陽月公奇譚 -女装の俺が、他人のベッドで目覚める理由ー

弥湖 夕來

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終・ただ眠る。

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「いい加減にしておけよ」
 宿屋の食堂で、際限なく食物を口へ運ぶアースを目にヴレィが呆れた声をあげた。
「いいだろ? 
 俺何故か無性に腹減っているんだよ」
 皿の中のものを口に運ぶ事はやめずに、アースはヴレィを不満そうに見た。
「昏倒して、三日も寝ていたんだからな」
 ヴレイが諦めたように大げさなため息をついた。
「な、俺が寝ている間、もしかしてアイツ好き勝手にしてたのか? 」
 その態度に妙なものを感じてアースは突っ込む。
「いや、ただ寝ていただけだ」
「何だよ、それ? 」
「その剣に魔力を吸い尽くされて、アレも動くこともできずにただ寝ていたよ。
 悪さをする以前の話だ」
「本当だろうな? 」
 アースはヴレイの顔を胡散臭そうに覗き込む。
「嘘を言ってどうなる? 」
「あんたと、アイツ。俺に内緒で何かするなんてこといつもだろ? 」
 その言葉にヴレイは黙り込んだ。
「それで、魔剣ってなんだよ? 」
 テーブルの端に立てかけた剣に視線を向けアースは訊く。
「ひと言でいってしまえば、妖魔がとりついた剣だ」
「妖魔って人や生き物だけじゃなく、物にも取り付くのか? 」
 初耳だとばかりにアースは首を傾げた。
「まぁ、稀なケースだがな。
 何かの拍子にたまたま生き物ではなく物に宿ってしまう妖魔がいる」
「妖魔だから剣なのに人の生気を吸い取ったのかよ? 」
「ああ、元々妖魔は生気を求めて生き物に憑くものだからな。
 物に宿ってもその本質は変わらない。
 武器に宿った妖魔は貪欲に相手の生気を吸い取って己の糧にする。
 だから、攻撃の対象が人だろうと、神だろうと、妖魔だろうとお構いなしに切ることができるのだが。
 厄介なことに、切るものがなくなった時点で使い手の生気をも奪いに掛かる。
 悪かったな、まさかルナが持ち込んだものがそんな物騒なものだとは気がつかないで」
 珍しくヴレイが小さく頭を下げた。
「あいつも、とんでもない物持ち込んだよな? 」
 呆れたようにいいながら、アースは手にしたパンを口の中に押し込む。
「相当体力つけておかないと使いこなせないけど、ま、ないよりはマシだし。
 他にいいものが手に入るまではこれで我慢するぜ」
 更に肉の更に手を伸ばしながら言う。
「いいのか? 」
 その様子にヴレイは目を細めた。
「何が? 」
「ルナの陰謀かも知れぬぞ? 
 お前と入れ替わるにはお前の気力奪うのが一番早いはずだ」
「仕方ないだろ? 
 どっちみち退魔の機能を持った武器は欠かせないんだからな」
「それもそうだが…… 
 お前普通の剣の方がいいって再三言っていたよな? 」
「それは…… 
 買い言葉というか、気分と言うか…… 」
 ヴレイの言葉にアースは曖昧に答える。
「そうだ、さっきヴレイが宿代の清算に行ってるとき、あの家令のおっさんが挨拶にきた。
 早速祠の修復に掛かったって言ってた。
 これからは例の姫さんに巫女をやってもらうってさ」
「既にあれは消し去った。
 もうあの場所に祠だけ建直しての何の意味もないんだがな」
 ヴレイが渋い表情を浮かべる。
「いいんじゃね? 
 ほら、ヴレイ言ってただろ? 
 この街の人間は祟りそうな死者何でもやたらに神に祀りあげて祠に閉じ込めて、そのままにしていたって。
 これに懲りて、無闇にそう言うことしなくなるだろ? 
 象徴となる巫女がいれば尚更気をつけるだろう」
「そうだ。これ」
 ごそごそとポケットの中をまさぐり、アースは小さな指輪を引っ張り出した。
「家令のおっさんがくれた。今回の特別手当だとさ。
 アイツに渡してくれ。
 だいじなアイテムつかっちまったからな」
 ヴレイの前にそれを突きつける。
「お前それ、受け取ったのか…… 」
 どう見ても高価な青い光を放つ宝石をヴレイは困惑気味に見つめている。
「あんたがどうしても受け取らないからって俺が預かった」
「当たり前だ。
 きちんと報酬は貰っているんだ」
 少し腹を立てたようにヴレイは言う。
「だから、これは俺やあんたの報酬じゃなくて、アイツに。
 アイツが持ち込んだこれがなかったら、今回は命なかったかも知れないんだぜ? 」
「ん…… 、まぁ、そうだが」
 バツが悪いかのようにヴレイは視線を泳がせた。
 その間にアースは最後のパンを口に放り込む。
 ついで勢い良く立ち上がった。
 椅子が軽やかな音をたてる。
「いこうぜ。
 今度はネズミと妙な奇獣のいない町だといいな」
 ヴレイが追いかける間もなくアースは店を飛び出していた。
 






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