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3・一振りの剣を手に
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しおりを挟む「おい、アース。
大丈夫か? 」
どこか遠いところでヴレイが呼んでいるような気がした。
「まさか、魔剣か? 」
耳もとでヴレイの慌てた声が聞こえた。
「な、ん……
それ」
ほとんど見えない視力でヴレイの顔を捜しながらアースはかすかに呟く。
「まずいな、早くそれを放せ。
でないと生気を食い尽くされる」
「それが、放れないんだ。
なんだかくっついたみたいで…… 」
ヴレイは呟くアースの手から剣を引き離そうとしてくれているようだ。
握り締められた指に掛かる手が暖かい。
「なんだって? 」
よほど切羽詰った理由でもあるのか、ヴレイの顔が少し青ざめたように見えた。
「とりあえずもう切るものはないから、俺も放してもいいと思うんだけどな」
『ソウ、カ、ナ? 』
突然ヴレイの背後で何かが蠢くと恐ろしいほどの殺気が圧し掛かってくる。
「なんだって、そんなにしぶといんだよ。
いい加減にくたばれっつの! 」
アースは力を振り絞ると剣を手にしたまま飛び起きた。
「よせっ! アース。
それ以上は不味い、お前はもう限界の筈だ! 」
引き止めるヴレイの強い声が耳に響く。
「まだ、大丈夫だ。
限界かどうかは、これ終わらせたらゆっくり考える。
どっちみち、この剣でないとこいつ倒せそうにないしな。
剣技のセンス皆無のあんたには、絶対無理な話しだし」
僅かにヴレイに視線を送った後、アースは奇獣を睨んで両足を踏ん張る。
少しでも気を抜いたらそのまま後ろに倒れてしまいそうだ。
握り締めた剣の柄を伝って自分の血液が鼓動と共に刀身に流れ込んでいくような感覚。
ヴレイが言う『生気を喰われる』ということなのだろう。
「待てよ。
喰いたきゃ後でいくらでもくれてやる、だけど今じゃない」
剣に言い聞かせるようにアースは呟く。
幸い奇獣の方も限界まで傷つけられ、かろうじて動いているに過ぎないのか、伝わってくるのは殺気ばかりで攻撃はまだ仕掛けてこない。
だからといって油断は厳禁だ。
地面にでも身を潜めたのか、倒れた骸は身動き一つしないが、どこかでその破片がこちらの様子を探っている。
気を抜いたりしたら一気に襲われるだろう。
とにかく最後の息の根まで確実に止めてしまわなければならない。
既に立ち尽くすことで精一杯で、あげる力すらなくなった左手が腰の何かに触れた。
「熱っ…… 」
痛いほどの熱にアースは反射的に手を跳ね上げ、腰に下げた小さな皮袋に視線を送る。
強い光が皮の縫い目からこぼれていた。
「なんだ? 」
何か惹き付けられるような光にアースは袋の中身を握りだす。
開いた掌の上に子供の玩具のような細々としたものが数個転がった。
安っぽい指輪に、透き通った小石数個。
赤子の掌程の手鏡に壊れかけたブローチ。
何かの留め金に、妙な植物の種。
そのどれもがアースの記憶にはなく、どうしてこんな物を持っているのかさえわからない。
ただ、その中に紛れた小さな木の実が自ら光を発し、輝いている。
「これ、この間アイツが持ってきた奴だよな? 」
アースはそれを摘み上げた。
摘めないわけではないが焼けるほどに熱い、妙な熱が指先を通して前身に伝わる。
「まさか『移し身の木の実』? 」
ヴレイが首を捻る。
「これがなんだかわかるのか? 」
「ああ、ひょっとしたら使えるかも知れない」
「こんな物がか? 」
「アース、お前あと一撃。
一度であれを仕留める自信はあるか? 」
見えない敵の姿を探るようにヴレイは目を細める。
「やれって言うんなら、やってやるよ」
アースは小さく呟いた。
「いいか、一度きりだ」
手を伸ばしアースの掴んでいた木の実を取り上げると、ヴレイは自分の掌の上にそっと置く。
そしてそれを睨み付け、何かの言葉を唱え始めた。
いつも妖魔と対峙している時に唱えるのとは全く別の、妙に優しい響きを持つ音がその口から紡がれる。
『ナンダ? ソノマノヌケタオトハ。
ソノマリョク、トモドモ、ワレノカテニナレ…… 』
何処からともなく奇獣の唸る声がする。
明らかに強さを増した殺気に振り返ると、先ほど地面に転がったはずの奇獣の骸が中途半端な再生を済ませ、その爪を二人に向かって振り下ろそうとしていた。
「ヴレイ! 」
アースが詠唱の途中のヴレイの前に立ちはだかった。
瞬間、ヴレイの掌木の実が強い光を発する。
全てを焼き尽くすかのようなあまりに強い光が周囲を白く染めた。
『ウグ、ゥ』
目を焼かれ視界を潰されて奇獣はあとずさる。
その光が徐々に収まるのと同時に、身体の中の何かが、すぅっとどこかへ移動するような妙な感覚に囚われた。
「後は任せとけ」
言葉と共に何者かがアースが握り締めた剣を取り上げる。
「な…… 」
先ほどヴレイが引き離そうでとしてできなかったほどしっかりと掌に張り付いていた剣は、以外にもあっさりとその人物の手に移行する。
何故かはわからないが、白く染まったアースの視界の端に、ぼんやりと同じ自分の顔がある。
「いいか。
あの右端にある小さな目だ。
あれを砕け」
先ほどとは違う位置からするヴレイの声に顔を向ける。
力なくその場に崩れ落ちたアースの躯を支えたヴレイの姿がある。
「何だよ? どうなって、
なんで、俺? 」
その光景を飲み込むことができずにアースは自分の掌とヴレイの腕の中の人影を見比べた。
「その身体の方が楽だろう?
ぼやぼやしている暇はない。
説明なら後でゆっくりしてやる。
とにかく、あれを壊して来い! 」
ヴレイが叫ぶ。
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