陽月公奇譚 -女装の俺が、他人のベッドで目覚める理由ー

弥湖 夕來

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2・囚われた先で、

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「それで、人形の残骸、いえ亡骸はどうしたものかと。
 ご相談がてら例の件をもう一度お考え直しいただけないかと、お願いに行くつもりでした」

「人形の残骸はもちろんそのままでも支障はないが。
 できたら人と同じように弔った後川に流すのが最善の方法だろう」

 既に役目を終えた呪物は単なる物にかえっている。
 そのまま放置しても問題はないが、少しでも本人の気が晴れるならとヴレイは気休めを口にする。

「わかりました、では早速そのように手配いたします。
 それから例の件ですが…… 」

「その話は先日断ったはずだ」

「でしたらどのようなご用件で? 
 お呼び立てしないのにわざわざ訊ねて下さるのは、先見の目があってのことでは? 」

 家令の男は何度となく睫を瞬かせた。

「世辞は無駄だ。
 私の連れ、アースを迎えにきただけだ」

 ヴレイは表情を崩さずに言う。

「お連れ様ですか? 」

 家令は怪訝な顔をした。

「いいえ。こちらにはお見えになっておりませんが。
 お連れ様、どうかされたのですか? 」

「知らぬと? 」

 ヴレイは男を睨みつけた。

「はい、先日ここをお出になったのをお見送りして以来、お顔を見てはいませんが」

「では何処に行ったのだ? 」

 呟きながらヴレイは目を細める。
 先ほど探った時には遠目だったから見えないものがあったとしても無理はないが、この距離なら少しだけ神経を集中させれば内情を探るのは造作ない。
 ギャラリー、厨房、パーラー、寝室。
 果てはパントリー、地下室、屋根裏の使用人部屋。
 瞼の裏に浮かんだそれらを隈なく探って見たがアースの姿を何処にも見出すことはできなかった。

「どうかなさいましたか? 」

 その場に立ち尽くしたまま目を閉じ、じっと動かなくなってしまった客人の様子に家令は戸惑った声で訊いてくる。

「いや、なんでもない。
 迷惑をかけて済まなかった。
 連れが帰ってこぬのだが、ここを訪れたように思ったものだから。
 先日の依頼を私が断ったことをいやに気にしていたから、てっきり自分だけでも力になれぬかとお節介をはじめたのかと。
 迷惑をかけていなければ良かった」

「左様でございましたか。
 それはさぞご心配のことでございましょう」

 気の毒そうな表情で家令は何度か頷いた。

「邪魔をして申し訳なかったな」

 アースがいなければこんな場所に長居は無用だ。
 ヴレイは早々に引き上げに掛かる。

「もうお帰りでございますか? 」

 踵を返す前に家令に呼び止められた。

「何か? 」

 用件をなんとなく察してヴレイは不機嫌に顔を歪めた。

 今日中に街を出るつもりでいたのに何時の間にか時間が過ぎ、既に僅かではあるが日が傾き出している。
 早い所アースを捜して保護しなければならない。
 アレが顔を出す前に。

「先ほども申し上げましたように、もう一度お願いに上がるつもりで居りました。
 今回は主が直々に出向かれるつもりでしたので。
 ここで主のお話を聞いてはいただけませんでしょうか? 」

 どうしてもというつもりなのだろう。
 家令の男は深深と頭を下げた。
 ヴレイは諦め半分で息を吐いた。

 なんとしてもアースを見つけなければと焦った結果、こんなところまで出向いてしまった自分の落ち度だ。

「あまり時間がないのだが、話を聞くだけならば…… 」

「ありがとうございます」

 主人とヴレイの間に入って困り果てていたのだろう、ヴレイの答えに男の顔が安堵したように緩んだ。


 
「こちらで暫くお待ちくださいませ」

 陰気な雰囲気の部屋に客を通すと、家令は一端部屋を出て行った。
 並んだ時代がかった古い大ぶりの家具が、ただでさえ淀みだらけで暗い部屋の空気をより一層重苦しいものにしている。

「どうなっているんだ? 
 この家は」

 思い切り吸い込んだりしたらたちどころに肺をやられそうな瘴気に辟易しながらヴレイは部屋の中を見渡した。
 不思議なことによどみになるほどの瘴気がたまっているのに、その瘴気を生み出している大元らしきものの存在を感じない。
 手持ち無沙汰なのも手伝って、その存在を確認しようと意識を集中する。

「待たせて済まなかったな」

 同時にドアが開き、背の高い男が姿を現した。
 衣服の上からでも骨の存在が確認できるほどにやせ細った肉体。
 落ち窪んだ眼窩にそそけだった頬。
 それを見るだけでもこの男が長いこと病に苦しんでいることはひとわかりだ。
 おまけに自力で歩くことも容易ではないらしく、片手を杖に預け、もう片方の肩を家令に支えられようやく椅子の前に辿り付く。

「お呼びだてするようなことになってしまって申し訳ない」

 男は切れ切れの息の下からかろうじて声を出す。
 立っていることも難しく、崩れるように身を預けた椅子の足元にまるで呼び寄せているかのように部屋の中を漂う瘴気が集まり纏わりついた。

 この男もまた、先日の姫と同じように、何かに取り付かれているとヴレイは確信する。
 男の方からは先日家令が話したこと以上に言いたいことはないのだろう。
 ただ荒い息の下から無言でヴレイを見据えている。
 病に襲われ身体は弱っていても、根幹の精神が恐ろしく力を持っているのだろう。
 ただ対峙しているだけでヴレイは圧倒された。

「……条件は先日と同じと考えてよいようですね」

 仕方なく、こちらの方から話を切り出す。

「私の方としても、先日申し上げたとおりです。
 詳しい事情をお話いただけぬのであればお話はお受けできかねると」

 真直ぐに見つめたらそのまま射すくめられてしまいそうな相手の目を避けるように、ヴレイは視線を落す。

「どうしても無理だと? 」

 絞り出すような男の声にヴレイは頷いた。

「大元を断たずに対処療法だけで済ませていては、何時まで経っても終わりませんよ。
 失礼ですが、先日の姫君の病は姫君独自のものではないのではありませんか? 
 この家の血を引く人物に何代か前から続いている症状なのでは? 
 せっかく病を癒しても、これではまた再発しかねません」

「何処で、その話をお聞きになりましたか? 」

 主の背後で控えていた家令が怯えた顔をした。

「人の口から聞いたのではありませんよ。
 職業上同じような場面に以前遭遇したことがあると言うだけです。
 この屋敷に広がる瘴気はその時の物と全く同じ」

 ヴレイは淡々と答える。

「仰るとおりでございます」

 会話を交わすことすら容易ではないのだろう主の視線を受け、家令の男が口を開く。

「ひと言で言えば、俗に祟り、もしくは『末代まで祟る』と言う呪いとでも言いましょうか。
 この家の血を引いて生まれてきた者が避けては通れない運命とでも言いましょうか。
 もう何代も前から、主人の一族はこの得体の知れない病に苦しめられているのです。
 腐り落ちる肉体を抱えつつ生き長らえ、最終的に病が癒え生き残れるのは一代で一人か二人。
 それも計ったかのように先代が世を去るタイミングで奇跡が起きるのです」

「奇跡? 」

 男の言葉にヴレイは呆れた表情を向けた。

「また手の込んだ呪いを背負い込んだものだ」

 そのまま小さく呟いた。


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