陽月公奇譚 -女装の俺が、他人のベッドで目覚める理由ー

弥湖 夕來

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3・一振りの剣を手に

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 所用を済ませてヴレイが部屋に戻ると、少女は先ほどこの部屋に運び込んだ時のままベッドに腰をかけていた。
「何をしている? 」
 見事な銀色の頭髪を引き抜いては掌の上に乗せ呪文を唱える。
 銀の糸のような細い髪はふわりと浮かび上がると、自ら意思を持っているかのようにふわふわと舞い少女の躯を取り巻く。
 やがてそれは空気に溶けるように姿を消した。
「お呪いよ。
 あんなのに見つかったら、アースもうおちおち外歩けないじゃない。
 アースには内緒よ。
『魔法の匂いなんかさせて外が歩けるか』って大騒ぎするから。
 それより、お願いしたことしてきてくれた? 」
 少女の行為を邪魔しないようにと戸口で足を止めたままのヴレイを見上げ少女は首を傾げた。
「ああ、一応敷地とこの建物全体に結界は張ってきた。
 簡易だから長くは持たないと思うがな」
「ありがとう」
 少女はかすかに笑う。
「それにしても、よくあんな手考えついたわね」
「あれか? 
 あの場所に踏み込んだ時に垣間見た女の顔が妙に美形だったから、もしかしたらと思っただけだ」
「やっぱり当てずっぽう?」
 少女は見た目の年齢に見合わぬどこか媚びた笑顔を作る。
「あれが融合してからまだそれほど時間が経っていなかったからな。
 まだあれの中には半分以上元の女の意識が残っていると。
 ただ入り込まれた意識と魔力のあまりの大きさに引きずられ、完全に支配されたように見えただけだと踏んだ」
 羽織っていたマントをベッドの足元に放り投げるとヴレイは空いているベッドの方へ潜り込む。
 毒気よけの呪いはしたものの、それに気がつく以前に吸い込んだものが作用しているのか、躯が重い。
 幸いなことに家令の男の口利きのおかげで、深夜遅くにも関わらずこうしてベッドを確保できた。
 事は終わったわけではない。
 むしろこれからだ。
 少しでも余計に体力は蓄えておきたい。
 ヴレイは肩口まで毛布を引き上げる。
「残っていなかったらどうするつもりだったのよ?」
 呆れた声が枕もとでする。
「あの時点で元の姿には戻らなかっただろうな。
 ならば他に打つ手もあった。
 あの程度の物、お前なら何でもないだろう? 」
 枕元で人の動く気配がしたと思ったら少女が隣に潜り込んできた。
「それって人のこと充てにしてたってこと? 」
 躯を丸め、鼻先をヴレイの胸元に押し付けて少女は呟く。
「はぁ…… 」
 わざと大げさにため息をついて起き上がるとヴレイはベッドを出ようとした。
「何処にいくのよ? 」
 名残惜しそうに少女は白い腕を伸ばし、ヴレィの身体を引き止めようとその腕にからみつけてくる。
「頼む。ルナ。いい加減にしてくれ。
 でないとまたアースが大騒ぎだ。
 いつまでも添い寝の必要な齢ではないだろう」
 絡み付いた腕を解きながらヴレイは迷惑そうに眉根を寄せる。
「いいじゃないの別に…… 」
 少女は寂しそうに呟いた。
「両親から愛されて可愛がられて育ったアースにはわからないのよ。
 ずっとひとりだったわたしの気持ちなんて…… 」
「……仕方がない、今夜だけだぞ」
 もう一度ため息をついてヴレイはベッドにもぐりなおす。
「わかってる。
 あれに躯を乗っ取られなかったご褒美よね」
 すかさず頭を摺り寄せて少女は呟く。 
 蝋燭の光にきらめく銀の髪をゆっくりと撫でてやると、ほどなく少女はかすかな寝息をたてはじめた。
「一人だった、か…… 」
 ベッドをおり、少女の寝顔を覗き込んでヴレイは呟くと枕元の燭台の炎を吹き消した。
 
 
 
 けたたましくドアをノックする音とヴレイの名を呼ぶ男の声でアースは夢から引きも出された。
 なんだか、ものすごく懐かしい夢を見ていたような気がする。
 躯だけ起こしてまだ完全に開かない目を擦っていると、ヴレイが隣のベッドを降り上着を引っ掛けながらドアへ向かう姿が目に入った。
 みたことのない部屋に寝心地のいいベッド。
 別に驚く必要もない。
 またアイツに躯を使われているうちにヴレイが確保した宿の一室だろう。
 昨日は散々だった。
 妙な美人に黴臭い場所に引っ張り込まれ拘束されて…… 
 その後どうなったのかの記憶はないが、そのことが事実だったのは手首にはっきりと残った縄のあとが物語っている。
 朝になっても残るほどの傷をつけられては、アイツは黙っていなかった筈だ。
 ヴレイがなだめるのに苦労したことは想像に難くない。
 その証拠に自分の横になっていたベッドの枕にヴレイの髪が一本落ちていた。
 
「何か? 」
 声を掛けてきた人物のためにヴレイはドアを少し開ける。
 声からして先日のでかい邸の家令だろう。
「そ、外をご覧下さい」
 転がるように部屋に飛び込むと男は閉め切ってあった鎧戸を開けた。
 朝のはずなのにその空は真っ黒だ。
 恐らく嵐がすぐそこまできているのだろう。
 そんなことを考えながらアースはベッドを降りる。
「なんだ、あれ? 」
 何気なくもう一度窓の外に向けた視線がそこで固まった。
 黒い雲だとばかり思っていた物は、小さな黒い点の集合体で個々にかすれた声をあげる。
 耳を澄ますとかすかに翼の羽ばたく音も聞えてくる。
「鳥だな」
 同じく窓の外に目を凝らしていたヴレイが呟く。
「はい、先ほどまで真っ青に晴れ渡っていた空が急に掻き曇ったと思ったら、この状態で」
 家令の男がしどろもどろに答える。
「思った以上に事が進むのが早かったようだ」
 焦りの色を濃く滲ませた表情でヴレイは身支度をはじめた。
「すまぬが、男手を借りたい。
 二・三人集められるか? 」
 上着を羽織ながらヴレイは男に指示を出す。
「わかりました。
 直ぐに手配いたします」
 その声に応えて家令の男は部屋を飛び出していった。
「なぁ? 何がどうなっているんだ? 」
 身支度を済ませたヴレイにアースは訊く。
 とにかく話を聞かないことには何が起こっているのか全くわからない。
 なんとなくわかるのはヴレイが先日の続きの厄介な依頼を引き受けたと言うことくらいだ。
「ああ、そうだったな」
 問い掛けられてヴレイはその存在に初めて気がついたように苦々しい顔を向ける。
 
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