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3・一振りの剣を手に
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しおりを挟む「ウ、グゥ…… ぺッ! 」
妙なくごもった声と共にアースはその口の中から吐き出された。
身体に圧し掛かった重みが消え、地面に転がされるのを感じる。
とりあえず、動かない躯を強引に動かし奇獣との間合いを取る。
べったりと顔に張り付いた奇獣の体液を拭いかろうじて視覚を取り戻す。
半ば閉じかけた奇獣の口からは大量の体液が止ることなく流れ落ちる。
舌が千切れ口の中から腐り落ち、大地に転がると、見る間に朽ちる。
「おい、ヴレイこいつに何か仕掛けたのか? 」
アースは目をしばたかせその様子を注意深く見据えた。
「いや、何もしていないが? 」
「どうなってるんだよ?
今まで切っても切っても再生してたんだぜ、これ。
それが切るそばから腐り落ちるって、あんたが何かした以外に考えられないだろ! 」
叫んだ途端、握っていた剣が鼓動を打つ。
「何だ? 」
その異変を感じ、アースは手にした剣を改めて見つめる。
今まで持っていた物よりは一回りだけ大きなことを除けば別に何の変哲もないただの剣に見えた。
ただ見えない何か不思議な力が表面を覆っているような感覚に囚われた。
「これ、生きているのか? 」
明らかに人と同じように脈打つ鼓動が握り締めた柄から伝わってくる。
それは徐々に大きくなりアースの鼓動と重なった。
視界が歪む。
「アイツ、こんなもの何処で見つけてきたんだよ? 」
明らかにただの物ではない事を確信してアースは呟いた。
「さてな。
魔道具は扱う適正を持った物と引き合うものだ。
街を彷徨っているうちにそれの持つ魔力に引き寄せられたのだろう」
特別驚く様子もなく、ヴレイは言う。
「に、したってここまで大振りの剣じゃアイツの手には余るんじゃないのか? 」
剣はアースの手をもっても振り上げるのに相当の力を必要とするほどの重さを有していた。
「まだ、わからないのか? 」
「何が? 」
「それはお前のためにルナが用意したものだ。
先日お前の剣を売ることになってしまったのをあれで結構気にしていたんだぞ」
「アイツが?
そんなことあるわけ…… 」
「おい、前! 」
言いかけたアースの言葉はヴレイの叫び声にかき消された。
何時の間にか背後に回りこんでいた奇獣が唸り声と共に襲い掛かってきた。
喉の奥を切り裂かれたせいか首が半分腐り落ちた状態の奇獣が他の頭の口を一斉に開いて牙をむく。
咄嗟にアースは握り締めていた剣でなぎ払う。
いくつかの頭が地面に転がり落ちると同時に朽ち、土くれとなって崩れ落ちる。
「なんだかわからないけど、使えるみたいだな」
アースは改めて剣を握りなおした。
「切れるとわかればこっちのもんだ! 」
何時の間にか全く重みを感じなくなった刀身を頭上に振り上げる。
刃はまるでアースの身体の一部と化したように思いのまま、軽々と空を舞った。
『ソノ程度ノ物ワレニハキカヌハ! 』
言葉とは裏腹に奇獣はアースとの距離を取る。
頭部の切り落とされた頭部からはとめどなく赤黒い体液が流れ落ち、その瘴気が傷を蝕んでいるかのように、傷口が更に広がって行く。
「効くか、効かないかっていうのはな、切ってみてから言うもんだぜ! 」
アースは両手で握りしめた柄に力を込めると、正面に奇獣を見据え、思いっきり大地を蹴る。
そのまま奇獣の肩口から腰にかけて、一直線に剣を振り下ろした。
ずるり。
重たげな音をたてて奇獣の肩と頭が胴から滑り落ちた。
ぼたぼたとこぼれる体液の発する瘴気がまた色濃く周囲に広がる。
『何故ダ? ドウシテ傷ガフサガラ、ヌ……
オノレッ!!! 』
欠けた頭がもどらぬ事に不満を抱えたように奇獣が呟く。
『モット、チカラヲホジュウシナケ、レ、バ…… 』
呟いた奇獣の目がアースを見据えた。
『ソノ、マリョ、ク……
ソックリ、ワ、レニ、ヨコセェェエエエエエ! 」
叫び声と共に奇獣はまたしても身体中の口と言う口を限界まで開きアースに襲い掛かってきた。
「な? ヴレイ。
普通の妖魔だったらメインの頭切り落とされたらそれまでじゃなかったっけ? 」
素早く身を捻りその牙を交わしながらアースは訊く。
次いで体制を立て直すと、もう一度奇獣を見据え、今度は腰の辺りを水平に一気になぎ払う。
上半身が地面に転がり、ヒクヒクと痙攣を繰り返した後瘴気をあげて崩れはじめる。
その傍らで、残った下半身と思われる部位が、なおも崩れることなく立ちつくす。
僅かに残った触手のような細い頭がむくむくと見る間に膨らんだ。
「んっとに、しぶとい奴! 」
襲いかかられぬ距離まで間を取り、アースはもう一度奇獣を睨んだ。
だが、アースの身体はその意思に反して大きく揺らいだ。
さすがに奇獣の落す体液から発する瘴気は色濃く、ヴレイの浄化が間に合わないらしい。
視界が徐々にかすんでくる。
身体も妙に重い。
いい加減で決着をつけなければこちらがやられる。
『ソロソロ、ゲンカ、イノヨウダ、ナ』
その様子を奇獣は見逃さなかったようだ。
まるで勝算でもいたかのように目を細め、顔を歪める。
「そっちもだろう?
だったら、お互い、さま、だっ! 」
狙いを定めアースは奇獣のうねる小さな頭を交わしその中央へ真直ぐに剣を振り下ろした。
予想以上に重い手ごたえに苦戦しながらも全身の力を込めて刃をその身体に押し込む。
『ンア、ナ、ナニ……
コ。ンナ…… アリ、エ…… 」
何かを呟きながら切り裂かれた奇獣の身体は真っ二つに分かれ地面に倒れた。
「俺の勝ちだな」
呟いてアースは見る間に土くれになっていく奇獣の骸を見据える。
その視界がぐらりとひっくり返った。
「な…… 」
冷や汗がどっとにじみ出る。
確かにとどめを刺したと思ったのに甘かったようだ。
生き残った触手のような頭に足を取られた?
地面にひっくり返りながらアースは考える。
握り締めていた剣から激しい鼓動が伝わってくる。
アース自身の鼓動がそれに重なり、鼓動と共に全身の血が握り締めた剣の柄に流れ込んで行くような錯覚に囚われた。
「だめだ、まだ…… 」
まるで力を吸い取られるような感覚に戸惑いながら、アースは呟く。
完全にこいつを消し去るまでは倒れている暇はない。
自分の足を引っ掛けたと思われる奇獣の触手を捜し、剣を振り上げようとした。
しかし、剣を持ち上げることもできずかすみが一段と酷くなった視力では触手を探し当てることもできない。
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