陽月公奇譚 -女装の俺が、他人のベッドで目覚める理由ー

弥湖 夕來

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3・一振りの剣を手に

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「なぁ? 
 あれほど美人で地位の高い女がこれ以上何を望むんだよ? 」
 昨日少し見ただけだが女は整った容貌に滑らかな肌、優美な肢体、人をひきつける声、全てを持ち合わせていたように思う。
 おまけに名乗られた身分は妃だった。
「例えば、お前が女で時の権力者に妾にと望まれたらどうだ? 」
「なんだよ、その例え。
 しゃれにもならないだろうが」
 アースはふてくされる。
「いや、からかっているんじゃなくて、だ。
 真剣な話」
「却下、だな。
 権力者か何か知らないけど、正妻ならともかく妾だろ? 
 俺だったら、日陰の身ってのが性に合わないな」
「では、どうする? 」
「逃げられないんだったら、正妻の座ぶん取る、かな? 」
「……そういうことだ」
「いやだって俺、一応提案したんだぜ。
 あんたに頼んで、ライバル妃の追い落としでも、世継ぎの男子を孕むことでもあの女の望むこと一通り叶えてやるからって。
 妙な祟神降ろすよりよっぽど安全だろ? 」
「確かに、そうだが…… 」
 ヴレイはあからさまに苦い顔をする。
「だけどあの女、まるっきり耳を貸さなかったけどな。」
「私の力では叶えられることなど気休め程度の些細なものばかりだからな。
 本気で大きな事を叶えるには役不足だったのだろう」
「それってどんな願いだよ? 」
「さてな? 
 例えば、不老不死とか。
 矛先が違えば、領主の存在を消し去って自分が領主の座に収まるとか。
 そもそも自分をこんな境遇に追いやった全てを嫌悪して消し去ってしまいたいと願ったか」
「物騒だな。
 そもそもあの女何の不満があるんだよ? 
 あれだけ美人に生まれて領主の嫁さんになれたんなら、怖いものなんてないだろう」
「そうでもないかも知れぬぞ。
 あの女の身分聞いているだろう? 」
「ああ、領主の第三妃…… 
 それがどうした? 」
「つまりは第一妃、正妃ではないんだよ。
 正妃に成り上がるには、正妃や他の妾妃に子供を産まずに早世してもらった上で、自分だけ世継ぎの男子を産むしかない」
「それならヴレイの力で何とかなるだろ? 
 正妃呪い殺して、子供を孕ませてもらえばいいわけだし。
 ま、やらないとは思うけどさ」
「その子供の種をもらえないとしたら? 
 既成事実がなければ孕んだとしても領主の子ではない、他人の子だ。
 周囲の侍従たちがそのことを知っていたら大騒ぎになる。
 下手したら首が飛ぶ。
 それでは願いは成就しまい」
「ぐっ! 」
 話の間にも食事を続けていたアースは飲み込みかけた肉を思わず咽にひっかける。
 大慌てでミルクに手を伸ばし飲み下して一息つく。
「……朝からなんて話を持ち出すんだよ? 」
「事実だ」
 ヴレイは声を落す。
「そんな他人の閨事までどうしてヴレイが知っているんだよ? 」
「見ればわかるだろう? 
 あんなに病みやつれては自分が呼吸するだけでも精一杯のはずだ。
 女を抱くどころの話ではない」
「だったら妃なんかこれ以上娶る必要なんかないんじゃね? 
 若いとびきりの美人集めたって無駄だろ? 」
「ところが家臣はそうは思っていない。
 あの領主の子供は恐らく先日の姫君一人だ。
 家臣としてはこの先勃発するであろうお家騒動を考えるとどうしても男子の後継ぎが欲しい。
 野望を持つ家臣は自分の娘が輿入れして男子を産めば外祖父として権勢を振える。
 故に領地内外で一二を争う美貌の持ち主は次々と領主の下に集められるという寸法だ」
「勿体無え話だな。
 てか、女も可哀想くね? 」
「ああ、男子を産みさえすれば正妃に据えられてこの先華やかな生活が送れるからと言い聞かされて輿入れさせられた娘達は、子供を産むどころか病の領主が相手では手もつかない。
 その娘が並外れた美貌の持ち主だったとしたら。
 これまで誰もがその美貌にひれ伏し華やかな生活を送っていた娘が、いきなり一人の男のみとしか会話さえ許されないような環境に放り込まれるんだ。
 無駄に領主の手がつくのを待つうちに刻々と自分の容姿は削られて行く。
 同じ立場の若い女は次々と増えて行く。
 特にあの女の美貌は抜きん出ていたからな。
 焦るなというほうが無理だろう」
「それで、祟神に目をつけられたってか」
 アースは深いため息をこぼした。
 聞いているだけでだんだん憂鬱な気分になる。
「だけど、祟神っていっても一応神だろう? 
 なんで実体なんか欲しがるんだよ? 」
「神だからだ。
 それも太古に人間を造り見守ってきた正真正銘の神ではない。
 強引に神に格上げされた、力を持った人間の魂だ。
 そう言う場合は祀られ神となった時点でその場所に拘束される。
 誰が広めたのかは知らないが、昔からこの辺りでは災いを起こして手を焼く者を神と称して祀ってきたようだ」
「その地に拘束してしまえば他に災いが及ばずに済むってか」
「だから奴は自由に動ける躯が欲しかったのだろう。
 もっともあれは相当怨みが強かったことを祀った者は知っていて、簡単には人間の躯に乗り移れないよう策が講じてあったようなんだが」
 ヴレイが渋い顔をする。
「アイツの存在がそれを可能にしちまったってことか」
「察しがいいな」
 ヴレイが僅かに笑みを浮かべる。
「まぁ、匂いに惹かれて行動に移したら、とんでもないことになったみたいだけどな」
 普段なら嫌がるサラダまできっちり食べつくしてようやくアースは手を止める。
 
「お食事はお済みでしょうか」
 どこかでその様子を見ていたのか、家令の男が再び顔を出す。
「お言いつけの、人間の準備が整いましたが…… 」
 ヴレイは待ちくたびれた様子を隠そうともしないで立ち上がる。
「何時まで喰っているんだ。
 行くぞ」
 少しでも余計に腹のなかへ詰め込んでおこうとテーブルにかじりついていたアースの襟首をひっつかむ。
「待てよ、後これだけ」
 思わず浮かびそうになった身体をテーブルにかじりつかせてアースは残ったパンをかき集めた。
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