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1・魔女は買い物に出かけ
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しおりを挟む夜もそろそろ明けようとする時間。
細い路地で少女は頭上を見上げる。
「えっと、確かこのあたりだったと思うんだけど。
やっぱり、向こうから行けばよかったかな」
戸惑いながら小さく呟くと目の前のドアが開いた。
「こんばんは、夢使いの魔女さん」
魔道具屋の店主が顔を出して、少女に笑いかけた。
その笑顔に少女はそっと息を吐き顔をほころばせた。
「良かった、昨日ここから出た時に場所は覚えたつもりだったのに、お店見つからなくて」
「ああ、それは…… 」
店主は手にしていた看板をドアの傍らに掲げる。
『魔道具取り扱い』と古代の文字で書かれた看板は、その手の人間でなければ読むことができない。
「今夜は所用があって店を閉めていたんですよ。
あちらに行ってもらえれば休業をお伝えできる人間が居たのですが」
「今日に限ってなんでこっちから来たのかな、わたし。
じゃ、今日は駄目? 」
「いいえ、構いませんよ。
むしろ良かったかも知れません。
あちらの人間は私の帰宅をまだ知りませんから、お帰り願ってしまったかもしれませんし」
笑顔を浮かべて店主は少女を店の中に招き入れた。
「それで、今夜はなんですか? 」
「これ」
少女は数時間前に捕まえたものの入った小箱を差し出す。
「どちらから入手を? 」
「マーケットの広場から右手の通りにある、劇場の裏通りにある大きな貴族のお屋敷。
そこの多分当主らしい人」
「こんな上物。
何処からそんな情報を?
貴族は自分の身に不利な事は徹底して口を噤みますから」
男は小箱に耳を寄せ中の様子を探りながら訊いてくる。
「企業秘密」
少女は華やかな笑みを浮かべる。
「では、これで…… 」
店主は傍らのチェストの中からコインをつまみ出し、少女に差し出した。
「こんなに、いいの? 」
その金貨の枚数を目に少女は戸惑う。
「不服ですか? 」
「ううん、そうじゃなくて。
昨日の夢魔と比べると高額だから」
「あの屋敷の貴族は、過去国王の片腕になるほどの騎士を何人も輩出した家なんです。
そのため肝の据わった人間が多くて少しのことでは動じません。
その主人が最近悪夢にうなされるという噂を聞きつけてはいたのですが、あれほどの人物がうなされるほどの悪夢となると余程強力な夢魔だと想像はつきます。
恐らく免疫のない者にとっては死を招く程の強力な能力を持った夢魔です。
いい買い物をさせていただきましたよ」
男は満足そうな顔をした。
「じゃぁね、これで…… 」
少女は受け取った金貨を店主に差し出す。
「あの剣買うわ。
これは内金ってことで。
残りは明日持ってくるから、その時剣を受け取るって事でいい? 」
「あの剣は本日売れてしまったんですよ」
店主は残念そうに言うと少女の差し出した金貨を押し戻した。
「売れちゃったの? 」
少女は目を剥いて大きな声をあげた。
「ええ、先ほど納品に行ってきたんですよ」
「そんなぁ…… 」
少女はがっくりと肩を落す。
「申し訳ありません」
「ううん、いいの。
こっちも手付を打ってとりおきしておかなかったのがいけないんだもの。
でも、あんなもの欲しがる人がいるなんて、迂闊だったわ。
どんな人?
その物好き」
「そう言うお嬢さんもですよね? 」
店主はからかうように訊いてくる。
「わたしが持つにはそぐわないって言いたいんでしょ?
いいのよ。
わたしが使うわけじゃないんだから。
アースなら多分使いこなせるだろうなって思っただけ」
「へぇ……
魔剣の使い手にお知り合いがいらっしゃるんですか」
店主が納得したように呟く。
「前にちょっと予期しないことでアースの剣売ることになっちゃったから。
いい加減返さないといけないの。
ねぇ、なんならこの間の金額にもう少し色をつけるわ。
誰にでも使いこなせるって物じゃないし。
飾り物にするんだったらこっちの方が余程有効に使えるわ。
だから何とかならない? 」
「そうですね…… 」
店主は思案顔をした。
「私どもも、一度お売りした商品を、もっと高値で買い取るお客様が来たからといって、返品してもらうわけには参りませんし。
そうだ、もし、今日のお客様がお気に召さずに返品に来たら、その時はお取り置きしておきましょう。
これが私どもにできる精一杯です」
「……可能性は限りなく低そうだけど? 」
少女は男を横目で睨む。
「そうでもありませんよ。
詳しいことは明かせませんが、今日のお客様は魔導師でも魔女でも、騎士でもありませんから。
もしかしたら扱いかねて返品になる可能性も充分ございます。
使い物にならなかったらお引取りするというお約束で販売しましたから」
「それ、本当? 」
店主の言葉がまだ信じられなくて少女は疑いの目を向ける。
「言ったことは事実です。
ここで扱っている物はただの物ではありませんからね。
性が合わないと使い物にならないものも多いですから。
欠陥品を売りつけたなどといった噂でも流れたら商売上がったりですからね。
そこのところは充分説明して、返品にも気持ちよく応じるのが当店のモットーです」
「ふうん、良心的な商売してるんだ」
「それは、もう…… 」
店主は必要以上に何度となく頷く。
「じゃ、それお願いしていい? 」
少女は戻された金貨をもう一度差し出す。
「戻ってくる確証はないから、内金はいいですよ」
店主は首を横に振った。
「でも、それでまた他のお客に流されたら目も当てられないもの」
「今度はお約束いただきましたから」
いつも金貨を引っ張り出すチェストに歩み寄ると、男は紙とペンを取り出す。
「魔女さん、お名前は? 」
「ルナよ」
流れるような文字で書類をしたためる男の手元を見ながら少女は首を傾ける。
「誓約書です。これをお持ちください」
店主は程なく顔を上げると、まだインクの乾ききっていない紙片を差し出した。
「これに懲りずに何かあったらまたお立ちより下さい」
「うん。
時々顔を出すわね。
まだ暫くはこの町にいそうだし、いい夢魔を捕まえたらまた買ってくれるでしょう? 」
「それはもちろん。
最上級の夢魔を捕まえる腕を持った夢使いの魔女はめったにいませんからね。
期待しています」
穏かな笑みを浮かべて店主は少女を送り出した。
「さてと、思った以上に時間食っちゃったかな? 」
店の外に出ると、傾きだした月を目に少女は呟く。
「いい加減に帰って寝ないと、またアースが大騒ぎよね。
疲れが取れないとか、眠気が酷いとか、言いたい放題なんだもの」
名残惜しそうに今出てきた店のドアに視線を送り呟くと、少女はふわりと空を飛ぶかのようにジャンプし、その場から姿を消した。
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