされたあんまり気持ちよくない感じの独特な匂い。
 
 それがだんだん近寄ってきたと思ったら。
 
「バウ! 」
 
 突然大きな犬が駆け寄ってくると牙を剥いた。
 
 ひゃあ! 
 
 人間サイズだって怖い大型犬、猫のわたしじゃまず太刀打ちなんてむり。
 冗談じゃない。
 
 とにかく闇雲に逃げ出すしかなかった。
 
 通りを走って犬が追ってこられない込み入った植え込みに飛び込んで、だけど安心なんかできないから、その先の庭に飛び出す。
 更にその向こうに立っていたトピアリーの中に潜ってその枝を上にと上る。
 
「ワン、ワン、ワン、ワン!!!!! 」
 
 植え込みの向こうから犬が追い立てる激しい声が響いている。
 
 一応犬はこの敷地には入ってこられないみたいで、ひたすら植え込みの向こう側を行ったり来たりしている。
 
 かすかな足音だけど、はっきりしているから確かだと思う。
 
 ちょっと待った。
 さっきの犬の匂いもそうだけど、わたしの鼻や耳、そんなに良かったかな? 
 
 遠くに居る犬の足音とか、匂いとか。
 今までのわたしじゃわからなかったよね。
 
 ああ、そうかわたし今「猫」、だった。
 
 どうも猫になったのは見た目だけじゃなくて、猫本来の能力もしっかり受継いだみたい。
 
 なんか自分が完全に猫に成り果てたみたいで、落ち込むなぁ。
 
 暫く息を殺してそんなことを考えているうちに犬は諦めたのか引き上げていった。
 
 だけど、犬も耳や鼻がいいから暫くまだじっとしていたほうがいいかな。
 
 さて、と。
 これからどうしよう。
 トピアリーの枝の中に身を潜めたまま、落ち着いて考えることにした。
 さし当っての問題は今夜の宿、かな。
 さすがにこのトピアリーの枝の上で一夜明かすのは厳しい。
 お腹も空いてきたし。
 
 困ったことに今は猫なんだよね。
 さっきわたしを放り投げた人の反応からして、言葉は通じてない。
 誰かに事情を話して助けを求めることは無理だよね? 
 
 せめて人間のままだったら、話を聞いてもらえないまでも労働力を提供してとか何とかで今夜のお宿確保できたかも知れないんだけど。
 レストランとか市場でバイトして、そのうちに街の一角でカフェでも開業して悠悠自適ののんびり生活。
 
 も、無理だなぁ。
 何しろ猫だし。
 しかもこの世界、猫嫌われているみたいだし。
 
 今この時点でも、さくっと帰れたら何の問題もないんだけど。
 帰り道と思しき場所は封じられたようなものだし。
 ラノベやなんかの例だと、この場合最低何かの使命をクリアしないと帰れないって言うのが定番。もしかしたら一生帰れないなんてのもお決まりのパターン。
 
 現れた「野垂れ死に決定・フラグ」に目の前が真っ暗になった。
 
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