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2・囚われた先で、
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「ちょっと、まずくないこれ?」
少女はヴレイの袖を引くとそっと囁いた。
「だから最初から言った筈だ」
ヴレイもまた眉間を寄せた。
二人の前に立ち尽くす者が、その存在に気がついたかのようにふとこちらを向く。
『ヌシラ、何者ダ』
「ご心配なく、ただの傍観者よ」
少女はその問いに涼しい顔で答える。
『確カニ、アヤツラノ血ハモタヌヨウダナ。
ダガ、ソノ魔力、ナミノモノデモアルマイ。
ワレヲ討チニキタ者カ? 』
血走った目をそれは徐に動かした。
「言っているでしょ? 『傍観者』だって。
討つつもりなんてないわ。
お邪魔してごめんなさい。
わたし達は退散するから後は御勝手にどうぞ」
少女はあからさまに敵意を向けてくる元女に背を向けようとした。
「おい、待て。このまま放置するつもりか?」
少女の言葉にヴレイが慌てふためく。
「だって、今の状態じゃ無理でしょ? これ始末するの。
だから逃げるのが一番でしょ」
少女はできるだけ小声でヴレイに囁く。
「こうなったのは、半分はおまえの責任だろうが! 」
「どうしてわたしの責任になるのよ?
元はといえばアースが美人にほだされて……
そもそも、ヴレイがアースをきちんと監視していないからこんなことになったんでしょ?
とにかく、わたしは引き上げさせてもらうから。
後はご自由に」
『マテ! 』
再び歩きだそうとした少女をそれが引きとめた。
「邪魔はしないわよ。
少なくともわたしはね」
『オマエノソノマリョク…… 』
ゆっくりと嘗め回すように少女の身体に視線を這わせると、それはにたりと目を細めた。
『タダノ小娘デハナイトオモッタラ、満月ノ魔女カ?
ナルホド大シタ魔力ダ』
紅く染まった形の良い唇を長い舌が這う。
少女は一瞬片眉を動かす。
「人違いじゃないの?
そんな魔女、わたし知らないもの」
言葉とは裏腹にかすかに視線が揺れていた。
『そうか?
夜の動きと同調してその魔力が高まっていることに我が気が付かないとでも? 』
少女の顔から血の気が引く。
『丁度ヨイ。
コノカラダヲ動カスニハマダ力ガタリヌ。
ソノマリョク我ニヨコセェ!!!! 』
唸り声に似た言葉を叫びながら、それは地面をひと蹴りし少女に向かって突進してくる。
少女との間を詰める僅かな時間に鋭い爪が伸び、長くなった鼻先から牙をたてる。
白い頭髪が全身を覆い背中の毛が逆立つ。
尖った耳、長い尾。
しなやかな肢体を持つ見方によっては優美な獣へと見る間に姿が変わった。
「やっぱり、こうなる訳ね」
容赦なく目の前の空間を切り裂く鍵爪から、躯を捻り逃れて少女はため息をついた。
「いつものことだろう、いい加減慣れたらどうだ? 」
すかさず少女と獣の間に身体を滑り込ませヴレイは自らの身体を楯にする。
獣は飛びつこうとした相手に交わされ着地した地面へ四足を着き、体勢を整えてこちらを見据える。
少しでも気を抜けば飛び掛られる。
「慣れてたまるものですか」
だから獣から目を放さずに、少女は声をあげる。
「いい加減慣れて貰わぬと困るな」
「そんなのアースだけで沢山よ。
私が慣れる必要なんかないのよ」
「だからアースがお前を嫌がるんだ。
何時でも狙われるのはお前で、対応するのはアースではな」
「今対応しているのはわたしよ。
それより、余分な説教している暇なんてあるの?」
「なさそうだな」
目の前の獲物との距離を推し量り、攻撃するタイミングを見計らっている獣を前にヴレイは呟く。
呼吸をする度に獣の口からどす黒く染まった息が漏れる。
部屋中に化け物の吐く毒気がひろがってゆく。
獣が身動きするだけでそこにあった燭台が倒れ、天井を支える柱が音をたてて振動する。
「さて、どうしたものか…… 」
何時の間にか背後に回りこまれ唯一の出口である階段をふさがれていた。
逃げることもできない状況にヴレイは思案する。
獣は目の前の獲物を睨みつけたまま牙を剥き出し、唸り声をあげる。
「何を考えているのよ?
いつも通りにやればいいだけの話じゃないの」
少女の声が低い天井に響いた。
「その、『いつも』が無理なことはお前がよく知っている筈だ」
少女の言葉にヴレイは振り返り皮肉を込めた笑みを向ける。
「忘れたわけではあるまい。
今の私の力は半分だ。
アースの腕がなくては止めは刺せぬ。
おまけに、こいつは一応神だ。
妖魔ならともかく神は無理だ。
よりによって一番厄介な相手だ」
ヴレイは唇を噛む。
「後はルナ、お前に頼んでいいか? 」
言い置くとヴレイは身を引くかのように少女の前を移動する。
「ちょっとそれ、とりあえず庇ってくれてから言う言葉? 」
少女が目を見開いた。
「冗談じゃないわよ。
ヴレイが半分ならね、わたしはどうなるのよ。
殆ど魔力なんて残っていないんですからね。
初対面の同業者に『夢使いの魔女』と勘違いされる程微力な魔力で、どうやってこんなもの相手にすればいいわけよ? 」
先ほどの女とは思えないほど変貌した容姿のものを目に、少女は叫ぶ。
「それでも、私より力は上の筈だろう」
ヴレイは少女の前から移動し、気配を消して獣の背後に回りこむ。
「あんたね。か弱い乙女に何させようって言うのよ? 」
「……どこがか弱いんだか」
少女の言葉にヴレイはぼそりと呟いた。
「なんか言った? 」
すかさずそれを耳に入れルナは目を剥く。
「アースの剣持っているか? 」
獣の背後からヴレイは訊いた。
「あるけど?
こんなもので、どうする気よ? 」
肩から下げた剣帯を外しながら少女は首を傾げる。
「こんなことになるんだったら、あの時売り払うの、こっちにしておけば良かったかしら?
妖魔しか切れない上にアースにしか使えないようなナマクラじゃ、何の役にもたたなかったわよね」
「何をぶつぶつ言っているんだ? 」
僅かに目を離した隙に、獣はヴレイを目掛けて鋭い爪を有した前足を振り下ろす。
その攻撃を交わしながらヴレイは頬を緩めた。
「受け取って! 」
少女は肩から外した剣帯と共にそれをヴレイに向かって放り投げた。
重たげに空を舞った剣をヴレイは捉えると、一つ息をして徐に莢から引き抜いた。
鋭い刃が、室内に僅かに残された蝋燭の炎を反射して炎色を帯びる。
ヴレイはその切っ先を妖魔に向けたまま、ゆっくりとにじるようにして少女との間合いを詰めた。
少女はヴレイの袖を引くとそっと囁いた。
「だから最初から言った筈だ」
ヴレイもまた眉間を寄せた。
二人の前に立ち尽くす者が、その存在に気がついたかのようにふとこちらを向く。
『ヌシラ、何者ダ』
「ご心配なく、ただの傍観者よ」
少女はその問いに涼しい顔で答える。
『確カニ、アヤツラノ血ハモタヌヨウダナ。
ダガ、ソノ魔力、ナミノモノデモアルマイ。
ワレヲ討チニキタ者カ? 』
血走った目をそれは徐に動かした。
「言っているでしょ? 『傍観者』だって。
討つつもりなんてないわ。
お邪魔してごめんなさい。
わたし達は退散するから後は御勝手にどうぞ」
少女はあからさまに敵意を向けてくる元女に背を向けようとした。
「おい、待て。このまま放置するつもりか?」
少女の言葉にヴレイが慌てふためく。
「だって、今の状態じゃ無理でしょ? これ始末するの。
だから逃げるのが一番でしょ」
少女はできるだけ小声でヴレイに囁く。
「こうなったのは、半分はおまえの責任だろうが! 」
「どうしてわたしの責任になるのよ?
元はといえばアースが美人にほだされて……
そもそも、ヴレイがアースをきちんと監視していないからこんなことになったんでしょ?
とにかく、わたしは引き上げさせてもらうから。
後はご自由に」
『マテ! 』
再び歩きだそうとした少女をそれが引きとめた。
「邪魔はしないわよ。
少なくともわたしはね」
『オマエノソノマリョク…… 』
ゆっくりと嘗め回すように少女の身体に視線を這わせると、それはにたりと目を細めた。
『タダノ小娘デハナイトオモッタラ、満月ノ魔女カ?
ナルホド大シタ魔力ダ』
紅く染まった形の良い唇を長い舌が這う。
少女は一瞬片眉を動かす。
「人違いじゃないの?
そんな魔女、わたし知らないもの」
言葉とは裏腹にかすかに視線が揺れていた。
『そうか?
夜の動きと同調してその魔力が高まっていることに我が気が付かないとでも? 』
少女の顔から血の気が引く。
『丁度ヨイ。
コノカラダヲ動カスニハマダ力ガタリヌ。
ソノマリョク我ニヨコセェ!!!! 』
唸り声に似た言葉を叫びながら、それは地面をひと蹴りし少女に向かって突進してくる。
少女との間を詰める僅かな時間に鋭い爪が伸び、長くなった鼻先から牙をたてる。
白い頭髪が全身を覆い背中の毛が逆立つ。
尖った耳、長い尾。
しなやかな肢体を持つ見方によっては優美な獣へと見る間に姿が変わった。
「やっぱり、こうなる訳ね」
容赦なく目の前の空間を切り裂く鍵爪から、躯を捻り逃れて少女はため息をついた。
「いつものことだろう、いい加減慣れたらどうだ? 」
すかさず少女と獣の間に身体を滑り込ませヴレイは自らの身体を楯にする。
獣は飛びつこうとした相手に交わされ着地した地面へ四足を着き、体勢を整えてこちらを見据える。
少しでも気を抜けば飛び掛られる。
「慣れてたまるものですか」
だから獣から目を放さずに、少女は声をあげる。
「いい加減慣れて貰わぬと困るな」
「そんなのアースだけで沢山よ。
私が慣れる必要なんかないのよ」
「だからアースがお前を嫌がるんだ。
何時でも狙われるのはお前で、対応するのはアースではな」
「今対応しているのはわたしよ。
それより、余分な説教している暇なんてあるの?」
「なさそうだな」
目の前の獲物との距離を推し量り、攻撃するタイミングを見計らっている獣を前にヴレイは呟く。
呼吸をする度に獣の口からどす黒く染まった息が漏れる。
部屋中に化け物の吐く毒気がひろがってゆく。
獣が身動きするだけでそこにあった燭台が倒れ、天井を支える柱が音をたてて振動する。
「さて、どうしたものか…… 」
何時の間にか背後に回りこまれ唯一の出口である階段をふさがれていた。
逃げることもできない状況にヴレイは思案する。
獣は目の前の獲物を睨みつけたまま牙を剥き出し、唸り声をあげる。
「何を考えているのよ?
いつも通りにやればいいだけの話じゃないの」
少女の声が低い天井に響いた。
「その、『いつも』が無理なことはお前がよく知っている筈だ」
少女の言葉にヴレイは振り返り皮肉を込めた笑みを向ける。
「忘れたわけではあるまい。
今の私の力は半分だ。
アースの腕がなくては止めは刺せぬ。
おまけに、こいつは一応神だ。
妖魔ならともかく神は無理だ。
よりによって一番厄介な相手だ」
ヴレイは唇を噛む。
「後はルナ、お前に頼んでいいか? 」
言い置くとヴレイは身を引くかのように少女の前を移動する。
「ちょっとそれ、とりあえず庇ってくれてから言う言葉? 」
少女が目を見開いた。
「冗談じゃないわよ。
ヴレイが半分ならね、わたしはどうなるのよ。
殆ど魔力なんて残っていないんですからね。
初対面の同業者に『夢使いの魔女』と勘違いされる程微力な魔力で、どうやってこんなもの相手にすればいいわけよ? 」
先ほどの女とは思えないほど変貌した容姿のものを目に、少女は叫ぶ。
「それでも、私より力は上の筈だろう」
ヴレイは少女の前から移動し、気配を消して獣の背後に回りこむ。
「あんたね。か弱い乙女に何させようって言うのよ? 」
「……どこがか弱いんだか」
少女の言葉にヴレイはぼそりと呟いた。
「なんか言った? 」
すかさずそれを耳に入れルナは目を剥く。
「アースの剣持っているか? 」
獣の背後からヴレイは訊いた。
「あるけど?
こんなもので、どうする気よ? 」
肩から下げた剣帯を外しながら少女は首を傾げる。
「こんなことになるんだったら、あの時売り払うの、こっちにしておけば良かったかしら?
妖魔しか切れない上にアースにしか使えないようなナマクラじゃ、何の役にもたたなかったわよね」
「何をぶつぶつ言っているんだ? 」
僅かに目を離した隙に、獣はヴレイを目掛けて鋭い爪を有した前足を振り下ろす。
その攻撃を交わしながらヴレイは頬を緩めた。
「受け取って! 」
少女は肩から外した剣帯と共にそれをヴレイに向かって放り投げた。
重たげに空を舞った剣をヴレイは捉えると、一つ息をして徐に莢から引き抜いた。
鋭い刃が、室内に僅かに残された蝋燭の炎を反射して炎色を帯びる。
ヴレイはその切っ先を妖魔に向けたまま、ゆっくりとにじるようにして少女との間合いを詰めた。
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