陽月公奇譚 -女装の俺が、他人のベッドで目覚める理由ー

弥湖 夕來

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2・囚われた先で、

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「では、娘の何か身につけていたものでもお持ちか? 」

 娘の様子を探るのなら、占いよりももっと確実な方法がある。
 娘の持ち物でもあればその魂の痕跡を繋いで今の状況を見る術だ。

「ん~、そうだね。
 これでいいかい? 」

 思い当たる物を持たないかのように女は暫く考えた後、襟元から小さなペンダントを引っ張り出した。

「娘の髪で編んであるんだ」

 指輪にも見える大きさの輪になったペンダントヘッドをゆらゆらと揺らしながら女はヴレイに差し出す。

「奉公に出る日に娘が作って置いていたんだよ。
 普通はこういう物は好いた男に贈るもんなんだろうけどね」

「しばし、お借りしても? 」

「ああ」

 女の了解を得て、ヴレイはその髪で編んだペンダントヘッドを手にとり、意識を集中させる。

 じっと見つめた輪の向こう側に、古い寂れた大きな屋敷がぼんやりと見えた。
 窓を締め切った邸内にはあちこちに黒い霧のような瘴気がわだかまっている。

「これは、確かファーガソンという名の家令の居る…… 」

 先日訪れたあの邸の姿にヴレイは息を呑む。

「さすがは魔導師さまだね。
 そうだよ、あたしの娘の奉公先さ」

 神妙な面持ちでヴレイの様子を見つめていた女が驚いたような声をあげた。

「それで、娘は? 」

「あ、ああ」

 気を取り直して意識を集中させる。
 だが、目的の場所に辿り付く前に視界が途切れた。

「な? 」

「娘がどうかしたのかい? 」

 ヴレイの反応は予期しないものだったのだろう。
 女の顔が不意に曇った。

「いや、何もない。
 娘は元気なようだ」

 女を心配させないようにヴレイはでまかせを口にする。
 しかし心中は穏かではない。

「遠見の術が破れた? 」

 女の耳に入らないように小さく呟く。
 普段ならありえないことにヴレイは動揺する。
 まるであの邸への侵入を阻む何かが、結界を張り巡らしたかのようだ。

「まさか、な」

 考えられるとすれば、今あの邸には見られたくない何かが起こっている。
 そして、下手をしたらアースがそれに巻き込まれている可能性もある。

「……あのお人よし、また厄介ごとに引っかかって逃げられなくなったな」

 そもそもあの家令に出会ったのは宿屋の食堂だった。
 宿屋の主人と家令が知り合いでも不思議はない。
 だとすれば、ヴレイ達が今日街を発つことは宿の主人の口から家令の耳に入るのは容易いだろう。
 あの邸にはまだ隠された怪異が巣食っている。
 一度娘の怪異を払った自分達を逃すまいとしてもおかしくはない。
 断られたとは言え、それでも仕事をさせようと思ったら、自分より人のよさそうなアースを押さえるほうが効率的だ。
 考えを纏めて、女にペンダントを返しながらヴレイは立ち上がる。

「リンゴ、馳走になったな。

 済まぬが、私の連れがもしここに現れたら、引き止めておいてくれるか? 」

「ああ、構わないけど? 」

 不意に動き出したヴレイの行動に戸惑いながら女は答える。

 
「ちょっと、あんた。
 何処へ行く気だい? 」

 広場を出ようと向けた背を女に呼び止められた。

「あんたの娘の奉公先の邸だ」

 一度行った場所だ。
 街のどの辺りにあるかおおよそは解っている。

「だったらその道は勧めないよ。
 遠回りになるけど、その隣の道を入ってパン屋の角を曲がるといい」

「何か訳でも? 」

 わざわざ遠回りを勧める女の言葉が引っかかり、ヴレイは足を止めた。

「いえね、この先に昔『黒檀館』って呼ばれていた屋敷の跡地があるんだけど。
 でるんだよ。
 夜中にあの場所を通りかかると必ずと言っていいほど皆、妙な黒い影に襲われるんだそうだ。
 そして大概その晩からものすごい悪夢に襲われるってもっぱらの噂でね。
 今じゃ、誰もあの辺りに近付こうとはしないのさ」

「それで、悪夢払いの方法を訊ねる人間が多かった訳か」

「まぁ、悪夢ばかりじゃないけどね。
 夜中に子供が酷い夜泣きをするとか。
 夕方ピチャーに満たしておいたミルクが一滴残らず消えるとか。
 この街じゃ、日常茶飯事だ。
 皆慣れっこになってあんまり口にはしないがね」

「わかった、注意する」

 女に軽く頭を下げ、ヴレイは広場を出た。
 

 かつては街の大通りだったと思われる道幅の広い道路の途中でヴレイは急ぐ足を止めた。

「ここか」

 目の前に広がる異様な光景を目にヴレイは息を吐く。
 果物を商う露天の女が言ったとおり、そこには荒れ果てた空き地が広がっていた。
 火災にでもあい燃え落ちたのだろうか、かつてここに建っていたと思われる屋敷の柱が崩れかけたまま未だに残る。
 煤で黒く染まったその柱のそこここに人の目では見分けることのできない黒い霧が漂っていた。
 同時に立ち上がる強い憎悪。
 ヴレイでさえも思わず背筋が寒くなる程の強烈な瘴気。

「なるほど。
 これでは通りかかった人間が体調を崩すわけだ」

 屋敷跡に面した道をただ歩いているだけだというのに、肩にかすかな重みを感じヴレイは手をむける。
 肩に乗った得体の知れない小さな黒い生き物をつまみあげる。

「この瘴気に引かれてきたか」

 それが何であるのか確認すると、短い呪文を口の中で軽く唱えながら両手で叩き潰す。

「あの女の言うとおり、ここには近付かないほうが利口なようだ。
 気を抜いていると切りがない」

 歩き始めながら、今度は反対側の首の後ろに手を突っ込み襟元から同じような生き物を引っ張り出す。
 先ほどと同じようにそれを握りつぶすと、周囲に聞えるか聞えないか程のか細い声で呪文を唱えながら足を急がせる。
 ようやく屋敷跡が見えなくなったところでヴレイは呪文を唱えることをやめた。
 その頃にはもう一つ、目的の屋敷が視界に入っていた。
 ここもまた、先ほどの跡地と同じ濃い瘴気で覆われている。
 違っているところといえば、焼け落ちているかいないかだけだ。

 
 屋敷の門の前まできて立ち止まると、ヴレイは深呼吸する。
 正直、二度と来たいとは思わなかった場所だ。

「これは、魔術師様。
 先日のお願いの件でしょうか? 」

 ドアをノックするのを待っていたように現れた家令が頭を下げながら訊いてくる。

「丁度よいタイミングでした。
 これからお礼を申し上げに行こうと思っていたところです」

 ドアを開けただけで、相変わらず重苦しい空気がどっと噴出してくる邸内。
 まだ足を踏み入れてもいないのにヴレイの背中に悪寒が走った。

「では、姫君は? 」

「はい、今朝方仰る通りに枕元に置いてあった人形が粉のように砕けて崩れ落ちると同時に目をお覚ましになりました。
 傷も塞がり始め、ご自分から喋ることもできるように…… 
 本当にありがとうございました。
 なんとお礼を言ったらいいのか」

 家令は嬉しそうに顔を綻ばせる。


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