陽月公奇譚 -女装の俺が、他人のベッドで目覚める理由ー

弥湖 夕來

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3・一振りの剣を手に

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「ああ、なんだかわかんないけど…… 」
 言われるままに剣を構えると、アースはヴレイの言う奇獣の目を探す。
『何故ダ? ナゼオマエガフタリニ…… 』
 ひるんだ一瞬に二人になったアースの姿に鬼獣は戸惑いを隠せずうろたえる。
「そんなの、どうだっていいんだよっ! 」
 叫びながら薙ぎ払ったアースの持つ剣は、ヴレイの言う奇獣の目を確実に切り払う。
『ナ…… ワレ…… ナ、ゼ…… 
 コノ、ラミ…… マツ、マ…… 』
 地面に転がると同時に朽ちはじめる奇獣の首から洩れる怨みの篭ったかすかな声。
「残念だったな。
 欲をかいてアイツの魔力なんか欲しがるからだ。
 欲さえかかなきゃ、これまでどおりちまちまと領主相手に嫌がらせできたのにな。
 それこそ、末代。未来永劫まで」
 崩れ去って行く奇獣を目にアースは呟いた。
『オノレェェエエ! 』
 その言葉に更に怨みを増大させたのだろう。
 もはや原型をとどめていない朽ちた奇獣の身体の一部がアースに向かって飛びついてくる。
 すかさず振り払う刃に両断され、それは再び地面に転がった。
 アースはそれにもう二度三度と剣をつきたてる。
『オボエ、オレ…… 
 コ、ウラ、イッ…… 」
 ほとんど聞き取れない呟きと共にそれは灰燼と化し吹き渡った風に散り消えた。
 同時にアースの身体が解け出す。
 奇獣と同じように霧散して空気に溶け、手にしていた剣が主を失い、鈍い音と共に地面に転がり落ちた。
「さすが、木の実の力では一瞬だったな」
 ヴレイは安堵の息をもらす。
「今の、何だ? 」
 ヴレイの腕の中で、戻ってきた感覚を確かめるように何度となく掌を握りこみ放してはしながらアースは訊く。
 確かに今、自分の躯はここにあるのに、奇獣を切るあの一瞬。
 別の場所に別の肉体でいた。
 気のせいかと思われるが、確かに奇獣を切り裂いた手ごたえははっきりと残っている。
「『移し身の木の実』というのを聞いたことはないか? 」
 鬼獣の問いに答えるようにヴレイが言う。
「確か、昔話だか御伽噺にあったよな。
 そのものの持つ魔力と魂を移すことのできるアイテム。
 移された物はその姿まで当人のものと同じく変化させるとか、なんとか? 
 でもアレ単なる昔話だろ? 」
「そうでもないぞ。
 数は少ないが今でも実在している。
 発動する呪文を唱えられる者がいなくなって、使われなくなっただけの話だ」
「な、る…… 」
 話の途中でアースの意識は遠ざかって行く。
「大丈夫か? 」
 慌てた様子でヴレイが訊いて来る。
「ああ、あの剣…… 
 俺とアイツの魔力だけじゃなくて、木の実の魔力まで吸い取ったみた…… 」
 ヴレィの腕の中で力なくアースは言うとそのまま力なく崩れ落ちた。
 
 
 陽の光の象徴のようなアースの金の髪が色を失い、窓から入って来た月光の色を映したような銀色に輝きだす。
 無駄な肉のない引き締まった手足はふっくらと丸みを帯び、しなやかさを増す。
「な…… 月もでないうちに何故?」
 腕の中のアースの唐突な変化にヴレィは戸惑ったような声をあげた。
 まだ何か残っているのかと素早く周囲へ視線を動かした。
 その間にもアースの姿は年若い青年のものから少女のものへと形を変える。
「なんでもないわ」
 ヴレィの腕の中で少女が囁く。
「心配しないで。あまりの体力の消耗でわたしとアースの力の均衡が崩れただけ。
 暫く休めば元に戻るから…… 
 せっかく昼間にこうしてでてこられたのに駄目ね。
 これじゃ動くこともできないみたい」
 少女はヴレィの胸に力なくすがりつく。
「あの剣、とんでもない物だぞ。
 お前、何を考えた? 」
 胸の中の少女の耳へヴレィは囁いた。
「莫迦ね、ヴレイが今思ったことなんて考えていないわよ。
 ただならぬ剣だと思ったけど、まさかここまで生気を吸いつくすなんて予想外だったもの。
 今の状態でアースが消えたらわたしも消えてしまうでしょ? 」
 少女はかすかに笑顔を浮かべる。
「おい? 」
「あの莫迦。限界って物を知らないんだから…… 
 わたしの分の体力位温存しておきなさいっての。
 後でわたしがそう言っていたって、つたえてね」
 少女は弱々しい声で言った。
 アースと同じくそのまま力なくうなだれた少女の身体を、ヴレイは抱き上げる。
 闇に覆われた空からにわかに光が溢れ出す。
 見上げると、空を埋め尽くした黒い鳥達がいずこへともなく飛び去って行くところだった。
 都市を覆っていた瘴気が、光と空気に浄化され薄くなって消えて行く。
 都市を吹き抜けた一陣の風は全てを浄化していった。

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