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3・一振りの剣を手に
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しおりを挟む視覚化した言葉が鎖に姿を変え、獣の周囲を取り巻きだした。
普段ヴレイが作り出す鎖より優に五倍はあろうかと言うその太さで、ヴレイがこの獣の力をどのくらいと見ているかがわかる。
相手が気付き逃げる間も与えずに、声の鎖はその躯を締め上げた。
「一つ訊いていいか? 」
戒めから逃れようと激しく身をよじり、ついでに獲物をも捕らえようと貪欲に伸びてくる獣の鈎爪を交わしつつアースは言う。
「何だ? 」
魔力の鎖を紡ぎだす言葉の合間にヴレイが言う。
「なんで昨日の内に始末しとかなかったんだよ?
夕べならこんなにでかくなってなかったんじゃないのか? 」
複数ある獣の頭を一つ切り落としてアースは刀身に滴る血を振り落とす。
「私とルナでか?
無理だな。
お前のその剣我々では使えないことは承知だろう?
それにお前のその剣でも人と魔の融合が中途半端では切れまい? 」
「だから、やっぱり。
精神体しか切れないこれ売り払って、普通の剣残しておくべきだったんだよ。
売るとき俺、そう言ったよな? 」
「ただの剣ならいつでも手に入る」
「入らなかったからこんなことになっているんだろ? 」
アースはあきれ返った声をあげた。
「では、食用以外の目的で猪一頭、仕留めるのを嫌がるお前に、まだ人の姿を残したものが切れるとでも? 」
ヴレイはアースを睨みつけた。
「悪かったな、ヘタレで。
じゃ、なくて。
そもそも俺が言っているのは。
あのねーちゃんと祟神だっけか? 融合する前に何とかならなかったのかって話」
「無理を言うな。
私があの場に飛び込んだときにはもう、事が済んだ後だ。
それを言うなら、お前が何とかするべきではなかったのか? 」
「俺?
いや、その時その場にいたのってアイツのほうだぜ。
それを言うならアイツに言えよ」
ヴレイの言葉に腹を立てアースは声を張り上げながら身を交わす。
「ちっ……
このサイズのヴレイの呪文に縛られてまだ動けるってどういうことだ? 」
呟いたアースの言葉はヴレイの耳には届かなかったようだ。
「それに昨日の時点ではこれはまだ神だった。
私の呪力が神には効かぬことはお前が一番良く知っているはずだ」
「神?
こいつがか? 」
どう見ても神々しさの全くないただの醜悪な生き物を前にアースは大げさに声を上げた。
「じゃぁあの時、あの女が『我が君』とか何とかって崇高な呼び方していたのって間違えじゃなかったってことかよ」
「……もっとも、既に祟神に成り果ててはいたがな。
神として祀られ、それっきり奉られなくなって時が経ち過ぎていた」
「じゃぁ、あの女がこんな姿になったのって、とり憑いたのが妖魔じゃなかったからか?
神だったら人間になんか憑く必要ないだろ? 」
「そうでもないさ。
これは神として祀られた時点でその祠に縛り付けられているからな。
自由に動ける躯を欲しった。
ところが祀った術者の戒めで特定の条件の体にしか宿ることができなかった」
「それで、俺に目をつけたってか」
「ああ、全くの見込み違いだったようだがな。
降りてきたのはいいが入れる躯を見失い、手近にあった人の体に潜り込んだ。
そこまでは良かったが、普通の人間ではその強大すぎる力を納めておくことができなかった結果が、これだ」
ヴレイは化け物に目を向けた。
その視線を受け、化け物の躯を取り巻く太い鎖が更に引き締まる。
身体が変形するほどに食い込んだそれから逃れようとして、それは激しく身体をくねらせのた打ち回る。
切り落とされた首は何時の間にか修復していた。
「っ…… 切りがねぇ! 」
「やはり効かぬようだな」
二人して声をあげる。
「やっぱりってなんだよ? 」
「いっただろう、私の呪術は神には効かぬと。
こんな状態でもやはり神は神ということだ」
いっている間にも、ヴレイの発した呪文の鎖が解け部分的に消えかかる。
「あれだろ?
これを神として祀った術者か、怨みの対象者でないと押さえられないってやつ。
どうせ今からそれを捜すとか何とか悠長なこと言い出すんだろ。
そんなの待っていられるかよ。
構わないから、一気に消しちまおうぜ」
鼻先を掠めた化け物の頭の一部をすかさず切り落とす。
ほとばしる血液と同時に血肉の腐敗臭が辺りに広がる。
「だいたい、封じるなんて生ぬるいことやってるから、こんなことになるんじゃね? 」
「また無謀な事を言う。
消し去ることができぬから封じておいたのだ」
「封じることができるって言うことは、やり方を変えれば消せるって事だろ」
再び顔面を掠める魔物の鼻先を交わすとアースはそれに足を掛け跳び上がる。
別の頭を踏みつけ、更に襲い掛かってくる別の頭を切り落とした。
「……私の力は充てにはできぬぞ」
言い置いて、ヴレイは大きく息を吸い込む。
ついで再び呪文を唱えだす。
深い響きをもってその口から紡ぎだされるのは神々の力を秘めた太古の言葉。
声は中空で文字となり視覚化し、舞い散るように広がると、金色の光を放って大気に溶ける。
魔物の吐き出す瘴気と集められた妖魔で闇と染まった毒気を含んだ空気が僅かではあるが浄化して薄まって行く。
『ナ…… 、ドウシテ我ノ力ガ…… 』
色濃い瘴気が薄まると同時に、それまでアースのどんな攻撃をも受け付けなかった魔物が、悶え声をあげた。
「どうだ?
ヴレイがめったに使わない浄化の呪文。
あんたの餌になっている低級片っ端から浄化されるんだから、もうこれ以上妖力を取り込むことはできないぜ」
いいながらアースは両手で握り締めた剣を頭上に振り上げた。
次いでそれを渾身の力を込めて振り下ろす。
「ぎゃぁああああああああああああ! 」
空気を振るわせるほどの大きな悲鳴と共に頭の一つが地面に転がり落ちる。
先ほどまですぐに再生をはじめたそれは、腐臭を撒き散らす体液を滴らせたままとなった。
『オノレ…… 』
怯むことなく襲い掛かってきたそれは初めて後ずさりアースとの距離を取る。
対峙する者を睨みつけたその目には新たな怨みが宿っていた。
何かが起こる。
そう判断してアースは身構える。
そのアースの目の前で突然奇獣の背中が裂ける。
奇獣の撒き散らす腐臭が濃度を増し、アースは反射的に呼吸を止める。
その僅かな間に奇獣の裂けた背中から一対の腕が伸び、身体との間に膜が張る。
それが翼だと認識する前に奇獣は地面を蹴った。
振り下ろされた翼で煽られた風に地面の土が舞い視界を奪う。
空いたままになった傷口から滴り落ちる体液が雨のように降り注ぎ、地面を濡らす。
「ヴレイ、逃げるつもりだ! 」
上空に徐々に遠く小さくなるその影を目で追いながらアースは駆け出そうとした。
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