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2・囚われた先で、
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しおりを挟む「早いところ、これ外してもらっていい?
もう身体中痛いのよ」
「あ、ああ」
声に促されヴレイは少女の背後に駆け寄った。
「これ毒よ。あんまり吸わないほうがいいわ」
耳もとに寄せられたヴレイの顔に少女は囁いた。
「ああ、わかっている。
それにしても、珍しい様だな」
取り出した小刀で少女を拘束するロープを切りながら言う。
「わたしのせいじゃないわよ。
アースが鼻の下伸ばして、ぼんやりしているから」
少女は正面に立つ女に視線を送った。
「誰だ? 」
見知らぬ女の姿にヴレイは首を傾げる。
「ティフィカさん」
「いや、名前なんかどっちでもいい。
どういう立場の人間なんだ?
何故ここにいる? 」
ヴレイの言葉に少女が笑みを漏らす。
「何だ? 」
「その反応アースとそっくり。
ご領主の第三妃なんですって」
戒めを解かれた少女は立ち上がると確認するように腕を上げ、付いてしまった傷を労わるように舌を這わせる。
「な、ぜ……
どうして? 」
呆然と少女の顔を見ながら女は呟いた。
「だから無駄だといったはずよ」
その女を見据えて少女はきっぱりと言い切る。
「儀式は完璧だったはずよ。
あの方の言った通りに、なにひとつ間違えなくやったわ。
なのに、何故? 」
言葉と共に女は自分の胸を掴みその場に蹲る。
苦痛からかその整った顔をゆがめ呼吸を荒くする。
抜けるように白い肌が指の先から褐色に染まって行く。
「ひっ…… 」
それを目に女は狂ったかのように自分の腕を激しく撫で擦り振り払おうとする。
「助けて!
何かがわたくしの中にっ……
いやぁ! 」
女の口から悲鳴が上がる。
「助け…… 」
僅かな希望にすがるかのように女は少女に弱々しく手を伸ばす。
「残念だけど、無理よ。
あなたこれを下ろしてしまったんだもの」
その姿を少女は冷静に見据えていた。
「おい、何が起こったんだ? 」
訳がわからずヴレイは動きが取れずに訊く。
「この人ね、わたしにここの神様を下ろそうとしたのよね」
「おまえの身体にか? 」
ヴレイは呆れたように目を見開く。
「ろくに調べもしないで男にも女にもなれる適当な人材だって勘違い? したみたい」
少女は首を傾げながら言う。
「それは……
無謀だな」
「莫迦だと思わない?
この身体に宿れる訳ないのに。
アースの身体にわたしがいるから見た目が変わるんじゃない。
これはね、わたしが貰った供物なの。
わたしのものなのよ。
むしろアースの人格が残っているほうが不思議なんだから」
女に向かって少女は言い放つ。
「いつもの奴らのようにルナの持つ魔力だけで我慢しておけばよかったものを」
「それは、それで迷惑だけどね」
少女は苦い顔をする。
「どうしても肉体が欲しかったみたいよ」
「精神体がこの世にとどまろうと思ったら、肉体に入るしかないからな」
ヴレイは納得して頷く。
「それで、お前に降りようとしてはじかれた。か…… 」
「それでね、入るところが無かったものだから手近な身体にもぐりこんだみたいなのよね」
「おい、そんな他人事みたいに言っていていいのか。
不味いぞ、絶対。
この女に乗り移った者を、ルナ、今『神』だって言ったよな?
おまえのことだからわかっていると思うが、ここの神というのは祀られることなく放置されたことで悪霊に戻りかけている厄介な奴だ」
焦りに任せて言うヴレイの額から汗が滴り落ちた。
「だから、何? 」
少女は冷めた視線を焦るヴレイに送る。
「わたしには関係ないもの。
帰りましょう、ヴレイ」
くるりと振り返ると、少女は先ほどヴレイの降りてきた階段の方へ足を向けた。
「悪霊が肉体を持つと言うことが、どういう結果をもたらすか知らないわけではなかろう」
ヴレイは腕を伸ばすと少女の手首を掴み引き止めた。
「それだったら、ヴレイだって知っているでしょう?
こういった怨念持ちの魂をなだめられるのは、その怨念に関わった系譜の者で無ければ駄目だってこと。
わたしじゃ役不足よ」
「無関係みたいに言うがな、無関係じゃいられなくなっているんだよ」
ヴレイは唸るような声をあげた。
「嘘。
もしかして引き受けちゃったのぉ? 」
あからさまに呆れた顔を少女は浮かべる。
「それ、もっと早く言ってよね。
もう少しだけ早ければ手が打てたのに、もう手遅れよぉ」
全身を走る痛みからだろうか、それとも美しかった自分の姿が強制的に変えられてゆく嫌悪感からか、床をのた打ち回る女を目に少女が呟く。
「確かに、今手を出すことが一番危険だが」
ヴレィは戸惑った顔で、床の上にすでに動かなくなりつつある女を見る。
雪のように白い肌は褐色に染まり、闇で染めたような見事な黒髪はまるで霜を置いたかのように白く色を変えている。
振り乱されたその髪でよく見えないが、恐らく顔つきも変化しているだろう。
換わり行く容貌を見つめているヴレイの目の前で突然女はその身体を二三度大きく痙攣させた。
そして先ほどまで痛みからか硬く閉じ合わせていた瞼を、しっかりと開く。
ゆっくりと大きな動作で身体を起こすと、立ち上がった。
初めての場所を観察するように周囲を見渡す紅い瞳が自分自身の手に向けられる。
「…… 」
目の前にかざした手を握り締め、ゆっくりと開いた後あげた顔は歓喜に満ちていた。
『ツイニテニイレタゾ…… 』
遥か昔の神の言葉で呟く。
その声は先程までの女の物ではなかった。
『セキネンノ、怨ミガコレデハタセル』
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