陽月公奇譚 -女装の俺が、他人のベッドで目覚める理由ー

弥湖 夕來

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3・一振りの剣を手に

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「……ふうん。
 で、女が降ろそうとした祟神がアイツに弾かれて、その女本人に降りたってことか」
 広くはないが上品な家具調度の整った食堂でパンを頬張りながらアースは頷いた。
「こんな時によく食えるな? 」
 ヴレイはその様子が面白くなさそうな表情でお茶だけを口に運ぶ。
「いやだって俺、昨日の昼から何も喰ってないし。
 落ち着いていられないほどの事情っての、知らなかったんだし。
 どうせ話を聞くのは耳で、口と手は空いているんだからいいだろう? 」
 言いながらアースはもう一切れパンを口に放り込む。
「それにあんまり腹が減ってたら、いざという時に動けないしな」
「頼もしい限りですな」
 突然テーブルの脇から声をかけられアースは顔をあげた。
「誰だ、これ? 」
 ほとんど骨と皮ばかりだが妙に威厳のある身なりの良い男を眼にアースが呟いた。
「おい、失礼だぞ。
 この辺り一帯を治める領主、クラギオン殿だ」
 ヴレイが慌てて言うと、アースの頭を強引に押さえつけた。
「食事中済まない。
 だが時間を無駄にできそうもなかったものでな」
 摂り掛けの食費を続けるようにと身振りで示しながら男は同じテーブルにつく。
「まずはこの事態の説明をしてくれぬか? 」
 この部屋の窓からでは一層良く見渡せる空に視線を向け領主は言う。
「お察しの通りです。
 あなた方の仰る、祀られぬ神がこの地に下りてしまった。
 手配が間に合わず、申し訳ない」
「何もかも、終わりか…… 」
 領主は両掌に顔を埋めて力なく呟いた。
 その声が絶望的な空気をかもし出す。
 あまりの空気の重さにパンに伸ばし始めたアースの手も思わず止まる。
「今ならば、まだ手の打ちようがあるかも知れませんよ」
 落ち着きを無くした相手に不安を与えないようにとの心配りか、ヴレイがゆったりと言う。
「頼む。
 姫にも言い聞かせて納得させた。
 我らにできることは何でも手を貸そう。
 遠慮なく言ってくれ」
 領主は頭を下げた。
「お話中失礼致します。
 お申し付けの人の手配が済みました」
 会話の途切れるのを待っていたかのように家令の男がそっと声を掛けてきた。
「ああ、済まない。
 手間を掛けさせたな」
 ヴレイが顔をあげて男を振り返る。
「……本来ならば、戦場には余自身が出向かなくてはならぬのだが。
 ご覧のとおり馬に乗るどころか満足に歩けない情けない躯だ」
 領主が悔しそうに顔を歪めた。
「代わりに、そなたに指揮の全権をゆだねる。
 そのように触れを出せ」
 家令の男に指示を出す。
「そうしてもらえるとありがたい。
 ところで、領主。
 ティフィカなるご婦人に憶えはないか? 」
 ヴレイが不意に話を変えた。
「はて? 」
 思い当たる名ではないのか領主は首を傾げる。
 その耳もとへ家令が慌てて顔を寄せると、何かを囁く。
「それなら、余の妃の一人だが」
 思い出したかのように領主は口にした。
「今、どちらにおいででしょう? 」
 ヴレイの問いに領主は家令の男を振り返る。
「数ヶ月前より、体調を崩しまして実家に帰しておりますが」
 促されて家令が答える。
「失礼ながら、昨日おっしゃっていた異変が度を増したのはその頃からでは? 」
 ヴレィの言葉に男が顔色を変えた。
 男の手にしていた主の杖が床に落ち激しい音を響かせた。
「どうかしたのか? 」
 領主が首を捻る。
「いえ。なんでも…… 
 確かにその通りでございますが」
 動揺を隠し切れず男の手が激しく震える。
「まさか、余の妃があれを解放したというのか? 」
 領主の身体が激しく震え出す。
「まことに? 」
 絞り出すようにかろうじて声を発する。
「それが真実かどうかは私もわかりません。
 ですが昨夜あの現場からティフィカ様が現れたのは確かです」
 家令は遠慮がちに言った。
「そなた、そのような話は余にしなかったではないか? 」
「申し訳ございません。
 ティフィカ様に似たような女人の姿は見ましたが、まさか地方の実家に戻っているはずのお方が都にいるなど、ありえないことでしたので。
 私の身間違えだと信じ込んでおりまして」
 男は額に冷や汗を浮かべ、しどろもどろに言い訳する。
「なんということを…… 
 余の身内が余を脅かすなど…… 」
 領主はすでの言葉がない。椅子に預けた身体が大きく傾いた。
「暫く、お休み下さいませ」
 今にも椅子から崩れ落ちてしまいそうな領主の身体を支え男は言う。
「申し訳ございません。
 お話はここまでということで。
 まだ聞きたいことがございましたら、後ほど私がお伺いいたします」
 侍従は軽く頭を下げると主を支えて食堂を出て行った。
 
「それにしても、なんだって妃が自分の国に災いを起こす奴に手なんか貸すんだ? 」
 家令が姿を消した後、ようやくアースは仕方なく閉ざしていた口を開く。
 話の途中で訊きたい事は山ほどあったが、どうせヴレイに黙らせられるのはわかっていた。
 我慢に我慢を重ねていたから訊きたいことを一気に問いはじめた。
「唆されたのだろう」
 領主が姿を消すと同時に、食事を再開したアースの様子に呆れた視線を投げながらヴレイは呟く。
「誰にだよ? 」
「怨霊本人にだ」
「そんなことってあるのか? 
 普通の人間じゃそう言うものの存在は、わからない筈だろ? 
 せいぜい見えるのが精一杯。
 満足に意思疎通なんかできない筈じゃないのかよ? 」
「普通はな。
 だがあの場合は恐らく、利害が一致して波長が合ってしまったのだろうな」
 ヴレイはとっくに冷めてしまったお茶をゆっくりと飲み下す。
「利害って、何の? 」
「この場合、クラギオンの一族に対する怨みだな。
 怨霊も女も領主の一族が滅べばいいと思った。
 女は人外の力を欲し、祟神は自ら手を下せる実体が欲しかったというところだろう」
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