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3・一振りの剣を手に
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しおりを挟むぱしんっ、バリバリバリバリ……
直後アースの躯の周辺で何かが砕けかすかなきらめきと共にはじける。
「ぅぎゃぁあああああああああ!!!!!!!!」
その途端、突然耳を劈くほどの大きな悲鳴をあげ、それは押さえつけていたアースの躯を放し距離を取る。
「莫迦だろ、あんた? 」
ようやく自由になった躯を素早く起こし、剣帯に下がった剣を抜きながらアースはそれを見据える。
「よく見ろよ。
まさかこれに気がつかないで俺に噛み付いた訳じゃないよな? 」
言葉と共に銀の糸が浮かび上がりアースの躯を取り巻いてきらめく。
「馬鹿な、人間個人の周囲に結界が張ってあっただと? 」
牙をむき出して女は唸った。
「悪い。
俺ってさぁ、なんだか知らないけど、よっぽど美味そうに見えるみたいなんだよな。
だからあんたに限らず『喰いたい』って奴が多くてさ。
こうでもしないと、安心して世の中歩かせられないんだとさ。
ま、今回はアイツ俺にもわからないように限界まで魔力の匂い消してたし、俺が極限状態になるまで発動しない奴だったから、あんた気がつかなくても無理はないけどな」
「おい、アース。
まさかアレの記憶があるのか? 」
アースの言葉にヴレイが突然訊いてくる。
「まさか。
でも、俺だけにかも知れないけど、どんなに魔力の気配を消したって見えてんだよなこの髪。
アイツどっか抜けてね? 」
惚けた声で言いながらアースはヴレイの背後に回り背をつけた。
「さて、と。
はじめようぜ」
手にした剣を握り締め、女を見据える。
「おのれ。
おとなしく魔力だけ渡せばいいものを…… 」
唸り声と共に女は急激に姿を変える。
白い髪が全身を覆い鱗と化し、腹と伸びた尾が地面を這い鋭い爪を擁した四肢がそれを支える。
半開きになった長い鼻面の口元から覗く牙が唾液を滴らせ、その間で赤いひょろ長い舌がちろちろと蠢く。
『ナラバ、ソノ肉体共々全テヲ喰ラッテヤロウ! 』
人の姿は痕跡も残さず醜悪で奇妙な獣の姿のそれは、言葉すらも人の物とはかけ離れてしまっている。
ただ、ヴレイの使う呪文に近い太古の言葉に似ていたため、かろうじてその意味がわかる。
「ヤダね。
あいにくだけど、俺まだ人生四分の一くらいしか生きてないんだ。
この世に未練なら、たっぷりあるんだよ。
俺だけならともかく、アイツは尚更な。
もしここで俺がアンタに殺されでもしたら、死んでも恨まれる。
それだけは遠慮しとく」
今にも飛び掛って来そうに身構えるその獣から距離をとりながらアースは言う。
『ソノ心配ナラシナクテイイ。
ナゼナラ、オマエノ魂ゴトクラッテヤルノダカラナ』
怒りからだろうか、それは更に姿を変えてゆく。
一つだった頭が四つに裂け、それぞれが牙をむく。
白い被毛は鱗と変わり四肢が際限なく伸び蛇のように蠢く。
背中からは同じように細い蛇のようなものが生え、自らが意思を持っているかのように思い思いに動く。
躯全体に無数の目のようなものが浮かび瞬きする。
更に大きくなった巨体の一部が腐り、悪臭を放ちながら解け落ちた。
周囲に渦巻く瘴気にその悪臭が混じって呼吸するのも困難なほどだ。
何時からかグレイが時々唱えている浄化の呪文の効果がなければ、とっくに窒息していそうだ。
「なんか凄いことになってないか? 」
口元を押さえながらアースはその醜悪なものに視線を向けた。
「こいつ、気持ち悪すぎだろ?
一つだって見たくない頭が四つってなんだよ?
てか、あの綺麗過ぎるねーちゃんがどうしてこうなるんだ?
詐欺だろ。
妖魔ってのはさ、普通人間の中に紛れるために人間の体を欲しがるもんだろ?
ここまでになるともう人間なんて物通り過ぎてるだろ」
「いや、昨日の時点で既に人ではなくなっていたぞ。
これほど酷くなく多少は見られる姿をしていたが。
違っているところといえば、取り込んだ妖魔や祟神の数だけ頭が増えたというところか。
惜しいことを、自慢の美貌が台無しだ」
ヴレイは何でもないことのように言う。
「いいのかよ?
そんなに暢気にしていて」
呆れてアースが口を開いた途端何かが頬をかすめた。
パシンっ!
一瞬光を発して鋭い音と共にアースの躯を取り巻く銀の糸が弾けとぶ。
「っ……
さすがにアイツのかけた術じゃもう限界ってことか」
ひりつく頬に手を這わせるとぬるりとした感触と共に血の匂いが漂う。
「気をつけろアース!
お前の血の匂いに奴の攻撃性が上がったようだ」
醜悪すぎて見たくはないと思いつつ襲ってくる相手を見ると、身体中に開いた目が血を滴らせたように紅く輝く。
「かなり、いっちゃってるな。
なぁヴレイ、このねーちゃん姫さんだって言ってたよな。
切っていいか? 」
何時襲ってくるかわからない者から目を離さずにアースは訊く。
「正確には妾妃だがな。
いいだろう。
ここまで変化してしまえばもう人ではない。
万が一うまくいってとり憑いたものの方だけ始末できても、もう元に戻る可能性はないだろう」
「んじゃ、遠慮なく」
アースは腰に下げた剣を抜く。
一歩前に出した足を踏みしめ身構えると、襲いくる相手に一気に切りかかっていった。
しばし重みの掛かった剣の柄が軽くなる感触にアースは足をかけた獣から飛び降り地面に足をつける。
即座に体勢を変えて身構える。
ふきあげた血が雫となって地面にぼたぼたと落ち、赤黒い染みを作る。
しかし、この形相になってからは痛みを感じていないのか、それは悲鳴一つあげなかった。
手ごたえは充分だ。
切りつけた時の重みでそう思う。
もっとも、一振りで大型の獣の胴を二つに立つといわれている大剣ほどの威力はないのは理解している。
さすがにこれだけ大きくなると、もう何度か切りつけなければ地面に引きずり降ろすのは難しいだろう。
すかさずヴレイの声が空気に広がり漂いだす。
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