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2・囚われた先で、
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しおりを挟む「そんなに、欲しいならくれてやろう」
突然伸ばした腕を少女の首に引っ掛け無防備だったその背中を自分の胸元に引き寄せると、手にしていた剣を胸元に向ける。
「ヴレイ、気でも違った? 」
驚きと怒りの入り混じった表情で少女はヴレイをみる。
「動くなよ。
悪いが、このままこいつに喰われてくれ」
少女の首元に回した腕を締め付けて動きを封じておいてヴレイは言う。
『ソナタ、キキワケガヨイヨウダナ。
早々ニ諦メテ仲間割レトハ』
それは少女でなくても予想外の出来事だったのか、僅かに張っていた気を緩めたように獣は目を細める。
「元々そんな仲ではないんでね。
わたしは自分の命が助かればそれでいい」
獣に向かってヴレイははき捨てるように言う。
「取引だ。
ルナはこのまま、お前にくれてやる。
その代わり私はここから開放してもらう」
『ナカナカイイ心ガケダ。
ソウデナクテハ、生キキナガラエルコトナドデキヌ。
イイダロウ。
ミタトコロ、オマエハタダノ魔術師ダ。
ソノ程度ノ魔力デハ、ソノ女ノ足シニモナラヌ』
「おい、アイツの本体の人間の名前わかるか」
ヴレイの言動に満足したのか、口の廻りやすくなった獣の声に隠すようにしてヴレイは少女の耳もとで囁く。
「もう忘れたの?
『ティフィカ』
クラギオン十二世の第三妃だって言ってたわよ」
呆れたように呟くが、ヴレイの意図を察してか少女は無為な抵抗はしてこない。
代わりに獣が一瞬動きを止めたように見えた。
「それが何? 」
「余計無いことはいい。
おとなしくこいつに食われてくれ」
ヴレイは少女を拘束した腕に更に力を込めると突きつけた刃も間近に寄せる。
「来い、くれてやる」
ヴレイの言葉に誘われ、それでも用心深くゆっくりとそれは間合いを詰めてくる。
「ちょっと!
冗談じゃないわ。
どうしてわたしがヴレイの犠牲にならなくちゃならないのよ?
放しなさいよ」
何処までも真面目なヴレイの目に危機としたものを感じ取ったのか、少女は声をあげながら身を捻った。
だがヴレイの腕はその動きを封じようとするかのように更に力を増す。
「くはっ…… 」
白い咽にめり込んだそれに呼吸を阻まれ、少女は強引に息を継いだ。
獣の顔が間近に迫り、息が顔に掛かる。
生臭い匂いと毒気を含んだそれを危うくまともに吸い込みそうになる。
牙の間から覗く舌が口から長く伸ばされた。
赤黒いそして青味を帯びた斑の色と、ぼこぼことした突起が重なりその上をぬめぬめとした物で覆われた質感、ぬろりと動く様。
全てが合わさり見るに耐えないものを目の前に突きつけられ、少女は思わず吐き気を催したようだ。
顔色が青ざめ、呼吸が乱れる。
少しでもその嫌悪感から逃れようとするかのように少女は獣から目線を反らせた。
その様子を目に獣は動きを止め、目を細める。
まるでこの状況を楽しんでいるかのようだ。
「早いところしてくれ。
こいつはおまえのその姿を目に入れるのは一秒でも苦痛らしい。
こっちも押さえつけておくにしても限界がある。
感極まってこの魔力暴発させられたら私もお前も終わりだぞ」
ヴレイは言いながら少女の胸に切っ先を向けた刃の角度を変えた。
磨き上げられたその刀身に周囲の状況がまざまざと映り込む。
「ひっ! 」
不意に獣の口から今までとは違う女のかすかな悲鳴が漏れた。
「どうした?
いらぬのか? 」
声を発すると同時に動きを止めてしまった獣に向かってヴレイは挑発するように再び声をかけた。
「な、に…… 」
またしてもこぼれでる女の声。
「何故? どうして? 」
誰にとでもなく問いかけながら獣は刃に映る己の姿を確認するかのように自分の手でその顔や頭を撫でまわす。
声だけでなく言葉まで確かに人間の女の物に戻っていた。
「どうした?
わが身の変化が信じられぬようだな。
それともあまりの醜悪さに驚いたか? 」
こちらへの敵意を消滅させてしまった獣に向かってヴレイは問い掛ける。
「嘘、嘘だわ!
何かの間違いよ。
この剣には人の姿を歪んで映す呪いが掛かっているに違いないわ。
そうでしょう?
わたくしをからかわないで! 」
半狂乱になって獣は声を張り上げた。
「呪いなど掛かってはおらぬ。
今のお前ならそのくらいのことは感じ取れるはずだ。
紛れもなく、これがおまえの今の姿だよ。
クラギオン十二世妾妃、ティフィカ」
ヴレイは女の目に更にはっきりと見えるように剣を動かす。
「い、いやぁ!!!!! 」
獣の力も手伝ってか女のあげた悲鳴は部屋中に響き天井や崩れかけた柱を揺らす。
「いや、嫌よっ!
こんなの…… 」
獣はその姿を拒絶するかのようにヴレイの突きつけた刀身を押しやり、ついで顔を覆い隠してその場に崩れ落ちる。
「何? 」
ふと力の緩んだヴレイの腕から抜け出し、足元に崩れ落ちた獣の姿を呆然と見て少女が訊く。
ヴレイはそれには答えずに少女を自分の背後に押しやった。
「こんな…… 」
程なくうめくように呟いて獣がふらりと立ち上がった。
明らかに敵意を失った獣の躯から霧が湧きあがりその躯を包み込む。
霧が消えるのと同時に、獣は元の女の姿に戻っていた。
「我が君さ、ま? 」
何かを探すように顔をあげると女は視線を彷徨わせた。
「ど、ちらに、いらっしゃい、ます、の? 」
その口からうわ言のような言葉が漏れる。
見えない物を探していた女の視線が自分の手を捉えた。
「こんな、筈ではなかったわ……
この手に、確かに我が君さまのお力をこの手に欲しいと願いはしたけれど……
こんな…… 」
手からこぼれてしまったものを追いかけるように女は再び周囲を見回す。
その目にはもうヴレイと少女の姿は映っていなかった。
「我が君、さま。
どちらに? 」
呟きながら女はふらりと歩き出す。
「どうか、お姿、をお見せくださいませ」
ぶつぶつと呟きながら女はヴレイ達の前を横切り、地上へと続く階段を上っていった。
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