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ガラスの棺の白雪姫

- 3 -  (旧・4、5)

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 ピクニック日和の昨日と違い、今日はこの季節にしては日差しが強い。
 ランチを済ませ、少しだけ汗ばんだ首筋を気持ち悪く思いながらアイリスは居室のドアを開けぎょっとした。
 普段ならきちんと片付いているはずの部屋に複数のドレスが並びその中央に乳母が反り返って立っている。
「姫様! 今日はお着替えがありますので、お早くお戻りくださいと申したはずです」
 眉をつりあがらせ乳母が強い声で言う。
「ど、どうして着替える必要があるの? 」
 僅かに顔を引きつらせてアイリスは思わず後ずさった。
 口ではとぼけてみたものの理由はわかっている。
「お忘れのはずありませんよね? 
 午後からはダンスのレッスンですよ。
 それでなくても姫様ダンスはあまりお得意ではないのですから、機会があるだけ少しでも多く練習なさいませんと…… 」
 案の定の言葉を吐きながら乳母は忙しく手を動かし、ドレスの準備に余念がない。
「嫌よ」
 それに応えたアイリスの口調は自分でも自覚できるくらい強い。
 忘れていた訳ではないのだが、参加はあくまでも自由意志。
 いつものように誰かとの約束とか語学の自習、等適当な理由をを引っ張り出しはぐらかして凌ごうと思っていたのに、さすがに連日のボイコットでは乳母の我慢も限界だったらしい。
 逃げ場がないように準備万端調えて待ち構えていた。
「何が悲しくて、食後早々にダンスのレッスンなんかしなくてはいけないの? 
 しかも教師がセオドアお兄様だなんて、最悪よ」
 アイリスは親指の腹を噛む。
「何を贅沢なことをおっしゃっているのですか?   セオドア様はこの宮廷で一・二を争うダンスの名手ですよ。
 そのお方に教えていただけるなんてこれ以上のことはございませんよ。
 お邸にいるときよりずっといい条件ではございませんか」
 たしなめるような乳母の言葉。
「だから嫌なのよ。
 お兄様のお相手なんかしたらじゃ、いやでもわたくしの下手さが目立つもの。
 いつものロイド先生の方がよっぽどましよ。
 ……もういいわ」
 アイリスは乳母の言葉を遮って立ち上がるとドアへ向かう。
「姫様、どちらへ? 」
「図書室へ。歴史の先生から課題が出ていますの」
 言い置いて部屋を出た。
 部屋の中からはまだ乳母の声が響いている。
 でも、ここで足を止めたら自分の負けだ。
 アイリスは闇雲にステアケースを降りる。
 本を読むのは嫌いじゃない。
 少なくとも部屋でマーサの小言を聞くよりはずっとましだ。
 そして、兄相手にダンスをするよりは更にましだと思う。
 乳母の言うように確かに兄のダンスは群を抜いている。だが、それゆえに始末が悪い。
 パートナーにも無言で同じレベルの技量の高さを要求してくる。
 つりあっていなければ、こちらの下手さが更に際立ってしまう。
 とてもではないがあれは一流とはいいがたい。
 パートナーは相手を引き立たせてこそだと思うのだが。
 子供の頃から比べられてきて、それはいやというほど身にしみていた。
 おかげでダンスが大嫌いになったといってもいいほどだ。
 
 腹立ち紛れのまま、廊下を歩き、渡り廊下の一角でふとアイリスの足が止った。
 廊下の先で一人の少女がハーランから花を受け取っている光景が目に飛び込んできた。
 ……誰だろう? 
 身なりからして多分ここに集まった少女達誰かのメイドか何かだと思う。
 集められた少女の身分が身分だからメイドの一人や二人連れてきていてもおかしくはない。
 現にアイリスも、乳母と新しく付けられたレディメイドが常時張り付いている。
 ただそれにしては第三王子であるハーランとやけに親しそうに会話を交わしているのが気になった。
 外から来たメイドと王子というその妙な取り合わせにアイリスは首をかしげた。
 ぼんやりと二人のやり取りを見ていると、やがて少女は軽く頭をひとつ下げ本宮のほうへ駆けて姿を消した。
「やあ、アイリス」
 声をかけられ振り向くと、中庭の植え込みの中をハーランがこちらへ歩いてくる。
「どうかしたかい? 」
 駆け去ってゆく少女の後姿から目を離しアイリスはハーランに向き直る。
「ハーランお兄様、またそのような格好で庭仕事なの? 」
 粗末な麦藁帽子に簡素な作業着の男の姿にアイリスは少し眉根を寄せる。
 知らない人間が見たら本当に庭師と勘違いしそうだ。
 先ほどのメイドももしかしたらこの男が第三王子だとは思っていないのかもしれない。
「まぁね…… 」
 少し非難めいたアイリスの言葉に男は苦笑いした。
「ああ、彼女? 」
 アイリスが目で追っていた駆け去ってゆく少女の背中に視線を移し、ハーランは訊いた。
「アレクサンドリーヌ・トーガス嬢。
 王妃様の妹だよ」
「あの娘が? 」
 少女の背中に再び視線を移す。
 どう見ても流行おくれの年齢に合わない地味なドレス。
 結い上げずに垂らしてひとつに編まれた華やかな長い髪と自分と同じ年頃であることを除けばハウスキーパーと勘違いしてしまいそうな服装だ。
「意外かい? 」
「ええ…… 
 もっと華やかなドレスのほうが似合いそうなのに。
 伯爵家のご令嬢がどうして? 」
「ああ、君は知らなかったね。
 彼女も、君と一緒で結婚相手を探しにここに来ているわけじゃないからね。
 着飾る必要はないと思っているんじゃないのかな? 
 それよりも薔薇はどうかな? 
 アイリスの好きなダマスクローズが今盛りだよ」
 少女に関しての詳しい事情を知っていながらも、アイリスには話す必要はないとでも言うようにハーランはおもむろに話題を変えると笑みをこぼした。
「うれしいけど、今から図書室へ行こうと思っていたところなの」
 花を切ってもらったりなんかしたら、一度部屋に置きに戻らなくてはならなくなる。
 今部屋に戻るのは非常に不味い。
「もしかしてアイリス、乳母殿と何か言い合った? 」
「そうよ…… 」
 機嫌の悪さは声や表情に出ていたのだろう。
 それを察したかのように訊いてくるハーランの問いにアイリスはあからさまにため息をついて見せた。
「ダンスは苦手なんですもの」
 小さくつぶやく。
「なのに、マーサったら今日はどうしてもダンスのレッスンに行けって言うのよ? 」
「ああ、セオドア相手じゃね。みんな嫌になる。
 アイリスだけじゃないよ、ここに居るお嬢さん半分以上はダンスが嫌いになって帰る目にあうと俺も思ってる。
 だけど、アイリスの場合はさ、乳母殿の言うようにもう少しレッスンしておいたほうがいいんじゃないのか? 
 少なくともパートナーの足を踏まない程度には」
 苦笑いを浮かべながらも釘を刺してくる。
「その…… 先日はいきなり踏んづけてごめんなさい! 
 足、まだ痛む? 」
 数日前、ノブフィオーレ邸で行われた夜会を思い出してアイリスは思わず赤面した。
「いや、もう大丈夫。
 って言うかそんなにたいした怪我したわけじゃないから心配ないよ」
「でも、確かあの後足を引きずって会場を出て行ったでしょ? 
 わたくし余程思いっきり踏みつけたのよね? 」
「違うよ。
 丁度ダンスに飽きて来てたんだ。
 だから退出するにはいい口実だった。
 謝らせる前にこっちから礼を言わないと」
「じゃ、もしかしてわたくし口実に使われたの? 」
「ん、まぁ、そうかな? 」
「他のご令嬢じゃそんなことできないけど、アイリスだったから」
「酷い! わたくし本当に心配してたのよ」
「ごめん」
「いいわ。今回は許してあげる」
 アイリス同様この従兄弟がダンスをあまり得意としていないことは承知している。
 だから一方的に責められない。
「殿下! 悪いが少し手を貸してくれませんか? 」
 庭の奥から庭師らしい老齢の男の声が響く。
「じゃ、お詫びも兼ねて花は部屋に届けておくから」
 声に答えるとハーランは足早に仕事に戻っていった。
 
 その背中を見送ったのち、館の一番奥にある部屋のドアを軽くノックする。
 人気のない空間に乾いた音が天井に響く。
 ここまで来ると、常時人の気配の絶えない表向きとは違い、ほとんど近付く者がいないせいだ。
 返事を待たずにドアを開けると、窓際で人の動く気配がした。
 視線を向けると、白い影がゆっくりとこちらを向き立ち上がる。
「やあ、アイリス」
 足元にまで積み上げられた本の間を縫い、影はこちらに歩み寄ってきた。
「シルフお兄様? 」
 窓から入り込む光に銀色の長い髪がきらめく。
 それだけでもこの人物が誰なのか容易に想像がついた。
 第三王子のシルフィードだ。
「サシャから話には聞いていたけれど、まさか本当に君がここに来ているなんてね」
 いつもとかわらぬ穏やかな口調でシルフィードは言った。
「いけません? 」
「いや、僕らは退屈しなくて嬉しいけど。
 他のお嬢さんたちと違って気がねなく話ができるし」
 言って部屋の中央に置かれたテーブルに添えられた椅子をアイリスに薦め自分もその隣に腰掛けた。
「で? 今日は何を乳母にしかられたの? 」
 うっすらと笑みを浮かべてシルフィードは訊いた。
「もう…… 」
「何? 」
「嫌よ、シルフお兄様もハーランお兄様もみんなわかっているんですもの」
 五兄弟のうちでこの二人の勘が一番鋭い。
 だから顔を合わせるたびに何でも見透かされているような気がして、恥ずかしい。
 アイリスはうっすらと頬を染めた。
「そりゃ、僕達の大切な従妹姫のことだからね」
 シルフィードはあやすようにアイリスの頭を撫でた。
 
 
「じゃ、シルフお兄様、この本お借りしてゆきますわね」
 出されていた課題に必要な本を二冊ほど抱え、アイリスは図書室を出た。
 いつの間にか日が傾きだしている。
 これで今日のダンスは何とか回避できたと息をつく。
 奥まった図書室前の廊下は少し薄暗くなってきていた。
「まあ、姫様、今までこちらにいらしたのですか? 」
 近づいてきた人影が乳母の声で言った。
「もうすぐ晩餐のお時間ですから、お探ししたんですよ。
 お勉強熱心なのは良いことですけど…… 」
 ダンスをサボってしまった心苦しさに、その口調はまるで咎められてでもいるかのように思える。
 だから聞いていられなくて、逃げるように早足になる。
「ん…… いい風」
 王宮の渡り廊下に出るとアイリスはひとつ大きく息を吐く。
「そうですか? 私には少し強い気がしますけどね」
 背後に立った乳母が迷惑そうに口を開く。
「そう? 」
「そうですよ。こんなところにいつまでも立っていたら埃になります。
 お部屋へ参りましょう。
 お着替えをなさっていただかないと」
 乳母の有無を言わせぬ言葉に促され、アイリスは歩き出す。
 城の本館と隣に立つ離宮をつなぐ渡り廊下の周辺には一面オールドローズが植えられ、季節的にその花がいっせいにほころび始めたところだった。
 乳母が言うように確かにやや強い風がそのつぼみや葉をひっきりなしに揺らす。
 曲がり角でアイリスは足を止めた。
 花壇の中央に置かれた大理石の傍に立つ少年の姿。
 カシューナッツ色の艶のない髪が風にあおられることに少し迷惑そうな表情を見せるやんちゃな顔。
「サシャさ…… 」
 かけようとした声が止まる。
 少年の隣で金色の光がきらめいた。
 目を凝らすと、サシャの隣で一人の少女が長い髪を編んでいる。
 まるで絵本の中の姫君が出てきたような華やかで目を引く見事な蜂蜜色の髪。
 あれは確か…… 
 アイリスは先ほどのハーランの言葉を思い出す。
 そう、王妃の実の妹。名前は確かアレクサンドリーヌとかいった。
 ただでさえ目を引く存在な上に、あの髪は更に人目を引く。
 色や長さだけではない、集められた少女たちがカールし結い上げ花飾りを施した凝った髪型をしている中で、ただ単にひとつにまとめ編んで垂らしただけというのがかなり浮いた存在に見えるのだ。
 どうしてそんな子がサシャの隣に居るんだろう…… 
 少女にリボンを差し出すサシャの笑顔。
 その光景にアイリスの胸は締め付けられた。
「姫様、お時間が…… 」
 足を止めてしまった少女に乳母が耳元でささやいた。
「今行きます」
 アイリスは促されるままに部屋に向かった。
 
 晩餐の正装に身を包み向かったダイニングのテーブルには珍しく第二王子のライオネルの姿があった。
 そのせいか、どの少女も落ち着かず、せっかくの食事も喉を通らないといった様子で空気がざわめいている。
「おい、アイリス」
 やがて食事を終え、食堂を出ようとしたところを不意にライオネルに呼び止められた。
「なんだってお前がこんなところに居るんだよ? 」
 ライオネルは首をかしげた。
「ライオネルお兄様には関係ないと思うんだけど。
 家で一人で家庭教師相手に勉強するの飽き飽きしてしまったの。
 それにお兄様方がどんな方をお相手に選ぶのかとっても興味ありましたの」
「おいたもほどほどにして置けよ」
 ライオネルが苦笑する。
 この従兄弟達には自分の考えていることなど全てお見通しなんだと改めて思い知らされる思いだ。
 
 部屋を出ると、廊下に一足早く出た二人の少女にアイリスは目をとめた。
 ほとんどが自分より年上の少女達の中、どちらかと言えば近い年齢に見える二人。
 一人はあの王妃の妹だ。
 上座の席の自分とは対極にあるほどの末席に座っていたせいだろうか、今までこの少女が同じダイニングで食事を摂っていることさえ気が付かなかった。
 蜂蜜色の髪を優雅に揺らし、穏かな笑顔でもう一人とのんびりと話をしながら隣室へ向かっている。
 アイリスは足を速めると二人に近づいた。
「素敵な髪ね」
 二人の会話が途切れるのを待ってアイリスは声をかける。
 少女の先ほどサシャと一緒にいた様子が頭の片隅から離れない。
 二人はどんな会話をしていたのだろうかと、そればかりが気になった。
 とはいえ、まさか顔見知りでもないのにいきなりその質問を突きつけるのは気が引けてアイリスは遠まわしに言葉を掛ける。
 その声に驚いたかのように少女たちは足を止めてくれた。
 王妃の妹だということでここにいる誰からも距離を置かれているのだろう。
 その新緑の瞳が不安そうに揺れる。
「わたしもこんな蜂蜜色だったらよかったのに」
 間近で見てもやっぱりものすごくきれいな髪だ。
 まるで子供の頃夢中になっていた絵本の姫君の持ち物のようなその髪に、思わずため息がこぼれる。
 自分の漆黒の髪とは比べようもない。
 そう思いながらも自分の髪と自然に比較して、アイリスは唇の端を噛み締めた。
 見ているだけで自分の髪色が惨めに思えてくる。
「えっと…… 」
 突然話しかけられて少女は戸惑った声をあげた。
 しかも話し掛けられた相手が難しい顔をしているのだから尚更だ。
「あ、アイリスよ。アイリス・ノブフィオーレ」
 我に返るとアイリスは努めて笑みを作る。
「え? もしかして王弟陛下の? 」
 名乗った名前に顔を引きつらせ二人はあわてて膝を折る。
「かしこまらないで、ここでは皆一応平等ですもの」
 本当はあくまでも建前の話で、ここには明らかに階級的に差がある。
 とはいっても自分を取り巻くほとんどがみんな自分より年上で、話が合うとは思えなかった。
 それに対してこの二人なら年も近く気安く会話ができそうな気がした。
 そして、もうひとつ訊きたいことがある。
「ね、さっき第五王子様とご一緒だったでしょ? 何をお話なさっていたの? 」
 食事前のあの光景を思い出し、単刀直入にきいてみた。
「第五王子様? 」
 少女は誰のことかわからないといった風に頭を捻る。
「サシャ様よ」
 もしかして、王子の名前と顔がまだ繋がっていない? 
 アイリスはそう勘ぐりながらきいてみる。
 確かにここに来てから王子たちの正式な紹介は受けていない。
 ただ自分だけは従兄弟同士ということで子供の頃から知っている。
「サシャ様って、王子様だったの? 」
 アレクサンドリーヌは目を見開いた。
「あなた気が付いていないの? 
 ここにデビュタント前だというのにいらっしゃるのは王子様方だけよ」
 紹介は受けていなくても普通に考えればわかるはずだ。
 この少女は本当に王子方に興味がないのか? 
 アイリスは呆れて息を吐く。
 
「そうですね、少し考えればわかりそうなものなのに、わたしったら…… 」
 余程無礼なことをしたとでも思ったのか、アレクサンドリーヌの顔がわずかに青ざめた。
「大丈夫、サシャ様はそういうの気にする方じゃないもの」
 脅かすつもりじゃなかったのだけど、顔色が悪くなるほどおびえるなんて悪いことをしてしまった。
 慰めるように言ってみる。
「それでね、さっき凄く親しそうになさっていたから、どんなお話なさっていたのかなって、ちょっと気になって」
 肝心なことをききたくてアイリスは話を戻した。
「別にたいしたお話は……
 ただ髪を直すのを少し手伝ってくださっただけで…… 」
「やっぱりサシャ様はきれいな色の髪のほうがお好きなんだわ」
 だから髪のきれいな娘に興味があるんだ…… 
 アレクサンドリーヌの言葉にその事実を突きつけられアイリスは肩を落とす。
「や、ただたまたま珍しかっただけとか? ほらここのご令嬢方って皆さんきれいに髪を結っていらっしゃるから」
 アレクサンドリーヌは明らかに狼狽して慌てて言いつくろってくれる。
「わたしの場合はね、一人で結えないって言うか、もてあましているって言うか。
 だから適当にざっとまとめているだけなんだけど、却って目立って、ます? 
 あー、もう…どうしたら…」
 かなり混乱しているみたいで文脈が通っていない。
 その状態に自分自身でもあせっているアレクサンドリーヌがとてもかわいらしく見えた。
 どんな時にも表情や目上に対する態度を崩さないこの場に集まる令嬢とは明らかに育ちが違うのだろう。
 戸惑うその姿はとても生き生きとして見える。
「くすっ」
 つい笑みがこぼれる。
「ね、お友達になって? ここ、お姉さまばかりで話の合う方が少なくて退屈してたの。
 そのまま笑顔で言ってみる。
「わたしでよければ、喜んで! 」
 アレクサンドリーヌは花がほころぶような笑みを浮かべる。
「わたし…… 」
「知ってるわ。アレクサンドリーヌ・トーガス嬢。
 トーガス伯爵様のご令嬢ですわよね? 」
「あの、できたらアネットって呼んでいただけますか? 
 その名前、ここへ来る為だけにもらった名前で慣れなくて…… 」
 少女は恥ずかしそうに言った。
 
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