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2・囚われた先で、
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しおりを挟む言葉なくその後ろ姿を見送った後、ヴレイはあからさまに安堵の息を吐く。
「なんだかわからないけど、助かったわ」
一歩あとへ下がってヴレイと距離を置きながら少女もまた軽く一つ息を吐いた。
「ね?
追わなくていいの?
女の方はともかく、あれ放って置いたら不味いんじゃない? 」
女の消えた階段へ視線を向けて少女が呟く。
「あれ消えたんじゃなくて、女が正気に戻ったから女の思考の奥に追いやられただけでしょ?
あれの力が増せば、すぐにでもさっきの状態に戻るわよ」
「ああ、そうだな」
ヴレイはぼんやりと言いながら辺りを見回し、床に落ちた剣帯を拾い上げる。
「……それにしても、今のは何? 」
手にしていたアースの剣を莢に戻すヴレイの姿を目にしながらいきなり少女が不満そうに声をはりあげた。
「わたしを取引の材料にしようなんてどういう了見よ? 」
「いや、あれはああするのが適当だったと言うか……
ここに等身大の鏡でもあればよかったのだが、その……
相手は獣だ。
嗅覚はともかく視力の方は充てにならないだろうが。
あれに自分の姿を自覚させるには、鏡の変わりにしたこれに近寄ってもらうしかないだろうが」
しどろもどろにヴレイは答える。
「巧くいったからいいようなものの、それであれが動じなかったらどうするつもりだったのよ?
まさか本当に自分だけ逃げようなんて思っていたわけじゃないわよね?
そんなことしたらアース共々取り付いて一生祟ってあげるから! 」
少女は噛み付くように怒鳴る。
「いや、確信はあった。
あれだけの美貌の女が自分の顔貌が醜悪に変わった事実を突きつけられて正気でいられるはずないだろう。
必ず動揺する」
「だから、わざわざわたしにあの女の名前を口にさせたってわけ? 」
「一瞬だったが、あいつ動きを止めた。
女の意識がまだかすかに残っていた証拠だろう? 」
勝ち誇ったように言って、ヴレイは少女を抱えあげる。
「ちょ、ちょっと、ヴレイ? 」
何の予告もなく躯が空に浮かんだ感覚に戸惑ったように少女は声をあげた。
「話はいい加減にして、休んだらどうだ?
これからまだやらなければならないことがあるのはわかっているだろう? 」
「わかったら、下ろして。
自分で歩くから」
少女はヴレイの肩の上でもがいているようだが、思ったように力が入っていないのは明らかだ。
「いいからおとなしくしてろ。
なんだか訳のわからない香やら毒やら大量に吸い込んでいるんだ。
呂律が廻って立っていられるだけでも不思議なんだぞ」
言い聞かせてヴレイはそのまま外へ出た。
「ヴレイ殿! 」
瓦礫を乗り越えて敷地の外に出ると、待っていた家令の男が駆け出してくる。
「ご無事で何よりでございました」
「ああ、とりあえずはな。
ところで先ほど誰かここから出てくるのを見かけなかったか? 」
周囲を見渡してヴレイは男に訊いた。
一足早くあの地下室を出たはずの女の姿は既に何処にもない。
「はい、女性が一人……
あれはどういう? 」
男が首を傾げた。
「逃げられたか。
おぼつかない足取りだったから、追いつけると思ったのだが」
ヴレイは軽く舌打する。
「その女性でしたらあちらへ…… 」
男は振り返ると、道の込み入った方角を指差す。
「その建物の影を曲がりました。
おっしゃるとおりふらついておりましたから、すぐに追いつけるかと思いますが」
「予想通りか」
男の指差した方角を目にヴレイは呟く。
「……あの、そちらのお嬢様は? 」
ヴレイの抱きかかえた少女に男が心配そうな視線を送る。
「私の連れだ」
「大丈夫でございますか?
随分気分が悪そうですが? 」
男は少女の顔を覗き込んで訊いてくる。
「どこか適当な宿屋がこの近くにあるか? 少し休ませたいのだが」
周囲の建物を見渡してヴレイは訊いた。
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