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3・一振りの剣を手に
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「待て、アース! 」
ヴレイの声がそれを止めた。
ゆっくりと奇獣の行方を目で追うと、影は上へ上へと遠ざかって行くがその場を離れては行かない。
その身体から噴出す体液が地面に降り注ぎ、ヴレイの呪文で浄化したはずの大気が再び汚染されて行く。
「まさか、ヴレイの呪文を消してね? 」
「よく見ろ、それだけではないようだ」
促されて上空に視線を向けると、奇獣は速度をつけて結界に体当たりをはじめた。
解けかけている結界とはいえ、災いをなす物は徹底的に拒むようにできているらしい。
体当たりをした奇獣の身体が跳ね返されバランスを崩す。
そのたびに傷口から吹き出したと見える体液が雨のように降ってくる。
「もしかして結界壊して逃げるつもりかよ? 」
諦めることなく何度も体当たりを続ける奇獣を目にアースは呟いた。
その瞬間、バリバリと雷鳴に似た大きな音が上空に響く。
「これって、まずくね? 」
先ほどから見つめていた空を覆う膜に無数の亀裂が入り始めていた。
後数回も攻撃を加えれば、結界はあっさり崩れ落ちるだろうことは容易に想像がついた。
周囲に降り注いだ奇獣の体液が大地と周囲の物の腐敗を促し、溶け落ち、悪臭を放つ。
そのあまりの臭気と広がる瘴気にアースは軽く咳き込んだ。
それを目にヴレイの口から呟かれる呪文がアースの身体を取り囲み浄化する。
「悪い、助かる」
一息ついてアースはヴレイに視線を送る。
軽く頷いてその言葉に答えるヴレイだったが、この状態を何時までも続けさせておくわけには行かない。
ヴレイが浄化した端から降り注ぐ奇獣の体液が再汚染していく。
何処までいっても平行線だ。
むしろ奇獣よりヴレイの体力の方が身体の大きさからいっても先に尽きそうな気がする。
そう思った矢先、大きな雷が落ちたかと思うほどの雷鳴が空気を振るわせる。
慌てて視線を音の響いた上空に向けると小さかった結界の穴が大きく広がっている。
「やばっ…… 」
そこからまるで待っていたように無数の妖魔がなだれ込んでくる。
「ヴレイ、さっき結界の強化頼んでたよな? 」
焦りを隠せずにアースは言う。
「間に合わなかったようだな。
でなければ、術者から何も伝わって居らず手の施しようがなかったか」
「使い物にならなかったってことか」
アースは呆れて息を吐く。
その間にも大きく開いた結界の穴からなだれ込んだ妖魔たちは次々と奇獣と一体化してゆく。
見る間に奇獣の身体は巨大化し、増大する悪意がはっきりと伝わり肌が粟立つ。
奇獣の放つ妖気に引き寄せられているのか、それとも人の耳には聞えない音で呼び寄せているのか、集まってくる妖魔の数は切りがない。
既に相当数の妖魔を奇獣は喰らっているはずなのに、その周辺を取り巻く黒い塊の数は切りがない。
それどころか更に濃さを増しているようだ。
「ヴレイ、これ以上大きくならないうちに何とかするほうがよくね? 」
「ああ、そうだな」
問い掛けられたアースの言葉にヴレイが頷いた。
「んじゃ、行きますか。
あそこまで俺飛ぶのに手を貸してくれ」
地面に両足を踏みしめ、蹴り上げる準備をしてアースはヴレイに言う。
「莫迦言うな」
「まさか、できないとか言わないよな? 」
「その『まさか』だ。
お前自分の体重自覚していないだろう? 」
「いや、自覚してるけど。
あんたの体重の七割ってとこかな」
「そんな重いものこの状態で持ち上げられるか。
しかもあんな上空まで」
「ちっ、仕方ないな。
んじゃ、これだけならいいだろ? 」
アースは手にしていた剣を振り上げる。
「まあ、そのくらいなら何とかなるだろう」
頷いたヴレイにアースは視線を送る。
「いくぜ! 」
掛け声と共にアースは握っていた剣を空に向かって投げ上げた。
アースの指先を離れ宙に舞った剣をすかさずヴレイの呪文が取り巻く。
呪文に引き上げられるようにアースの剣はありえないほどの高さに真直ぐ飛んでゆくと奇獣の片翼を切り落とし、その付け根に突き刺さった。
「ウ、ギギヤァァァァァアアアアアアア!!!! 」
空気を振るわせるほどの大きな悲鳴をあげた後、片翼を失い空に留まるのが不可能になった奇獣はまっさかさまに落ちてくる。
時をおかずに、その身体が地面に叩きつけられた。
鈍い振動と共に周囲の瓦礫が飛び散り、激しい土埃が舞い視界を覆う。
『オノレ…… 』
声を震わせながら、鬼獣はその巨大な身体をゆっくりと動かし立ち上がる。
『ヨクモ我ノカラダヲ傷ツケタナ』
怒りで燃え上がるように光る真紅の瞳をアースに向けると、奇獣は身体中のいたるところから生えている手の一部を動かし、背中に突き刺さった剣を引き抜いた。
傷口からぼたぼたとありえない量の体液が落ち、地面に水溜りを作る。
そこからもまた濃い瘴気が立ち上がる。
それに反して奇獣の傷は瞬く間に塞がり、再び黒い翼が伸び始める。
「な……
冗談だろ? 切れる筈だよな? 」
アースの顔が青ざめた。
『笑止、コノ程度ノモノデ我ヲ倒セルトデモオモッタカ? 』
勝ち誇ったように奇獣の顔が歪む。
引き抜いた剣が無数の腕に取り巻かれたと思ったら、グニャリと歪み次いで甲高い金属音と共に砕け散った。
「……なんて事してくれるんだよ?
それ一本しか持ってないんだからな。
弁償しろよな」
思わずアースは口にする。
『他ニ武器ハ持タヌ、カ』
にたりと奇獣の顔が歪んだ。
「余計なことを…… 」
とでも言いたそうにヴレイが頭を抱え込んで視線を送ってくる。
『チョウドヨイ。細カイ妖魔ヲトリコムノモモウ面倒ニナッタ……
満月ノ魔女ノソノ魔力、クワセテモラオウ! 』
奇獣の持つ頭の全てが大口を開ける。
逃げる間もなく、その中の一番大きな口がアースの躯をくわえ込んだ。
「アイツの魔力だけならいくらでもくれてやってもいいぜ。
だけどな、俺の身体は別だ」
奇獣の口の中で咽の奥に飲み込まれないように四肢を突っ張り必死でアースは抵抗した。
その咽から吐き出される濃い瘴気が、直接アースの口へと入り皮膚を蝕む。
皮膚がひりつき鋭い痛みを伴い、腫れあがった気道に呼吸が止る。
あまりにも強い瘴気はアースの気力をたちまち奪い去った。
それでも、薄れゆく意識の中でアースは奇獣の口の中から逃れようと必死にもがく。
ピシピシと何かが弾けるかすかな音が耳もとで響き、今にも消え去りそうなアースの意識をかろうじて引き止めた。
「受け取れ! 」
声と共に奇獣の口の閉じきっていない隙間からヴレイが剣を投げ入れてくる。
「こ…… れ。
さっき、の」
切れ切れの息の下でアースはその剣を拒絶する。
「この状況で何を言っているんだ? 莫迦かお前は。
一時アイツに躯を乗っ取られるのと、このままこやつに食べられるのとどちらがましか、考えなくてもわかるだろう。
それにルナに乗っ取られるとは限らないんだぞ」
ヴレイに促され、アースは震える手を力なく伸ばし、それを掴み取った。
霞んでしまった視界の中でただ手から伝わる感覚だけで、その柄を握り締める。
背骨を押さえられ躯をあげられない、かろうじて動けるだけの狭い空間で、咽の奥付近と思われる場所へアースは剣を突き立てる。
ヴレイの声がそれを止めた。
ゆっくりと奇獣の行方を目で追うと、影は上へ上へと遠ざかって行くがその場を離れては行かない。
その身体から噴出す体液が地面に降り注ぎ、ヴレイの呪文で浄化したはずの大気が再び汚染されて行く。
「まさか、ヴレイの呪文を消してね? 」
「よく見ろ、それだけではないようだ」
促されて上空に視線を向けると、奇獣は速度をつけて結界に体当たりをはじめた。
解けかけている結界とはいえ、災いをなす物は徹底的に拒むようにできているらしい。
体当たりをした奇獣の身体が跳ね返されバランスを崩す。
そのたびに傷口から吹き出したと見える体液が雨のように降ってくる。
「もしかして結界壊して逃げるつもりかよ? 」
諦めることなく何度も体当たりを続ける奇獣を目にアースは呟いた。
その瞬間、バリバリと雷鳴に似た大きな音が上空に響く。
「これって、まずくね? 」
先ほどから見つめていた空を覆う膜に無数の亀裂が入り始めていた。
後数回も攻撃を加えれば、結界はあっさり崩れ落ちるだろうことは容易に想像がついた。
周囲に降り注いだ奇獣の体液が大地と周囲の物の腐敗を促し、溶け落ち、悪臭を放つ。
そのあまりの臭気と広がる瘴気にアースは軽く咳き込んだ。
それを目にヴレイの口から呟かれる呪文がアースの身体を取り囲み浄化する。
「悪い、助かる」
一息ついてアースはヴレイに視線を送る。
軽く頷いてその言葉に答えるヴレイだったが、この状態を何時までも続けさせておくわけには行かない。
ヴレイが浄化した端から降り注ぐ奇獣の体液が再汚染していく。
何処までいっても平行線だ。
むしろ奇獣よりヴレイの体力の方が身体の大きさからいっても先に尽きそうな気がする。
そう思った矢先、大きな雷が落ちたかと思うほどの雷鳴が空気を振るわせる。
慌てて視線を音の響いた上空に向けると小さかった結界の穴が大きく広がっている。
「やばっ…… 」
そこからまるで待っていたように無数の妖魔がなだれ込んでくる。
「ヴレイ、さっき結界の強化頼んでたよな? 」
焦りを隠せずにアースは言う。
「間に合わなかったようだな。
でなければ、術者から何も伝わって居らず手の施しようがなかったか」
「使い物にならなかったってことか」
アースは呆れて息を吐く。
その間にも大きく開いた結界の穴からなだれ込んだ妖魔たちは次々と奇獣と一体化してゆく。
見る間に奇獣の身体は巨大化し、増大する悪意がはっきりと伝わり肌が粟立つ。
奇獣の放つ妖気に引き寄せられているのか、それとも人の耳には聞えない音で呼び寄せているのか、集まってくる妖魔の数は切りがない。
既に相当数の妖魔を奇獣は喰らっているはずなのに、その周辺を取り巻く黒い塊の数は切りがない。
それどころか更に濃さを増しているようだ。
「ヴレイ、これ以上大きくならないうちに何とかするほうがよくね? 」
「ああ、そうだな」
問い掛けられたアースの言葉にヴレイが頷いた。
「んじゃ、行きますか。
あそこまで俺飛ぶのに手を貸してくれ」
地面に両足を踏みしめ、蹴り上げる準備をしてアースはヴレイに言う。
「莫迦言うな」
「まさか、できないとか言わないよな? 」
「その『まさか』だ。
お前自分の体重自覚していないだろう? 」
「いや、自覚してるけど。
あんたの体重の七割ってとこかな」
「そんな重いものこの状態で持ち上げられるか。
しかもあんな上空まで」
「ちっ、仕方ないな。
んじゃ、これだけならいいだろ? 」
アースは手にしていた剣を振り上げる。
「まあ、そのくらいなら何とかなるだろう」
頷いたヴレイにアースは視線を送る。
「いくぜ! 」
掛け声と共にアースは握っていた剣を空に向かって投げ上げた。
アースの指先を離れ宙に舞った剣をすかさずヴレイの呪文が取り巻く。
呪文に引き上げられるようにアースの剣はありえないほどの高さに真直ぐ飛んでゆくと奇獣の片翼を切り落とし、その付け根に突き刺さった。
「ウ、ギギヤァァァァァアアアアアアア!!!! 」
空気を振るわせるほどの大きな悲鳴をあげた後、片翼を失い空に留まるのが不可能になった奇獣はまっさかさまに落ちてくる。
時をおかずに、その身体が地面に叩きつけられた。
鈍い振動と共に周囲の瓦礫が飛び散り、激しい土埃が舞い視界を覆う。
『オノレ…… 』
声を震わせながら、鬼獣はその巨大な身体をゆっくりと動かし立ち上がる。
『ヨクモ我ノカラダヲ傷ツケタナ』
怒りで燃え上がるように光る真紅の瞳をアースに向けると、奇獣は身体中のいたるところから生えている手の一部を動かし、背中に突き刺さった剣を引き抜いた。
傷口からぼたぼたとありえない量の体液が落ち、地面に水溜りを作る。
そこからもまた濃い瘴気が立ち上がる。
それに反して奇獣の傷は瞬く間に塞がり、再び黒い翼が伸び始める。
「な……
冗談だろ? 切れる筈だよな? 」
アースの顔が青ざめた。
『笑止、コノ程度ノモノデ我ヲ倒セルトデモオモッタカ? 』
勝ち誇ったように奇獣の顔が歪む。
引き抜いた剣が無数の腕に取り巻かれたと思ったら、グニャリと歪み次いで甲高い金属音と共に砕け散った。
「……なんて事してくれるんだよ?
それ一本しか持ってないんだからな。
弁償しろよな」
思わずアースは口にする。
『他ニ武器ハ持タヌ、カ』
にたりと奇獣の顔が歪んだ。
「余計なことを…… 」
とでも言いたそうにヴレイが頭を抱え込んで視線を送ってくる。
『チョウドヨイ。細カイ妖魔ヲトリコムノモモウ面倒ニナッタ……
満月ノ魔女ノソノ魔力、クワセテモラオウ! 』
奇獣の持つ頭の全てが大口を開ける。
逃げる間もなく、その中の一番大きな口がアースの躯をくわえ込んだ。
「アイツの魔力だけならいくらでもくれてやってもいいぜ。
だけどな、俺の身体は別だ」
奇獣の口の中で咽の奥に飲み込まれないように四肢を突っ張り必死でアースは抵抗した。
その咽から吐き出される濃い瘴気が、直接アースの口へと入り皮膚を蝕む。
皮膚がひりつき鋭い痛みを伴い、腫れあがった気道に呼吸が止る。
あまりにも強い瘴気はアースの気力をたちまち奪い去った。
それでも、薄れゆく意識の中でアースは奇獣の口の中から逃れようと必死にもがく。
ピシピシと何かが弾けるかすかな音が耳もとで響き、今にも消え去りそうなアースの意識をかろうじて引き止めた。
「受け取れ! 」
声と共に奇獣の口の閉じきっていない隙間からヴレイが剣を投げ入れてくる。
「こ…… れ。
さっき、の」
切れ切れの息の下でアースはその剣を拒絶する。
「この状況で何を言っているんだ? 莫迦かお前は。
一時アイツに躯を乗っ取られるのと、このままこやつに食べられるのとどちらがましか、考えなくてもわかるだろう。
それにルナに乗っ取られるとは限らないんだぞ」
ヴレイに促され、アースは震える手を力なく伸ばし、それを掴み取った。
霞んでしまった視界の中でただ手から伝わる感覚だけで、その柄を握り締める。
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