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3・一振りの剣を手に
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しおりを挟む進むに連れて漂う黒い霧は濃度を増し、飛び交う鳥の数が増える。
焼け落ちた館の跡でそれはピークに達した。
ほとんど先の見えない程の霧が覆い、一歩歩くたびに無数の鳥が体当たりしてくる。
「やはり、ここだな」
館の跡地で足を止めヴレイは呟く。
黒い霧には明らかに毒気を孕み、呼吸するだけで胸が悪くなる。
同時に何処からともなくどっと押し寄せてきた悪意が躯を取り巻く。
「……俺、ここ駄目かも」
思わずこみ上げてきた吐き気にアースは口元を押さえた。
「無理しなくていい。
駄目なら離れていろ」
ヴレイは僅かに視線を向けた。
「なこと言われたって、持ってる魔力半分以上封じられているヴレイ一人でどうするんだよ?
縛って引き止めるのがせいぜいだろ」
気を取り直して焼け焦げた煉瓦の散らばる地面を踏みしめた。
「それにしても、何だよ、ここ?
敷地はやけにでかいし、建物も相当でかいと思うんだけど、こんなでかい場所焼け落ちたまま放置ってありかよ」
「領主の以前の館らしい。
数年前に雷が落ちて全焼したとか」
「数年前?
百年前の間違いじゃね?
住み着いている妖魔の数半端ないし」
「わかるのか? 」
「え?
あ、いや。
なんとなくそう思っただけ」
口にすると同時に胸の鼓動が高鳴る。
広がった闇に触発されアースの中に眠るアレが目覚めようとしていると悟る。
本来自分の目では見えないものが見え出したのがその証拠だ。
「ヤバイ…… 」
アースは無意識に胸元を握り締めた。
「どうした? 」
「何でも、な、い」
絞り出すように呟いたアースの目が、その先にある何か動くものを捉えた。
「ヴレイ! あれっ」
声を落として呟くと、その先を指差す。
真っ黒に煤を刷いた崩れかけた石壁の前に、こんな場所に不似合いの女が一人立っていた。
纏った黒いドレスの裾と真っ白な髪が風に翻る。
細いが優美な曲線を描く肢体、これ以上ないほどに整った容貌。
いつの間にか髪の色が変化しているが、紛れもなくあの女だ。
「何してるんだ? 」
咄嗟に地面に臥してその様子を探る。
女の周囲には次々と妖魔や黒い霧が纏わりつき、手足や躯に吸い込まれるように消えてゆく。
「集めた小物を食っているんだろう。
アレだけのものになると小物程度の妖気、肌を通して簡単に摂取できるということだな」
ヴレイはその様子から目を離さずにアースの問いに答えた。
「……なんか、あいつ。
昨日よりでっかくなってないか? 」
女の容姿はそのままだ、見る者によってはかぶりつきたくなる程の身体つきもそのまま寸分変わってはいないと思う。
ただその大きさが、アースの距離から見てもすぐ隣にいるヴレイよりも大きく見える。
「それだけ妖魔を取り込んだと言うことだろう」
「に、したってさ。
雑魚だけでいきなりこんなに大きくなるもんかよ?
俺の知ってる限りじゃ、夕べまではまだあの女普通の人間だっただろう」
「確かに、小物だけだとしたら少し成長が早すぎるな。
何か大きなものでも既に取り込んでいるのだろう」
目を細めてヴレイは思案顔をした。
「でかいもの?
ここ、結界の中だぜ?
いくらなんでもそんなにでかいのうろうろしてなくね? 」
「いや、ある事はあるんだよ」
ヴレイは背後の一角に視線を向けた。
「あの辺りって、昨日俺があの女に連れこまれたところだよな? 」
「ああ、この都市には怨みを抱えて死んだ人間の魂を神として祀りあげ怒りを静める風習があったらしい。
あの辺りはその祟神を鎮める祠が乱立していたんだよ。
もしあの場所に押さえつけられた欲望を全て取り込んだとしたら、ああなってもおかしくはないな」
「嘘だろう?
普通の神よりよっぽど厄介だぜ」
アースはげんなりとした思いで呟いた。
「全くだ」
珍しくアースの言葉にヴレイが頷く。
「それにしてもあの女、あんなに大きくなってどうするつもりなんだ? 」
その間にも女は、まるで皮袋に空気を吹き込んだように見る間に大きくなって行く。
「そろそろ、未来永劫じりじりと領主一家を弄るのに飽きたのかもしれないな。
恐らくこの都全部を飲み込んで、一族の所有する土地ごと消滅でもさせるつもりだろう」
「すっげぇ恨み。
普通、そこまで憎いもんか? 」
アースは一つ息をつく。
「そもそもは、違ったんだろう。
神格化され祀られているうちに、最初の憎悪の記憶半分は浄化され消えている筈だ。
ただ祭られなくなった時点から、残っていた憎悪が増大したんだろう」
「だから、闇雲に全部巻き込んで消滅か。
誰だか知らないけど、下手に祀ったからだな」
言ったアースの目の前を何かが横切った。
「アース!」
素早い跳躍でその場を離れたヴレイがこれまでとは違う大声をあげた。
反射的に同じようにその場を離れようとしたアースの背中が、突然何か重いものに押さえつけられた。
「見つけ、た…… 」
低い女の声が耳に注ぎ込まれる。
思わず背筋に冷たいものが走り、肌が粟立つ。
圧し掛かられた重みで思うように動かせない首をかろうじて回すと女の白い髪が目に入った。
ものすごい重圧で地面に押さえつけられて動けずにいる間に女の白い手か躯に回る。
「今日は、逃がさない、よ」
「な…… 」
本来なら自分の背中に乗った人間の一人くらい、強引に躯を捻れば振り落とせる筈だった。
しかし何かに縛り付けられたかのように躯が動かない。
それどころか声さえも咽に張り付いたかのように出てこない。
女の白い手が無遠慮に躯をまさぐる。
肌を蛇が這うような感覚の嫌悪感で額から汗が滴り落ちた。
女の手はじりじりとアースの躯を締め上げて行く。
そのあまりの強さに肋骨が悲鳴をあげた。
「さぁ、その魔力、食わせてもらおう」
間近に迫った女の顔が大口を開ける。
すでにそれは女の顔をしてはいなかった。
耳まで避けた口には鋭い牙が並び、落ち窪んだ眼窩の中で獣のように紅い瞳が光る醜悪な容姿。
人でも獣でもないまさに化け物と称すにふさわしい容貌。
人の物とは思えないその口がアースの肩口に喰らいつく。
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